優しい風に吹かれて、あなたと

朝顔

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 大広間には豪華なシャンデリアが光っていて、会場を柔らかく上品に照らしていた。
 楽団の優雅な調べに合わせて、男女が体を密着させながら踊っている。
 この会場に入って、久しぶりに冷たい視線を浴びて、戻ってきたのだと実感した。

「ねぇ……あの方……」

「次は誰を…………もう誰も相手にしないでしょう」

「こんなところに来て……恥を知らないのかしら?」

 昔はパーティーなんてほとんど出ていなかったのに、こちらでもすっかり顔は知られているようだ。同じような台詞を背中に浴びすぎて、耳の位置を変えたほうがいいと思うくらいだった。

 私は飲み物を取りに行きながら、さりげなく兄の姿を探したが見つからない。招待状を送ってきたのは兄ではないかと考えていた。
 フレデリックは兄が黒帳簿にもうすぐ手が届きそうだと言っていた。
 もしかしたら、今夜。もしくは、すでに手にしているか。
 いずれにしても、今夜なにかが起こるのだと私は緊張しながら辺りを見回した。

 このパーティーは主催者がカーティスの妻ハティーだと聞いていたが、本人の姿は確認できない。
 参加者は銘々楽しんでいる様子だが、ハティーの姿がないらしく困惑の声が広がっていた。

「クリスティーナ、エリオットは?見つかったか?」

 ボケっと立っていたら、耳元にアレックスの声がした。二人で会場入りしてから、二手に分かれて行動していた。
 二人で人気のいない場所に移動して状況を確認した。

「いいえ。カーティス様はいましたか?」

「いや……。だが、パンドレア侯爵はいたぞ。あの一段高い間の奥にいる。反対派の男達と酒を飲んでいる」

「おかしいと思いませんか?ハティー様の姿がないのです」

「ああ、そもそもハティーはカーティスとは別の屋敷で暮らしているらしい。だから、彼女が主催だと聞いて噂好きな貴族達がこぞって集まっている。こんなに人数を集めて……、何が始まるのか……」

 人気のないところにいても、どこからか痛い視線が飛んできて、それを肌で感じる。会場入りした時も、アレックスと一緒だったので明らかに敵意が入り雑じった強い視線を感じた。
 すらり背が高く、男らしさの中に上品な色気があるアレックスは、どこにいても目を引く存在だ。好意を寄せる令嬢はたくさんいるだろう。

 馬車の中での私の告白は、アレックスの分かったという一言で終わってしまった。
 何か分かってくれたらしいが、愛を確かめ合うように抱き合うとかそんな展開は欠片もなく、その後はアレックスはずっと無言で顔を伏せていた。
 お互い好きだと言っているのに、なぜか距離のある関係に疑問しかなかったが、恋愛初心者の私にはこれ以上どうしたらいいのか分からなかった。
 それでも好きな気持ちは溢れてくるので、時々じっとアレックスの姿を見つめてしまう。
 タキシードを着こなしているカッコいい姿に、こんな時だがクラリときてしまって、思わず身を寄せてしまった。

「…………ク……リスティーナ、そっ……その近くないか?あまりくっついては……」

 私が近付くとアレックスは焦ったように赤くなって距離を取ってしまう。せっかく綺麗なドレスを着たのだからこんな時は少しでも近くにいたかった。
 パーティー用のドレスなんて久しぶり過ぎて、流行も何も分からなかったので、カイルに頼んで急遽用意してくれる仕立屋を探した。
 時間がないので既製品のものでサイズを合わせてもらった。
 今の流行だという、胸元が四角く開いたドレスに白黒の縦ストライプの柄、胸元には青い花の飾りが散りばめられている。少し派手に感じたがお洒落で可愛いドレスだと思った。

