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23 さくらを探して
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まもなく着陸のアナウンスが流れてからも、飛行機の中での攻防は続いていた。
相手は海外で行われた学会帰りの医師の男で、明らかに動揺している態度から何か知っていると思われた。
しかし、突っ込んで聞いたら自分は何も知らないの一点張りで、何とかその場を逃れようとする態度が透けて見えた。
「ですから、誤解です。そんな人は知りません。貴方の事情は分かりましたが、その本は知り合いが持っていたのを見たくらいで……」
「私の事情というのは、ファンだということですよね。確かにそうなのですが、もっと深い事情が……、SAKURAが表舞台から消えてしまったのは、私のせいだと思っています」
「……え?」
「写真家の登竜門と呼ばれるコンテストがあって、SAKURAの作品は優秀賞確実と言われていました。それなのに……私のせいで泥を塗られることに……」
なかなか口を割らない男に、痺れを切らした梶は、もう何もかも話してやると畳み掛けた。
男は梶の話に驚いたようだったが、同時に納得できないような顔にもなった。
「いや、彼は……きっとそんな事情では……」
間もなく着陸体勢に入りますと言われたが、もうそんなことはどうでもいい気持ちになって、梶は身を乗り出してしまった。
「彼………彼とは……彼というのはどういうことですか!? SAKURAは、年齢性別非公開で……謎の写真家として誰も知らない……」
「あ………ええと……」
男はマズいことを言ったという顔で口に手を当てた。
これで確実に男が関係者である、ということが分かった。
そして同時に、SAKURAが男であるということを知った梶に衝撃が走った。
お客様、お席にお座りくださいと注意されてしまい、梶は席についてシートベルトを締めたが、男が言った言葉が頭の中を回っていて離れなかった。
新進気鋭、謎のフォトグラファーSAKURAの作品を初めて見たのは、梶が高校生の時だった。
学校帰り、家に帰りたくなくて、時間をつぶそうと近所にあった喫茶店に入った。
喫茶店の主人が写真が好きな人で、カウンターのボードに雑誌から切り抜いた写真が貼られていた。
当時父親は一年のほとんどを海外に行っていて、家の中には継母と幼い弟がいた。
二人はとても仲が良くて、見るといつも楽しげに話していた。
その中で梶が帰ってくると、途端に空気が変わってしまい、二人とも余所余所しくなるのだ。
それは濃すぎるアルファ性のせいなのかもしれない。
二人ともベータなので、近寄るだけで緊張してしまうと言われたことがあった。
自分だけ異質な存在で、本当の母もほとんど愛情を注いでくれることなくいなくなってしまった。
仕事人間の父は、会社をどう大きくするかしか考えておらず、家族や子供のことなど頭にない。
口に出すことができない寂しさ。
それは何年もかけて梶の胸を巣食うように広がっていた。
そんな時、梶は一枚の写真の切り抜きを目にした。
それはお祭りの様子を撮影したもので、祭りが終わり家に帰る子供と親の後ろ姿を写したものだった。
見た瞬間、胸が締め付けられるように切なくなって、同時に引き込まれるような気持ちになった。
それ、いいでしょう。
長いこと見ていたら、喫茶店の主人に話しかけられた。
写真好きのマイナーな雑誌なんだけど、最近よく取り上げられている人で、SAKURAって人が撮ったやつなんだよ、と。
毎回何とも言えない印象的な一枚を撮る人で、年齢も性別も非公開で、徐々に人気が出ていると聞いた。
梶はその一枚に心臓を射抜かれたようになって、慌てて本屋に走った。
バックナンバーまで買い漁って、SAKURAの写真を探した。
調べたら雑誌の投稿以外にも細々と仕事をしていて、地方の小さな美術館のようなところに作品があると聞けば、学校を休んでどこにでも駆けつけた。
気がついたら、すっかり魅了されて大ファンになっていた。
何にも興味を示そうとしなかった息子が、最近写真雑誌を買い漁っていると聞いた父親は、写真に興味を持ったのだと勘違いして、梶にカメラを買い与えた。
余計なものを買ったなと思った梶だったが、写真を撮っていたらいつかSAKURAに近づけるかもしれないとカメラを始めることにした。
教室に通ったり、海外の著名な写真家の写真集を集めたりと、一時期は熱心に勉強して取り組んでいた。
