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第一章
月夜の邂逅
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酒の匂いと笑い声。ステファンは賑やかな酒場の雰囲気が好きだ。ヘイズ家に引き取られ、大事に育てられたが、どこかで孤独を感じていた。酒場ではみんな自分が楽しむことに夢中で、他の人間のことなどきにしない。喧騒に紛れて、静かにグラスを傾ける時と心が安らぐ。
一人カウンターに座り、ちびちびと酒を飲んでいると、店に入ってきた男が、ステファンの隣にドカンと腰を下ろした。
「ふぅ、やっと会議が終わったよ。ここのところ休みなし、酒でも飲んでいないとやってられないよ」
「官職は大変だな。ほら、今日は奢りだから、気楽に飲めよ、キリル」
ステファンの隣に座った男は、貴族学校時代からの友人であるキリルだ。伯爵家三男で、学生時代から優秀な成績を収めて皇宮の内政官になった。
「おう、気前が良くて助かる。人の金で飲む酒は美味いや」
キリルとは、よく寄宿舎を抜け出して遊び歩いた仲間だが、彼は昨年結婚してだいぶ落ち着いた。妻の尻に敷かれているとよく愚痴をこぼしている。
「それで、酒を奢ってくれるということは、何を聞きたいんだ?」
「話が早くて助かる。まぁ、まずは飲んでくれ」
仕事終わりの疲れを吹き飛ばすように、キリルはグイッと酒の入ったグラスを呷る。いい飲みっぷりに周囲から拍手が起こった。軽く手を上げて挨拶したキリルを見て、ステファンは鼻から息を吐く。
「あの方の結婚の話だ。どういう経緯なんだ?」
ステファンの問いに、キリルの表情は曇る。肩を寄せ、声をひそめて話し始めた。
「……例の任務で田畑に莫大な損害が出て、向こうから補償金の支払いを求められている。それに対してこちらは贅沢をする方がたくさんいて、金庫にはもう余裕がない。補償金を減額する代わりに、娘を差し出しますってやつさ」
「……ひどい話だ。あの方は静かに暮らしたいだけなのに」
「最善を尽くしたかに見せて、一番興味のない娘をあてがう。まぁいつものやり方だ」
「北部の方はどうなんだ。こちらの魂胆はお見通しだろう」
「そうだと思うが、乗ってきた」
「乗ってきた? それは本当か!?」
リュシアンは皇帝の提案を断ると思っていたが、話が違うようだ。当てが外れたステファンは、混乱して額に手を当てる。
「北部は作物の育たない地域が多い。広大な地を管理するには金がいる。少しでも引き出そうということだろう」
キリルの言葉が頭の中を通り過ぎていく。向こうにも事情があることはわかっている。
結婚は、家と家の繋がりであって、愛などでは結ばれない。貴族の娘達は幼い頃からそう教育を受けて育つ。贅沢を享受するためには、それなりの覚悟と犠牲が必要だ。しかし姉達とは違い、アナスタシアは平凡な幸せを望み、与えられた少ない予算さえ、使い切ったことがない。
アナスタシアは自分のドレスより、使用人達に美味しいものを食べてほしいと言って、度々金を渡していた。平凡に生きたいという望みは、アナスタシアにとって、命をかけるほどの大きな望みだということなのか。
「あの方は血が苦手なんだ。指を針で刺しただけでも、気絶してしまう。母親が毒殺された時、側で見ていたから……」
「可哀想に。青血の元へ嫁ぐのは、避けられそうにないな。神の悪戯でもないかぎり……」
辛い時に支えになってくれた人を助けたい。それなのに、何もできない自分がもどかしく、ステファンは唇を噛んだ。
「北部の方は、こちらの同行者を拒否されているらしい。つまり、お前の役目は終わりだが、欲しがる隊はいくらでもいるから、その辺は安泰だ」
「…………」
自分の今後などは頭の片隅にもなく、ステファンは黙って酒を喉に流し込む。アナスタシアと、アルフレッドの顔が思い浮かび、首を振って頭を抱える。
それからキリルは何も言わず、ステファンの横で静かに酒を飲んでいた。
自分はまた、何もできずに立ち尽くすだけなのか。
辛い記憶がよみがえり、少しも酔えなかった。
酒場の前でキリルと別れたステファンは、騎士の宿舎に向かい歩いていた。すっかり夜も深くなり、所々に酔っ払いの姿が見える。これから夜の町で女を買うやつもいるだろう。夜になると一気に治安が悪くなる。腕に覚えがあるステファンにとってそれは、大したことではないが問題ごとは避けたい。
