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第二章

⑥混乱の予感

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 どうやら生徒会ができるらしい。

 誰がそんなことを言い出して、その噂はあっという間に広がった。

 かつて、生徒会が学園を取り仕切り、生徒主体の運営が行われていた時は、連日のようにパーティーやイベントが開かれて、たくさんの来賓が訪れ、学園は華やかな外交の場になっていたという。

 それが、思わぬ事態で突然解体となり、学園側が生徒の管理やスケジュールも全て決められることになり、当然忙しい教師たちはこれ以上負担が増えるのは困ると一切のイベントをなくした。

 今の生徒達の娯楽と言えば、剣闘大会、パト・ガレのみで、あとは町へ出て遊ぶくらいのものだった。

 だから生徒達の再結成を望む声は多くあったが、その手続きや人間関係の面倒から望みながらも誰も踏み出すことはなかった。

 それがなぜか、今になってそれを先導する者が現れたらしく、すでに多くの生徒がそれに賛同して集まっているらしい。

 今日は生徒会のメンバーを決める集会があるらしく、アンドレアも隣の席の生徒から出席しないかと誘われた。
 放課後はローレンスのところへ行くつもりだったし、生徒会なんて全く興味がなかったので、アンドレアは誘いを断った。

 まだ正式に決定もしていないのにこの騒ぎだ。だいたい、誰が言い出したのかも明らかになっていない。なのに、蓋を開ける前から、すでに溢れだしている。学園生活で鬱屈した生徒達の思いが、今はその程度だが、これが大きなものになったら、やっかいなことになるかもしれない。
 いずれにせよ、生徒のためであれば、良い方向に変わってくれれば良いのだろうけどとアンドレアは思った。

 放課後、特別クラスのある本館に行くと、二年棟と違い、本館は人で溢れかえっていた。

 本館には職員室があり、生徒会結成を望む生徒達が、教師や事務局の人達に直接交渉しようと詰めかけていた。

 本気で交渉したい者もいるだろうが、お祭り騒ぎにただ参加したいと集まってきた者も多いのだろう。
 入り口からこの騒ぎなので、とても中へ入れない。

「なんだ、お前も生徒会に興味があったのか」

 人だかりの後ろで、中が見えなくてぴょんぴょんと跳ねていたら、突然話しかけられた。
 跳び跳ねなくても、余裕で中の様子が分かるであろう大きな男、ライオネルが頭をかいてあくびをしていた。

「生徒会じゃなくて……、ローレンスに会いに来たんだけど」

「ああ、俺も強引に蹴散らして出てきたから、あいつはまだ中にいると思うが、しばらく入れそうにないぞ」

 参ったなと、沈んだ顔をしていると、ライオネルはこっちに良いところがあると連れていってくれた。

 入り口の喧騒から離れて、本館をぐるりを回ったところの部屋の窓を、ライオネルは簡単に開けてしまった。

「ここは資料室なんだが、担当のやつがいつも鍵をかけ忘れるんだ。ほら、この窓から入って、資料室出てすぐの階段を上れば俺らのクラスに行けるから」

「ありがとう!助かったよ」

 ライオネルにお礼を言って資料室に入った。言われた通りに、部屋から出てすぐの階段を上って特別教室のある階まで来た。

 白で統一された造りの本館の中でも、特別クラスは、広くて机や椅子も豪華で、洗練された造りになっている。
 廊下を進んでいくと、二年の特別クラスまで来た。ちょうど廊下の窓からローレンスの後ろ姿が見えたので、ドアを開けて声をかけようとした。
 取っ手に手をかけたところで、人の声が聞こえて、アンドレアは手を止めた。
 どうやら誰かと話しているらしい。つい耳に入ってきて、そのまま動けなくなってしまった。

「下はずいぶんな騒ぎになっていますね。発起人のあなたが、こんなところでのんびりしていていいのですか?」

 ローレンスの声はいつもより、厳しい声に聞こえて、アンドレアにも緊張がはしった。

「俺は溜まった水瓶に、一滴インクを垂らしただけだよ。それだけで、簡単には水が溢れてしまう。面白いと思うだろう」

 この声には聞き覚えがあった。それも昨夜からアンドレアを困惑させているコンラッドの声だ。

「ちっとも面白くありませんね。突然やって来て、いきなり嵐のように学園の生徒を巻き込んで、本当の目的はなんですか?」

「学生として学園に貢献するため」

「そんな答えで、私が納得するわけないでしょう」

「納得してもらえなくても、その通りだよ。俺は認められたいだけなんだ。少しばかり目立てばいいと思っていたけど、せっかくならね、大きなことをやるのも楽しそうだから」

 二人の間に沈黙が流れた。
 ローレンスは、コンラッドが本当のことを話しているのか、真意を探っているのかもしれない。
 牽制し合うようなピリついた空気が流れている。
 話の流れを聞いて、どうやらコンラッドが生徒会を作ると言い出した者であることが分かってきた。
 とてもじゃないがここに突入出来ないし、そもそもコンラッドが何者かも分かっていないアンドレアは、完全に場違いに思えて、そっと教室のドアから離れるように後ろに下がった。