「………ずっと思っていたが。少し……空きすぎじゃないか……その……そこが……」

「そうですか?他のご令嬢方とあまり変わりないものを選んだつもりだったのですが……。おかしい……ですか?」

 アレックスは赤い顔でグラスの水をごくごくと飲んでいたが、変なところに入ってしまったらしく、ゲホゲホと苦しそうにむせた。

「おっ……おかしいというわけでは……」

「……アレックス様に……喜んでもらいたくて……」

「おおっ……クリスティーナ……」

 まさか水で酔ってしまったのか、アレックスは顔を押さえて、ふらふらと倒れ込むように壁にもたれた。

「だめだ……こんなところで……、何が起こるか分からないのに……………」

「どうされたのですか?何をぶつぶつと……」

「くっ……クリスティーナ……水を……水を持ってきてくれ」

「はっ……はい。分かりました」

 背中でもさすってあげようかと近づいたら、必死の形相のアレックスに水を頼まれたので私は慌ててその場を離れた。

 誰かに水を頼もうと歩いていたら、驚いたように自分の名前を呼ぶ声がした。
 顔を向けると、記憶にある声と変わりない、低すぎず高すぎず、透き通ったような声の持ち主が私の方を見て立っていた。

「カーティス様……お久しぶりです」

「君がこのパーティーにいるなんて……、そうか……彼のゲストは君だったのか……」

 銀色の髪は神々しい輝きを放っていて、深いブルーの瞳はミステリアスな美しさがある。声と同じく透き通った肌は白く美しい。五年の時を経て、ますます鮮やかに麗しい人になっていた。

「クリスティーナ、とても綺麗になったね」

「カーティス様もお元気そうで……」

「君にはずっと謝らないといけないと思っていたから……、本当に悪いことをしたよ。自分の野望のために君を見捨ててしまった」

「……カーティス様」

 あの別れ際の薄情なカーティスばかり思い出していたけれど、今目の前にいるのは自分がずっと好きだった時の優しいカーティスに見えた。
 今さら気持ちが戻ることはないけれど、最悪だった記憶が違うもので包まれたみたいにぼやけて揺らぎ始めた。

「最後に君に謝ることができて良かった」

「え……それは……、どういう……?」

 こんな時に最後という冗談のような別れの言葉を聞いて、一瞬何を言われたのか分からなかった。カーティスと目が合うと、カーティスは目を細めてふわりと微笑んだ。

 その時、チリンチリンとベルの音が鳴って、人々の注目が奥の間に注がれた。
 音の方向にはパンドレア侯爵のグループがいて、視線はそこに集まったが、パンドレア侯爵も急に誰かがベルを鳴らしたので、驚いているようだった。

「なっ……なんだ。今俺の近くに来たやつが勝手にベルを…………」

「パンドレア侯爵……、今日この夜この場所に貴方をお呼びするために、長い長い時間をかけて準備してまいりました」

 私の前にいたカーティスはいつの間にか移動していて、大広間の中央でパンドレア侯爵に向かって大きな声を上げた。
 途端にカーティスに注目が集まるが、本人はまるで役者のように大袈裟に振り上げた手を胸に当てて満足げに微笑んだ。

「カーティス……、どうした?なんの真似だ?ハティーはどこだ?ハティーに呼ばれてきたんだ」

「ハティーはすでに恋人と国を出ています。これは彼女との約束でしたから……」

「なっ……!?何だって……なんだこの茶番は!?」

「今日お集まりいただいた皆様には、ぜひこの男の罪の証言者になっていただきたいと思います。この男、パンドレア侯爵は自らの地位を利用し王弟ザダン様に近づき、国王陛下暗殺を目論んでいます」

 集まった者達がザワザワと騒ぎ出して会場は騒然となった。

「なっ……!どっ……どういうことだ!?貴様……!」

「貴方に近づいたのは全て証拠を集めるため、陛下暗殺計画はすでに王宮に伝えました。貴方の指示した文書や、毒殺に使用する予定だった品々も押収されていると思います。長かったです。信頼を得て、貴方が動き出すのをずっと待っていました。陛下も反対派の動きを警戒していましたので、話は早かったです。すでにこの会場は王宮の兵士に囲まれています」

「カーティス!!貴様!!裏切ったな!!なぜ!なぜだ!なんのためにこの俺を……!!」

 怒りに燃えて真っ赤になったパンドレア侯爵がカーティスに駆け寄って、ぐわっと胸ぐらを掴んだ。
 二人の周りからは、さっと人が引いていき大きな空間が開いた。

「往生際が悪いですよ。五年前、貴方は輸入品の横流しをしていたことを、クロボーサ子爵に勘づかれて、証拠を捏造して自分の罪を全て子爵にかぶせて失脚に追い込んだ。ご丁寧に保管していた黒帳簿はすでにすり替えて本物は、しかるべき人物に託しました。証拠として提出されればそちらの罪も合わせて極刑は免れないでしょうね」