何もなければいいと思いながら、腰に下げた剣へ触れた。
その時、近くの路地から何やら揉めるような声が聞こえてきた。酔っ払い同士の喧嘩だろうと思ったが、気になってしまい、ステファンは足を止める。
少しだけ覗いて確認するだけ。
そう思い、建物の影から顔を覗かせると、数人の男達が集まり、一人の男を囲んでいるように見えた。
「おい、お前。この俺の顔を知らないとは、余所モンだろう」
「ぶつかっておいて、謝りもしないとはな」
「この町には迷惑料ってのがあるんだ。財布ごと渡してもらおうじゃねーか」
絵に描いたようなゴロつきの連中だ。旅の商人などを見つけると、自分から当たりに行って金を巻き上げる。毎日のように被害者が駆け込んでくるため、見回りが増やされた時期もあった。治安部隊も忙しく、手が回らないために見逃されているのだろう。
今夜の餌食は誰だと目を凝らすと、月明かりが一人の男を捉える。背は男達よりも高く、体格も良さそうに見える。長いローブを頭から被り、姿はよく分からないが、腰に下げた剣がチラリと映り、ステファンは息を呑む。
「あれは……飾り物だな」
遠目で分かるほど、ゴテゴテした装飾が施された剣だ。奇抜な形をしており、宝石が至る所に嵌め込まれれている。貴族の令息が家に飾り、人に見せて財力を誇るなどのために作られたもので、帯剣するものとしては相応しくない。
それはつまり、あの男がバカな貴族の息子で、仲間内に見せるために持ち歩いていたと予想ができる。そして、護衛も付けずに危険な夜の街を歩き、まんまと罠にかかってしまったということだ。
「高そうな物をぶら下げているな。ソイツを頂こうか」
「それは困るな。これは買ったばかりで気に入っているんだ」
ここで囲まれている男が口を開いた。襲われている立場であるのに、少しも声に動揺が見られない。落ち着いており、腹に響く美しい音色のような声だ。
「おい、震えているのか? 五人相手にビビってんのか?」
「お坊ちゃん、可哀想ですねー。さぁ、お金を置いて、ママのところへお帰りください」
ゲラゲラと男達が一斉に笑い出す。ここまで見ていたステファンはため息をついた。酔っ払い同士の喧嘩ならいいが、貴族が怪我をしたとなれば、騒ぎが大きくなる。町の治安維持を担っている身として見過ごすことはできない。
「仕方ない。行きますか」
どこのおバカ令息か知らないが、あとで説教してやろうと思いながら、ステファンは物陰から足を踏み出す。
「おい、お前達。いい加減にしろ。その辺にして、さっさと消えるんだ」
ステファンが声をかけると、男達が一斉に振り向き、囲まれていた男の視線も飛んでくる。なぜかピリッと痺れるような感覚がして、ステファンは息を吸い込んだ。
「お前誰だよ。邪魔をするな、引っ込んでいろ!」
違和感を覚えたが、すぐに男達が向かってきたので、ステファンは背筋を伸ばして対峙する。
「ここの治安部隊の者だ。今日は非番で制服でないが、帯剣している。お前らの手口はお見通しだ。強請りは諦めて帰るんだな」
「ハン、バカにするなよ。治安部隊だって? 細っこくて女みたいじゃねーか」
「俺達と遊びたいの? ちょっと待っててねー」
散々言われてきた言葉なので、ステファンには少しも響かない。ステファンは背が高い方ではなく、筋肉も付きにくい。だからこそ、人一倍努力をして、剣術を身につけて磨き抜いた。一朝一夕でできるようなものではない。手にできたマメを数えきれないほどつぶし、血を吐くような努力の結果、高い戦闘能力を身につけたのだ。
だから男達の言葉が、おかしくてたまらない。ステファンがクスッと笑ったので、男達の目つきが一気に変わる。
「おい、笑ったな! 舐めてんじゃねーぞ!」
「調子に乗るなよ!」
「それはこっちの台詞だ。大人しく帰っていればいいものを……。後悔することになるぞ」
「上等だ! この野郎!」
五人の男達は武器を片手に、一斉に襲いかかってきた。
やれやれと思いながら、ステファンは剣を抜く。魔獣との戦いで功績を上げた時、ステファンには突風の騎士という異名が付いた。
それは誰よりも速く動き、敵の間を風のように走り抜けて、あっという間に倒してしまうからである。
その名の通り、風のように男達の間を駆け抜けたステファンは、ピタリと足を止める。
「ゔ……うう……ぐはっ……」