その頃、SAKURAは個人出版で写真集を出した。
芸能人にもファンがいたらしく、そいつが紹介したことで一気に火がついて名前が知れ渡った。
写真集は入手困難と言われたが、梶はもちろん手に入れて、いつも持ち歩いていた。
ネット上では、SAKURAについて考察する者が現れた。
その中には、知っているという者が現れて、家族だとか、友人だとか信憑性のない情報が飛び交ったが、SAKURAは、名前の一部で、桜と付く女性だというのが有力な説になっていた。
それは作品の雰囲気がとても繊細で、柔らかくて優しかったので、荒々しい男、というより女性をイメージすることに繋がったのだろう。
梶も作品から、儚げな雰囲気と色気を感じていて、おそらく清楚な女性ではないかとイメージしていた。
当時は梶に近づきたいというギラギラした女性に囲まれていたので、濃すぎる女性達から逃げるように、SAKURAの繊細な美しい作品に惹かれたのもあった。
高校三年になったある日、父親から今度写真のコンテストがあるから出てみないかと言われた。
それは梶グループも名を連ねているもので、若手の芸術家を発掘するというコンテストだった。
せっかく写真をやっているんだから、参加だけでもしてみろと、その時は会話のキッカケにでもなるように、気軽に誘われたものだと思った。
面倒だと思いながら手に取った応募者の一覧に、SAKURAの名前を見つけた梶は心臓が飛び跳ねた。
コンテスト参加者は、作品展や授賞式などのイベントに呼ばれることになる。
間違いなくSAKURAに会えると確信した梶は、急いで参加すると返事をした。
自分の作品など正直どうでもよかった。
とりあえず、並べられた時に恥にならない程度の風景写真を撮って提出した。
どうせ賞など関係ないし、会場の端にでも置かれれば誰も注目しないだろう。
梶の目的はSAKURAに会うことだけだった。
参加作品展に出向いた梶は、SAKURAの作品の前で、衝撃を受けて動けなくなってしまった。
題名はサクラメント。
小さな子供の頭が手前にあり、奥の見事な桜の木に向かって走っていく場面を捉えていた。
子供の頭には天使の輪ができていて、それが浮き出て見える。
見る者によっては、まるで神の恩寵、恵みを目にしたように感じるのかもしれない。
この世のものとは思えないくらい、美しい光景だった。
こんな作品に出会えたことに震えるほど喜びを感じて、恐ろしいくらい興奮してしまった。
SAKURAの作品から、フェロモンのような匂いを感じて、全身が燃えるように熱くなった。
その時のことを思い出すと、梶は今でも熱くなってしまう……
早く会いたい。
梶はそう思って毎日SAKURAの作品を見に足を運んだ。
しかし、募らせた熱い気持ちに、頭から水をかけられてしまった。
コンテストの優秀者が発表された。
それは、確実だと言われていたSAKURAではなく、なんと話題にも上がらなかった梶の作品だった。
父親が権力を使ったというより、名前に気がついて素性を調べた関係者達が忖度して、票を入れてしまったというものだった。
一般票より、関係者票の方が重要視されていて、結果優秀賞は梶の作品になり、SAKURAについては避けるかのようになんの賞にも入らなかった。
コンテストの結果は大いに荒れた。
誰かが優秀賞が関係者の息子だとリークしたことで、汚れた大会だと大バッシングになった。
しかし一度決まったものを変更したら、不正を認めることになるので、コンテストの結果は変わらなかった。
その後何年も延期になるほどの影響が出てしまい、黒歴史の大会となった。
当然梶の作品が何かに使われるようなことはなかった。
梶はコンテストなどどうでもよかった。
気がかりだったのはSAKURAのことだけだった。
SAKURAは、写真家生命をかけて挑むと報道されていたし、コンテスト結果が発表されてから、関係者がコンタクトを取ろうとしても一切繋がらなくなってしまった。
SAKURAは何一つ賞が取れなかったことで写真家としての自信を失い、夢を諦めてしまった。
そう噂が飛び交うまで遅くはなかった。
その噂通り、SAKURAはコンテスト以来、一切の活動を休止して表舞台から消えてしまった。
梶は自分のせいでSAKURAの作品を汚してしまったと、どうしても謝りたかった。
関係者を一人ずつ尋ねて、他にも人を使ったりして、SAKURAの行方を探したが、跡形もなく消えてしまった。
写真を教えている学校なども調べ尽くした。
