姫の駆け落ちを助けた護衛騎士ですけど、代わりに結婚するとか聞いていないのですが。

朝顔

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第二章

ダンスの時間はまだ早い

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  大広間の端から端までズラリと並んだ服。どれも一目見ただけで、上質な素材で作られた高そうな服だとわかる。全部試着していたら、夜になってしまいそうだ。
 昼食後、服の試着と採寸のため、ステファンは大広間に連れてこられた。コートやシャツ、下着から靴にアクセサリーといった小物類まで、専門業者が勢揃いし、アレコレ言いながら合わせてくる。
 着慣れない豪華な服ばかりで眩暈を覚えたが、騎士服や軍服も用意してもらえたので、そこだけは気が楽になる。
 日も暮れかけた頃、ようやく全ての確認が終わり、ギルバートが書類をまとめにやってきた。試着の繰り返しで疲れ切ったステファンは、長椅子にぐったりともたれ掛かる。
 「ご苦労だったな、ステファン」
 ギルバートの質問に空返事をしていると、リュシアンが大広間に入ってきた。慌てて立ち上がろうとすると、座ったままでと言われた。リュシアンの登場で、業者達は部屋を出ていき、ガブリエラやギルバートまで、気を利かせる顔をして出て行った。夫夫にはなったが、まだ二人でいることに慣れなくて緊張してしまう。
「どうだ? 気に入ったものはあったか? もしなければ、別の業者を用意するが……」
「いえ! 十分です! 気に入ったものばかりでした。お気遣いいただきありがとうございます」
「そうか、それならよかった。忙しくて申し訳ないな」
 にっこりと笑ったリュシアンは、さりげなくステファンの隣に腰を下ろす。仕事時のスタイルなのか、髪はきっちりと後ろに流し、高い位置で結んでいる。自分だけが疲れているような気持ちだったが、リュシアンの目元にも疲れが見えて、ステファンはハッとして座り直した。
「そんな……、リュシアン様の方が大変でしょう。結婚式に溜まっていた仕事もあって、よく眠れていないのでは?」
「いや、大丈夫だ。元々眠りは浅くて少しで満足できる。昨夜は、ステファンが温かくてよく眠れた」
 ステファンの心配など気づかない様子で、リュシアンはふわりと微笑む。色気たっぷりの微笑みに、顔の温度が上がってしまう。
「お……お力になれたらよかったです」
 ステファンは俯きながら返事をする。赤くなった顔を見られたら恥ずかしい。気まずい気持ちでチラリとリュシアンを盗み見ると、彼の方は何ともない様子で、静かに視線を前に向けていた。
「あの……服を用意してくれるのはありがたいのですが、私はいつ頃訓練に参加できるのでしょうか……」
「ああ、疲れが取れたのなら、いつでも構わない。話は通しておこう」
「ありがとうございます」
 このまま部屋でのんびりと過ごしていたら、体から根っこが生えて木になってしまう。色々考え過ぎてしまう時は、体を動かすのが一番だ。ずっとそうやって生きてきたので、早くその環境に戻りたかった。
「マクシミルのことだが、気を使わせてすまない」
「いえ、大丈夫です。何か事情があると伺いましたが……」
「あれは誰とも話さないんだ」
「話さない? ですか?」
「ある日突然話さなくなった。何人も医師に診せたが、みんな首を振るばかりで、機能的には問題はないと言われる」
「精神的なもの、ということですね」
 ステファンは、誰とも目を合わさずに下を向いていたマクシミルの横顔を思い出す。力がなく、何もかも諦めているような目、それはかつての自分を思い起こされた。
「母君のエリザベス様もさぞご心配でしょう?」
「あれは……戸惑っているようだな」
 リュシアンの言い方に少し違和感があった。どこか余所余所しいというか、距離のある反応を感じる。普通子供が話せなくなったら、戸惑うだけでは済まされないだろう。それとも部外者には、入り込んでほしくないと思われているのか……。
 口を閉めて考え込んでしまったステファンを見て、リュシアンは目を細めた。
「俺が北部で神の子と呼ばれているのは知っているな?」
