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全てが白くなっても
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眠れない。
眠ることなどできない。
空は朝焼けに染まっているが、美しいと思える景色も、今は全て色褪せて見える。
自室のベッドから下りたイシュマは、窓を開けて新鮮な空気を室内に入れた。まだ薄暗く、朝の訪れには少し早い。深く息を吸い込むと、腹の中まで冷たくなり、生きている感覚がした。
突然、ブルーノとユルビーが連れて行かれ三日が経った。その間、親戚や事業の関係者から、ひっきりなしに連絡がきて対応に追われ、邸の中は大混乱だった。執事がお抱えの弁護人に連絡を取り、イシュマを交え今後の話し合いになった。
ブルーノについての疑惑は、明らかに捏造されたものだが、それを否定するほどの証拠がない。
前公爵の遺産相続が完全に終わるまで、ブルーノは当主代行という立場であり、強い権限を行使できない。ユルビーについても、事故当日に一人で演習に出ていたこと、地方へ追いやられそうになったという動機だけで犯人扱いされている。
前公爵の死を取り上げたことからして、黒幕はエロイズ伯爵とみて間違いない。司法関係者を買収し、軍の上層部とも繋がりがあることから、邪魔なプリンプ家を弱らせるための策略だったのだろう。
ブルーノがまだ若く、人脈や経験が浅いことから狙われたのだろうと推測できる。
いずれにしても、長期戦になり、厳しい取り調べを受けて二人が大変な目に遭うことが想像できた。もしかしたら、取り調べ中の事故を装い、命を狙われる可能性もあると聞かされ、イシュマは震え上がった。
イシュマは、弁護人から臨時当主代行になるよう提案をされた。この状況はグリーンからお膳立てされたように思えて不快しかない。
お前のために用意した。そう、グリーンの声が聞こえてくる気がする。
臨時代行なんて自分には無理だと思った。
だが、そこで思いついたのだ。全てを元に戻す方法を……。
イシュマは窓から空を見上げた。陽が昇れば重要な日がやってくる。
皇宮内で高位貴族の臨時会議が予定されており、イシュマは、参考人として参加することになった。
議題はもちろんプリンプ家の不正疑惑と、前当主殺害の疑いについてだ。イシュマには、臨時当主代行として、状況説明と弁明の機会が与えられている。
グリーンの策略により、作られた罪が塗り固められていく。正攻法でこれを止めるのは不可能。それならば元に戻すまでだ。
「グリーンを殺す」
こんな恐ろしいことが、自分の口から出た言葉だと思えない。けれど確かに、そうしようと心に決めて口にした。
残された手段はひとつ、すべての物事を裏で操っている男、グリーンを殺すしかない。
レストランでの揉めごとは単なる喧嘩とされているが、グリーンの愚行を目撃した給仕がいる。
プライドを傷つけられたことが許せなかった。いかにもな理由を作れば同情が集まる。もちろん罪を一人で背負い、全てを終わらせる覚悟だ。
卑劣な手を使い、今の地位を築いたとされるエロイズ家に恨みを持つ者は多い。グリーンは暗殺を恐れて徹底的な策を打っていると聞いたことがある。
いざとなれば、プリンプ家に多くの者が味方をしてくれて、ブルーノとユルビーは解放されるだろう。
「おかしなことになってしまったのは、俺が流れを変えてしまったからだ。二人を助けないと……何としてでも絶対に……」
会議場に帯剣は許されていないため、イシュマは短剣を下着の紐に括り付け、上から服を着た。高位貴族は武器検査を受けなくてもいい。それを利用することにした。
コンコンとノックの音が響き、お時間ですという執事の声が響いた。窓辺に立ったまま、気がつくとかなりの時間が経っていたらしい。
イシュマは分かったと言って拳を強く握り、自室を後にした。
プリンプ家にきてすぐの頃、イシュマは記憶が混乱し、恐怖で眠れない日々を過ごしていた。一人ベッドで寝ていると恐ろしい夢を見るので、ある夜、イシュマはクローゼットの中へ入った。クローゼットの奥に隠れて膝を抱えていると、少しだけ気持ちが楽になった。
こうして朝まで耐えれば何とかなる。そう思っていたが、やはりだんだん悲しくなり、シクシクと泣いてしまった。
すると自分の名を呼ぶ声がして、クローゼットの扉が開けられた。現れたのは、寝巻き姿のブルーノとユルビーだった。二人とも枕を持ってイシュマの様子を見にきたらしい。
「ここにいたんだね」
隠れていたイシュマを見て、出ておいでと言ってくれたが、恐くて動けない。いいから行ってと強がってみたが、本当は今にも壊れてしまいそうだった。
その時、ブルーノがクローゼットに入ってきて、イシュマの隣に座った。その次にユルビーが隣に座り、イシュマは二人にはさまれた。
「こうやってくっつくと温かいね」
「なかなかいい眺めだな。せまいところも悪くない」
グイグイ押してくる二人を押し返しているうちに、そのうち押し合いごっこになった。小さい頃から力の強いユルビーに押されて、イシュマとブルーノは床に転がった。
やられたーとブルーノが叫んだ声がおかしくて、イシュマは笑った。しかも声を上げ、目尻から涙まで流していた。久しぶりの笑顔で、笑うことが懐かしいとすら思ってしまった。
二人はイシュマを笑わせたことがよほど嬉しかったようで、感動した様子になり、両側から抱きしめられた。
それからせまいクローゼットの中で色々な話をした。二人はイシュマを何とか笑わせようと、たくさん面白い話をしてくれた。イシュマはお腹を抱えて笑った。
いつのまにか、イシュマの中に漂っていた恐怖の霧は晴れ、二人の優しさで満たされていた。
翌朝、子供達がいなくなったと大騒ぎになったが、クローゼットの中で仲良く寝ていたので、みんなホッと胸を撫で下ろしたと聞いた。
思い出にはブルーノとユルビーがいる。自分の人生は二人がいてくれたおかげで、満たされていたのだと心から思う。
寂しかった前世を忘れさせてくれるくらい、二人のおかげで楽しいことばかりだった。だからこれは恩返しだ。幸せになってほしい。それだけを祈っている。
会議に出席する貴族達が皇宮に集まる中、大扉が開かれる。イシュマが入場すると一斉にその周りから人が引いた。視線が集中し、ヒソヒソと話し声に囲まれる。
他の人間なんてどうでもいい。
周囲を見回していると、集団の中から一人が前に出てきた。
「令息、お久しぶりです」
早速声をかけてきたのはグリーンだ。背が高く長い手足、一番高級そうな服を着こなしている。
「あの時は酔ってしまい、ご迷惑をおかけしました。あれから何度もお会いしようとしたのですが、悲しいことにお兄様に断られてしまい……」
グリーンは口元に嘘くさい笑みを貼り付け、人々の視線を集めるように歩いてきた。イシュマが何も言わないでいると、わざとらしく気がついたような顔になる。
「これは失礼しました。ここではあれですから、私の控え室へどうぞ」
グリーンに促され、イシュマは彼の後に続いた。わざわざ先日の話を持ち出してくれたので、二人には何かあるとみんな考えるだろう。
ちょうどいい、この注目を利用させてもらおうと勢いがつく。
エロイズ家の控室に到着すると、グリーンは意味ありげに微笑みながら、扉をしっかりと閉めた。
換気のためか窓は開けられており、柔らかな風がカーテンを揺らしている。
「大人しく付いてきたということは、よほど困っているようですね。もうお分かりだと思いますが、ブルーノ氏とユルビー卿は無実です」
イシュマは返事をする代わりにグリーンに鋭い視線を送った。それを見て、グリーンはますます嬉しそうに笑う。
「私には人脈と有り余るほどの金がある。審議員には特にたっぷりと握らせています。このまま、偽の証拠で二人を終身刑に追い込むこともできるのですよ」
「……卑怯だな。そこまでして、プリンプ家を破滅させたいのか」
「やられたことは、やり返すのが私のモットーでして。まだ壁に打たれた時の頭が痛くて困っています。それでも、貴方のおかげで負った傷だと思うと、これがまた不思議で、なかなか胸が高鳴るのです」
相変わらず変態だなと思っていると、近づいてきたグリーンはイシュマの前髪に触れた。
「悪い話ではないはずです。これは好機ですよ。目立たない存在として生きるよう虐げられてきた貴方が、プリンプ家の全てを手にするのです。土地も財産も爵位も……莫大な遺産も……」
「……見返りは何だ?」
「まだ分からないのですか? 貴方自身ですよ。私にこの体と心……全てを捧げると誓うなら、何もかも手にすることができるのです」
吐き気がすることを言われ、寒気がしてイシュマはぶるりと震える。これ以上何も聞きたくない。狙いは喉元に決めた。
「何もかも手に入れた男が何をふざけたことを。バカにするのもいい加減にしろ! お前は人の人生を弄んで楽しんでいるだけだ」
「そうとも言えますが、イシュマは特別な存在なのです。貴方に触れると、心が洗われて生まれたままの自分に戻ったような気分になる。手に入れたくてたまらない。私だけのものにして、一生閉じ込めておきたい」
「訳の分からないことを……」
グリーンの言っていることが理解できない。すぐにでも殺そう。そう判断したイシュマは右手をコートの裾から背中に入れた。
飛び出ていたナイフの柄をぐっと掴む。冷たくて、硬い感触がした。
今だ!!