応募は三十歳までに限られていたので、桜という名前の生徒がいなかったか、卒業生までチェックして実際に会いに行ったりもした。
どんなに探しても、SAKURAはいなかった。
この世から消してしまったのは自分のせいだと、梶は悔やんだ。
自分があのコンテストにでなければ……
自分の憧れの人の夢を壊すことなどなかった
飛行機から降りた後、ターミナルを歩きながら、梶は全てを話して医師を説得した。
どうやら医師は彼、SAKURAの知り合いらしいところまで突き止めた。
梶の必死の説得に医師は気まずい顔をしてやっと足を止めた。
「おそらく君の言っているSAKURAは、私が知っている彼で間違いないと思うが、こちらだって知りたいんだよ。彼は姿を消してしまって、探し続けているんだ」
「連絡先は?」
「知らない。両親は鬼籍に入っていて、親戚はいるらしいが、その方達の連絡先が分からない。故郷と言っていた場所も地域だけで県すら特定できないんだ。友人もほとんどいなかったし、繋がる人がいないんだ。本人の意向でいなくなったわけだから、名前をSNSに上げるわけにもいないし、八方塞がりなんだよ」
やっと掴んだ糸だったのに、するすると手の中から抜けてしまう。
梶は愕然として、力をなくしそうになっていた。
「なら、私には本名だけでも、名前を教えてくれませんか?」
「それは……」
男が何か言いかけた時、おかえりーという大きな声が聞こえてきた。
「失礼、迎えが来ているんだ」
男はすぐに反応して、声の方向に顔を向けた。
こっちだと返事をして、嬉しそうな顔で手を振った。
少し離れたところで、家族か友人か分からないが、ふわふわした長い髪の男が手を振りかえした。
「津久井さん、おかえりなさい」
「夕貴、待っただろう。遅くなってごめん」
その名前を聞いた梶は、体に電気が走ったようになって、男を引き留めようとして上げた手が動かなくなった。
その男、医師の津久井は梶の方を振り返ったが、申し訳なさそうな顔で頭を下げてきた。
「すまない、やはり名前は……、彼のプライベートなことだから勝手には……」
「さくら……」
「えっ……?」
「佐倉未春、違いますか?」
バサバサと鞄が床に落ちる音がした。
名前が聞こえたのかもしれない。
こちらに走ってきた迎えの男が、大きく目を見開いた顔で、手を震わせて立ち尽くしていた。
□□□
相手は海外で行われた学会帰りの医師の男で、明らかに動揺している態度から何か知っていると思われた。
しかし、突っ込んで聞いたら自分は何も知らないの一点張りで、何とかその場を逃れようとする態度が透けて見えた。
「ですから、誤解です。そんな人は知りません。貴方の事情は分かりましたが、その本は知り合いが持っていたのを見たくらいで……」
「私の事情というのは、ファンだということですよね。確かにそうなのですが、もっと深い事情が……、SAKURAが表舞台から消えてしまったのは、私のせいだと思っています」
「……え?」
「写真家の登竜門と呼ばれるコンテストがあって、SAKURAの作品は優秀賞確実と言われていました。それなのに……私のせいで泥を塗られることに……」
なかなか口を割らない男に、痺れを切らした梶は、もう何もかも話してやると畳み掛けた。
男は梶の話に驚いたようだったが、同時に納得できないような顔にもなった。
「いや、彼は……きっとそんな事情では……」
間もなく着陸体勢に入りますと言われたが、もうそんなことはどうでもいい気持ちになって、梶は身を乗り出してしまった。
「彼………彼とは……彼というのはどういうことですか!? SAKURAは、年齢性別非公開で……謎の写真家として誰も知らない……」
「あ………ええと……」
男はマズいことを言ったという顔で口に手を当てた。
これで確実に男が関係者である、ということが分かった。
そして同時に、SAKURAが男であるということを知った梶に衝撃が走った。
お客様、お席にお座りくださいと注意されてしまい、梶は席についてシートベルトを締めたが、男が言った言葉が頭の中を回っていて離れなかった。
新進気鋭、謎のフォトグラファーSAKURAの作品を初めて見たのは、梶が高校生の時だった。
学校帰り、家に帰りたくなくて、時間をつぶそうと近所にあった喫茶店に入った。
喫茶店の主人が写真が好きな人で、カウンターのボードに雑誌から切り抜いた写真が貼られていた。
当時父親は一年のほとんどを海外に行っていて、家の中には継母と幼い弟がいた。
