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 エルダが顔を上げると、そこにはアランの姿があった。
 また記憶がぼんやりしていたが、顔を見たら、ああアランだと思い出した。
 平坦で平凡な顔立ち、糸のような目がもっと細くなり、小さな口が動いたのが見えた。

「え? 何か仰った?」

「ごめっ、あ……あの、一緒に帰ろうって……誘いに……」

 ああ、そういうことかと、エルダは心の中で頷いた。
 彼とは付き合うことになったのだ。
 恋人同士なら一緒に帰るもの、他の生徒もそうしているし、それで誘いに来てくれたのだろう。
 エルダが断るかと思っているのか、アランから不安そうな雰囲気が見て取れた。

「ええ、帰りましょう」

「ほ、本当に! グレイス家は市街だよね? うちの馬車で送るよ。大きくて振動も少ないから、それに、飲み物も用意しているし、お菓子も……あ、寒かったら膝掛けもあるから……」

 ぱっと明るい光が飛び出したかのように、アランは頬が赤くなり笑顔になった。
 聞けば、指を折って数えながら、アレがあるコレがあると教えてくれるので、もしかしたら、一生懸命考えて用意して来てくれたのかもしれないと思った。
 自信なさげなところは、オースティンと正反対だ。
 だけど、健気なアランの様子に、エルダの胸はぽっと温かくなった。

「ありがとう、アラン」

 笑顔でお礼を言ったら、アランの顔はもっと赤くなって、口から火が出そうなくらいになった。
 そういえば、告白した時は怒った顔で、後はずっと仏頂面だった。
 彼の前で笑ったのは、初めてかもしれないと気がついた。

 アランは赤い顔のまま、ポケットからハンカチを取り出して、自分の手をゴシゴシと拭いた後、少し照れながら手を差し出してきた。
 手を繋ぐには少し早い気がしたが、頭の中にオースティンの顔がチラついたエルダは、慌てて首を振った。
 手を繋いで帰ったら、明日には付き合っているという噂が広まっているだろう。
 まるで当てつけみたいだなと思いながら、もうどうにでもなれと、エルダはアランの手を掴んだ。

 馬車の中で、対面に座ったアランは、どう見ても慣れていない様子で、最近の流行についての話題を口にしてきた。
 エルダが関心を持つような話題を考えてきたのか、汗をかきながら、流行の食べ物やドレス、お店について話していた。
 一生懸命にアランが話す様子を、エルダは時々返事をしながら、ぼんやりと聞いていた。
 息を切らしながら、ひとしきり話し終えたアランは、エルダと目が合うと、また顔を赤くした。

「今でも信じられないよ」

「え?」

「だって……、エルダが告白してくれたなんて……。エルダのことは知っていたよ。一度見たら忘れられない美人だって、みんな話していたし、別の世界の人だと……。僕がこんな綺麗な人と付き合えるなんて思わなかった」

「綺麗だなんて……、私、自分の顔はあまり好きじゃないわ」

 エルダは自分でも鏡を見ると、顔の濃さに喉が渇くような気分になる。
 ヒロインのような、甘く可愛らしい顔立ちならよかったのにと、何度思ったか分からない。
 わずかな苛立ちに手を震わせた時、その手をガッとアランが掴んできた。
 思わぬ男らしい勢いに、エルダは反応することができずに固まってしまった。
 何を言われるのだろうと、エルダは目を瞬かせたが、アランの勢いは手を掴んだところで止まってしまった。

「ご、ごめんっ、エルダが悲しそうな顔をしていたから……急に、ビックリしたよね」

「もしかして、元気づけようとしてくれたの?」

 エルダがそう言うと、アランはまた顔を赤くして頷いた。
 不器用だが、優しい人。
 エルダの言葉を否定したり、変に褒めたりするわけではなく、ただ、寄り添おうとしてくれた。
 いつもぼんやりしていたが、エルダはやっとアランの顔が頭に入ってきた気がした。

「ねぇ、アラン」

「は、はい!」

「私、誰かとお付き合いするのって初めてなの」

 今度はアランがぼんやりとする番だった。
 細い目から少しだけ瞳が見えたが、何色かは分からなかった。

「デートがしたいわ。色々な所へ遊びに行くのが夢だったの」

 アランも同じことを考えていたのか分からないが、アラン顔が嬉しそうに輝いたように見えた。

「分かった。色々なところに行こう」

 ガラガラと音を立てて進む馬車の中、エルダは自分の中で何かが動き出したのを感じていた。


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