鼻から息を吸い込んだイシュマは、右手に力を入れた。一瞬で終わる。そう思った時、ナイフを取り出すより先に、グリーンが驚いたような表情になる。
もう止めることはできない。グリーンの喉を狙い、イシュマは攻撃を繰り出そうとした。
しかし、渾身の力を込めたはずなのに、腕がビクとも動かない。何か強い力でしっかりと押さえられた感覚がした。
耳元に息がかかり、囁く声が聞こえる。
「そのまま動くな。じっとしていろ」
それはイシュマが求めていた声。聞き間違えることなどない、ユルビーの声だ。
次の瞬間、イシュマとグリーンを押し広げて、見慣れた背中が入ってきた。イシュマを守るように広がる手、鮮やかな金髪が目に入る。
「これはどういうことでしょうか? うちの弟に接近するのは禁止していたはずです。ご説明願えますか? エロイズ伯爵」
間違いない。前に立ったのはブルーノ、後ろでイシュマの腕を押さえているのがユルビーだ。ここにいるはずのない二人に、幻覚が見えたのかと思った。
それはグリーンも同じだったようで、驚きで一瞬言葉を失っていた。
「ど……どういうことだ?」
「陛下にお騒がせした経緯と、無事解決したことの報告に参ったのです。私とユルビーについての疑惑は全て晴れました」
「くっ……そんな……なぜだ」
「簡単なことです。うちの正式な帳簿が偽のものとすり替えられていたので、正しいものを提出しました。誰かと違って、恨みを買うような方法で人脈を広げていませんから」
混乱している様子で後退りしたグリーンは、額に手を当て唇を噛んだ。ブルーノの表情は見えないが、声はいつも通りで冷静に聞こえる。
「ユルビーに関しては、地方へ送られることに恨みを抱いていたとされていましたが、そもそもそれは間違いです。父がやり取りしていた先方が証言してくれました」
「証言……だと?」
「ええ、娘を紹介する約束をしていたのは、イシュマの方です」
「なっ」「えっ!?」
これには、グリーンだけではなく、イシュマも驚いた。公爵が送った手紙の内容を思い出す。ユルビーのことだと思い込んでいた。確かに二人を引き離すため地方送りにするなら、実の息子よりイシュマを選ぶはずだ。当たり前のことに気づいた。
「動機がないなら話になりません。嵐の混乱があり、痕跡はほとんど消えていますし、事故とも他殺とも言い切れない。それでも、ユルビーを犯人にするには、強引すぎますからね」
ブルーノの言い方から、なんとなく状況が見えた。グリーンは人脈と強い権限を持っていたが、それは卑劣なやり方で奪い取ってきたものだ。恨みを持つものも多く、ブルーノはそこに目をつけ、買収した連中を寝返らせたのかもしれない。
策にかかり、窮地に追い込ませたと思わせて、しっかりとグリーンの罠から抜け出していたのだ。
そこで会議が始まる鐘が鳴り、部屋の外がガヤガヤと騒がしくなった。
「おや、そろそろ始まるみたいですね。先ほど係の者が今日の内容について説明されていましたので、急いだ方がよろしいかと。あっ、私とイシュマは不参加の許可をいただいたので、お先に失礼します」
ブルーノが胸に手を当て、丁寧にお辞儀をすると、グリーンはわなわなと悔しそうに唇を震わせた。そのまま何も言わずに髪を振り乱し、踵を返して部屋の外へ出て行った。
「あっ、ちょっ……待って」
「イシュマ」
「ユルビー、離して。あいつをこのままにしたら……」
何もせずにグリーンを行かせてしまったことに気づき、イシュマは必死で追おうとしたが、ユルビーにしっかりと掴まれる。ツカツカとブルーノが歩いてきて、イシュマが背中に忍ばせていた短剣をスルと抜いて持ち上げた。
「こら、イシュマ。お家で大人しくしていてって書いたのに、これはなに?」
「あ……アイツを殺そうとしたんだよ! だって、ブルーノとユルビーが連れていかれて……もう二度と会えないなら……アイツを殺して……」
「その顔、もしかして……自分も死のうとした?」
ナイフはユルビーに手渡され、窓の外へ放り投げられた。
「あんなヤツと死ぬなんて、許さないよ。死ぬなら、僕と一緒にして」
「おいブルーノ、そういう話じゃないだろ。イシュマは俺達を助けようとしてくれたんだ」
「分かっているよ。もし一足遅れていたら……そう考えたら心臓が止まりそうになったんだから。二度とそんなことを考えないで」
二人が戻ってきたことが現実だと分かり、足の力が抜けてしまう。前に倒れそうになったところを、ブルーノに支えられた。
「うぅ……ごめっ……」
イシュマの目から涙がポロポロとこぼれ落ちる。今になって恐ろしくなり、手足が震えてしまう。
そんなイシュマをブルーノは優しく抱きしめた。
「エロイズのスパイが、うちに入り込んでいたのは前から知っていたんだ。いつか仕掛けて来るだろうからと、ちゃんと対策は練っていた。イシュマには心配をかけたくなくて黙っていたんだ。ごめん、もっと早く言っておけばよかったね」
「ふ……ふたりが……いなくて……、もう会えないのかと……おれ……俺、頭が変に……。それならグリーンを殺そうって……」
「悪かった、イシュマ。思っていたより、エロイズの野郎の動きが早くて、対処に時間がかかった」
ユルビーもイシュマの髪に顔を埋め、背中に触れてくれた。二人の温かさに包まれ、心が元の形に戻っていく。
「……ううん、いいんだ。二人が無事でいてくれたから、帰ってきてくれたからいい。もう何でもいいよ」
部屋の外では会議に参加するための人々が集まり、たくさんの足音や話し声が聞こえてくる。壁の向こうが喧騒に包まれる中、控室で三人は抱き合い、無事と再会を確かめ合った。
長い長い文章を読み、じっくりと内容を確かめた後、イシュマはペンを手に取った。インクをつけ、渡された書類に自分の名を書く。
公爵家執務室の大きなソファーに、イシュマとブルーノ、ユルビーの三人が並んで座り、全員書類へのサインを終えた。
その様子を皇家から派遣された遺産相続官が見届け、最後に皇家から賜った印章が押下された。
「これで手続きは完了です。通常よりもお時間がかかってしまったことをお詫び申し上げます。実はこれには事情がありまして……」
遺産相続官は貴族の遺産を管理しており、遺言書を元に正しい相続が行われるよう見届ける役目がある。プリンプ公爵家の担当となった相続官は、サインさせた書類とは別に、もう一枚の書類をテーブルの上に載せた。
「先ほど、皆様にお渡しした書類には、財産について、三兄弟が均等になるよう分けると書かれていましたね。ご納得いただきサインを頂戴しましたが、こちらの書類には、イシュマ様が単独相続をするように書かれています」
「え……!?」
あの怪しい記者が言及していた話を、まさかまた聞くことになるとは思わなかった。でたらめだと考えていたので驚いたが、ブルーノとユルビーが動揺する様子はない。
「こちらはある条件の元、適応されるものでした。条件とは、お三方が仲違いをし、財産を巡り争いが起きることや、罪を犯し公爵家の名声に傷をつけること。そう言ったことが起きた場合、イシュマ様が単独で相続することになっていたのです」
「そ……そんなことって……あるんですか? そもそも、養子の私に全部なんて……。それにその条件だと私自身が罪を犯した場合、おかしなことになりますよ」
理解が及ばず、イシュマが思わず身を乗り出すと、その問いに答えたのはユルビーだった。
「あるよ。親父ならそうすると思った。あの男が一番可愛がっていたのはイシュマだ。俺達よりもずっと気にかけていたからな。それに、イシュマが罪を犯すなんて絶対ないと考えたからこそ、二枚目を作ったんだろうな」
「その通り、お父様の考えそうなことだ。心配したからこそ、地方へ送って結婚までさせようとしていたんだから」
ブルーノもユルビーの意見に同意した。二人とも足を組んでリラックスした様子だ。イシュマだけ真ん中で小さくなっていた。
自信満々で答える二人を前にして、イシュマはそれ以上言えなくなった。
「ご理解いただけてよかったです。では、何事もなかったということで、一枚目の書類をプリンプ家の正式な遺言書手続き書とさせていただきます。私は皇宮に戻り処理を始めますので、また追ってご連絡させていただきます」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
相続官は帽子をかぶり頭を下げて部屋を出ていく。見送った三人はドアが閉まった後、一斉にふぅと息を吐いた。
「あーようやく終わったか。説明が長すぎて疲れた」
「まったくだよ。さすがに時間をかけ過ぎだね。足が痺れた」
疲れた顔で腕を振り回すユルビーと、一緒に愚痴っているブルーノの姿を、イシュマはボケっと眺めた。
「あ……あのさ」
「どうした?」
「ん? 何?」
恐る恐るイシュマが声をかけると、二人の動きが止まった。自分に視線が集まると、少し緊張してしまう。
「お父様は俺を地方へ送って、結婚までさせようとしていたなんて……二人は知っていたの?」
「僕は事前に聞いていた。ユルビーの気持ちを知って、どうしていいか、頭を悩ませたんだろうね。あの人なりに、守ろうとしたんだよ、きっと」
ブルーノの言葉に胸がチクリと痛んだ。実子のように扱ってくれたが、何かあればまた違うと分かっていた。側において守ろうとしたのはユルビーの方で、厄介な存在になってしまったからこそ、遠くへ追いやろうとしていたように思える。
二枚目の遺言書に関してはかなり前に書いたもののようなので、書き直す時間がなかったのかもしれない。
公爵の死を悼んでいるが、彼がいなくなったので、二人と一緒にいられることになった。喜んではいけないのに、その事実に安堵し嬉しく思ってしまう。自分はなんてひどい人間なんだと胸の痛みが増した。
「それで、お父様のことだけど……あれは本当に……」
口の中に苦味が広がる。公爵の事故死について気になっていたが、聞いていいのか分からなかった。言葉が詰まり、上手く言えないでいると、ブルーノが静かに息を吐いた。
「悲しい事故だったね。お父様はきっと、天国から僕達のことを見守ってくれているよ」
二人の表情から悪いものは感じない。事故の日、二人は終日不在にしていて姿を見ていなかった。記者の話でよくないことを考えなかったかと言えば嘘になる。
けれどもうこれ以上考えることはやめようと決めた。今ここで、三人一緒にいられることを考える。そうしないと、一番大事なものを見失ってしまいそうだからだ。
「俺は……まだ、二人と一緒に暮らしていいのかな?」
「何を言っているんだ。当たり前だろう」
ユルビーはちょっと怒った顔で、肩に手を乗せてきた。ダメだと言われたらどうしようかと思っていたので、心が軽くなる。
「出ていくなんて許さないから。あの町外れの家は、必要ないから、ちゃんと売りに出しておいてね」
「えっ……ブルーノ……知っていたの?」
「イシュマ……内緒にしているつもりだったの? うちの系列の店で買うなんて、すぐに話がきたよ」
「ええっ! あの……町の小さなお店で契約したのに……あの店系列だったの!?」
「あー可愛い。だから外へ出すのは心配なんだよ。悪い人にすぐ騙される」
ブルーノはイシュマの頭を抱きしめ、つむじに何度もキスを落としてくる。邪魔になるなら一人で暮らそうと計画していたことは、全部筒抜けだったようだ。
ブルーノに知られることなく行動するのは、もはや不可能に近いのではと思い始めてきた。
イシュマが呆然としていると、窓の外から鐘の鳴る音が聞こえてきた。皇宮で重要な決定がされた時、広場の鐘が鳴らされるのだ。
今日はまた皇宮で、高位貴族を集めた会議が行われているが、ブルーノは相続手続きのために不参加だった。
「鐘が鳴ったということは、重要な交渉がうまくいったんだろう。これで反政府組織の活動も大人しくなるな」
「そうだね。この後、交渉成立を祝して乾杯が行われるはずだ。僕も行きたかったなぁ」
イシュマの頭を顎でぐりぐりしながら、ブルーノは不満そうな声を上げる。いつもは貴族会議なんて面倒だと言う男でも、重要な場面には立ち会いたいと思うようだ。