「きっ……貴様……!ふざけるな!なぜだ!なぜこんな……!!」

「…………私の母はある男に弄ばれて捨てられた。男に捨てられた後、母は妊娠していることに気がついた。母は俺を産んだ後、精神を病み病院に入りますが、その後、自ら命を絶ちました。母の名前は……、ライラ。ライラ・サフィニア」

「なんだって……」

 いつの間にか私の後ろに支えるようにアレックスが立っていた。周囲と同じく事態を眺めていたが、その名前に驚きの声を上げた。

「ということは……おっ……お前は……私の…………」

「その先は言わないでください。貴方の口からなど聞きたくもない」

 カーティスの台詞を待っていたかのように、会場の入り口から兵士がどっと押し寄せるように入っていた。
 招待客達は皆驚き、慌てながら、巻き込まれたくないと出口に殺到して大混乱になった。
 それを好機とみたのか、パンドレア侯爵は踵を返して反対側の方へ走り出した。

 兵士達がそれを見つけて追いかけようとしたが、パンドレア侯爵は近くのランプを床に叩きつけた。中のオイルが飛び散ってカーテンに火が移り、会場の奥はあっという間に火が広がった。

「大変!侯爵が……!」

 私が慌てて叫ぶとカーティスは大丈夫だと言った。

「これは予想していたんだ。あちらに裏口があることは前に話してあるから、火でも使ってそっちに逃げるだろうって。すでに裏口は兵士が固めている」

 火が出たことで人々は叫びながら逃げ惑っていたが、兵士の誘導でどんどんと外へ逃げ出していた。
 だんだんと広がっていく火の海を背にして、カーティスはぼんやりと遠くを見るようにして立っていた。

「クリスティーナ、火の回りが早い!そろそろ出ないと逃げ遅れるぞ!」

 アレックスの叫び声で私は現実にはっと現実に戻ったが、カーティスは動こうとしなかった。

「カーティス様、行きましょう!早く逃げないど!」

「クリスティーナ、俺はあいつの信頼を得るために、悪事にも手を染めた。全て復讐のためだったけど、その報いは受けないといけない」

「そんな……、生きていれば……ならば生きて、たくさんの人を助けてください。カーティス様を必要としている人はいるはずです!」

「…………あの時、助けてあげられなくてごめん。君は逃げて幸せになって」

「クリスティーナ!!だめだ!もう待てない!」

「なっ……!離して……まだ……まだカーティス様が……!」

 火はカーテンを駆け上がり天井へまわり、天井が崩れ始めた。床に広がった火はどんどんと範囲を広げて、逃げ道を消していく。
 アレックスはついに私を持ち上げて担ぎ走り出した。

「カーティス様!カーティス様!」

 崩れていく広間の真ん中でカーティスはこちらを見ながら微笑んでいるように見えた。復習を果たして生きる希望をなくした男。かつて愛した人が一人で死んでいく姿を止めることができないのは辛かった。

 無力な私の叫び声は炎を包まれて消えていった。外に脱出してから火は手がつけなれないくらいの業火となり空高く燃え上がった。
 間もなくして建物は崩壊したが、その火は朝を迎えても消えることなく燃え続けたのだった。




 □□



「結局エリオットはどこにいるんだ?」

 あの夜会から少し経って、アレックスの屋敷にフレデリックが訪ねてきて、三人で近況を話し合っていた。

「ええと……。一応元気だって手紙は来ましたけど……。忙しいからまた連絡するって」

「なんだそれは……、クリスティーナは心配しているのに!」

 アレックスは眉間にシワを寄せて怒っているので、私はなだめるように強く握られた手に触れた。

「ありがとうございます。私は大丈夫です。兄はこうと決めたら真っ直ぐな人で、きっと今は自分の信じる道を歩いているような気がするのです。兄が幸せであるなら、私はそれで十分です」