 ところが運悪く、持っていた鞄が手から離れて派手な音を立てて床に落ちた。

「ん?ネズミがいるみたいだね」

「ああ、あれは私のですから。お気になさらずに」

 アンドレアが、あわあわと鞄の中身を集めていたら、ドアはガラリと開いて、中からローレンスの姿が現れてた。いつもの倍にっこりと微笑んでいる。

「あの…、立ち聞きしたかったわけじゃなかったんだけと…、入りづらくて…」

「アルバートじゃないか。ローレンスと友人だったのか?」

 ローレンスが答えるよりも先に、コンラッドが後ろから顔をだして話しかけてきた。

「……二人はいつの間にお知り合いなのですか?」

 笑顔のままでのローレンスから、漆黒のオーラが立ち上ってきた。辺りの温度が急に下がってアンドレアはその迫力に押されるように、後ろに下がっていく。

「その…、なんというか、知り合いっていうと語弊があるというか……、なんでもないと言ったほうが……」

「ひどいなぁ。旧校舎の裏で一戦交えたじゃないか。威勢だけ十分で話にならなかったけど、暇潰し程度にはなったかな」

 間違いはないのだが、今のローレンスにペラペラ喋られるのは、非常にまずいとアンドレアは、玉のような汗を流して止めてくれという顔でコンラッドを睨んだ。

「ああ、うちのアルバートに怪我をさせてくれたのは、あなたでしたかコンラッド。確かにちょっと目を離すと、お転婆なので困っているんです。でも、今度私のアルバートに傷をつけたら、私は何をするかわかりませんよ。心に置いておいてください」

「私のアルバートって……」

 ローレンスからはいつもの微笑みの仮面が消えていた。怒りに燃えた瞳を見て、アンドレアは震え上がった。
 一方コンラッドも少し驚いたようだが、慣れたもので何でもないという態度で、こちらは顔色一つ変わらなかった。

「まさか、二人はそういう関係?はははっ…!ローレンスが男と!?これは面白い。あれだけ女と遊びまくっていた男がねぇ……」

 聞き捨てならない情報が耳に入って、アンドレアの汗はスッと引いた。

「ゴホンっ……コンラッド。誤解を招くような言い方は止めてください。女性とは一人一人真摯にお付き合いを……」

「遊び……一人一人……」

 今度はアンドレアがボソッと呟いたので、珍しくローレンスは焦ったような表情になった。

「アン……、アルバート、あの男の言うことは気にしないでください。私が想うのはあなただけで……」

「はははっ!傑作だな!あのローレンスが慌てているなんて!嵐でも来るんじゃないか。これは見ものだ」

「コンラッド!あなたはもうお帰りになってください。とにかく、私の恋人に怪我をさせるなんて許しませんから」

 はいはいと言いながら、手をヒラヒラとさせて、可笑しそうに笑ったコンラッドは教室からやっと出てきた。
 アンドレアの横を通りすぎるとき、ふと思い立ったように、背中に垂らした三つ編みをひょいっと掴んだ。

「寝間着姿の君は確かに可愛かったから、ローレンスの気持ちも少しは分かるなぁ」

 そう言ってコンラッドは三つ編みの先の方を持って、そのまま口に寄せてキスをした。

「なっ!貴様!」

 アンドレアが思わず身構えると、コンラッドは相手にする素振りもなく、クスクスと笑いながら、すたすたと廊下を歩いて行ってしまった。

「……なんだあれは…嫌がらせか?」

 突然、訳の分からないことをしてきたので、アンドレアはちょっと怒りながらその背中を睨んだ。

 すると今度は後ろからローレンスが、ガバッと覆い被さるように抱き締めてきた。

「なんだあれはは、こちらの台詞ですよ。さぁ寝間着姿のアンドレアについてじっくりと話し合おうではありませんか」

「え!?あ……あの、逃げませんからね?冷静に、冷静に話しましょう」

「私の心はいたって冷静です。波音一つしない海のように、これ以上ない静寂に包まれていますよ。さぁ教室でじっくりと続きをしましょう……」

 嵐の前の静けさという言葉が、これほどまでに当てはまる場面もないだろう。アンドレアすでに難破しそうな船からの脱出を諦めて、ただ無事に嵐が過ぎ去ってくれること願った。




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