二人はとても仲が良くて、見るといつも楽しげに話していた。
その中で梶が帰ってくると、途端に空気が変わってしまい、二人とも余所余所しくなるのだ。
それは濃すぎるアルファ性のせいなのかもしれない。
二人ともベータなので、近寄るだけで緊張してしまうと言われたことがあった。
自分だけ異質な存在で、本当の母もほとんど愛情を注いでくれることなくいなくなってしまった。
仕事人間の父は、会社をどう大きくするかしか考えておらず、家族や子供のことなど頭にない。
口に出すことができない寂しさ。
それは何年もかけて梶の胸を巣食うように広がっていた。
そんな時、梶は一枚の写真の切り抜きを目にした。
それはお祭りの様子を撮影したもので、祭りが終わり家に帰る子供と親の後ろ姿を写したものだった。
見た瞬間、胸が締め付けられるように切なくなって、同時に引き込まれるような気持ちになった。
それ、いいでしょう。
長いこと見ていたら、喫茶店の主人に話しかけられた。
写真好きのマイナーな雑誌なんだけど、最近よく取り上げられている人で、SAKURAって人が撮ったやつなんだよ、と。
毎回何とも言えない印象的な一枚を撮る人で、年齢も性別も非公開で、徐々に人気が出ていると聞いた。
梶はその一枚に心臓を射抜かれたようになって、慌てて本屋に走った。
バックナンバーまで買い漁って、SAKURAの写真を探した。
調べたら雑誌の投稿以外にも細々と仕事をしていて、地方の小さな美術館のようなところに作品があると聞けば、学校を休んでどこにでも駆けつけた。
気がついたら、すっかり魅了されて大ファンになっていた。
何にも興味を示そうとしなかった息子が、最近写真雑誌を買い漁っていると聞いた父親は、写真に興味を持ったのだと勘違いして、梶にカメラを買い与えた。
余計なものを買ったなと思った梶だったが、写真を撮っていたらいつかSAKURAに近づけるかもしれないとカメラを始めることにした。
教室に通ったり、海外の著名な写真家の写真集を集めたりと、一時期は熱心に勉強して取り組んでいた。
その頃、SAKURAは個人出版で写真集を出した。
芸能人にもファンがいたらしく、そいつが紹介したことで一気に火がついて名前が知れ渡った。
写真集は入手困難と言われたが、梶はもちろん手に入れて、いつも持ち歩いていた。
ネット上では、SAKURAについて考察する者が現れた。
その中には、知っているという者が現れて、家族だとか、友人だとか信憑性のない情報が飛び交ったが、SAKURAは、名前の一部で、桜と付く女性だというのが有力な説になっていた。
それは作品の雰囲気がとても繊細で、柔らかくて優しかったので、荒々しい男、というより女性をイメージすることに繋がったのだろう。
梶も作品から、儚げな雰囲気と色気を感じていて、おそらく清楚な女性ではないかとイメージしていた。
当時は梶に近づきたいというギラギラした女性に囲まれていたので、濃すぎる女性達から逃げるように、SAKURAの繊細な美しい作品に惹かれたのもあった。
高校三年になったある日、父親から今度写真のコンテストがあるから出てみないかと言われた。
それは梶グループも名を連ねているもので、若手の芸術家を発掘するというコンテストだった。
せっかく写真をやっているんだから、参加だけでもしてみろと、その時は会話のキッカケにでもなるように、気軽に誘われたものだと思った。
面倒だと思いながら手に取った応募者の一覧に、SAKURAの名前を見つけた梶は心臓が飛び跳ねた。
コンテスト参加者は、作品展や授賞式などのイベントに呼ばれることになる。
間違いなくSAKURAに会えると確信した梶は、急いで参加すると返事をした。
自分の作品など正直どうでもよかった。
とりあえず、並べられた時に恥にならない程度の風景写真を撮って提出した。
どうせ賞など関係ないし、会場の端にでも置かれれば誰も注目しないだろう。
梶の目的はSAKURAに会うことだけだった。
参加作品展に出向いた梶は、SAKURAの作品の前で、衝撃を受けて動けなくなってしまった。
題名はサクラメント。
小さな子供の頭が手前にあり、奥の見事な桜の木に向かって走っていく場面を捉えていた。
子供の頭には天使の輪ができていて、それが浮き出て見える。
見る者によっては、まるで神の恩寵、恵みを目にしたように感じるのかもしれない。
この世のものとは思えないくらい、美しい光景だった。
こんな作品に出会えたことに震えるほど喜びを感じて、恐ろしいくらい興奮してしまった。