 私が微笑んでアレックスを見つめると、頬を赤くしたアレックスは分かったと小さい声を出した。

 あの夜、パンドレア侯爵は捕まり、陛下暗殺計画に関わった反対派のメンバーも次々と捕まっていった。
 父の不正の証拠とされたものは捏造で、当時の裁判官は侯爵から金を受け取っていたことか分かった。黒帳簿も王宮に届けられて、侯爵は極刑になるだろうと言われている。裁判はやり直すことが決まり、父は無罪で釈放される見込みだ。すでに面会にも行って、父と娘の対面は果たした。苦労をかけたと言われたが、私は顔を振って父に抱きついて再会を喜んだ。父は釈放後は田舎の家でのんびり暮らしたいと元気そうに笑っていた。
 父の借金もまた、混乱を狙ったパンドレア侯爵の仕業で、アレックスが調査を進めてくれて、全部ではないが、かなりの額を取り戻すことができた。

 すべて上手く解決したかと思えるのだが、やはりカーティスのことだけが暗い影を落としていた。
 あの火事での怪我人はいなかった。行方不明なのはカーティスのみで、焼け跡から死体も発見されなかった。跡形も残らず燃えてしまった可能性もあるが、私はまだ彼がどこかで生きていてくれるような気がした。

 アレックスによると、ライラは大人しくて優しい人だったそうだ。
 調べたところによると、学生時代、先輩だったパンドレア侯爵に体を弄ばれて捨てられたそうだ。子を宿したことが分かったライラは一人行方をくらませた。
 どこかでひっそりと子供を産み、その子を教会に預けてまた姿を消した。
 手を尽くしてオステオがライラを発見したときは、すでに地方の病院に入っていて、意志疎通ができなかった。
 そのため、ライラが妊娠していたことも、子供を産んでいたことも知らなかったそうだ。

 カーティスは養子になりレイヴン家で育てられるが、自分が教会に預けられていたことを知り、大きくなってからその教会を訪問した。ライラは本人が来たら渡して欲しいと言って手紙を託していたらしく、それを受け取ったカーティスはライラとパンドレア侯爵について知ったのだろう。
 ここからは想像だが、カーティスはライラを探し出したが、ライラが無念のうちに自ら命を絶ったことを知る。ずっとパンドレア侯爵を憎み続けていたことを知って、自分が母の無念を晴らそうと心に決めたのではないだろうか。

 私との婚約は幼い頃に決められたものだったし、父が投獄されピンチに陥っている時、カーティスはパンドレア侯爵から自分の娘との縁談を持ちかけられていた。
 それは、レイヴン家が手掛けていた事業の利益を吸いとるための侯爵に都合のいいものだったが、野心家の仮面を被りカーティスはその話に乗ったのだ。

 母のために自分の父である人を倒す。カーティスの悲しい復讐を知ってしまった今は、私の苦い失恋などは吹き飛んでしまった。
 もう裏切られたとか、そんな恨むような気持ちはない。
 当時ひどい噂が流れたが、それはカーティスではなく、別の誰かが流したものだと今は思っている。
 パンドレア侯爵の娘、ハティーは結婚前から身分違いの恋人がいたらしく、カーティスがどこまで打ち明けていたか知らないが、今はその恋人と外国で暮らしていると思われる。

「ところで、お二人の結婚式はいつですか?」

「は?」
「はい!?」

 フレデリックがお茶を飲みながらのんきにそんな事を言い出したので、声を揃えて驚いてしまった。

「驚くのはこっちですよ。二人の熱い姿を目の前で見せられて、それで何も関係ありませんとか言われたら、それこそ驚きです」

「あっ……熱いなんて……そんな私達はまだ……」

「ゴホン!そうなんだ。決まり次第連絡する。早く二人になりたくて、ウズウズしているので、そろそろ帰ってくれるとありがたい」

 アレックスの言葉にフレデリックは分かりましたと言って決まったら教えてくださいと言って、足取り軽く楽しそうに帰っていった。

「まぁ……アレックス様、あんな事をフレデリック様に仰って……、本気にされたら…………」

「俺は本気だ」

 その場しのぎの言葉かと思っていたら、アレックスは真剣な顔をして立ち上がり私に近づいてくると、片膝をついてひざまづいた。

「クリスティーナ、君を妻にしたい。色々ゴタゴタしていて、二人のことについて考える時間もなかったが、これでやっと向き合うことができる。君が好きだ。この先の人生を君と歩いていきたい。どうか手を……この手を取って欲しい」

「…………私で本当によろしいのですか?オステオ様との関係をアレックス様は知っていただきましたが、周りの人々にはまだ色々なことを言われると思います。その度に嫌な思いをさせてしまったら……アレックス様の大事な方が離れていってしまうかもしれないです。そんなことになったら……」

