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第二章

⑬禁断の花を探して

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 ホワイトリリー女学院。
 かつてサファイア王立学園には貴族女子の入学も許されたが、現在は男子のみの受け入れとなっていて、代わりに女子が勉学や淑女としての作法を学ぶために設立されたまだ新しい学校だ。

 主にサファイアの貴族を受け入れているが、希望があれば周辺国の貴族も入学可能となっている。
 16歳から18歳までの女子が集められ、現在は100名近くの生徒が在籍している。サファイアの貴族は女子も学問に触れるべきとしているので、貴族のほぼ全ての令嬢は入学しているそうだ。
 つまり、サファイア国の将来をつくる令嬢達となる。禁薬の効果を考えれば、それはじわじわと国を滅ぼしていく毒になるだろう。

「痩せ薬、肌艶が良くなる、不眠解消に効果……、これは令嬢が飛びつきそうだわ」

 この薬の恐ろしいところは、実際にその効果があるというところだ。美に対しては誰もが憧れを持っている。その効果が目に見えて分かるのならば、自分も試したいと手を出してしまう。そして、気づいた時にはやめられなくなり、幻覚に苦しむことになる。

 馬車に揺られながら資料に目を通していたアンドレアは、果たして自分が上手くやれるだろうかと不安になり、胸に手を当てて外の景色に目をやった。

 家々が建ち並ぶ風景の向こうに、真っ白に輝く城が見える。あの白さがホワイトリリーと呼ばれる由縁でもある。
 崖の上に聳え立つホワイトリリー女学院を見上げながらこれからの日々について頭を悩ませていた。


 アルフレッドからコンラッドとの関係や、レンシアの花についての話を聞かされた。
 わざわざ生徒会まで作って大騒ぎしたのは、コンラッドの悪い癖という首を傾げる理由だったが、ローレンスとライオネルもこの件を解決するように動いていると聞かされて、あの疲れた表情を思い出して納得した。

 サファイア国王子のアルフレッドに頼まれて断れることは少ないのだが、ローレンスのためと聞いてアンドレアは手伝う事を了承した。
 しかし、まず内容を聞いてみる必要があったと少し後悔している。
 聞いたとしても、引き返すのは無理だとは思うのだが、これはいくらなんでも無謀です殿下!という事態だと思うのだ。


 薄桃色の光沢のあるドレスが足元に絡みついて、自分が着ているものを思い知る。
 ドレスを着るなんて久しぶりすぎて、こっちが本来の姿なのに全然落ち着かない。
 髪を垂らすのは長さが足りないので、上で高く結っている。装飾品の類は最小限、多少目立たなくてはいけないが、目立ち過ぎてもダメだと言われている。
 なんて無茶な注文だとアンドレアは頭を抱えた。

 アンドレアは今、ホワイトリリー女学院へ向かっている。
 アンドレアの任務は、令嬢としてホワイトリリーに潜入して、薬をばら撒いているパイプ役の人間に取引を持ちかけること。
 その取引を合同ダンスパーティーの日に設定して、現れた人間を一網打尽に捕まえる、という内容だった。

 まず令嬢として、というのがもともと令嬢の自分からするとなんとも歯痒い展開なのだが、ただ剣で戦うわけではないという力技でどうにかできない状態が辛すぎる。
 根回ししたり頭を使って暗躍するような仕事は不器用な自分には絶対向いていないと思うのだ。
 しかし、引き受けたからにはやるしない。
 今頃ローレンスはこの事に気づいているだろう。
 心配されるのではないかと思うと引き返したくなる気持ちが足元を揺らしていた。アンドレアの不安を表すように、馬車はガタガタと音を立てながら山道を進んで行った。




 □□



 サファイア王国の王の住まいでもあるキングス城。サファイア王立学園の歴代の会長達は、就任が決まるとすぐに城に出向き、サファイアの大臣や貴族にに挨拶をする事になっている。
 慣例行事であるが、久しぶりの生徒会復活ということで、朝早くからローレンスは城へ向かわされ、集まったサファイアの貴族達への面倒な挨拶に追われていた。

 二人の会長と決まったくせに、こういった公の行事は俺はやらないからとコンラッドに拒否されて、すでに頭の血管が切れそうになっていたが、アルフレッドの手前なんとか耐えていた。
 剣技城で熱いキスを交わしたが、昨日はバタバタと部屋に戻ってしまったので、アンドレアの顔が早く見たいとそれだけを考えながら、笑顔を作っていた。