「え? ええ……」
「生まれつき戦いの才があり、いるだけで国が栄える存在だからと言われている。母は重圧から心を病み、俺を産んだ後も年々ひどくなり、まともに暮らせなくなった」
「前大公ご夫妻は静養地にいらっしゃるとか……」
「そうだ。父は俺に大公の地位を譲り、母の療養のため南部の静養地で暮らしている。そこは気候が穏やかで空気もいい。ただ、このところ母は体調を崩しがちで、長距離の移動が厳しく、式には来られなかった」
「……そうでしたか」
 リュシアンは若くして大公となったが、前大公夫婦に複雑な事情があったことを知る。城の中は広々として清潔に整えられていたが、どこか寂しい雰囲気を感じたのはそのせいなのかもしれない。
「エリーは変わっていく母を見てきた。それに、俺とよく似た息子のマクシミルは、心を閉ざしていて誰とも関わろうとしない。エリーは……戸惑っていると思う」
 戸惑うという言葉が、突き放した言い方に聞こえたが、ステファンはそこで気がついた。リュシアンは他人の心の機微を感じ取るのが苦手なのかもしれない。そんな中で何とか表した言葉が戸惑う、というものだとしたら……。
「リュシアン様は、エリザベス様とマクシミル様のことを心配されているんですね」
「俺が……? 心配?」
 リュシアンは感情のない顔でステファンを見てきた。そのまま首を傾げたが、まるで人形のような動きだった。よくできていて、とても美しい人形。だが、その赤い瞳が少しだけ揺れた気がした。
「お二人のことを話していた時、悲しそうな表情で、心配している目を……」
「そんな顔をしていたのか……?」
 自分の顔をペタペタと触り、不思議そうに眉を寄せるリュシアンを見て、ステファンはクスッと笑ってしまう。整った顔もいいが、こちらの方が彼には合っている気がする。
「なんだ、今度は笑って……?」
「い、いえ。困っている顔がとても可愛らしかったので」
 クスクス笑い続けていると、眉を寄せたリュシアンがグッと距離を詰めてきた。さすがに笑い過ぎかと、口元に力を入れる。リュシアンは怒ることなく、もっと近づいてきた。
 もしかしてと鼻から息を吸い込んだ瞬間、今度はリュシアンがプッと噴き出して笑った。
「ふふははははっ、そんなに真っ赤になって。可愛いのはお前の方だ」
「り、リュシアン様、揶揄ったのですか!」
 ステファンは咄嗟に引いていた腰を戻した。すると、頬に柔らかなものが触れた気がした。
「え…………」
「昨夜に一度、今は二度目だ。お前の頬は柔らかいな」
「……あ……あの……」
 そこでやっと、リュシアンが頬に口付けたのだと気がつく。ステファンは思わず頬を手で押さえた。顔がどんどん熱くなり、心臓が躍るように高鳴る。
 次に何を言われるのか、このままだと胸が壊れてしまいそうだ。
「週末、領内の諸侯を集めて晩餐を催す。一曲踊ることになるから、そのつもりで頼む」
「………………え?」
 赤くなっていた頬が一瞬で冷たくなる。驚きで目を大きく開いたステファンは、言葉が出てこなくてパクパクと口だけを開く。
「だ、だ、だ、ダンスですか!? 私はダンスが苦手でして……」
「そう難しい曲じゃない。俺も一度で覚えた簡単なものを選んだ」
 そりゃ貴方はできるでしょうねと言う言葉を飲み込むと、ステファンの口の端はヒクヒクと揺れた。
「俺は明日から領地を回るからしばらく留守にする。講師を用意しておくから心配ない」
「お……お心遣い、感謝いたします……」
 剣技とダンスを一緒にされたら困る。ダンスの授業は学生時代にやったきりだ。それも全く音に乗れず、笑い者になった。挙げ句の果てには、相手の令嬢のドレスを踏み、令嬢の腰を掴んで回した勢いで床に転がしてしまい、会場の外まで滑らせた。当然カンカンに怒られて、歴代最低点をたたき出してしまった。そういうわけでダンスには嫌な思い出しかない。
 ギルバートがお時間ですと外から声を掛けてきたので、リュシアンは広間を出て行った。子供を可愛がるように頭を撫でられ、一瞬意識がぼんやりしてしまったが、すぐに現実が押し寄せてくる。
「マズい……これはマズいぞ……」
 結婚して早速壁にぶち当たったステファンは、両手を顔を覆い、天を仰いだ。