 すぐに手を取りたかったが私は躊躇した。この前の夜会でも常にヒソヒソと色々言われていた。そういった事で、この先アレックスが傷付いて欲しくなかった。

「クリスティーナ……、俺は君がいいんだ。他の誰かに何を言われても構わない。君が愛しくてたまらない。君じゃなきゃだめなんだ……」

「アレックス様……」

 私は震える声でアレックスの手を取った。触れたらきっともう離すことはできないと思っていた。
 焼けつくような視線を感じて目を合わせたら最後、アレックスの瞳のなかに捕らわれてもうどこかへ飛ぶことはできなくなった。

 それでいい。
 羽をもがれた蝶になっても、アレックスの側にいられるなら私はそれでいい。
 夫婦という新しい羽をつけて、今度は二人で飛んでいけるのだから……。

 込み上げてくる思いに背中を押されるように、アレックスの胸に飛び込んだ。

 わずかに開けられていた窓から暖かな風が吹き込んできた。新しい季節はもうすぐそこまで来ていた。



 □□


 月明かりに照らされた大きなベットの上で、私とアレックスは一糸纏わぬ姿で抱き合っていた。

 アレックスの大きくてゴツゴツとした手が私の体を這い回り、触れられた場所は熱を持ったように熱くなり官能の波が絶えず押し寄せていた。

「んっ………はっ……そこっ……もっ……優し……く……」

 月明かりの下で白く光るように揺れる私の乳房を揉みながら、アレックスは赤く色づいた蕾に歯を立てて吸い付いてきた。

「すまない……、最高に柔らかくて……興奮で頭がおかしくなりそうだ」

 私の初めてを乱暴に奪ってしまったとして、アレックスはベッドを共にすることを躊躇っていた。
 必要以上に気を使ってくるので、じれったくなった私は強引にベッドへ誘った。
 このままではいつになっても、手を繋ぐだけでお互い赤くなって終わってしまいそうで、私は早くアレックスに触れたくてたまらなかったのだ。
 アレックスもまた同じ気持ちでだったようで、ベッドに入った途端、我慢の線がプツリと切れたみたいに覆い被さってきた。
 私は待ちわびた重みに喜びで全身が震えるのを感じながら、夢中でアレックスとのキスに夢中になった。

 そこからは初めて感じる快感に翻弄されて、アレックスに触れられるだけで喘ぐ声がずっと止まらなかった。

「あっ……あん、アレックス………気持ち……いい」

「くそ……、なんて可愛い声なんだ……はぁはぁ……もう我慢ができない」

 優しく抱こうと思ってくれたらしくアレックスは、時間をかけて私の身体中を愛撫してくれた。
 おかげで私の蜜壺からは、とくとくと愛液が流れ出てシーツを濡らすほどだった。
 アレックスの熱も限界まできているのだろう。ぽたぽたと汗を垂らして苦しそうに目を揺らしていた。

「は……ぁ……、も……きてくださ……い」

「しかし……もし痛みがあったら……君を傷つけたくない」

「もう、大丈夫です……はやく……、アレックスさま……はやく私の……中にきてくだ……さい」

 心も体もトロけてしまい、熱のこもった目でアレックスを見つめたら、アレックスはううっと唸り声をあげた。

「やばい……今ので軽く…………。クリスティーナ……、どこでそんなおねだりを………天然か……なんて恐ろしい…………」

 苦しそうにぶつぶつと言いながらアレックスは、体の下になった私を様子を見ながら、焼けるように熱くなったペニスをゆっくりと挿入してきた。

「あっ……んんつああ!!あつい……」

「くっ……だ……大丈夫か?クリスティーナ……」

「だ……うぶ……、アレックスさまの……大きいのが……わたし……なか……いっぱい……」

 最初は前回と同じく痛みがあったが、時間をかけて愛してくれたからか、アレックスのものは順調に奥に入っていった。全部入ったと言われたときは、お互い汗だくで全力疾走したみたいに息を切らしていた。

