愛を知らずに生きられない

朝顔

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(20)王様とお姫様

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 鋭い瞳をギラギラとより尖らせて、カインを睨み付けるエジリン王。誰もがその恐ろしさに震え上がっている中、カインだけは怯むことなく、王に向かって背筋を伸ばして立っていた。

「レティシア様はそう仰っていますが、私は今まで誰にも愛していると口にしたことはありません」

 カインがそう言い放つと、その潔い一言に誰もが息を飲むのが分かった。

「それは……まとこか?」

「ええ、偽りはありません。なぜなら、私自身、その意味が分からなかったからです」

 部屋のなかは静寂に包まれた。皆、カインの言葉が本当なのか、その場かぎりの嘘なのか掴みかねている様子だった。

「フィランジオ様もご存じかと思いますが、私の上には兄がおりました。不幸があり、幼き頃に天に召されましたが、それ以来、私の父は変わってしまいました。失うことを極端に恐れ、次男であった私の周りには完璧な包囲網が築かれました。何をするにも、先回りして全て用意され、極端なまでに危険を取り除かれ、作られたその世界でただ生きてきました」

 カインの流れるような言葉に誰もが耳を傾けている。そして、時折目を伏せるようにしてカインは話を続けた。

「それが父の愛であったことが今なら分かります。ですが、自分が欲することも知らないままに生きてきたので、人を愛すること、人から愛されることの喜びは私には理解できなかったのです。ですから、レティシア様に愛を囁いたというのは、私には不可能なことです。私自身が未完成で人として欠けていた人間でしたから」

 カインの言葉を聞いてレティシアは呆然としてその場に崩れ落ちた。どちらの言葉が真を語っているのか、エジリン王がどう判断するかに委ねられた。

「……それが気づけたということは、気づかせてくれる相手が現れたということか?」

 エジリン王の言葉にはまだ濁るものがあったが、先程までの怒気をはらんだような空気は薄れていた。

「そうです。その者は男子ですが自国の王子も分からず、剣も使えず、馬にも乗れず、学問も苦手で、見てくれが良いのだけが取り柄ですが……」

 横でエドワードが噴き出していて、ノエルはなんとも複雑な気持ちでいたたまれなくなってきた。

「彼は私に人を愛することの幸せと喜び、失うことの苦しみや痛みを教えてくれました。そして、彼もまた、こんな不器用な私を必要としてくれています。私の人生には彼という存在以外もう考えられないのです。まだ愛をちゃんと伝えていないのですが……、私はそう思っております」

「………ほう」

「レティシア様には何度も思いを伝えていただき、書面にてお断りさせていただきましたが、それでは私の真意が伝わらないであろうと、こうして直に顔を向き合わせて王の前で気持ちをお伝えしたかったのです。私を気に入ってくれる気持ちは光栄ですが、レティシア様を大きな愛で包んでくれる相手は他にいらっしゃると思います。どうか広く目を向けていただきたいと思っております」

 カインの言葉を受けて、王はしばらく考えるように目を伏せたまま動かなかった。
 暫しの沈黙が永遠に続くような時間に思えたとき、王はやっと口を開いた。

「……心に決めた者がおるなら仕方あるまい。私も娘可愛さで目が曇る時があってな。どうも、我が儘に育ててしまったらしく、最近は手に負えなくて、つい言いなりになってしまっていた。わざわざこの私の前まで来て断りに来たのだから、カイン王子の誠意は十分に伝わった」

「お父様!」

「レティシア、望んでも手に入らないものもあるのだ。よく勉強になっただろう」

 いまだ納得できない様子のレティシアは、怒りが収まらないような表情をしていた。
 一方で土壇場でさすがの懐の深さを見せてくれたエジリン王にカインもノエルも救われた。一時はどうなることかとヒヤヒヤしたが、カインは堂々とピンチを切り抜けたようだ。

「私の愛しい人を紹介してもよろしいですか」

「おぉ、ぜひ見てみたい」

 ノエルおいでと言われて、突然のご指名にノエルは震え上がった。
 まさか自分の名前が呼ばれるとは思いもよらず、ガチガチに緊張して動けなくなった体を、エドワードに容赦なく押し出されて、カインの側まで転がるようにしてやっとたどり着いた。

