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第二章
⑫誰のために踊るべきか
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ローレンスとライオネルはみんなの前で簡単な報告だけして、すぐ部屋に戻ってしまった。
きっと色々と事情があるのだと思う。国の王子同士の関係で、話せないこともあるのだろうとアンドレアは頭では納得していた。
もちろんローレンスのためならどんな事でも協力したいが、確かに政治のことなどを言われても現状では自分の手に負えない。
ほとんど目を合わせることもなく部屋に戻ってしまったローレンスの後ろ姿を思い出して、アンドレアは寂しく思っていた。
何か力になれることがあればいいのにと、小さくため息をついた。
食堂での打ち上げを終えて双子と別れ、ルイスと部屋に戻る途中教室に算術の教科書を忘れたことに気がついた。
「いーだろ、そんなモン。もう遅いし」
「だめた!アレがないと眠れないんだ。ちょっと取りに行ってくる!」
ルイスは一緒に付いて来ようとしてくれたが、途中で腹痛を訴えてトイレへ走って行ってしまったので、アンドレアは一人で寮を出た。
今日は祭りの後ということもあり、暗くなってもまだ外へ出るのが許されているし、人も少し残っている。
特に問題なく校舎に入り、教室で教科書を見つけて、それを持って再び歩き出した。
行きと違って人の姿が消えていたが、寮への帰り道にある運動場を通り過ぎようとした時、おーいと声をかけられてアンドレアは立ち止まった。そして、その声の主を見つけて驚きで叫びそうになった。
「あっ…あなたは……!!」
「急に声を掛けて悪かったね。剣技場で見かけたからさ。確か君はローレンスの……恋人?だったかな」
薄暗い運動場に立っているのは、先程剣技場に颯爽と現れた美丈夫、この国の王子アルフレッドだった。
片手に剣を持ち、爽やかに汗を流しながら笑っている姿は神々しくて、ぽかんと眺めてしまった。
「こいつはアルバートと言って、ローレンスの恋人ですよ。あの女好きがまさか男に走るとは俺も驚きでしたね」
アンドレアがボケっとして固まっているからか、アルフレッドの後ろにいたコンラッドが出てきて勝手に紹介された。
聞き捨てならない話を聞いた気がするが、アルフレッドの前で立ち尽くすなど無礼なので、慌てて膝を折って頭を下げた。
「ご挨拶が送れました。ベイフェルムから参りました、アルバート・ブランです」
「あーいーいー、ここではそういうのいいから。アルバートもどうだ?戦いを見ていたら、俺も一汗かきたくなってね」
アンドレアが顔を上げて、二人を見るとそれぞれ剣を持って額に汗をかいていた。どうやら手合わせしていたらしい。
「わ…私は、コンラッド様のように強くは……」
「それは助かる。俺も得意じゃないんだ。力の差があり過ぎて困っていたところなんだよ。お手柔らかに手合わせしてくれると嬉しいんだが」
そこでコンラッドが持っていた剣を投げてきたので、アンドレアは慌ててそれを受け取った。そういえば前にもこんな事があったなとふと思い出して変な気持ちになった。
アルフレッドにそこまで言われて断れるわけもなく、アンドレアは立ち上がって剣を構えた。
アルフレッドは早速突っ込んできたので、アンドレアはその一撃をひらりとかわした。
自信のある一手だったのか、一瞬驚いた顔をしたアルフレッドは、楽しめそうだと言ってニヤリと笑った。
アンドレアは王子相手にどうしたものかと思ったが、とりあえず勝負は勝負なので全力を尽くすことにした。
カシャンと硬質な音がして、飛ばされた剣が地面に落ちた。
お見事、という声に我に返ったアンドレアはなんて事をしてしまったのかと青くなった。
「いやぁ、アルバート、なかなかいい腕だ。細身だが筋肉も付いているし、何より素早い動きでありながら持久力もある。完敗だ」
パチパチと手を叩いて、アルフレッドが近づいて来たので、言っている言葉は賛辞だが、このまま投獄されたらどうしようかとアンドレアは怯えていた。
つい本気を出してしまった。
アルフレッドはそれなりに強かったが隙があり、本人が言った通り得意ではないというそのままだった。
これでも多少手加減をしたのだが、踏み込み過ぎて強く弾いたらそのまま剣を飛ばしてしまった。
「おっと、謝らないでくれよ。何しろ手合わせしながら俺はとても良いことを思いついたんだ。その事しか頭になかった。アルバート、君には先にお礼を言わせてもらうよ」
「………はい?」
「すまないな。立場が高くなると、周りが配慮してくれるから、どうも思い通りに事が運び過ぎて窮屈に感じることはあるんだが、今はこの思いつきが実現する事を切に願っている」