「……ここはもう俺のものだ……俺のクリスティーナ」

「愛しています……アレックス様」

 しばらく体を繋げたまま抱き合ってきたが、私の様子が慣れてきたら、アレックスはゆっくりも律動を開始した。

「ふっ……ん……んぁ……う……」

「はぁ……あぁ……クリスティーナ……クリスティーナ」

 遠慮がちに揺れていたが、それがだんだん強いものに変わり、大きなベッドがギシギシ音を立てて揺れるほど抽送は激しいものになった。

「すまな……クリスティーナ……良すぎて……とまらな……」

「あぁ……アレックス……さ……ま」

 いつも理性的で大人の余裕があるように見えるアレックスが、自分の上で高揚した顔で感じている姿はたまらなく愛しく思えた。子宮が波打つように雄を飲み込んで、ぎゅっと締め付けた。

「くっ……だめだ……クリスティーナ……出すぞ!」

 アレックスがぶるりと体を震わせながら私を強く抱きしめたら、子宮の奥に熱く爆ぜる熱を感じた。これが精なのだと私の体全体も喜びで震えた。アレックスの射精は長く、詰めたような声を出しながら、どくどくと体の中に注ぎ込まれた。

「あ……す……すごい。たくさん……嬉しいです」

「好きだ……愛している、クリスティーナ。君と……ずっと繋がっていたい」

 まだ覚えたての快感は、私の中に芽吹いて徐々に体を変えていくような気がした。
 愛する人と心も体も繋がることがこんなにも幸せなのだと知って私の瞳からはぽろりと涙がこぼれた。
 私もアレックスと同じ気持ちで、離れることはできず、一晩中ずっと繋がったまま何度も愛を確かめ合ったのだった。


 □□


「クリスティーナ様、お手紙ですよ」

 テラスで椅子に座って刺繍をしていたら、庭の方からネイトがちょこんと現れた。

「まぁ、そんなところから。急ぎの連絡かしら」

 差出人を見てくださいと言われて、そこにか書かれた名前を見て私は目を大きく開いた。
 ネイトはこれを見て私が喜ぶと思って、庭を走ってきてくれたのだ。

 すぐに封筒の封を切って手紙を取り出して、少し緊張しながら目を通した。
 差出人は兄のエリオット。フレデリックには気まぐれに連絡しているらしいが、ここに来てから私に手紙が来たのは初めてだった。

『クリスティーナへ。
 元気でやっていると聞いています。なかなか君に連絡が取れなくてごめんよ。個人的にちょっと気まずい気持ちもあって……。とにかく元気でやってるならいいよ。結婚したらしいね。もうすぐ式も挙げると聞いて喜んでいます。頼りない兄でごめんね。アレックス様にたくさん愛されて幸せになってね。
 俺の方は、今とても幸せです。幸せにしてあげたい人もいます。いつかは紹介したいけど、まぁいつかね。とにかく二人の幸せを祈っています。転々としているから、またこちらから連絡します』

 何度か読み上げたが内容が入ってこなくてポカンとしてしまった。自由人な兄らしいといえば兄らしい手紙だった。
 とにかく私の幸せを願ってくれて、兄自身も幸せらしい。それだけ分かれば十分だろう。

「あら……他にもなにか……」

 封筒を逆さにしたら、ひらりと落ちてくるものがあった。それは青い花びらだった。
 その深い色になぜだか見覚えがある気がして手にとって眺めてしまった。

「クリスティーナ、エリオットから手紙が来たらしいな」

 仕事が早く終わったのか、アレックスが屋敷からテラスに出てきて、私の目の上にキスを落とした。

「ええ、これが封筒の中に……」

「マチスの花びらか……、そんなものを入れるとは……お前の兄はまるで詩人のようだな」

「マチス……………」

 口に手を当てて黙りこんでしまった私の顔をアレックスが不思議そうに覗きこんだ。

「どうした?なにかあったのか?」

「…………いえ。少し冷えてきたので、中で温かいお茶でも飲みましょう」

「それはいいが……」

 思いついたものがあったが私はそれを口にはしなかった。いつかきっと、兄の口から紹介されるのを楽しみに待つことにしようと思ったのだ。
 一人取り残されたように不思議そうな顔をするアレックスに、とびきりの笑顔で笑いかけた。

「アレックス、言い忘れてました。お帰りなさい」

「ああ、ただいま」

 背伸びをした私の唇が、アレックスの唇に重なった時、テラスに通じるドアは二人の甘い時間を邪魔しないように、控えめな音でそっと閉まった。






 □完□
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