「会議はどうでもいいけど、祝杯がね。今日配られるのは、絶品だと言われるワインなんだ。ぜひ、飲んでみたかったな」
「ああ、陛下の果物園で採れたもので作られているんだよね。重要な取り決めの時、陛下が直接お選びになると聞いたけど。確か、今月は桃のワインだったかな」
「そう、先日お会いした時に、少しだけアレンジを加える方法をお伝えしておいたんだ」
「ブルーノが? へぇ……珍しいね。アレンジ……そうなんだ」
ブルーノはお酒に興味があるタイプではないと思っていたのに、趣味が変わったようだ。
「陛下はお遊び好きだから……きっと面白いものが見れただろうに、残念だ」
ブルーノのは天使のように美しい顔で微笑む。思わず見惚れていると、隣でユルビーが大きくため息をついた。
「遊びは終わりだ。みんな仕事が残っているだろう。さっさと片付けるぞ」
ユルビーはイシュマとブルーノの背中を叩き、前に押した。一つ終わるとまた一つ、それぞれ忙しい身であるために、のんびりしていられない。みんな慌ただしく動き出した。
夜も更け、入浴をすませたイシュマは自室で静かに過ごしていた。公爵の死から、目が回るようなことの連続で、やっと落ち着いたというのに心は休まらない。
しばらくほとんど眠れていないが、今夜もまたそうだろうと息を吐いた。ベッドの上に座ったイシュマは、本をペラペラと捲ってみたが、少しも頭に入らない。結局本を机の上に載せて、明かりを消すためにランプに手を伸ばす。そこで気配を察して手を止める。
「……いるんだね」
部屋隅の暗がりに声をかけると、影がスッと動いた。
「そろそろ、来ると思ったよ」
明かりに照らされ姿を現したのは、あの記者だ。糸のように細い目と、口角の上がった口元。作られた笑顔は仮面のように見える。
「君が何者なのか考えていた。あの誘いはゲームを元の流れに戻すようなもの。強制力、不具合の修正プログラムみたいなものかな?」
「そうですね。そのようなものです。世界に迷い込んだ不純物を強制的に排除するために送り込まれたもの、というところでしょうか」
当初は記者とグリーンの繋がりを考えていたが、グリーンが彼を知っており、利用しているような素振りがなかった。内情を深く知り、怪しい言動から、彼が登場人物でないことを確信した。
彼がもし、ゲーム内での進行を正常に保つために使わされたプログラムならば、別の世界から入り込んだイシュマは、排除しなければならないはずだ。
だからまた、会うことになるだろうと分かっていた。
「俺をこの世界から消しにきたの?」
「だったらどうしますか?」
質問に質問で返され、イシュマは目を閉じる。異世界転生をして、もしかしたらいつかこんな日が来るのではないかと思っていた。覚悟はしていたつもりだったが、いざとなると悲しい。
ブルーノとユルビーの顔が浮かんできて、胸が痛くなる。二人と離れたくない。ずっと一緒にいたい。今になってやっと、本音が溢れてくる。
「いやだ……消えたくない……俺は二人が……」
目頭が熱くなり、目を開けると大粒の涙がポロリとこぼれ落ちた。
「好きなんだ」
生き残ることばかり考えていたけれど、二人を失うかもしれないという時、そんなことはどうでもよくなった。
寂しさに震えていた手を握ってくれた時、眠れない夜を共に過ごしてくれた時、慣れない生活に戸惑うばかりだったが、いつだって二人が隣にいて、こっちだよと導いてくれた。
自分の人生のほとんどに、ブルーノとユルビーがいた。
二人に触れられて、少しも嫌だと思わずに、嬉しさが込み上げてきたのは当たり前だ。
だって本当は、ずっと前から二人が好きだった。
抱いてはいけない想いだと、無理やり押し込めて気付かないフリをした。
全てが消えて、真っ白になっても……
ブルーノとユルビーが生きていてくれるなら……。
想いが身体中から溢れてくる。自分の腕を抱いたイシュマは唇を震わせた。
「もし……許されるなら、草木や風になってもいい。少しでも二人の側にいたい」
涙を流しながらそう言うと、記者はクスリと笑った。
「まぁ、そう言わずに。人間のまま、側にいたらいいのでは?」
「……え?」
「私は何もしない、という意味です」
記者は軽く手を上げ、ひらひらと指を動かした。道化師のような動きを見て、よけいに混乱してしまう。
「いや、だって……何もって……」
「朗報です。プレイヤーは反乱イベントをキャンセルして、交渉を選びました。真面目で堅実なプレイヤーのようです。臨時ボーナスより、国内の結束に力を入れたいようですねぇ。グリーン氏の甘言をことごとく拒否し、代わりにブルーノ氏との意見交換を選んだようです」
まるで世界観を説明するキャラクターのように、記者はペラペラと喋り出す。イシュマは目をパチパチと瞬かせ、大人しく聞くしかなかった。
「今日の会議では、ちょっとしたアクシデントがあったようですが、反感を持つ貴族達の要望を汲み、新たな法律が作られたようですよ。和平への交渉が上手くまとまりました。よって、メインシナリオに変動はなく、危険因子を排除する必要はなくなりました」
「え……それじゃあ……俺は……」
「ボーナスイベントが消滅したことにより、プリンプ家への縛りは消えたということです。迷い込んだ魂については、強力な影響を及ぼさない限り、気にしないことになりました。これから反乱を起こそうとは考えていませんよね?」
「ま、まさか……ない、ないよ」
「では、この話は終わりです。もう会うことはないと思いますので好きに生きてください。ただ、悪さだけはしないように」
記者は帽子をかぶり直し、近くの窓を開ける。普通に出ていくのかと驚いたが、やはり本当にこれで帰るようだ。
「あ……あの、ありがとう。お礼なんて変かもしれないけど……」
「いいえ、イシュマさんらしいです。正直なところ、これは歴史ゲームなので、恋愛関係はジャンル違いなのですよ。私には、誰が誰を好きだとか、さっぱり分かりませんし、どうでもいいのです」
窓枠に手をかけた記者は、疲れた表情で振り返った。一応お礼を言ったが、これで合っているのかわからない。
「でもまぁ、貴方のことは生まれた時から観察していましたので、その結論に至ったことは、悪くないなと思います。先ほど私に話してくれた気持ちを、二人へ伝えてください。あの二人は、いつも貴方のことを誰よりも大切に見ていましたから」
「……わかった」
「それにしても、過剰なところがありますけどね」
「え?」
最後の方がよく聞こえなくて、イシュマは聞き返したが、ニコッと笑った記者はそのまま後ろに倒れるようにして窓から落ちた。
「え、ちょっ――!!」
イシュマは慌てて窓の下を見たが、草木が眠る庭園と静かな夜の闇が広がっており、そこに記者の姿はない。なんてお騒がせな去り方なんだと、心臓がバクバクと鳴りその場に座り込んだ。
この世界で好きなように生きていい。
今にも切れそうだった糸がやっと強く繋がった。興奮は冷める気配がなく、胸に手を当てたイシュマは、勢いよく立ち上がる。
二人と話したい。
今夜ブルーノとユルビーは、二人で仕事の残りをすると言っていた。はやる気持ちを抑え、イシュマはブルーノの部屋へ向かった。
コンコンとノックをすると、入れというブルーノの声が聞こえた。イシュマがランプを持ちながら、ゆっくりドアを開けると、部屋の中にはブルーノとユルビーがいた。二人で机に向かい、書き物をしている。
「イシュマ、どうしたの? 眠れないの?」
ブルーノがペンを置き、心配そうな顔で近づいてくる。イシュマの顔に触れ、頬をそっと撫でた。
「やっぱり、寝不足だね。目の下にクマがある。後で見に行こうと思っていたんだ」
「無理もないだろう。相続手続きが終わったとはいえ、色々あったんだ」
「可哀想に……。今日は僕と寝る?」
「ブルーノ、いい加減に――」
ユルビーがやめろと言いかけたところで、イシュマは静かに頷いた。イシュマから一緒に寝たいと言ったことがなかったので、二人は目を開き、驚いた表情になる。
「話があるんだ。いいかな?」
「もちろん、さっ中へ入って。皇宮に提出する書類を書き終えて、今は適当に喋っていただけだから」
ブルーノに背中を押され、招き入れられた。二人はそれぞれ椅子に座ったので、イシュマも近くにある椅子に腰掛ける。
「何から……話したらいいかな。二人が告白してくれたこと。真剣に考えてみたんだ。二人の気持ちを知っているのに、黙ったままでいいのかって……」
「イシュマ、それは今のままでも――」
「いいはずないよ。一方的な想いを抱くだけでなんて辛いよ。二人に苦しんでほしくない」
ブルーノの言葉を遮って、イシュマがハッキリと告げると、二人は目を逸らして押し黙った。どう言ったらいいのか、イシュマが頭の中で整理していると、ガタンと音がしてブルーノが席を立った。
「イシュマ、いなくなるつもりなんだね。ダメだって言ったのに! 僕達から離れるつもりでしょう?」
「え? ちょっと待って……」
まだ本題に入る前なのに、焦った様子で近づいてきたブルーノは、イシュマの腰に抱きついてきた。
「行かないで。もう好きだって言わないから。何でもする……イシュマがいなくなったら……生きていけない」
「ブルーノ……」
泣き出してしまったブルーノを見て慌てていると、今度はユルビーが立ち上がり、イシュマの前で膝をついた。
「イシュマの気持ちも考えず、勝手なことをして悪かった。もう嫌なことはしない。出ていくなんて言わないでくれ」
「ユルビー……」
ユルビーはまるで王族に誓いを立てるかのように、イシュマの手を取り甲に口付けてきた。こちらは涙こそ流れていないが、目元が赤くなっている。二人して同じことを考えているので、やっぱり兄弟だと思ってしまう。額に手を当て、イシュマは小さく唸った。
「あのね、これから本題なんだけど」
「へ?」
「ちゃんと答えたいって話だよ。ブルーノとユルビーには幸せになってほしい。だから自分の想いは押し込めなきゃいけないと思って見ないフリをしていた」
「それって……」
ユルビーの目の奥が揺れている。それは期待と不安、イシュマの胸にも同じものが宿っていた。
「俺も……ブルーノとユルビーのこと好きだよ。二人を好きなんて許されないことだと思うけど……。どっちかとか、そうじゃなくて、ちゃんと二人とも好き……だから」
糸を紡ぐように、言葉を考えながら口にする。自分の気持ちを素直に話すことは、恐くて緊張してしまう。二人の反応はというと、ブルーノは腰にしがみついたままで、ユルビーは眉間に皺を寄せている。
「あの……聞いている?」
変な沈黙が流れ声をかけると、ユルビーがハッと気がついたようにイシュマを見た。
「イシュマ、それは俺達と同じ気持ちということか?」
「うん……ごめん、好き」
「……なんで謝るんだよ」
やっとブルーノが鼻声で反応した。顔を上げると涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。いつも完璧な貴公子で、冷静沈着な男がこうなるなんて誰が思うだろう。
「二人とも好きでいい。誰に許しを乞うこともない。だって僕達は三本の矢だから。ずっと離れないで一緒にいるんだ。愛の形なんて人それぞれだよ」
「二人はそれでいいの? 他にも幸せになる道が――」
「そんなのはどうでもいい。イシュマがいい。他の幸せなんていらない」
ユルビーの顔が近づいてきて、目元に唇が触れた。柔らかくて優しい匂いがした。
「二人に触れられて嫌だなんて思わなかった。口には出せなかったけど、本当は嬉しくて……もっと触れてほしかった」
「イシュマ……お願い、僕達を受け入れてくれる?」
下からブルーノがじっと見つめてくる。しっとりと濡れた、青い瞳の中に吸い込まれてしまいそうだ。
イシュマが頷くと、今度はブルーノの顔が近づいてきて、唇を奪われる。
「ん……っっ」
啄むように触れて、下唇を舐められる。ピクッと肩を揺らしたイシュマは、舌先に熱の始まりを感じた。
「可愛い……おいで。今日は逃さないよ」
ブルーノに手を引かれ、イシュマは立ち上がった。続きの部屋はブルーノの寝室になっており、ベッドの上に導かれる。