「ほう……、レティシアには劣るが、確かに小綺麗な顔をしている」

 本来なら自分で名乗るところだが、緊張で真っ青になったノエルに代わり、カインが王に紹介してくれた。

「ノエルよ…、カインは我が娘が望んでも手に入らなかった男だ。それを心に刻んで、しっかり支えていくのだぞ」

「はっ……はい!もももちろんでございます!」

 石のようにガチガチなって直立しているノエルの頬を、カインが面白そうに指で突いてくるので、こんなところで何をするのかと、顔面蒼白で信じられないという目でカインを見た。

 楽しそうな顔でカインは、ねっ可愛いでしょうと言い出して、王まで確かに良いなと言い出して、変な夢でも見ているみたいでノエルは目が回りだした。

「あっ、そうそう。私がエジリン国に入国する前に、ノエルは先に入っていて、レティシア様には大変お世話になったそうです」

「ん?それはまことか?レティシア…、ノエルはカイン王子の婚約者になる方だろう。ちゃんと正式にもてなしたのだろうな?」

 今度はレティシアが、顔面蒼白になる番で、ええもちろんとか、それはそれは贅を尽くしてなどと、ペラペラと取り繕おうとしていた。

「どこに宿を取ったのだ?もちろん王都の一番の高級宿屋サイフォンか、西の薔薇城辺りかな?」

「ええと、ずっと、東の荒れ果てた塔に……」

「ギャー!お父様!!」

「レティシア様の私兵に取り囲まれて牢屋に…」

「ダァーーーー!!お父様ぁぁぁぁ!!!」

「なんだ、レティシア、大声で怒鳴ってはしたないぞ!ノエルの声が全然聞き取れないではないか!」

 ノエルの声をかき消すように、レティシアが大きな声を上げて、王の耳に届くのを阻止した。

「私もうカイン様に未練はありません!お二人を見て綺麗さっぱり気持ちが消えましたわ!金輪際お二人の邪魔をするようなことはありませんのでどうかお許しください!さっ!皆さんお疲れでしょうから、この話は終わりにして、私のお見合い相手を一緒に考えませんか!ね!お父様!ぜひ一緒に!」

 鬼気迫るような勢いで娘に迫られて、エジリン王は渋々といった感じで、分かったと言って頷くしかなかったのだった。



 □□



「あははははっ、あの時のレティシアの顔……。いつも自信たっぷりで余裕に満ちた顔があんなに焦っちゃって、ああなってくれると、ちょっと可愛いところあるなと思っちゃった」

 エドワードは、謁見が終わって部屋に戻ると堪えきれなかったように、お腹を抱えて笑いだしてしまった。

「……しかし、ノエルを殺そうとした女だ。焼けた鉄の靴でも履かせてやりたいところだ。少し甘すぎたな」

 カインがさらりと恐ろしいことを言うので、ノエルは慌ててもういいよと言った。

「無傷で帰ってこられたわけだから……、助けてくれたヴァレリーとアリーナが無事なら俺はそれでいいよ」

 ノエルはろくに挨拶も出来ずに別れることになった二人を思い出していた。
 彼らに世話をしてもらい、運良く生かされたことでここにいることができるのだ。職務に忠実なレティシアの犬であったなら、すでにこの世にいなかったであろう。

「またどこかで会えるかな……お礼も言えなかった」

 そう言いながらノエルは懐から木彫りの人形を取り出して眺めた。

「なんだ、その不細工な人形は……」

「ああっ……これ?ヴァレリーにもらったんだよ。俺が落ち込んでたからさ、堅物に見えて遊び心があるというか、優しい男だったな…」

 カインはムッとした顔になって、いきなり着ていた服を脱ぎ始めた。

「あらら、兄さん、どうしたの?」

「せっかく救い出しに行ったのに、俺ではなく、別の男のことを褒めているノエルにそろそろお仕置きをする時間なんだ」

「い!?ええ?」

 驚いて後退るノエルの横で、エドワードはまだやってなかったの?などと言い出した。

「今日はここに泊まらせてもらう予定だから、どうぞごゆっくり……、あっ、あんまりうるさくしないでね。一応人の家だし」

「それはノエルが我慢できるかだな」

 適当に服を脱ぎ捨てたカインは、ノエルの腕を掴んで、部屋の奥の扉を開けた。
 そこには、何人も余裕で寝れそうな大きなベッドが置かれていて、そこにノエルはぽんと投げられた。

「さぁ、呪いを解く時間だよ」

 先ほどはムッとしていたが、ここまで来たら楽しい時間の始まりみたいにカインは嬉しそうな顔をしていた。

 これからどうなるのか、ノエルはベッドに転がりながら、ゴクリと唾を飲み込んだのだった。




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