「遅くなった。すまないな、ローレンス」

 日も高くなり一通り終わった頃になってやっとアルフレッドが姿を現した。直ぐに帰れるかと思っていたら、話があると言われて別室に呼ばれた。
 別室には、コンラッドとライオネルもいて、これからの段取りなどを話し合った。

「えぇ…と、事後報告で悪いが、ローレンスに伝えておくことがあってな」

 最後に気まずそうに頭を掻きながらアルフレッドが口を開いた。

「言っておくけど、本人も了承したから進めたんだよ」

 コンラッドも口を出してきて、ますます嫌な予感が込み上げできて、ローレンスのこめかみはピクリと揺れた。

「あ…俺もさっき知ったばかりで驚きなんだ。ローレンス…怒るなよ…頼むから…冷静になってくれよ」

 全員が意味ありげな目で見てきて、この段階で苛立ちが募ってきた。ライオネルがこんな事を言って怯えた目をしているならもう彼女に何かがあったとしか思えない。

「だから、なんでしょう?」

 ローレンスの言葉に部屋の机が揺れた。言葉というより殺気だけで机が揺れたと言ってもいいかもしれない。
 三人の王子は壁に張り付きそうになるほど後ろに下がった。
 ライオネルとコンラッドはお前が言えという目でアルフレッドを見た。
 仕方なく、アルフレッドは小さく口を開いた。

「いやー、ちょっと思いついちゃったの。ごめんね、だって凄い適任だったから……。ローレンスの恋人…、アルバートだけど……、ホワイトリリーに潜入してもらっちゃった」

 えへっという顔でアルバートは首を傾げた。どうやら可愛い顔して逃れる作戦に出たらしい。
 室内は不穏な静寂に包まれた。ローレンスは立ち上がったまま微動だにしない。
 目元は暗く隠れていて表情が読み取れず、王子達はお互い顔を見合わせた。
 しかし、そこは長年の付き合いだからか、動きを察知したライオネルがサッとローレンスの腕を掴んだ。

「待て!だめだ!やめろ!怒るのは分かるがだめだって!」

 壁に張り付いてアルフレッドは両手を上げていたが、コンラッドはいつの間にか離れて窓辺に避難していた。

「私のものを危険に晒すという事は、もちろん死を覚悟されている、という事でよろしいですね。ですから痛みも感じないくらい一瞬で葬ってあげましょう」

 剣を抜こうとする腕を、ライオネルが全体重をかけて掴まえている。ローレンスは冗談じゃなく本気で力を入れているので、ここで止められるのは俺しかいないとライオネルは説得を試みた。

「分かる!怒るのはもちろんだよ!剣がまともに使える令嬢はいないし、アルバートなら女装してもおかしくないだろう」

「ええ、それはもちろん。おかしくなど微塵もありませんね」

「聞けばアルバートは、アルフレッド王子の提案に驚いたようだが、お前のために自分も手伝いたいと自ら申し出たらしい」

「………私のため」

「そうだ。ローレンス、お前が苦労しているから、自分も力になりたいからと言ってきたようだ。ここで剣を抜くのは、そのアルバートの気持ちを無下にすることになる!」

「もちろん一人で潜入するわけじゃない。護衛もつけているから安心してくれ」

 この中で一番大国の王子であるはずのアルフレッドが、怯えながら説明を付け足したが、そんな事でローレンス顔が晴れるはずがなかった。
 しかし、アンドレアの気持ちを考えたローレンスは静かに体の力を抜いて大きなため息をついた。
 どうやら収まったようだとライオネルとアルフレッドは目を合わせて安堵の表情になった。
 ドカッと椅子に座って頭を抱えたローレンスに誰も声をかけられなかった。
 とりあえず退出しようかと、ゆっくり歩き出した三人だったが、ぱっと顔を上げたローレンスにピクリとして全員変な格好で固まった。

「私も生徒として潜入します。繋ぎをつけてください」

「……いや、いくらなんでも、そんなデカい体した令嬢はいないから」

 いよいよおかしくなったのか、ローレンスが無茶苦茶なことを言い出した。

 ライオネルが恐る恐るツッコむ声がむなしく響いたのだった。




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