これは夢かもしれない。そう思いながら、イシュマはシーツの波に背中から落ちた。
「はぁ……ん……はぁ……」
月明かりが照らすベッドの上、イシュマとブルーノ、そしてユルビーは、全員生まれたままの姿になっていた。
仰向けに寝転んだイシュマを可愛がるように、ブルーノが下半身を、ユルビーが上半身を愛撫している。
ブルーノに内側をゆっくりと指で撫でられる。始めは異物感があったが、繰り返し丁寧に広げられる度に、何ともいえない感覚が体を包み始める。
「あっ……う……だめっ」
「だめ、じゃないでしょう。ほら、イシュマのココ、たっぷり膨らんでる」
「ああっ、も……だめだよ」
ブルーノはイシュマの後孔に指を入れ、閉じていた蕾を開いてきた。しかも、時々悪戯のようにイシュマのモノを舐めてくる。後ろと前を弄られて、必死に我慢しているが今にも爆ぜてしまいそうだ。
「イシュマ、よそ見してんな。ほら口を開けろって」
「んっ、ゆる……んっっ」
ユルビーはイシュマにキスをしながら、胸の尖りを指で刺激してくる。ユルビーと舌を絡ませて、唇を吸い合うのは気持ちいい。ユルビーの首の後ろに手をかけて、夢中でキスをしていると、ブルーノがぐっと深く指を入れてきた。
「むっ、……ううっ、ふっつああっ」
「こら、こっちも忘れないで。僕のおかげでとろとろになったよ」
ブルーノはボディ用のオイルを使いソコを広げたらしい。長い指で掻き回され、イシュマはビクビクと腰を揺らした。
「もう、大丈夫そうか?」
「だいぶ広がったね。さて、どうしようか? 初めが僕じゃキツいかな」
今までしっかりとブルーノのモノを見ていなかったので、ゴクリと唾を飲み込んでしまう。ブルーノはしなやかで美しい体をしているが、モノは凶器のように大きく聳え立っている。
「まったく体に合わないデカさだな。俺だって小さいわけじゃないが」
「長男だからね」
「あほ、知るか」
イシュマはすっかり力が抜けて、ぼーっと二人のやり取りを見ていた。話しながら下へ移動してきたユルビーは、イシュマの膝を持ち上げ、自身にオイルを塗りつけた。ユルビーのソコはもちろん立派で、先端がぐっと反り返る形をしている。
「初めては俺がもらうからな。イシュマ、痛かったら言ってくれ」
「んっ……」
熱くて硬いモノが後孔にあてられ、壁をぐっと押し広げるように侵入してくる。指とは比べ物にならない圧迫感に、イシュマは息を吐いた。
「くっ……キツ……大丈夫か……」
「ん……大丈夫……きて」
イシュマはユルビーに向かって手を伸ばした。ユルビーの肩に触れ、自分の方へ引き寄せる。
「受けいれる……って、決めたから……ちゃんと……気持ち……い……」
「イシュマ……くっ……」
力が入り、ユルビーのソコをぐっと締めてしまう。そこでブルーノが顔の近くまできて、イシュマの頬にキスをする。そこから手を伸ばして、イシュマのモノを掴んだ。
「んっはぁ……っっ」
「力を抜いて、そう、息を吐いて。楽になる。気持ちいいことだけ、考えて」
ブルーノが耳元で囁き、ソコを上下に擦り始める。イシュマはあっという間に上り詰めてしまい、先端から愛液が溢れ出す。
「ああ、お漏らしして。可愛いね、イシュマ」
「くっ……」
ブルーノの声に反応するように、ユルビーはもっと深く沈めてくる。圧迫感があり苦しかったが、前を擦られているこたで、それが曖昧になってくる。
イシュマが力を抜いた瞬間、腰を引いたユルビーは、一気に深く沈めてきた。
「あ……ああああ……っっあ……」
「イシュマ……入った……なんて、熱い……ヤバいなこれ……」
ユルビーが腰を動かし、グリグリとナカを擦ってくる。同時にユルビーの汗が落ちてきて、イシュマの頬を濡らす。
「どう? ユルビー」
「気持ち良すぎる……もたない」
「ははっ、待ちに待った瞬間だもんね。何度、想像して一人で果てたか……数え切れないだろう?」
「お前だってそうだろう」
「まぁね」
クスッと笑ったブルーノは、イシュマの唇にかぶりつくようにキスをしてきた。ユルビーのキスとはまた違う、ねっとりと絡みつき、欲望を炙り出すような熱いキス。
ユルビーは荒い息を吐きながら、ゆっくりと抜き挿しをして律動を始める。探るような動きだったが、やがて激しく揺れ、腰を打ちつけてきた。
「んっ……んっ、んっ、はぁ……んっんっんんんっ」
イシュマは後ろでユルビーを咥えながら、ブルーノに前を擦られて、我慢できず達してしまう。濃い白濁が腹の上に飛び散った。絶頂の波が押し寄せ、後孔を強く締めると、ユルビーが詰めた声を上げる。
「くっ……っっ……」
イシュマの腰をガッチリと掴み、深く自身を沈めた後、熱い息を吐く。内側に熱い飛沫を感じ、ユルビーが達したのだとわかった。
「イシュマ……好きだ……イシュマ」
「んっ……ユルビー…………好き……」
ユルビーが顔中にキスをしてくる。幸せな気持ちが溢れてきて、イシュマはウットリとユルビーの赤い瞳を見つめた。
最後まで出し切ったのか、ユルビーがズルリと自身を引き抜くと、お尻から溢れるのを感じた。
「あーあー、どれだけ出したの? ぐちゃぐちゃだよ」
「うるさいな。良すぎて止まらなかった」
「いいよ。僕が全部、掻き出してあげる」
そう言ったブルーノがイシュマの足元にきて、ナカに指を入れた。具合を確かめるているようだ。
「傷はなさそう。じゃあいくよ」
ブルーノはユルビーと同じように自身をあてがい、イシュマの中に挿入ってくる。先ほどよりもっと大きく広がる感覚がして息を呑んだ。
「ああ……確かに……これは……いいね。ユルビーのおかげですんなり挿入ったし……やば……溶けそう」
ゆるゆると腰を動かすと、すぐに奥の方まで広がる感覚がした。
「あっ……んっ」
「あれ? ここ、気持ちいい?」
「はぁ……あっ、ひっんんっ」
「締まるね……これはすごい」
ブルーノの長いモノである一点を擦られたら、電流が走ったような強い快感に体が痺れる。ソコを擦られるだけでらイっている感覚がする。だらりと口を開け、涎を垂らすほど感じてしまう。
「だっ……め……変に……な……るっ、んんっあっ、くっ、ははんっんっ」
「なって……一緒になろう……僕はもう……とっくに……あっ……っっ」
ユルビーのように激しく力強いわけではない。だが、ブルーノの腰使いは確実にイシュマを快感へと押し上げる。ねっとりと良いところを狙うように擦られて、頭を振りながら感じてしまう。
「んっ……あっ……んっっあっあっあっん、んんっ」
声を止めることができない。触れずとも達してしまい、ダラダラと白濁を撒き散らす。ユルビーはなんと、腹に落ちたソレを手で掬い取り、舐めてしまった。
「う……うそ、ユルビー……」
「イシュマが出したモノなら綺麗だ。少し苦いが、たまらない味がする」
「んっ……だっ……んんっ」
そのままキスをされて、イシュマの口にも苦味が広がった。快感で頭が溶けてしまい、もう何でもよくなる。
「んんっ、にが……いよ」
「可愛いなイシュマ。なんて可愛いんだ」
「ちょっと妬けるんだけど、邪魔しないで」
「んっあっ……」
ユルビーと話していたら、深く突き入れたブルーノがグリグリと腰を動かしてくる。
「イシュマ……好きって言って」
「す……すき……」
ブルーノはイシュマの膝の裏を持ち、緩急をつけて打ちつけてきた。激しく揺らされる度に、快感の虜になってしまう。気持ちよくて、頭がおかしくなりそうだ。
「僕のこと、愛している?」
「ん……あいして……る」
「ああ、イシュマ……イクよ……うっ……くっっ」
イシュマの奥深くに突き入れた後、ブルーノはピタリと動きを止めた。最奥がビクビクと揺れて、大量の精が放たれたのを感じる。熱を感じたイシュマは、背を反らして熱い息を漏らした。
「あ……ぁ…………ぁ……あ……」
「ハァハァ……ハァ……」
ブルーノが中から出ていくと、お尻から精が漏れていく感覚がして、ぶるっと震えた。
「最高だった……嬉しくてたまらないよ」
ブルーノはイシュマの横に寝転び、くっついて頭にキスをしてくる。反対側に寝転んだユルビーもイシュマを抱きしめて髪に顔を埋めた。
「ん……ブルーノ……ユルビー」
「何だ?」
「どうしたの?」
眠気が一気に押し寄せてきて、もう指一本動かせない。だけど、これだけは言いたくて、何とか口を動かした。
「……あり……がとう」
意識が深い眠りの森に沈んでいく中で、クスリと笑う声が聞こえた。嬉しそうな笑い声が、ブルーノなのか、ユルビーなのか分からなかった。
二人が笑っていてくれたらいい。
そう思いながら、イシュマは意識を手放した。
風に揺れて草が擦れる音がする。
プリンプ邸にある大木の下は、イシュマのお気に入りの場所だ。
木の根元に座り、ついウトウトとしていたら、強い風が吹いてきて、イシュマは目を開けた。膝の上に乗せていた新聞が飛んでいきそうになっており、慌てて手で引き寄せる。
貴族向けの号外紙だが、一面は先日の貴族会議の様子が載っている。新たな法律が定められ、皇帝に強い支持が集まったと書かれていた。
そして驚くべきは、その乾杯で悲劇が起きたとなっていたことだ。
それは、グリーン・エロイズの死だ。
乾杯のワインを飲んだエロイズは、急に苦しみだし、倒れて亡くなった。ワインに毒が入っていたことが疑われたが、その場で同じものを飲んだ全員は特に問題がなかった。
当日はフルーツワインが出された。皇帝の果樹園で作られたもので、今月は桃の予定だった。ところが、今回は趣向を変えて、他の果物も混ぜられたそうだ。
皇帝は何が入っているか当てさせるつもりだったらしい。隠し味で入っていたのはオレンジだった。どうやらそれがよくなかった。グリーンはオレンジのアレルギーだったようだ。
しかし、日頃から暗殺などを恐れていたグリーンは、そのことを誰にも言わなかった。外ではあまり食事をしない彼も、皇帝の勧めとあれば飲まないわけにはいかない。当日は桃のワインとだけ聞いていたので、口にしてしまった。
偶然が重なった、悲劇だと書かれている。
「そういえば……、レストランで食事した時も、オレンジのソースがかかったものを食べなかったな。苦手だと言ってたけど、そういうことだったのか」
悪い人間には罰が下るようにできているのかもしれない。彼が生きていたら、プリンプ家をしつこく狙ってくるだろうと思っていたので、正直なところホッとしている。
「んー、そういえば、ブルーノにレストランの話をした時、オレンジの話もしたような……」
色々ありすぎて記憶が曖昧だ。何があったか聞かれて、食事の内容まで全部話したことを思い出した。イシュマが首を傾けていると、遠くから声が聞こえてきた。
「イシュマー!」
ブルーノの声だと思い、イシュマは急いで立ち上がった。ブルーノは領地視察に行っていたので、一週間ぶりの再会だ。
「ブルーノ、おかえり」
手を振っていると、走ってきたブルーノが飛びついてきた。
「わっ」
ぐっと持ち上げられて、ぐるぐると回される。愛し合うようになり、ブルーノの甘えん坊は益々激しくなった。本人曰く、一応抑えていたつもりらしい。最近は邸の外でも、平気でくっ付いてくるので困りものだ。
「いい子で待っていた?」
「子供じゃないんだから。ちゃんと仕事に行って帰ってきたところだよ。疲れてちょっと寝ちゃった」
「またこんなところで寝ていたの? 邸の中だからいいけど、変なやつが寄ってきたらどうするんだよ」
今度は心配性が発揮される。頬を膨らませたブルーノを見て、イシュマはぷっと噴き出して笑った。
「幸せだと眠くなるんだ。二人にたくさん愛されて、とても幸せだから」
「ふーん、そうか」
にこっと笑ったブルーノは、イシュマを抱き上げたまま歩き出した。
「どこへ行くの? 夕食は?」
「食事は後。先にイシュマを愛したい」
「えっっ」
ストレートに言われるのがまだ慣れない。一気に頬が熱くなり、心臓の鼓動が高まった。
「僕のこともたくさん愛して、もっと幸せにしてよ」
「それはもちろんだけど……」
抱き上げられたまま邸の中を進むと、使用人達は端に寄り頭を下げてくる。イシュマは恥ずかしくなり、顔を伏せた。