最後の一人がバタンと音を立て、地面に崩れ落ちた後、ステファンはゆっくりと剣を納めた。殺気の塊で攻撃力の高い魔獣とは比べ物にならない。全員首の急所を打ち気絶させた。後は治安部隊を呼べば解決だ。
しかし、それより前に、しっかり言っておかなければならないと、ステファンをくるりと向きを変える。
「そこの貴方。どこの御令息か存じませんが、危機感が無さ過ぎる。護衛も付けずに、飾り物の剣など下げて、襲ってくれと言わんばかり。身包み剥がされていたら、自業自得でしたよ!」
ギリっと睨みつけ、ステファンが背の高い男に詰め寄ったが男に反応がない。そういえば震えてると言われていたので、怯えて声が出なくなったのだろうかと、フードの中を覗き込んだ。
「あっ……」
真っ赤な、燃えるような色の瞳と目が合い、思わず息を吸い込んだステファンは後ろに下がった。魔獣の目と同じ色に、本能的な恐怖と緊張を覚える。
しかし今度は、無反応に見えた男の方が追うように前に出て、ステファンとの距離を詰めてきた。
「失礼、見事な剣捌きに感動して、礼が遅れた。助けていただき感謝する」
「へっ、あ……ああ、どうも」
胸に手を当てた男は、優雅な所作で感謝の気持ちを述べてきた。剣の腕を褒められると思わなかったので、ステファンは面食らってしまう。
「それにしても……」
「えっ?」
「いや、人に助けられたのは初めてなんだ。なかなか良い気分だと思っている」
「は、はあ……そう、ですか」
貴族というのは、特殊な環境で生きているので、ちょっと変わった男が多い。貴族学校時代も話が合わなくてだいぶ辟易した。この男もよく分からないことを言っているので困惑してしまう。
「君、治安部隊の所属だと言ったね。名前は?」
「……ステファンです。ステファン・ヘイズ」
名乗ってからなぜ素直に答えてしまったのかと気がついたが、何故だか男には、答えなくてはいけないと思わせる空気があった。生まれながらの強者の威圧感。剣を学ぶ者なら感じたことがある。天性の才能を持った超人。そんなことが頭に浮かび、バカなとステファンは首を振る。
「ステファンか。覚えておこう」
バサリと音が聞こえたと思った次の瞬間、男の姿が消えていた。急いで路地の奥を覗き込んだが、闇に紛れるように男の姿は消えていた。
幻でも見たのかと思ったが、ステファンの足元には先ほど倒した男達が転がっている。
「何だったんだ……今のは……」
妙な存在感のある怪しげな男からは厄介事の匂いしかしない。勘弁してくれと思いながら、ステファンは息を吐く。面倒だが報告のために、治安部隊の詰所まで歩くことになった。
一人カウンターに座り、ちびちびと酒を飲んでいると、店に入ってきた男が、ステファンの隣にドカンと腰を下ろした。
「ふぅ、やっと会議が終わったよ。ここのところ休みなし、酒でも飲んでいないとやってられないよ」
「官職は大変だな。ほら、今日は奢りだから、気楽に飲めよ、キリル」
ステファンの隣に座った男は、貴族学校時代からの友人であるキリルだ。伯爵家三男で、学生時代から優秀な成績を収めて皇宮の内政官になった。
「おう、気前が良くて助かる。人の金で飲む酒は美味いや」
キリルとは、よく寄宿舎を抜け出して遊び歩いた仲間だが、彼は昨年結婚してだいぶ落ち着いた。妻の尻に敷かれているとよく愚痴をこぼしている。
「それで、酒を奢ってくれるということは、何を聞きたいんだ?」
「話が早くて助かる。まぁ、まずは飲んでくれ」
仕事終わりの疲れを吹き飛ばすように、キリルはグイッと酒の入ったグラスを呷る。いい飲みっぷりに周囲から拍手が起こった。軽く手を上げて挨拶したキリルを見て、ステファンは鼻から息を吐く。
「あの方の結婚の話だ。どういう経緯なんだ?」
ステファンの問いに、キリルの表情は曇る。肩を寄せ、声をひそめて話し始めた。
「……例の任務で田畑に莫大な損害が出て、向こうから補償金の支払いを求められている。それに対してこちらは贅沢をする方がたくさんいて、金庫にはもう余裕がない。補償金を減額する代わりに、娘を差し出しますってやつさ」
「……ひどい話だ。あの方は静かに暮らしたいだけなのに」
「最善を尽くしたかに見せて、一番興味のない娘をあてがう。まぁいつものやり方だ」
「北部の方はどうなんだ。こちらの魂胆はお見通しだろう」
「そうだと思うが、乗ってきた」
「乗ってきた? それは本当か!?」
リュシアンは皇帝の提案を断ると思っていたが、話が違うようだ。当てが外れたステファンは、混乱して額に手を当てる。