アルフレッドの瞳が嫌な感じにキランと光った。人物が違いすぎるのだが、兄が入れ替わりを頼んでくる時の顔によく似ていて、背中にゾワリと嫌な寒気がして震えた。
「アルバート、君のような男を待っていた。男……というか、待っていたのは女なんだがそれでも君なら出来ると直感で決めた!」
アルフレッドが何を言っているのか分からなくて、どうにか読み取ろうとするが全く何のことだか分からない。
「アルフレッド王子、あの役をアルバートにさせるつもりですか?」
ここでずっと戦いを眺めていたコンラッドが、また意味深な台詞を言いながら近づいて来た。
「そうだ。危険は伴うが、今の腕だ。見ただろう、あれだけ使えれば問題ない」
「まぁ、それは大丈夫だと思いますが…。いいのかなぁ。このことを知ったら発狂する男が一名思い当たりますけど」
「なななっ何なんですか!?お二人とも…さっきから、怖いんですけど…。危険って……」
「アルバート、よく聞いてくれ。これはサファイア国及び周辺国にも多大な影響がある重要な任務だ。まだ小さな種のうちに摘んでおく必要がある。ローレンスやライオネルはすでに関わっているが、それとは別にアルバート、君にしかできない任務があるんだ」
アルフレッドの迫力に押されて、アンドレアはどんどん後退して、ついに運動場の壁まで追い詰められてしまった。
任務と言われて何をさせられるのか恐ろしいし、逃げ出したいのだが、頭にローレンスの事が浮かんできた。
先程のひどく疲れたような表情に、何も出来ない自分がもどかしかった。
「アルフレッド様…、それは…ローレンス様の力になりますでしょうか……。私のような者でも、ローレンス様を助ける事ができるなら…私は……」
「んーーー、ほとんど俺が助かるんだけど、ローレンスもちょっとは助かる方にはいっているかなぁ……」
アルフレッドは目線を逸らしながら頭をぽりぽりと掻いていたが、アンドレアはその言葉を聞いて手に力を込めた。
「でっ…では!私に出来る事なら……」
「よし!アルバート君!よく決心してくれた。今から事情を話すから、これは決して口外しないでくれ」
腕と言われたので、もしかしたら剣術の腕を買われて、合同パーティーの警備などで使われるのかもしれない。
それなら少しは役に立てそうだとアンドレアはアルフレッドの言葉を待った。
しかし、アルフレッド告げられたのは予想できない驚きの内容だった。
□□□
きっと色々と事情があるのだと思う。国の王子同士の関係で、話せないこともあるのだろうとアンドレアは頭では納得していた。
もちろんローレンスのためならどんな事でも協力したいが、確かに政治のことなどを言われても現状では自分の手に負えない。
ほとんど目を合わせることもなく部屋に戻ってしまったローレンスの後ろ姿を思い出して、アンドレアは寂しく思っていた。
何か力になれることがあればいいのにと、小さくため息をついた。
食堂での打ち上げを終えて双子と別れ、ルイスと部屋に戻る途中教室に算術の教科書を忘れたことに気がついた。
「いーだろ、そんなモン。もう遅いし」
「だめた!アレがないと眠れないんだ。ちょっと取りに行ってくる!」
ルイスは一緒に付いて来ようとしてくれたが、途中で腹痛を訴えてトイレへ走って行ってしまったので、アンドレアは一人で寮を出た。
今日は祭りの後ということもあり、暗くなってもまだ外へ出るのが許されているし、人も少し残っている。
特に問題なく校舎に入り、教室で教科書を見つけて、それを持って再び歩き出した。
行きと違って人の姿が消えていたが、寮への帰り道にある運動場を通り過ぎようとした時、おーいと声をかけられてアンドレアは立ち止まった。そして、その声の主を見つけて驚きで叫びそうになった。
「あっ…あなたは……!!」
「急に声を掛けて悪かったね。剣技場で見かけたからさ。確か君はローレンスの……恋人?だったかな」
薄暗い運動場に立っているのは、先程剣技場に颯爽と現れた美丈夫、この国の王子アルフレッドだった。
片手に剣を持ち、爽やかに汗を流しながら笑っている姿は神々しくて、ぽかんと眺めてしまった。
「こいつはアルバートと言って、ローレンスの恋人ですよ。あの女好きがまさか男に走るとは俺も驚きでしたね」
アンドレアがボケっとして固まっているからか、アルフレッドの後ろにいたコンラッドが出てきて勝手に紹介された。
聞き捨てならない話を聞いた気がするが、アルフレッドの前で立ち尽くすなど無礼なので、慌てて膝を折って頭を下げた。
「ご挨拶が送れました。ベイフェルムから参りました、アルバート・ブランです」