使用人達はおそらくこの関係を知っている。だが、みんなプロだ。いつもと変わらない態度で仕事をしている。恥ずかしがっているのは、イシュマだけらしい。
「あーっ! お前達、こんな時間からイチャついて、何してるんだ!」
廊下の向こうにユルビーの姿が見えた。ユルビーはこちらに気がついて、ドカドカ足音を鳴らしながら走ってきた。
「ユルビー、今日は終日仕事じゃなかったの?」
「ああ、訓練は終わって、これから報告に行くところ……って、ズルイぞ!」
「うるさいなぁ、どうせ僕が不在の間、イシュマを独り占めしていただろう?」
「ううっ」
ブルーノの指摘に、ユルビーとイシュマは同時に声を漏らして赤くなる。三人で愛し合うことは滅多にない。ブルーノとユルビーはお互い取り決めがあるらしい。今回ブルーノは一週間いなかったので、イシュマは毎晩のようにユルビーに抱かれていた。
「今日から一週間、イシュマを独占するのは僕だからね」
「くくっー!」
歯を食いしばって悔しそうな顔をするユルビーを見て、ブルーノとイシュマは同時に噴き出して笑った。
「あぁ、面白い。ユルビーは変わらないな、可愛いやつだ」
「兄貴ぶるなよ。気持ち悪いぞ」
「何だよ。僕は長男として、弟を可愛がっているんだ」
「やめろー! ブルーノに言われると寒気がする!」
イシュマは二人のやり取りを微笑みながら見ていた。兄弟っていいなと思い、胸が温かくなる。
「二人とも、可愛いよ」
つい揶揄いたくなり、笑いながらそういうと、二人は鼻から息を吸い込んでイシュマを見てきた。
「イシュマが一番可愛い!」
「同感だ、ここに一番可愛いのがいる!」
「わっっ、くすぐったい、くすぐったいって!」
ブルーノとユルビーに抱きしめられ、髪や腹を撫でられてぐちゃぐちゃにされる。笑いが止まらなくて涙が出てきた。こんな幸せな涙なら、何度でも流したい。
「今夜は三人で寝よう」
「……イシュマのお願いとなれば、仕方ないな」
「そうと決まれば、急いで報告に行って帰ってくるから、俺の分も残しておけよ!」
乱れた髪を手櫛で直したユルビーは、汗を飛ばしながら走り出した。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
「俺の分って、デザートじゃないんだから」
イシュマが手を振る横で、ブルーノが冷静にツッコんだ。
「さっ、イシュマ。寝室へ行くよ」
「え? 夜じゃないの?」
「そりゃデザートまでに、まずは前菜から始めないと」
ブルーノはペロリと舌を出し、口の周りを妖艶に舐める。その仕草を見て腹の奥に熱が灯るのがわかった。
「おいで」
イシュマは手を引かれて歩き出す。
これからたっぷりと愛されて、幸せで満たされるだろう。
今も今夜も明日も。
長い時を経て、お互いの髪が白くなっても。
二人が手を取ってくれた時からずっと、この愛は永遠に変わらない。
何があっても、三人でずっと一緒だから。
【完】
眠ることなどできない。
空は朝焼けに染まっているが、美しいと思える景色も、今は全て色褪せて見える。
自室のベッドから下りたイシュマは、窓を開けて新鮮な空気を室内に入れた。まだ薄暗く、朝の訪れには少し早い。深く息を吸い込むと、腹の中まで冷たくなり、生きている感覚がした。
突然、ブルーノとユルビーが連れて行かれ三日が経った。その間、親戚や事業の関係者から、ひっきりなしに連絡がきて対応に追われ、邸の中は大混乱だった。執事がお抱えの弁護人に連絡を取り、イシュマを交え今後の話し合いになった。
ブルーノについての疑惑は、明らかに捏造されたものだが、それを否定するほどの証拠がない。
前公爵の遺産相続が完全に終わるまで、ブルーノは当主代行という立場であり、強い権限を行使できない。ユルビーについても、事故当日に一人で演習に出ていたこと、地方へ追いやられそうになったという動機だけで犯人扱いされている。
前公爵の死を取り上げたことからして、黒幕はエロイズ伯爵とみて間違いない。司法関係者を買収し、軍の上層部とも繋がりがあることから、邪魔なプリンプ家を弱らせるための策略だったのだろう。
ブルーノがまだ若く、人脈や経験が浅いことから狙われたのだろうと推測できる。
いずれにしても、長期戦になり、厳しい取り調べを受けて二人が大変な目に遭うことが想像できた。もしかしたら、取り調べ中の事故を装い、命を狙われる可能性もあると聞かされ、イシュマは震え上がった。
イシュマは、弁護人から臨時当主代行になるよう提案をされた。この状況はグリーンからお膳立てされたように思えて不快しかない。
お前のために用意した。そう、グリーンの声が聞こえてくる気がする。
臨時代行なんて自分には無理だと思った。
だが、そこで思いついたのだ。全てを元に戻す方法を……。
イシュマは窓から空を見上げた。陽が昇れば重要な日がやってくる。
皇宮内で高位貴族の臨時会議が予定されており、イシュマは、参考人として参加することになった。
議題はもちろんプリンプ家の不正疑惑と、前当主殺害の疑いについてだ。イシュマには、臨時当主代行として、状況説明と弁明の機会が与えられている。
グリーンの策略により、作られた罪が塗り固められていく。正攻法でこれを止めるのは不可能。それならば元に戻すまでだ。
「グリーンを殺す」
こんな恐ろしいことが、自分の口から出た言葉だと思えない。けれど確かに、そうしようと心に決めて口にした。
残された手段はひとつ、すべての物事を裏で操っている男、グリーンを殺すしかない。
レストランでの揉めごとは単なる喧嘩とされているが、グリーンの愚行を目撃した給仕がいる。
プライドを傷つけられたことが許せなかった。いかにもな理由を作れば同情が集まる。もちろん罪を一人で背負い、全てを終わらせる覚悟だ。
卑劣な手を使い、今の地位を築いたとされるエロイズ家に恨みを持つ者は多い。グリーンは暗殺を恐れて徹底的な策を打っていると聞いたことがある。
いざとなれば、プリンプ家に多くの者が味方をしてくれて、ブルーノとユルビーは解放されるだろう。
「おかしなことになってしまったのは、俺が流れを変えてしまったからだ。二人を助けないと……何としてでも絶対に……」
会議場に帯剣は許されていないため、イシュマは短剣を下着の紐に括り付け、上から服を着た。高位貴族は武器検査を受けなくてもいい。それを利用することにした。
コンコンとノックの音が響き、お時間ですという執事の声が響いた。窓辺に立ったまま、気がつくとかなりの時間が経っていたらしい。
イシュマは分かったと言って拳を強く握り、自室を後にした。
プリンプ家にきてすぐの頃、イシュマは記憶が混乱し、恐怖で眠れない日々を過ごしていた。一人ベッドで寝ていると恐ろしい夢を見るので、ある夜、イシュマはクローゼットの中へ入った。クローゼットの奥に隠れて膝を抱えていると、少しだけ気持ちが楽になった。
こうして朝まで耐えれば何とかなる。そう思っていたが、やはりだんだん悲しくなり、シクシクと泣いてしまった。
すると自分の名を呼ぶ声がして、クローゼットの扉が開けられた。現れたのは、寝巻き姿のブルーノとユルビーだった。二人とも枕を持ってイシュマの様子を見にきたらしい。
「ここにいたんだね」
隠れていたイシュマを見て、出ておいでと言ってくれたが、恐くて動けない。いいから行ってと強がってみたが、本当は今にも壊れてしまいそうだった。
その時、ブルーノがクローゼットに入ってきて、イシュマの隣に座った。その次にユルビーが隣に座り、イシュマは二人にはさまれた。
「こうやってくっつくと温かいね」
「なかなかいい眺めだな。せまいところも悪くない」
グイグイ押してくる二人を押し返しているうちに、そのうち押し合いごっこになった。小さい頃から力の強いユルビーに押されて、イシュマとブルーノは床に転がった。
やられたーとブルーノが叫んだ声がおかしくて、イシュマは笑った。しかも声を上げ、目尻から涙まで流していた。久しぶりの笑顔で、笑うことが懐かしいとすら思ってしまった。
二人はイシュマを笑わせたことがよほど嬉しかったようで、感動した様子になり、両側から抱きしめられた。
それからせまいクローゼットの中で色々な話をした。二人はイシュマを何とか笑わせようと、たくさん面白い話をしてくれた。イシュマはお腹を抱えて笑った。
いつのまにか、イシュマの中に漂っていた恐怖の霧は晴れ、二人の優しさで満たされていた。
翌朝、子供達がいなくなったと大騒ぎになったが、クローゼットの中で仲良く寝ていたので、みんなホッと胸を撫で下ろしたと聞いた。
思い出にはブルーノとユルビーがいる。自分の人生は二人がいてくれたおかげで、満たされていたのだと心から思う。
寂しかった前世を忘れさせてくれるくらい、二人のおかげで楽しいことばかりだった。だからこれは恩返しだ。幸せになってほしい。それだけを祈っている。
会議に出席する貴族達が皇宮に集まる中、大扉が開かれる。イシュマが入場すると一斉にその周りから人が引いた。視線が集中し、ヒソヒソと話し声に囲まれる。
他の人間なんてどうでもいい。
周囲を見回していると、集団の中から一人が前に出てきた。
「令息、お久しぶりです」
早速声をかけてきたのはグリーンだ。背が高く長い手足、一番高級そうな服を着こなしている。
「あの時は酔ってしまい、ご迷惑をおかけしました。あれから何度もお会いしようとしたのですが、悲しいことにお兄様に断られてしまい……」
グリーンは口元に嘘くさい笑みを貼り付け、人々の視線を集めるように歩いてきた。イシュマが何も言わないでいると、わざとらしく気がついたような顔になる。
「これは失礼しました。ここではあれですから、私の控え室へどうぞ」
グリーンに促され、イシュマは彼の後に続いた。わざわざ先日の話を持ち出してくれたので、二人には何かあるとみんな考えるだろう。
ちょうどいい、この注目を利用させてもらおうと勢いがつく。
エロイズ家の控室に到着すると、グリーンは意味ありげに微笑みながら、扉をしっかりと閉めた。
換気のためか窓は開けられており、柔らかな風がカーテンを揺らしている。
「大人しく付いてきたということは、よほど困っているようですね。もうお分かりだと思いますが、ブルーノ氏とユルビー卿は無実です」
イシュマは返事をする代わりにグリーンに鋭い視線を送った。それを見て、グリーンはますます嬉しそうに笑う。
「私には人脈と有り余るほどの金がある。審議員には特にたっぷりと握らせています。このまま、偽の証拠で二人を終身刑に追い込むこともできるのですよ」
「……卑怯だな。そこまでして、プリンプ家を破滅させたいのか」
「やられたことは、やり返すのが私のモットーでして。まだ壁に打たれた時の頭が痛くて困っています。それでも、貴方のおかげで負った傷だと思うと、これがまた不思議で、なかなか胸が高鳴るのです」
相変わらず変態だなと思っていると、近づいてきたグリーンはイシュマの前髪に触れた。
「悪い話ではないはずです。これは好機ですよ。目立たない存在として生きるよう虐げられてきた貴方が、プリンプ家の全てを手にするのです。土地も財産も爵位も……莫大な遺産も……」
「……見返りは何だ?」
「まだ分からないのですか? 貴方自身ですよ。私にこの体と心……全てを捧げると誓うなら、何もかも手にすることができるのです」
吐き気がすることを言われ、寒気がしてイシュマはぶるりと震える。これ以上何も聞きたくない。狙いは喉元に決めた。
「何もかも手に入れた男が何をふざけたことを。バカにするのもいい加減にしろ! お前は人の人生を弄んで楽しんでいるだけだ」
「そうとも言えますが、イシュマは特別な存在なのです。貴方に触れると、心が洗われて生まれたままの自分に戻ったような気分になる。手に入れたくてたまらない。私だけのものにして、一生閉じ込めておきたい」
「訳の分からないことを……」
グリーンの言っていることが理解できない。すぐにでも殺そう。そう判断したイシュマは右手をコートの裾から背中に入れた。
飛び出ていたナイフの柄をぐっと掴む。冷たくて、硬い感触がした。
今だ!!
