姫の駆け落ちを助けた護衛騎士ですけど、代わりに結婚するとか聞いていないのですが。

朝顔

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第二章

閉ざされた扉

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「そこだ、そこでターン。よし、今度は上手く……」
 エリザベスの声が響き、ステファンはくるりと回る。練習相手を務めてくれたギルバートの 「ゔっ」 という鈍い音が聞こえて、ステファンはハッとした。
 優雅に回転したつもりが、膝が上がってしまい、ギルバートの腹に直撃していた。
「わっ、わっ、大丈夫!? ゴメン、ギルバート!」
「だ……だいじ……ぶです。何も、……問題……りません」
 腹を押さえたギルバートが汗を流しながら笑う姿を見て、エリザベスが大きなため息をついた。
「問題はあるけど、まぁ最初に比べたら……まだよくはなった」
「よくないですよ! あああ……どうしよう。何で……なぜ、私は……」
 エリザベスのダンスレッスンは、数日かけて朝から晩までみっちりと行われた。相手役をつけての練習が始まると、薄々気が付いてはいたが、ステファンの欠点が浮き彫りになった。
 動きに力が入り過ぎるのか、戦いが体に染み付いているからか。ステファンは踊りながら余計な動きをして、無意識に相手を攻撃してしまうのだ。
「これではみんなの前で、リュシアン様を殴ってしまう……」
 頭を抱えるステファン肩を、ポンとエリザベスが叩いた。
「短い時間だけどステファンはよく頑張ったよ。諸侯には帝国に反感を持つ者も多い。ステファンの指導は私が行ったと広めている。ちゃんとした指導ができなくて申し訳ない」
「そんなっ、謝らないでくださ……」
 そう言いかけた時、ステファンの視線の先で何かが動いた。レッスン室には大きな窓があり、外から中の様子が見えるようになっていた。その窓から、マクシミルがこちらを覗き込んでいるのが見えた。ステファンと目が合うと驚いた表情になり、すぐに隠れてしまった。
「どうした?」
「あ……その……今、そこにマクシミル様が……」
「マクシミルが? 珍しい……部屋からあまり出ることがないのに……」
「このところ、私がエリザベス様を独占してしまったので、寂しかったのでは? 後で謝りにいかなくてはいけませんね」
 朝から晩まで練習に付き合ってもらったので、マクシミルは母と一緒にいられず退屈してしまったのだろうと思った。しかし、エリザベスは窓の外に視線を向けた後、苦い表情になり小さく首を振る。
「いや、それはないよ。私はあの子に嫌われているから」
「嫌われているなんて、そんな……」
「いつの頃からか、私とは目も合わせてくれなくなった。あの子は父親が好きだったから、私が追い出したと責めているんだろう」
「しかし、原因は相手の方だと――」
「最後の方は喧嘩ばかりで、私はいつも怒鳴っていた。あの子はそんな私のことをじっと見ていた。こうなってしまったのには、私に責任がある」
「そんなっ……!」
 それは違うと言いたかったが、当時の詳しい事情も知らず、夫婦のことや、親子の関係も分からない。自分がどこまで介入していいことなのか判断できなくて、ステファンは口を噤んだ。
「これでレッスンは終了だ。基本的な動きはできている。明日はリュシアンが上手くやるだろう」
「はい、精一杯頑張ります。ご指導いただき、ありがとうございました」
 エリザベスはリュシアンの不在時、城の管理を任されている。ダンスレッスンで時間を取ってしまったため、この後の予定が詰まっていた。ステファンがお礼を述べて頭を下げると、エリザベスはギルバートと共に部屋を出て行った。
 一人残されたステファンは再び窓の方に目を向ける。マクシミルの姿はないので、おそらく部屋に戻ったのだろう。ひどく警戒されている様子だったが、なぜ彼はレッスンを覗き見ていたのだろうと考える。
 神の子は他人への興味が薄く、自分の世界だけで育つ。そんな風に聞いていたが、少し違う印象を受けた。
「……よし、行ってみるか」
 少しでも仲良くなりたいと思い、ステファンはマクシミルの部屋へ向かった。