「あーいーいー、ここではそういうのいいから。アルバートもどうだ?戦いを見ていたら、俺も一汗かきたくなってね」
アンドレアが顔を上げて、二人を見るとそれぞれ剣を持って額に汗をかいていた。どうやら手合わせしていたらしい。
「わ…私は、コンラッド様のように強くは……」
「それは助かる。俺も得意じゃないんだ。力の差があり過ぎて困っていたところなんだよ。お手柔らかに手合わせしてくれると嬉しいんだが」
そこでコンラッドが持っていた剣を投げてきたので、アンドレアは慌ててそれを受け取った。そういえば前にもこんな事があったなとふと思い出して変な気持ちになった。
アルフレッドにそこまで言われて断れるわけもなく、アンドレアは立ち上がって剣を構えた。
アルフレッドは早速突っ込んできたので、アンドレアはその一撃をひらりとかわした。
自信のある一手だったのか、一瞬驚いた顔をしたアルフレッドは、楽しめそうだと言ってニヤリと笑った。
アンドレアは王子相手にどうしたものかと思ったが、とりあえず勝負は勝負なので全力を尽くすことにした。
カシャンと硬質な音がして、飛ばされた剣が地面に落ちた。
お見事、という声に我に返ったアンドレアはなんて事をしてしまったのかと青くなった。
「いやぁ、アルバート、なかなかいい腕だ。細身だが筋肉も付いているし、何より素早い動きでありながら持久力もある。完敗だ」
パチパチと手を叩いて、アルフレッドが近づいて来たので、言っている言葉は賛辞だが、このまま投獄されたらどうしようかとアンドレアは怯えていた。
つい本気を出してしまった。
アルフレッドはそれなりに強かったが隙があり、本人が言った通り得意ではないというそのままだった。
これでも多少手加減をしたのだが、踏み込み過ぎて強く弾いたらそのまま剣を飛ばしてしまった。
「おっと、謝らないでくれよ。何しろ手合わせしながら俺はとても良いことを思いついたんだ。その事しか頭になかった。アルバート、君には先にお礼を言わせてもらうよ」
「………はい?」
「すまないな。立場が高くなると、周りが配慮してくれるから、どうも思い通りに事が運び過ぎて窮屈に感じることはあるんだが、今はこの思いつきが実現する事を切に願っている」
アルフレッドの瞳が嫌な感じにキランと光った。人物が違いすぎるのだが、兄が入れ替わりを頼んでくる時の顔によく似ていて、背中にゾワリと嫌な寒気がして震えた。
「アルバート、君のような男を待っていた。男……というか、待っていたのは女なんだがそれでも君なら出来ると直感で決めた!」
アルフレッドが何を言っているのか分からなくて、どうにか読み取ろうとするが全く何のことだか分からない。
「アルフレッド王子、あの役をアルバートにさせるつもりですか?」
ここでずっと戦いを眺めていたコンラッドが、また意味深な台詞を言いながら近づいて来た。
「そうだ。危険は伴うが、今の腕だ。見ただろう、あれだけ使えれば問題ない」
「まぁ、それは大丈夫だと思いますが…。いいのかなぁ。このことを知ったら発狂する男が一名思い当たりますけど」
「なななっ何なんですか!?お二人とも…さっきから、怖いんですけど…。危険って……」
「アルバート、よく聞いてくれ。これはサファイア国及び周辺国にも多大な影響がある重要な任務だ。まだ小さな種のうちに摘んでおく必要がある。ローレンスやライオネルはすでに関わっているが、それとは別にアルバート、君にしかできない任務があるんだ」
アルフレッドの迫力に押されて、アンドレアはどんどん後退して、ついに運動場の壁まで追い詰められてしまった。
任務と言われて何をさせられるのか恐ろしいし、逃げ出したいのだが、頭にローレンスの事が浮かんできた。
先程のひどく疲れたような表情に、何も出来ない自分がもどかしかった。
「アルフレッド様…、それは…ローレンス様の力になりますでしょうか……。私のような者でも、ローレンス様を助ける事ができるなら…私は……」
「んーーー、ほとんど俺が助かるんだけど、ローレンスもちょっとは助かる方にはいっているかなぁ……」
アルフレッドは目線を逸らしながら頭をぽりぽりと掻いていたが、アンドレアはその言葉を聞いて手に力を込めた。
「でっ…では!私に出来る事なら……」
「よし!アルバート君!よく決心してくれた。今から事情を話すから、これは決して口外しないでくれ」
腕と言われたので、もしかしたら剣術の腕を買われて、合同パーティーの警備などで使われるのかもしれない。
それなら少しは役に立てそうだとアンドレアはアルフレッドの言葉を待った。
しかし、アルフレッド告げられたのは予想できない驚きの内容だった。
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