鼻から息を吸い込んだイシュマは、右手に力を入れた。一瞬で終わる。そう思った時、ナイフを取り出すより先に、グリーンが驚いたような表情になる。
もう止めることはできない。グリーンの喉を狙い、イシュマは攻撃を繰り出そうとした。
しかし、渾身の力を込めたはずなのに、腕がビクとも動かない。何か強い力でしっかりと押さえられた感覚がした。
耳元に息がかかり、囁く声が聞こえる。
「そのまま動くな。じっとしていろ」
それはイシュマが求めていた声。聞き間違えることなどない、ユルビーの声だ。
次の瞬間、イシュマとグリーンを押し広げて、見慣れた背中が入ってきた。イシュマを守るように広がる手、鮮やかな金髪が目に入る。
「これはどういうことでしょうか? うちの弟に接近するのは禁止していたはずです。ご説明願えますか? エロイズ伯爵」
間違いない。前に立ったのはブルーノ、後ろでイシュマの腕を押さえているのがユルビーだ。ここにいるはずのない二人に、幻覚が見えたのかと思った。
それはグリーンも同じだったようで、驚きで一瞬言葉を失っていた。
「ど……どういうことだ?」
「陛下にお騒がせした経緯と、無事解決したことの報告に参ったのです。私とユルビーについての疑惑は全て晴れました」
「くっ……そんな……なぜだ」
「簡単なことです。うちの正式な帳簿が偽のものとすり替えられていたので、正しいものを提出しました。誰かと違って、恨みを買うような方法で人脈を広げていませんから」
混乱している様子で後退りしたグリーンは、額に手を当て唇を噛んだ。ブルーノの表情は見えないが、声はいつも通りで冷静に聞こえる。
「ユルビーに関しては、地方へ送られることに恨みを抱いていたとされていましたが、そもそもそれは間違いです。父がやり取りしていた先方が証言してくれました」
「証言……だと?」
「ええ、娘を紹介する約束をしていたのは、イシュマの方です」
「なっ」「えっ!?」
これには、グリーンだけではなく、イシュマも驚いた。公爵が送った手紙の内容を思い出す。ユルビーのことだと思い込んでいた。確かに二人を引き離すため地方送りにするなら、実の息子よりイシュマを選ぶはずだ。当たり前のことに気づいた。
「動機がないなら話になりません。嵐の混乱があり、痕跡はほとんど消えていますし、事故とも他殺とも言い切れない。それでも、ユルビーを犯人にするには、強引すぎますからね」
ブルーノの言い方から、なんとなく状況が見えた。グリーンは人脈と強い権限を持っていたが、それは卑劣なやり方で奪い取ってきたものだ。恨みを持つものも多く、ブルーノはそこに目をつけ、買収した連中を寝返らせたのかもしれない。
策にかかり、窮地に追い込ませたと思わせて、しっかりとグリーンの罠から抜け出していたのだ。
そこで会議が始まる鐘が鳴り、部屋の外がガヤガヤと騒がしくなった。
「おや、そろそろ始まるみたいですね。先ほど係の者が今日の内容について説明されていましたので、急いだ方がよろしいかと。あっ、私とイシュマは不参加の許可をいただいたので、お先に失礼します」
ブルーノが胸に手を当て、丁寧にお辞儀をすると、グリーンはわなわなと悔しそうに唇を震わせた。そのまま何も言わずに髪を振り乱し、踵を返して部屋の外へ出て行った。
「あっ、ちょっ……待って」
「イシュマ」
「ユルビー、離して。あいつをこのままにしたら……」
何もせずにグリーンを行かせてしまったことに気づき、イシュマは必死で追おうとしたが、ユルビーにしっかりと掴まれる。ツカツカとブルーノが歩いてきて、イシュマが背中に忍ばせていた短剣をスルと抜いて持ち上げた。
「こら、イシュマ。お家で大人しくしていてって書いたのに、これはなに?」
「あ……アイツを殺そうとしたんだよ! だって、ブルーノとユルビーが連れていかれて……もう二度と会えないなら……アイツを殺して……」
「その顔、もしかして……自分も死のうとした?」
ナイフはユルビーに手渡され、窓の外へ放り投げられた。
「あんなヤツと死ぬなんて、許さないよ。死ぬなら、僕と一緒にして」
「おいブルーノ、そういう話じゃないだろ。イシュマは俺達を助けようとしてくれたんだ」
「分かっているよ。もし一足遅れていたら……そう考えたら心臓が止まりそうになったんだから。二度とそんなことを考えないで」
二人が戻ってきたことが現実だと分かり、足の力が抜けてしまう。前に倒れそうになったところを、ブルーノに支えられた。
「うぅ……ごめっ……」
イシュマの目から涙がポロポロとこぼれ落ちる。今になって恐ろしくなり、手足が震えてしまう。
そんなイシュマをブルーノは優しく抱きしめた。
「エロイズのスパイが、うちに入り込んでいたのは前から知っていたんだ。いつか仕掛けて来るだろうからと、ちゃんと対策は練っていた。イシュマには心配をかけたくなくて黙っていたんだ。ごめん、もっと早く言っておけばよかったね」
「ふ……ふたりが……いなくて……、もう会えないのかと……おれ……俺、頭が変に……。それならグリーンを殺そうって……」
「悪かった、イシュマ。思っていたより、エロイズの野郎の動きが早くて、対処に時間がかかった」
ユルビーもイシュマの髪に顔を埋め、背中に触れてくれた。二人の温かさに包まれ、心が元の形に戻っていく。
「……ううん、いいんだ。二人が無事でいてくれたから、帰ってきてくれたからいい。もう何でもいいよ」
部屋の外では会議に参加するための人々が集まり、たくさんの足音や話し声が聞こえてくる。壁の向こうが喧騒に包まれる中、控室で三人は抱き合い、無事と再会を確かめ合った。
長い長い文章を読み、じっくりと内容を確かめた後、イシュマはペンを手に取った。インクをつけ、渡された書類に自分の名を書く。
公爵家執務室の大きなソファーに、イシュマとブルーノ、ユルビーの三人が並んで座り、全員書類へのサインを終えた。
その様子を皇家から派遣された遺産相続官が見届け、最後に皇家から賜った印章が押下された。
「これで手続きは完了です。通常よりもお時間がかかってしまったことをお詫び申し上げます。実はこれには事情がありまして……」
遺産相続官は貴族の遺産を管理しており、遺言書を元に正しい相続が行われるよう見届ける役目がある。プリンプ公爵家の担当となった相続官は、サインさせた書類とは別に、もう一枚の書類をテーブルの上に載せた。
「先ほど、皆様にお渡しした書類には、財産について、三兄弟が均等になるよう分けると書かれていましたね。ご納得いただきサインを頂戴しましたが、こちらの書類には、イシュマ様が単独相続をするように書かれています」
「え……!?」
あの怪しい記者が言及していた話を、まさかまた聞くことになるとは思わなかった。でたらめだと考えていたので驚いたが、ブルーノとユルビーが動揺する様子はない。
「こちらはある条件の元、適応されるものでした。条件とは、お三方が仲違いをし、財産を巡り争いが起きることや、罪を犯し公爵家の名声に傷をつけること。そう言ったことが起きた場合、イシュマ様が単独で相続することになっていたのです」
「そ……そんなことって……あるんですか? そもそも、養子の私に全部なんて……。それにその条件だと私自身が罪を犯した場合、おかしなことになりますよ」
理解が及ばず、イシュマが思わず身を乗り出すと、その問いに答えたのはユルビーだった。
「あるよ。親父ならそうすると思った。あの男が一番可愛がっていたのはイシュマだ。俺達よりもずっと気にかけていたからな。それに、イシュマが罪を犯すなんて絶対ないと考えたからこそ、二枚目を作ったんだろうな」
「その通り、お父様の考えそうなことだ。心配したからこそ、地方へ送って結婚までさせようとしていたんだから」
ブルーノもユルビーの意見に同意した。二人とも足を組んでリラックスした様子だ。イシュマだけ真ん中で小さくなっていた。
自信満々で答える二人を前にして、イシュマはそれ以上言えなくなった。
「ご理解いただけてよかったです。では、何事もなかったということで、一枚目の書類をプリンプ家の正式な遺言書手続き書とさせていただきます。私は皇宮に戻り処理を始めますので、また追ってご連絡させていただきます」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
相続官は帽子をかぶり頭を下げて部屋を出ていく。見送った三人はドアが閉まった後、一斉にふぅと息を吐いた。
「あーようやく終わったか。説明が長すぎて疲れた」
「まったくだよ。さすがに時間をかけ過ぎだね。足が痺れた」
疲れた顔で腕を振り回すユルビーと、一緒に愚痴っているブルーノの姿を、イシュマはボケっと眺めた。
「あ……あのさ」
「どうした?」
「ん? 何?」
恐る恐るイシュマが声をかけると、二人の動きが止まった。自分に視線が集まると、少し緊張してしまう。
「お父様は俺を地方へ送って、結婚までさせようとしていたなんて……二人は知っていたの?」
「僕は事前に聞いていた。ユルビーの気持ちを知って、どうしていいか、頭を悩ませたんだろうね。あの人なりに、守ろうとしたんだよ、きっと」
ブルーノの言葉に胸がチクリと痛んだ。実子のように扱ってくれたが、何かあればまた違うと分かっていた。側において守ろうとしたのはユルビーの方で、厄介な存在になってしまったからこそ、遠くへ追いやろうとしていたように思える。
二枚目の遺言書に関してはかなり前に書いたもののようなので、書き直す時間がなかったのかもしれない。
公爵の死を悼んでいるが、彼がいなくなったので、二人と一緒にいられることになった。喜んではいけないのに、その事実に安堵し嬉しく思ってしまう。自分はなんてひどい人間なんだと胸の痛みが増した。
「それで、お父様のことだけど……あれは本当に……」
口の中に苦味が広がる。公爵の事故死について気になっていたが、聞いていいのか分からなかった。言葉が詰まり、上手く言えないでいると、ブルーノが静かに息を吐いた。
「悲しい事故だったね。お父様はきっと、天国から僕達のことを見守ってくれているよ」
二人の表情から悪いものは感じない。事故の日、二人は終日不在にしていて姿を見ていなかった。記者の話でよくないことを考えなかったかと言えば嘘になる。
けれどもうこれ以上考えることはやめようと決めた。今ここで、三人一緒にいられることを考える。そうしないと、一番大事なものを見失ってしまいそうだからだ。
「俺は……まだ、二人と一緒に暮らしていいのかな?」
「何を言っているんだ。当たり前だろう」
ユルビーはちょっと怒った顔で、肩に手を乗せてきた。ダメだと言われたらどうしようかと思っていたので、心が軽くなる。
「出ていくなんて許さないから。あの町外れの家は、必要ないから、ちゃんと売りに出しておいてね」
「えっ……ブルーノ……知っていたの?」
「イシュマ……内緒にしているつもりだったの? うちの系列の店で買うなんて、すぐに話がきたよ」
「ええっ! あの……町の小さなお店で契約したのに……あの店系列だったの!?」
「あー可愛い。だから外へ出すのは心配なんだよ。悪い人にすぐ騙される」
ブルーノはイシュマの頭を抱きしめ、つむじに何度もキスを落としてくる。邪魔になるなら一人で暮らそうと計画していたことは、全部筒抜けだったようだ。
ブルーノに知られることなく行動するのは、もはや不可能に近いのではと思い始めてきた。
イシュマが呆然としていると、窓の外から鐘の鳴る音が聞こえてきた。皇宮で重要な決定がされた時、広場の鐘が鳴らされるのだ。
今日はまた皇宮で、高位貴族を集めた会議が行われているが、ブルーノは相続手続きのために不参加だった。
「鐘が鳴ったということは、重要な交渉がうまくいったんだろう。これで反政府組織の活動も大人しくなるな」
「そうだね。この後、交渉成立を祝して乾杯が行われるはずだ。僕も行きたかったなぁ」
イシュマの頭を顎でぐりぐりしながら、ブルーノは不満そうな声を上げる。いつもは貴族会議なんて面倒だと言う男でも、重要な場面には立ち会いたいと思うようだ。
「会議はどうでもいいけど、祝杯がね。今日配られるのは、絶品だと言われるワインなんだ。ぜひ、飲んでみたかったな」
「ああ、陛下の果物園で採れたもので作られているんだよね。重要な取り決めの時、陛下が直接お選びになると聞いたけど。確か、今月は桃のワインだったかな」
「そう、先日お会いした時に、少しだけアレンジを加える方法をお伝えしておいたんだ」
「ブルーノが? へぇ……珍しいね。アレンジ……そうなんだ」
ブルーノはお酒に興味があるタイプではないと思っていたのに、趣味が変わったようだ。
「陛下はお遊び好きだから……きっと面白いものが見れただろうに、残念だ」
ブルーノのは天使のように美しい顔で微笑む。思わず見惚れていると、隣でユルビーが大きくため息をついた。
「遊びは終わりだ。みんな仕事が残っているだろう。さっさと片付けるぞ」
ユルビーはイシュマとブルーノの背中を叩き、前に押した。一つ終わるとまた一つ、それぞれ忙しい身であるために、のんびりしていられない。みんな慌ただしく動き出した。