 マクシミルの部屋の前に立ったステファンは、ノックをしようとしてその手を止める。なんと声をかけていいのか分からない。
 自分は突然、アドラー家に入ってきた帝国の人間だ。マクシミルからしたら、警戒するだろうし、近寄ってほしくないと思われていそうだ。
 それでも、ダンスレッスンを見にきたということは、何か気になることがあるのかもしれない。
「何か御用でいらっしゃいますか?」
 部屋の前でウロウロしていたら、通りかかった女性が話しかけてきた。年嵩で厳しそうな顔をした女性だ。背が低く細身の体格から、彼女は北部人でなさそうだと思った。ステファンは足を止め、背筋を伸ばす。
「ええと、貴方は?」
「マクシミル様の乳母をしております。ユバと申します」
「マクシミル様は、今は大丈夫かな?」
「ええ、本を読んでいらっしゃいます。でも、マクシミル様と会話はできませんよ」
「話は聞いている。挨拶をしたいんだ。こちらから、話しかけるだけだから」
 まずは乳母の警戒心を解くため笑顔を作ったが、彼女は冷たい表情のまま、ステファンを上から下まで見てきた。
 どうやらあまりよく思われていないようだ。
 乳母がノックをし、お客様ですと言ってドアを開ける。ステファンはそれに続き、失礼しますと言ってマクシミルの部屋の中へ入った。
 日当たりのいい広々とした部屋には大きな本棚があり、たくさんの本がずらりと並んでいた。目線を移動させると、窓辺にある椅子の上にちょこんと可愛らしい頭が見える。
「マクシミル様、ヘイズ様がいらっしゃいました」
 紹介の後、ステファンはマクシミルがこちらを向いてくれるのを待った。しかし、小さな頭はいっこうに動く気配を見せない。寝ているのだろうかと思ったステファンが一歩踏み出した時、くるりと椅子が回転した。
「あ……」
 近くで見ると、思っていた以上にリュシアンとよく似ている。子供のリュシアンが目の前に飛び出てきたように思えて、ステファンの心臓はトクンと跳ねる。マクシミルは椅子に座ったまま、無言で強い視線をステファンに送ってきた。
「その……今回の結婚のことや、ダンスのレッスンなんかで、騒がしくてしまい失礼しました。少しお話をしてもいいですか?」
 マクシミルはステファンにチラリと視線を送った後、興味を失ったように膝の上へ乗せていた本を開いた。どうやら、話は終わりだということらしい。
 出て行こうかと思ったが、これだけは言っておこうと唾を飲み込む。
「このところ、寂しい思いはされていませんでしたか? 先ほど、レッスンを覗きにいらしていたので、お母様のことが気になったのではないかと……」
 マクシミルの様子は変わらない。本を捲る手は止まらず、視線を上げることもない。
 部屋の中に、ステファンの声だけが響いた。
 それでも、そっぽを向かずにいてくれるだけ、嬉しい。話を聞いてくれる姿勢はあるんだなと少し気持ちが軽くなる。
「私の下手なダンスに付き合わせてしまって申し訳ないです。パーティーが終われば、私も剣の訓練に戻れると思うので……」
 一人でペラペラと喋っていると、視線を感じた。本に集中していると思っていたマクシミルが、大きく目を開けてステファンを見ていた。どうやら、訓練という言葉に反応したようだ。
「あの……、私は帝国で騎士をしておりまして……北部の人はみんな大きくて逞しいので、信じられないかもしれませんが、少し、多少? 剣が使えます。以前は魔獣討伐にも参加していました」
 子供相手にどう説明したらいいか、分かりやすい言葉を選びながら頭を悩ませるが、説明下手すぎて泣けてきた。
 呆れられたかと思ったが、意外にもマクシミルの反応は上々だ。すっかり本を閉じて、心なしか目が輝いて見える。
「ヘイズ様、少しよろしいですか?」
 よく分からないが通じ合える何かを感じた時、二人の間に乳母が入ってきた。
「私は帝国出身です。大奥様のメイドとして仕えておりました。今はマクシミル様の乳母をしております」
「ああ……前大公夫人、リュシアンのお母様は元々帝国の貴族だったね。それで……何か?」
「聞いていらっしゃいませんか? マクシミル様の前で、剣や魔獣討伐について話題にするのはやめてください」
「え? でも、彼はもうソードマスターだと……」
「それはもちろん、神の血のおかげで身体能力に恵まれただけです。ヘイズ様も帝国人なら、北部人の態度に驚かれていませんか? まだ五歳の子供に、魔獣討伐など野蛮な行為を強要するなど……教育上不適切です。今は優秀な教師を取り揃え、座学を中心に進めておりますので、余計なことは仰られぬよう、くれぐれもお気をつけください」
 乳母の言っていることが正しいのか分からない。教育の専門家でもないステファンとしては、判断ができずに黙るしかない。
 北部の環境は特殊だが、五歳の子供が危険な行為をして、それを周りが持て囃すというのも確かに問題だ。それにマクシミルは難しそうな本を読んでおり、真剣な様子から、集中しているように見える。邪魔をしてはいけないと思ったステファンは、すぐに頭を下げた。
「マクシミル様。何も気づかず、長話をしてしまい申し訳ございません。私はこれで失礼します」
 マクシミルの視線は本の上に向かっており、もうステファンを見てはくれない。静かな返事だ。
 仲良くなれるような兆しが見えたが、あれは見間違いだったような気がしてくる。
 乳母から追い立てられるようにして、ステファンが部屋から出ると、ドアを閉めた途端、乳母はまた厳しい目を向けてきた。
「私はアヴェンズ家の出身でございます」
「ああ……歴代皇家の教育係を務める……」
「左様でございます。まだ貴族の身分ではありませんが、近いうちに位を賜ることになっております。長年教育に携わってきた私が言うのですから間違いありません。マクシミル様は無理に剣を学ばされたことで、心に傷を負い、会話をしなくなったのです。これはエリザベス様にもお伝えしております」
 乳母の意見を聞き、無理にというところに疑問を感じた。マクシミルはむしろ、騎士や剣の話をしたら目を輝かせたように見えたのだ。
 ここで争っても仕方がないので、ステファンはひとまず話を合わせておくことにする。
「わかった。私があまり口を出していいものではないようだ」
「ええ、懸命です。ご自身の立場をお忘れなきよう」
 乳母はステファンに強い視線を投げてから頭を下げ、静かに部屋の中へ戻って行った。
 ステファンは扉の前で腕を組み、ふぅと息を吐く。意味ありげな視線だった。アヴェンズ家は、代々皇族の教育係として名を連ねる名家だ。しかし、教師陣はたくさんおり、その中で抜きん出ているかといえばそうでもない。やはり元々の貴族の家門とは扱いが別だと聞いたことがある。
「アヴェンズ家か……」
 伝書鳥を使えば、皇都の文書課にいるキリルと連絡を取ることができる。少し調べてみようと思い、ステファンは扉の前から足を進めた。

 
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