SAKURAの作品から、フェロモンのような匂いを感じて、全身が燃えるように熱くなった。
その時のことを思い出すと、梶は今でも熱くなってしまう……
早く会いたい。
梶はそう思って毎日SAKURAの作品を見に足を運んだ。
しかし、募らせた熱い気持ちに、頭から水をかけられてしまった。
コンテストの優秀者が発表された。
それは、確実だと言われていたSAKURAではなく、なんと話題にも上がらなかった梶の作品だった。
父親が権力を使ったというより、名前に気がついて素性を調べた関係者達が忖度して、票を入れてしまったというものだった。
一般票より、関係者票の方が重要視されていて、結果優秀賞は梶の作品になり、SAKURAについては避けるかのようになんの賞にも入らなかった。
コンテストの結果は大いに荒れた。
誰かが優秀賞が関係者の息子だとリークしたことで、汚れた大会だと大バッシングになった。
しかし一度決まったものを変更したら、不正を認めることになるので、コンテストの結果は変わらなかった。
その後何年も延期になるほどの影響が出てしまい、黒歴史の大会となった。
当然梶の作品が何かに使われるようなことはなかった。
梶はコンテストなどどうでもよかった。
気がかりだったのはSAKURAのことだけだった。
SAKURAは、写真家生命をかけて挑むと報道されていたし、コンテスト結果が発表されてから、関係者がコンタクトを取ろうとしても一切繋がらなくなってしまった。
SAKURAは何一つ賞が取れなかったことで写真家としての自信を失い、夢を諦めてしまった。
そう噂が飛び交うまで遅くはなかった。
その噂通り、SAKURAはコンテスト以来、一切の活動を休止して表舞台から消えてしまった。
梶は自分のせいでSAKURAの作品を汚してしまったと、どうしても謝りたかった。
関係者を一人ずつ尋ねて、他にも人を使ったりして、SAKURAの行方を探したが、跡形もなく消えてしまった。
写真を教えている学校なども調べ尽くした。
応募は三十歳までに限られていたので、桜という名前の生徒がいなかったか、卒業生までチェックして実際に会いに行ったりもした。
どんなに探しても、SAKURAはいなかった。
この世から消してしまったのは自分のせいだと、梶は悔やんだ。
自分があのコンテストにでなければ……
自分の憧れの人の夢を壊すことなどなかった
飛行機から降りた後、ターミナルを歩きながら、梶は全てを話して医師を説得した。
どうやら医師は彼、SAKURAの知り合いらしいところまで突き止めた。
梶の必死の説得に医師は気まずい顔をしてやっと足を止めた。
「おそらく君の言っているSAKURAは、私が知っている彼で間違いないと思うが、こちらだって知りたいんだよ。彼は姿を消してしまって、探し続けているんだ」
「連絡先は?」
「知らない。両親は鬼籍に入っていて、親戚はいるらしいが、その方達の連絡先が分からない。故郷と言っていた場所も地域だけで県すら特定できないんだ。友人もほとんどいなかったし、繋がる人がいないんだ。本人の意向でいなくなったわけだから、名前をSNSに上げるわけにもいないし、八方塞がりなんだよ」
やっと掴んだ糸だったのに、するすると手の中から抜けてしまう。
梶は愕然として、力をなくしそうになっていた。
「なら、私には本名だけでも、名前を教えてくれませんか?」
「それは……」
男が何か言いかけた時、おかえりーという大きな声が聞こえてきた。
「失礼、迎えが来ているんだ」
男はすぐに反応して、声の方向に顔を向けた。
こっちだと返事をして、嬉しそうな顔で手を振った。
少し離れたところで、家族か友人か分からないが、ふわふわした長い髪の男が手を振りかえした。
「津久井さん、おかえりなさい」
「夕貴、待っただろう。遅くなってごめん」
その名前を聞いた梶は、体に電気が走ったようになって、男を引き留めようとして上げた手が動かなくなった。
その男、医師の津久井は梶の方を振り返ったが、申し訳なさそうな顔で頭を下げてきた。
「すまない、やはり名前は……、彼のプライベートなことだから勝手には……」
「さくら……」
「えっ……?」
「佐倉未春、違いますか?」
バサバサと鞄が床に落ちる音がした。
名前が聞こえたのかもしれない。
こちらに走ってきた迎えの男が、大きく目を見開いた顔で、手を震わせて立ち尽くしていた。
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