夜も更け、入浴をすませたイシュマは自室で静かに過ごしていた。公爵の死から、目が回るようなことの連続で、やっと落ち着いたというのに心は休まらない。
しばらくほとんど眠れていないが、今夜もまたそうだろうと息を吐いた。ベッドの上に座ったイシュマは、本をペラペラと捲ってみたが、少しも頭に入らない。結局本を机の上に載せて、明かりを消すためにランプに手を伸ばす。そこで気配を察して手を止める。
「……いるんだね」
部屋隅の暗がりに声をかけると、影がスッと動いた。
「そろそろ、来ると思ったよ」
明かりに照らされ姿を現したのは、あの記者だ。糸のように細い目と、口角の上がった口元。作られた笑顔は仮面のように見える。
「君が何者なのか考えていた。あの誘いはゲームを元の流れに戻すようなもの。強制力、不具合の修正プログラムみたいなものかな?」
「そうですね。そのようなものです。世界に迷い込んだ不純物を強制的に排除するために送り込まれたもの、というところでしょうか」
当初は記者とグリーンの繋がりを考えていたが、グリーンが彼を知っており、利用しているような素振りがなかった。内情を深く知り、怪しい言動から、彼が登場人物でないことを確信した。
彼がもし、ゲーム内での進行を正常に保つために使わされたプログラムならば、別の世界から入り込んだイシュマは、排除しなければならないはずだ。
だからまた、会うことになるだろうと分かっていた。
「俺をこの世界から消しにきたの?」
「だったらどうしますか?」
質問に質問で返され、イシュマは目を閉じる。異世界転生をして、もしかしたらいつかこんな日が来るのではないかと思っていた。覚悟はしていたつもりだったが、いざとなると悲しい。
ブルーノとユルビーの顔が浮かんできて、胸が痛くなる。二人と離れたくない。ずっと一緒にいたい。今になってやっと、本音が溢れてくる。
「いやだ……消えたくない……俺は二人が……」
目頭が熱くなり、目を開けると大粒の涙がポロリとこぼれ落ちた。
「好きなんだ」
生き残ることばかり考えていたけれど、二人を失うかもしれないという時、そんなことはどうでもよくなった。
寂しさに震えていた手を握ってくれた時、眠れない夜を共に過ごしてくれた時、慣れない生活に戸惑うばかりだったが、いつだって二人が隣にいて、こっちだよと導いてくれた。
自分の人生のほとんどに、ブルーノとユルビーがいた。
二人に触れられて、少しも嫌だと思わずに、嬉しさが込み上げてきたのは当たり前だ。
だって本当は、ずっと前から二人が好きだった。
抱いてはいけない想いだと、無理やり押し込めて気付かないフリをした。
全てが消えて、真っ白になっても……
ブルーノとユルビーが生きていてくれるなら……。
想いが身体中から溢れてくる。自分の腕を抱いたイシュマは唇を震わせた。
「もし……許されるなら、草木や風になってもいい。少しでも二人の側にいたい」
涙を流しながらそう言うと、記者はクスリと笑った。
「まぁ、そう言わずに。人間のまま、側にいたらいいのでは?」
「……え?」
「私は何もしない、という意味です」
記者は軽く手を上げ、ひらひらと指を動かした。道化師のような動きを見て、よけいに混乱してしまう。
「いや、だって……何もって……」
「朗報です。プレイヤーは反乱イベントをキャンセルして、交渉を選びました。真面目で堅実なプレイヤーのようです。臨時ボーナスより、国内の結束に力を入れたいようですねぇ。グリーン氏の甘言をことごとく拒否し、代わりにブルーノ氏との意見交換を選んだようです」
まるで世界観を説明するキャラクターのように、記者はペラペラと喋り出す。イシュマは目をパチパチと瞬かせ、大人しく聞くしかなかった。
「今日の会議では、ちょっとしたアクシデントがあったようですが、反感を持つ貴族達の要望を汲み、新たな法律が作られたようですよ。和平への交渉が上手くまとまりました。よって、メインシナリオに変動はなく、危険因子を排除する必要はなくなりました」
「え……それじゃあ……俺は……」
「ボーナスイベントが消滅したことにより、プリンプ家への縛りは消えたということです。迷い込んだ魂については、強力な影響を及ぼさない限り、気にしないことになりました。これから反乱を起こそうとは考えていませんよね?」
「ま、まさか……ない、ないよ」
「では、この話は終わりです。もう会うことはないと思いますので好きに生きてください。ただ、悪さだけはしないように」
記者は帽子をかぶり直し、近くの窓を開ける。普通に出ていくのかと驚いたが、やはり本当にこれで帰るようだ。
「あ……あの、ありがとう。お礼なんて変かもしれないけど……」
「いいえ、イシュマさんらしいです。正直なところ、これは歴史ゲームなので、恋愛関係はジャンル違いなのですよ。私には、誰が誰を好きだとか、さっぱり分かりませんし、どうでもいいのです」
窓枠に手をかけた記者は、疲れた表情で振り返った。一応お礼を言ったが、これで合っているのかわからない。
「でもまぁ、貴方のことは生まれた時から観察していましたので、その結論に至ったことは、悪くないなと思います。先ほど私に話してくれた気持ちを、二人へ伝えてください。あの二人は、いつも貴方のことを誰よりも大切に見ていましたから」
「……わかった」
「それにしても、過剰なところがありますけどね」
「え?」
最後の方がよく聞こえなくて、イシュマは聞き返したが、ニコッと笑った記者はそのまま後ろに倒れるようにして窓から落ちた。
「え、ちょっ――!!」
イシュマは慌てて窓の下を見たが、草木が眠る庭園と静かな夜の闇が広がっており、そこに記者の姿はない。なんてお騒がせな去り方なんだと、心臓がバクバクと鳴りその場に座り込んだ。
この世界で好きなように生きていい。
今にも切れそうだった糸がやっと強く繋がった。興奮は冷める気配がなく、胸に手を当てたイシュマは、勢いよく立ち上がる。
二人と話したい。
今夜ブルーノとユルビーは、二人で仕事の残りをすると言っていた。はやる気持ちを抑え、イシュマはブルーノの部屋へ向かった。
コンコンとノックをすると、入れというブルーノの声が聞こえた。イシュマがランプを持ちながら、ゆっくりドアを開けると、部屋の中にはブルーノとユルビーがいた。二人で机に向かい、書き物をしている。
「イシュマ、どうしたの? 眠れないの?」
ブルーノがペンを置き、心配そうな顔で近づいてくる。イシュマの顔に触れ、頬をそっと撫でた。
「やっぱり、寝不足だね。目の下にクマがある。後で見に行こうと思っていたんだ」
「無理もないだろう。相続手続きが終わったとはいえ、色々あったんだ」
「可哀想に……。今日は僕と寝る?」
「ブルーノ、いい加減に――」
ユルビーがやめろと言いかけたところで、イシュマは静かに頷いた。イシュマから一緒に寝たいと言ったことがなかったので、二人は目を開き、驚いた表情になる。
「話があるんだ。いいかな?」
「もちろん、さっ中へ入って。皇宮に提出する書類を書き終えて、今は適当に喋っていただけだから」
ブルーノに背中を押され、招き入れられた。二人はそれぞれ椅子に座ったので、イシュマも近くにある椅子に腰掛ける。
「何から……話したらいいかな。二人が告白してくれたこと。真剣に考えてみたんだ。二人の気持ちを知っているのに、黙ったままでいいのかって……」
「イシュマ、それは今のままでも――」
「いいはずないよ。一方的な想いを抱くだけでなんて辛いよ。二人に苦しんでほしくない」
ブルーノの言葉を遮って、イシュマがハッキリと告げると、二人は目を逸らして押し黙った。どう言ったらいいのか、イシュマが頭の中で整理していると、ガタンと音がしてブルーノが席を立った。
「イシュマ、いなくなるつもりなんだね。ダメだって言ったのに! 僕達から離れるつもりでしょう?」
「え? ちょっと待って……」
まだ本題に入る前なのに、焦った様子で近づいてきたブルーノは、イシュマの腰に抱きついてきた。
「行かないで。もう好きだって言わないから。何でもする……イシュマがいなくなったら……生きていけない」
「ブルーノ……」
泣き出してしまったブルーノを見て慌てていると、今度はユルビーが立ち上がり、イシュマの前で膝をついた。
「イシュマの気持ちも考えず、勝手なことをして悪かった。もう嫌なことはしない。出ていくなんて言わないでくれ」
「ユルビー……」
ユルビーはまるで王族に誓いを立てるかのように、イシュマの手を取り甲に口付けてきた。こちらは涙こそ流れていないが、目元が赤くなっている。二人して同じことを考えているので、やっぱり兄弟だと思ってしまう。額に手を当て、イシュマは小さく唸った。
「あのね、これから本題なんだけど」
「へ?」
「ちゃんと答えたいって話だよ。ブルーノとユルビーには幸せになってほしい。だから自分の想いは押し込めなきゃいけないと思って見ないフリをしていた」
「それって……」
ユルビーの目の奥が揺れている。それは期待と不安、イシュマの胸にも同じものが宿っていた。
「俺も……ブルーノとユルビーのこと好きだよ。二人を好きなんて許されないことだと思うけど……。どっちかとか、そうじゃなくて、ちゃんと二人とも好き……だから」
糸を紡ぐように、言葉を考えながら口にする。自分の気持ちを素直に話すことは、恐くて緊張してしまう。二人の反応はというと、ブルーノは腰にしがみついたままで、ユルビーは眉間に皺を寄せている。
「あの……聞いている?」
変な沈黙が流れ声をかけると、ユルビーがハッと気がついたようにイシュマを見た。
「イシュマ、それは俺達と同じ気持ちということか?」
「うん……ごめん、好き」
「……なんで謝るんだよ」
やっとブルーノが鼻声で反応した。顔を上げると涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。いつも完璧な貴公子で、冷静沈着な男がこうなるなんて誰が思うだろう。
「二人とも好きでいい。誰に許しを乞うこともない。だって僕達は三本の矢だから。ずっと離れないで一緒にいるんだ。愛の形なんて人それぞれだよ」
「二人はそれでいいの? 他にも幸せになる道が――」
「そんなのはどうでもいい。イシュマがいい。他の幸せなんていらない」
ユルビーの顔が近づいてきて、目元に唇が触れた。柔らかくて優しい匂いがした。
「二人に触れられて嫌だなんて思わなかった。口には出せなかったけど、本当は嬉しくて……もっと触れてほしかった」
「イシュマ……お願い、僕達を受け入れてくれる?」
下からブルーノがじっと見つめてくる。しっとりと濡れた、青い瞳の中に吸い込まれてしまいそうだ。
イシュマが頷くと、今度はブルーノの顔が近づいてきて、唇を奪われる。
「ん……っっ」
啄むように触れて、下唇を舐められる。ピクッと肩を揺らしたイシュマは、舌先に熱の始まりを感じた。
「可愛い……おいで。今日は逃さないよ」
ブルーノに手を引かれ、イシュマは立ち上がった。続きの部屋はブルーノの寝室になっており、ベッドの上に導かれる。
これは夢かもしれない。そう思いながら、イシュマはシーツの波に背中から落ちた。
「はぁ……ん……はぁ……」
月明かりが照らすベッドの上、イシュマとブルーノ、そしてユルビーは、全員生まれたままの姿になっていた。
仰向けに寝転んだイシュマを可愛がるように、ブルーノが下半身を、ユルビーが上半身を愛撫している。
ブルーノに内側をゆっくりと指で撫でられる。始めは異物感があったが、繰り返し丁寧に広げられる度に、何ともいえない感覚が体を包み始める。
「あっ……う……だめっ」
「だめ、じゃないでしょう。ほら、イシュマのココ、たっぷり膨らんでる」
「ああっ、も……だめだよ」
ブルーノはイシュマの後孔に指を入れ、閉じていた蕾を開いてきた。しかも、時々悪戯のようにイシュマのモノを舐めてくる。後ろと前を弄られて、必死に我慢しているが今にも爆ぜてしまいそうだ。
「イシュマ、よそ見してんな。ほら口を開けろって」
「んっ、ゆる……んっっ」
ユルビーはイシュマにキスをしながら、胸の尖りを指で刺激してくる。ユルビーと舌を絡ませて、唇を吸い合うのは気持ちいい。ユルビーの首の後ろに手をかけて、夢中でキスをしていると、ブルーノがぐっと深く指を入れてきた。
「むっ、……ううっ、ふっつああっ」
「こら、こっちも忘れないで。僕のおかげでとろとろになったよ」
ブルーノはボディ用のオイルを使いソコを広げたらしい。長い指で掻き回され、イシュマはビクビクと腰を揺らした。
「もう、大丈夫そうか?」
「だいぶ広がったね。さて、どうしようか? 初めが僕じゃキツいかな」
今までしっかりとブルーノのモノを見ていなかったので、ゴクリと唾を飲み込んでしまう。ブルーノはしなやかで美しい体をしているが、モノは凶器のように大きく聳え立っている。
「まったく体に合わないデカさだな。俺だって小さいわけじゃないが」
「長男だからね」
「あほ、知るか」