「北部は作物の育たない地域が多い。広大な地を管理するには金がいる。少しでも引き出そうということだろう」
キリルの言葉が頭の中を通り過ぎていく。向こうにも事情があることはわかっている。
結婚は、家と家の繋がりであって、愛などでは結ばれない。貴族の娘達は幼い頃からそう教育を受けて育つ。贅沢を享受するためには、それなりの覚悟と犠牲が必要だ。しかし姉達とは違い、アナスタシアは平凡な幸せを望み、与えられた少ない予算さえ、使い切ったことがない。
アナスタシアは自分のドレスより、使用人達に美味しいものを食べてほしいと言って、度々金を渡していた。平凡に生きたいという望みは、アナスタシアにとって、命をかけるほどの大きな望みだということなのか。
「あの方は血が苦手なんだ。指を針で刺しただけでも、気絶してしまう。母親が毒殺された時、側で見ていたから……」
「可哀想に。青血の元へ嫁ぐのは、避けられそうにないな。神の悪戯でもないかぎり……」
辛い時に支えになってくれた人を助けたい。それなのに、何もできない自分がもどかしく、ステファンは唇を噛んだ。
「北部の方は、こちらの同行者を拒否されているらしい。つまり、お前の役目は終わりだが、欲しがる隊はいくらでもいるから、その辺は安泰だ」
「…………」
自分の今後などは頭の片隅にもなく、ステファンは黙って酒を喉に流し込む。アナスタシアと、アルフレッドの顔が思い浮かび、首を振って頭を抱える。
それからキリルは何も言わず、ステファンの横で静かに酒を飲んでいた。
自分はまた、何もできずに立ち尽くすだけなのか。
辛い記憶がよみがえり、少しも酔えなかった。
酒場の前でキリルと別れたステファンは、騎士の宿舎に向かい歩いていた。すっかり夜も深くなり、所々に酔っ払いの姿が見える。これから夜の町で女を買うやつもいるだろう。夜になると一気に治安が悪くなる。腕に覚えがあるステファンにとってそれは、大したことではないが問題ごとは避けたい。
何もなければいいと思いながら、腰に下げた剣へ触れた。
その時、近くの路地から何やら揉めるような声が聞こえてきた。酔っ払い同士の喧嘩だろうと思ったが、気になってしまい、ステファンは足を止める。
少しだけ覗いて確認するだけ。
そう思い、建物の影から顔を覗かせると、数人の男達が集まり、一人の男を囲んでいるように見えた。
「おい、お前。この俺の顔を知らないとは、余所モンだろう」
「ぶつかっておいて、謝りもしないとはな」
「この町には迷惑料ってのがあるんだ。財布ごと渡してもらおうじゃねーか」
絵に描いたようなゴロつきの連中だ。旅の商人などを見つけると、自分から当たりに行って金を巻き上げる。毎日のように被害者が駆け込んでくるため、見回りが増やされた時期もあった。治安部隊も忙しく、手が回らないために見逃されているのだろう。
今夜の餌食は誰だと目を凝らすと、月明かりが一人の男を捉える。背は男達よりも高く、体格も良さそうに見える。長いローブを頭から被り、姿はよく分からないが、腰に下げた剣がチラリと映り、ステファンは息を呑む。
「あれは……飾り物だな」
遠目で分かるほど、ゴテゴテした装飾が施された剣だ。奇抜な形をしており、宝石が至る所に嵌め込まれれている。貴族の令息が家に飾り、人に見せて財力を誇るなどのために作られたもので、帯剣するものとしては相応しくない。
それはつまり、あの男がバカな貴族の息子で、仲間内に見せるために持ち歩いていたと予想ができる。そして、護衛も付けずに危険な夜の街を歩き、まんまと罠にかかってしまったということだ。
「高そうな物をぶら下げているな。ソイツを頂こうか」
「それは困るな。これは買ったばかりで気に入っているんだ」
ここで囲まれている男が口を開いた。襲われている立場であるのに、少しも声に動揺が見られない。落ち着いており、腹に響く美しい音色のような声だ。
「おい、震えているのか? 五人相手にビビってんのか?」
「お坊ちゃん、可哀想ですねー。さぁ、お金を置いて、ママのところへお帰りください」
ゲラゲラと男達が一斉に笑い出す。ここまで見ていたステファンはため息をついた。酔っ払い同士の喧嘩ならいいが、貴族が怪我をしたとなれば、騒ぎが大きくなる。町の治安維持を担っている身として見過ごすことはできない。
「仕方ない。行きますか」
どこのおバカ令息か知らないが、あとで説教してやろうと思いながら、ステファンは物陰から足を踏み出す。