 翌日、朝まで仕事をしていたリュシアンは、疲れた様子などなく、元気そうに領地回りへ向かった。ステファンの方は、ベッドに寝転んだが、少しも眠れなかった。
 朝食を食べるため食堂へ向かうと、マクシミルとすれ違ったので朝の挨拶をした。そのまま話しかけてみようと近づいたが、魔獣も凍りそうな目で睨まれ、すごすごと退散した。
 かなり警戒されている。
 言葉を交わせなくとも仲良くなることはできないか、ダンス用の服に着替え、レッスン室で待っている間もステファンは頭を悩ませていた。
 カチャリと音がしてレッスン室のドアが開くと、入ってきたのは、エリザベスだった。
 昨日は軍服を着て、カッコよく見えたが、今日は髪の毛と同じ赤色のコートとパンツ姿だ。かなり派手な男装姿だが、エリザベスにはよく似合っている。
「早いな、ステファン殿。さすが、騎士でもある婿様。いい心がけだね」
「あの……エリザベス様は見学ですか?」
「見学? いや、私が講師を務める。こう見えて、ダンス大会上位入賞者なんだ」
「えっ!? そ、そうなのですね。よろしくお願いします」
 てっきり外部から誰かを呼ぶのかと思っていたので、ステファンは背筋を伸ばした。ツカツカと近寄ってきたエリザベスは、ステファンのことを上から下まで眺めた。
「あ……あの、何か、おかしいでしょうか……」
「せっかくこの格好をしてきたのに、ドレスじゃないなんて」
「はい?」
「婿殿は、ダンスだと女役になる。当日はいいとしても、練習中くらい見せてくれてもいいのに」
 口を尖らせて悔しがっている様子のエリザベスを見て、どう反応していいか迷ってしまう。揶揄われているようだ。軽口を言い合うような仲でもないので、聞かなかったことにする。ステファンはゴホンと咳払いをして、床に付けられた印の位置に足を乗せた。
「よし、それじゃあ。手拍子をするから、それに合わせてワルツのステップをしてみて」
「え……!? は、はい」
 いきなり酷な指示を出され、ステファンの頭は真っ白になった。間も無くしてエリザベスが手拍子を始めたので、基本のステップを始めた。
「はい、一、二、三、次、足をチェンジ! ダメ! 動いてない! 背筋曲がってる!」
「はいっ!」
 最初はお手並み拝見という顔で見ていたエリザベスだが、ステファンのあまりな現状を知り、だんだん身を乗り出して声が大きくなっていく。
 何とかエリザベスの言葉通りに体を動かしたいのに、足が思っている方と逆が出てしまい、それを戻そうとしてガクガクした動きになる。
 しばらくその繰り返しが続き、気がつくとエリザベスは目を閉じて苦悶の表情を浮かべていた。
「少し休憩にしましょう」
 エリザベスが声をかけると、待機していたガブリエラがお茶の用意を始める。レッスン室に置かれた椅子へ腰を下ろしたステファンは、気まずい気持ちで頭を下げた。
「指示通りに動けず、申し訳ございません」
「いや、婿殿の実力が分かって作戦を立てやすくなった。久々に燃えてきたよ」
 そう言って笑ったエリザベスは、運ばれてきたお茶を優雅に口へ運ぶ。目力が強くて迫力のある美人だ。何となく萎縮してしまう気持ちもあったが、優しさが垣間見えて緩んでくる。
「剣の動きとダンスは違う。そう力まなくていい。むしろ、自然体でいることが、心の余裕に繋がり、動きに華やかさがでる」
「なるほど……」
「ところで、貴殿の結婚だけど、弟が強引に押し進めたのでは?」
「え……」
 急に結婚の話になり、ステファンは言葉を詰まらせ、視線を泳がせた。言い淀んだステファンを見て、エリザベスは構わず話を続ける。
「やはり、そうか。あれはやっと人の心が分かるようになってきたが、まだまだだ。欲しいと思ったら子供のように手を伸ばして、相手の気持ちを汲み取れない。立場上断れなかったのだろう? 嫌な時ははっきり嫌と言うといい。何かあれば私が力になるよ」
「……私には、光栄なことです。リュシアン様には助けていただいた恩もありますので……」
「神の子と関わると、周りの人間は苦労する。婿殿が苦労しないことを祈る」
 目を伏せたエリザベスは、とても悲しそうに見える。その言葉に彼女が歩んできた道が少しだけ見えた気がした。
 神の子の誕生を望む人々に囲まれ、最初に生まれた子エリザベスは、神の子ではなかった。母親が追い詰められたほどだ。直接言われなくとも、エリザベスは周囲の落胆すら空気を感じただろう。もしくは、誰かの噂話を耳にしたことも……。
 そんな中で神の子として生まれた弟の誕生を、エリザベスはどう見ていたのだろうか……。
 カチャっとカップを置く小さな音が、やけに耳に響いた。
「さぁ、休憩は終わり。あと数日で、棒人間を踊れる男にしなければ。練習を再開しよう」
「は、はい。頑張ります」
 パンパンと背中を叩かれたステファンは、気合を入れて立ち上がった。
 
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