イシュマはすっかり力が抜けて、ぼーっと二人のやり取りを見ていた。話しながら下へ移動してきたユルビーは、イシュマの膝を持ち上げ、自身にオイルを塗りつけた。ユルビーのソコはもちろん立派で、先端がぐっと反り返る形をしている。
「初めては俺がもらうからな。イシュマ、痛かったら言ってくれ」
「んっ……」
熱くて硬いモノが後孔にあてられ、壁をぐっと押し広げるように侵入してくる。指とは比べ物にならない圧迫感に、イシュマは息を吐いた。
「くっ……キツ……大丈夫か……」
「ん……大丈夫……きて」
イシュマはユルビーに向かって手を伸ばした。ユルビーの肩に触れ、自分の方へ引き寄せる。
「受けいれる……って、決めたから……ちゃんと……気持ち……い……」
「イシュマ……くっ……」
力が入り、ユルビーのソコをぐっと締めてしまう。そこでブルーノが顔の近くまできて、イシュマの頬にキスをする。そこから手を伸ばして、イシュマのモノを掴んだ。
「んっはぁ……っっ」
「力を抜いて、そう、息を吐いて。楽になる。気持ちいいことだけ、考えて」
ブルーノが耳元で囁き、ソコを上下に擦り始める。イシュマはあっという間に上り詰めてしまい、先端から愛液が溢れ出す。
「ああ、お漏らしして。可愛いね、イシュマ」
「くっ……」
ブルーノの声に反応するように、ユルビーはもっと深く沈めてくる。圧迫感があり苦しかったが、前を擦られているこたで、それが曖昧になってくる。
イシュマが力を抜いた瞬間、腰を引いたユルビーは、一気に深く沈めてきた。
「あ……ああああ……っっあ……」
「イシュマ……入った……なんて、熱い……ヤバいなこれ……」
ユルビーが腰を動かし、グリグリとナカを擦ってくる。同時にユルビーの汗が落ちてきて、イシュマの頬を濡らす。
「どう? ユルビー」
「気持ち良すぎる……もたない」
「ははっ、待ちに待った瞬間だもんね。何度、想像して一人で果てたか……数え切れないだろう?」
「お前だってそうだろう」
「まぁね」
クスッと笑ったブルーノは、イシュマの唇にかぶりつくようにキスをしてきた。ユルビーのキスとはまた違う、ねっとりと絡みつき、欲望を炙り出すような熱いキス。
ユルビーは荒い息を吐きながら、ゆっくりと抜き挿しをして律動を始める。探るような動きだったが、やがて激しく揺れ、腰を打ちつけてきた。
「んっ……んっ、んっ、はぁ……んっんっんんんっ」
イシュマは後ろでユルビーを咥えながら、ブルーノに前を擦られて、我慢できず達してしまう。濃い白濁が腹の上に飛び散った。絶頂の波が押し寄せ、後孔を強く締めると、ユルビーが詰めた声を上げる。
「くっ……っっ……」
イシュマの腰をガッチリと掴み、深く自身を沈めた後、熱い息を吐く。内側に熱い飛沫を感じ、ユルビーが達したのだとわかった。
「イシュマ……好きだ……イシュマ」
「んっ……ユルビー…………好き……」
ユルビーが顔中にキスをしてくる。幸せな気持ちが溢れてきて、イシュマはウットリとユルビーの赤い瞳を見つめた。
最後まで出し切ったのか、ユルビーがズルリと自身を引き抜くと、お尻から溢れるのを感じた。
「あーあー、どれだけ出したの? ぐちゃぐちゃだよ」
「うるさいな。良すぎて止まらなかった」
「いいよ。僕が全部、掻き出してあげる」
そう言ったブルーノがイシュマの足元にきて、ナカに指を入れた。具合を確かめるているようだ。
「傷はなさそう。じゃあいくよ」
ブルーノはユルビーと同じように自身をあてがい、イシュマの中に挿入ってくる。先ほどよりもっと大きく広がる感覚がして息を呑んだ。
「ああ……確かに……これは……いいね。ユルビーのおかげですんなり挿入ったし……やば……溶けそう」
ゆるゆると腰を動かすと、すぐに奥の方まで広がる感覚がした。
「あっ……んっ」
「あれ? ここ、気持ちいい?」
「はぁ……あっ、ひっんんっ」
「締まるね……これはすごい」
ブルーノの長いモノである一点を擦られたら、電流が走ったような強い快感に体が痺れる。ソコを擦られるだけでらイっている感覚がする。だらりと口を開け、涎を垂らすほど感じてしまう。
「だっ……め……変に……な……るっ、んんっあっ、くっ、ははんっんっ」
「なって……一緒になろう……僕はもう……とっくに……あっ……っっ」
ユルビーのように激しく力強いわけではない。だが、ブルーノの腰使いは確実にイシュマを快感へと押し上げる。ねっとりと良いところを狙うように擦られて、頭を振りながら感じてしまう。
「んっ……あっ……んっっあっあっあっん、んんっ」
声を止めることができない。触れずとも達してしまい、ダラダラと白濁を撒き散らす。ユルビーはなんと、腹に落ちたソレを手で掬い取り、舐めてしまった。
「う……うそ、ユルビー……」
「イシュマが出したモノなら綺麗だ。少し苦いが、たまらない味がする」
「んっ……だっ……んんっ」
そのままキスをされて、イシュマの口にも苦味が広がった。快感で頭が溶けてしまい、もう何でもよくなる。
「んんっ、にが……いよ」
「可愛いなイシュマ。なんて可愛いんだ」
「ちょっと妬けるんだけど、邪魔しないで」
「んっあっ……」
ユルビーと話していたら、深く突き入れたブルーノがグリグリと腰を動かしてくる。
「イシュマ……好きって言って」
「す……すき……」
ブルーノはイシュマの膝の裏を持ち、緩急をつけて打ちつけてきた。激しく揺らされる度に、快感の虜になってしまう。気持ちよくて、頭がおかしくなりそうだ。
「僕のこと、愛している?」
「ん……あいして……る」
「ああ、イシュマ……イクよ……うっ……くっっ」
イシュマの奥深くに突き入れた後、ブルーノはピタリと動きを止めた。最奥がビクビクと揺れて、大量の精が放たれたのを感じる。熱を感じたイシュマは、背を反らして熱い息を漏らした。
「あ……ぁ…………ぁ……あ……」
「ハァハァ……ハァ……」
ブルーノが中から出ていくと、お尻から精が漏れていく感覚がして、ぶるっと震えた。
「最高だった……嬉しくてたまらないよ」
ブルーノはイシュマの横に寝転び、くっついて頭にキスをしてくる。反対側に寝転んだユルビーもイシュマを抱きしめて髪に顔を埋めた。
「ん……ブルーノ……ユルビー」
「何だ?」
「どうしたの?」
眠気が一気に押し寄せてきて、もう指一本動かせない。だけど、これだけは言いたくて、何とか口を動かした。
「……あり……がとう」
意識が深い眠りの森に沈んでいく中で、クスリと笑う声が聞こえた。嬉しそうな笑い声が、ブルーノなのか、ユルビーなのか分からなかった。
二人が笑っていてくれたらいい。
そう思いながら、イシュマは意識を手放した。
風に揺れて草が擦れる音がする。
プリンプ邸にある大木の下は、イシュマのお気に入りの場所だ。
木の根元に座り、ついウトウトとしていたら、強い風が吹いてきて、イシュマは目を開けた。膝の上に乗せていた新聞が飛んでいきそうになっており、慌てて手で引き寄せる。
貴族向けの号外紙だが、一面は先日の貴族会議の様子が載っている。新たな法律が定められ、皇帝に強い支持が集まったと書かれていた。
そして驚くべきは、その乾杯で悲劇が起きたとなっていたことだ。
それは、グリーン・エロイズの死だ。
乾杯のワインを飲んだエロイズは、急に苦しみだし、倒れて亡くなった。ワインに毒が入っていたことが疑われたが、その場で同じものを飲んだ全員は特に問題がなかった。
当日はフルーツワインが出された。皇帝の果樹園で作られたもので、今月は桃の予定だった。ところが、今回は趣向を変えて、他の果物も混ぜられたそうだ。
皇帝は何が入っているか当てさせるつもりだったらしい。隠し味で入っていたのはオレンジだった。どうやらそれがよくなかった。グリーンはオレンジのアレルギーだったようだ。
しかし、日頃から暗殺などを恐れていたグリーンは、そのことを誰にも言わなかった。外ではあまり食事をしない彼も、皇帝の勧めとあれば飲まないわけにはいかない。当日は桃のワインとだけ聞いていたので、口にしてしまった。
偶然が重なった、悲劇だと書かれている。
「そういえば……、レストランで食事した時も、オレンジのソースがかかったものを食べなかったな。苦手だと言ってたけど、そういうことだったのか」
悪い人間には罰が下るようにできているのかもしれない。彼が生きていたら、プリンプ家をしつこく狙ってくるだろうと思っていたので、正直なところホッとしている。
「んー、そういえば、ブルーノにレストランの話をした時、オレンジの話もしたような……」
色々ありすぎて記憶が曖昧だ。何があったか聞かれて、食事の内容まで全部話したことを思い出した。イシュマが首を傾けていると、遠くから声が聞こえてきた。
「イシュマー!」
ブルーノの声だと思い、イシュマは急いで立ち上がった。ブルーノは領地視察に行っていたので、一週間ぶりの再会だ。
「ブルーノ、おかえり」
手を振っていると、走ってきたブルーノが飛びついてきた。
「わっ」
ぐっと持ち上げられて、ぐるぐると回される。愛し合うようになり、ブルーノの甘えん坊は益々激しくなった。本人曰く、一応抑えていたつもりらしい。最近は邸の外でも、平気でくっ付いてくるので困りものだ。
「いい子で待っていた?」
「子供じゃないんだから。ちゃんと仕事に行って帰ってきたところだよ。疲れてちょっと寝ちゃった」
「またこんなところで寝ていたの? 邸の中だからいいけど、変なやつが寄ってきたらどうするんだよ」
今度は心配性が発揮される。頬を膨らませたブルーノを見て、イシュマはぷっと噴き出して笑った。
「幸せだと眠くなるんだ。二人にたくさん愛されて、とても幸せだから」
「ふーん、そうか」
にこっと笑ったブルーノは、イシュマを抱き上げたまま歩き出した。
「どこへ行くの? 夕食は?」
「食事は後。先にイシュマを愛したい」
「えっっ」
ストレートに言われるのがまだ慣れない。一気に頬が熱くなり、心臓の鼓動が高まった。
「僕のこともたくさん愛して、もっと幸せにしてよ」
「それはもちろんだけど……」
抱き上げられたまま邸の中を進むと、使用人達は端に寄り頭を下げてくる。イシュマは恥ずかしくなり、顔を伏せた。
使用人達はおそらくこの関係を知っている。だが、みんなプロだ。いつもと変わらない態度で仕事をしている。恥ずかしがっているのは、イシュマだけらしい。
「あーっ! お前達、こんな時間からイチャついて、何してるんだ!」
廊下の向こうにユルビーの姿が見えた。ユルビーはこちらに気がついて、ドカドカ足音を鳴らしながら走ってきた。
「ユルビー、今日は終日仕事じゃなかったの?」
「ああ、訓練は終わって、これから報告に行くところ……って、ズルイぞ!」
「うるさいなぁ、どうせ僕が不在の間、イシュマを独り占めしていただろう?」
「ううっ」
ブルーノの指摘に、ユルビーとイシュマは同時に声を漏らして赤くなる。三人で愛し合うことは滅多にない。ブルーノとユルビーはお互い取り決めがあるらしい。今回ブルーノは一週間いなかったので、イシュマは毎晩のようにユルビーに抱かれていた。
「今日から一週間、イシュマを独占するのは僕だからね」
「くくっー!」
歯を食いしばって悔しそうな顔をするユルビーを見て、ブルーノとイシュマは同時に噴き出して笑った。
「あぁ、面白い。ユルビーは変わらないな、可愛いやつだ」
「兄貴ぶるなよ。気持ち悪いぞ」
「何だよ。僕は長男として、弟を可愛がっているんだ」
「やめろー! ブルーノに言われると寒気がする!」
イシュマは二人のやり取りを微笑みながら見ていた。兄弟っていいなと思い、胸が温かくなる。
「二人とも、可愛いよ」
つい揶揄いたくなり、笑いながらそういうと、二人は鼻から息を吸い込んでイシュマを見てきた。
「イシュマが一番可愛い!」
「同感だ、ここに一番可愛いのがいる!」
「わっっ、くすぐったい、くすぐったいって!」
ブルーノとユルビーに抱きしめられ、髪や腹を撫でられてぐちゃぐちゃにされる。笑いが止まらなくて涙が出てきた。こんな幸せな涙なら、何度でも流したい。
「今夜は三人で寝よう」
「……イシュマのお願いとなれば、仕方ないな」
「そうと決まれば、急いで報告に行って帰ってくるから、俺の分も残しておけよ!」
乱れた髪を手櫛で直したユルビーは、汗を飛ばしながら走り出した。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
「俺の分って、デザートじゃないんだから」
イシュマが手を振る横で、ブルーノが冷静にツッコんだ。
「さっ、イシュマ。寝室へ行くよ」
「え? 夜じゃないの?」
「そりゃデザートまでに、まずは前菜から始めないと」
ブルーノはペロリと舌を出し、口の周りを妖艶に舐める。その仕草を見て腹の奥に熱が灯るのがわかった。
「おいで」
イシュマは手を引かれて歩き出す。
これからたっぷりと愛されて、幸せで満たされるだろう。
今も今夜も明日も。
長い時を経て、お互いの髪が白くなっても。
二人が手を取ってくれた時からずっと、この愛は永遠に変わらない。
何があっても、三人でずっと一緒だから。
【完】
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