「おい、お前達。いい加減にしろ。その辺にして、さっさと消えるんだ」
ステファンが声をかけると、男達が一斉に振り向き、囲まれていた男の視線も飛んでくる。なぜかピリッと痺れるような感覚がして、ステファンは息を吸い込んだ。
「お前誰だよ。邪魔をするな、引っ込んでいろ!」
違和感を覚えたが、すぐに男達が向かってきたので、ステファンは背筋を伸ばして対峙する。
「ここの治安部隊の者だ。今日は非番で制服でないが、帯剣している。お前らの手口はお見通しだ。強請りは諦めて帰るんだな」
「ハン、バカにするなよ。治安部隊だって? 細っこくて女みたいじゃねーか」
「俺達と遊びたいの? ちょっと待っててねー」
散々言われてきた言葉なので、ステファンには少しも響かない。ステファンは背が高い方ではなく、筋肉も付きにくい。だからこそ、人一倍努力をして、剣術を身につけて磨き抜いた。一朝一夕でできるようなものではない。手にできたマメを数えきれないほどつぶし、血を吐くような努力の結果、高い戦闘能力を身につけたのだ。
だから男達の言葉が、おかしくてたまらない。ステファンがクスッと笑ったので、男達の目つきが一気に変わる。
「おい、笑ったな! 舐めてんじゃねーぞ!」
「調子に乗るなよ!」
「それはこっちの台詞だ。大人しく帰っていればいいものを……。後悔することになるぞ」
「上等だ! この野郎!」
五人の男達は武器を片手に、一斉に襲いかかってきた。
やれやれと思いながら、ステファンは剣を抜く。魔獣との戦いで功績を上げた時、ステファンには突風の騎士という異名が付いた。
それは誰よりも速く動き、敵の間を風のように走り抜けて、あっという間に倒してしまうからである。
その名の通り、風のように男達の間を駆け抜けたステファンは、ピタリと足を止める。
「ゔ……うう……ぐはっ……」
最後の一人がバタンと音を立て、地面に崩れ落ちた後、ステファンはゆっくりと剣を納めた。殺気の塊で攻撃力の高い魔獣とは比べ物にならない。全員首の急所を打ち気絶させた。後は治安部隊を呼べば解決だ。
しかし、それより前に、しっかり言っておかなければならないと、ステファンをくるりと向きを変える。
「そこの貴方。どこの御令息か存じませんが、危機感が無さ過ぎる。護衛も付けずに、飾り物の剣など下げて、襲ってくれと言わんばかり。身包み剥がされていたら、自業自得でしたよ!」
ギリっと睨みつけ、ステファンが背の高い男に詰め寄ったが男に反応がない。そういえば震えてると言われていたので、怯えて声が出なくなったのだろうかと、フードの中を覗き込んだ。
「あっ……」
真っ赤な、燃えるような色の瞳と目が合い、思わず息を吸い込んだステファンは後ろに下がった。魔獣の目と同じ色に、本能的な恐怖と緊張を覚える。
しかし今度は、無反応に見えた男の方が追うように前に出て、ステファンとの距離を詰めてきた。
「失礼、見事な剣捌きに感動して、礼が遅れた。助けていただき感謝する」
「へっ、あ……ああ、どうも」
胸に手を当てた男は、優雅な所作で感謝の気持ちを述べてきた。剣の腕を褒められると思わなかったので、ステファンは面食らってしまう。
「それにしても……」
「えっ?」
「いや、人に助けられたのは初めてなんだ。なかなか良い気分だと思っている」
「は、はあ……そう、ですか」
貴族というのは、特殊な環境で生きているので、ちょっと変わった男が多い。貴族学校時代も話が合わなくてだいぶ辟易した。この男もよく分からないことを言っているので困惑してしまう。
「君、治安部隊の所属だと言ったね。名前は?」
「……ステファンです。ステファン・ヘイズ」
名乗ってからなぜ素直に答えてしまったのかと気がついたが、何故だか男には、答えなくてはいけないと思わせる空気があった。生まれながらの強者の威圧感。剣を学ぶ者なら感じたことがある。天性の才能を持った超人。そんなことが頭に浮かび、バカなとステファンは首を振る。
「ステファンか。覚えておこう」
バサリと音が聞こえたと思った次の瞬間、男の姿が消えていた。急いで路地の奥を覗き込んだが、闇に紛れるように男の姿は消えていた。
幻でも見たのかと思ったが、ステファンの足元には先ほど倒した男達が転がっている。
「何だったんだ……今のは……」
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