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第一部
⑮ 行き先
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朝の光が差し込む中、連行されていく男達の背中を、玄関の階段に座ってレアンは眺めていた。
隣には毛布をかぶって、目を閉じて寝ているシエルがいる。
レアンの肩に頭を乗せて、天使のような顔ですやすやと眠っていた。
邸の中には治安兵が次々と出入りして、証拠品や資料を運び出していた。
深夜に行われた救出作戦は成功したが、独断で動いたとしてカイエンとエドワードは、駆けつけてきた治安部隊の人にこってり怒られてしまった。
人形薬は危険な薬として、ソードスリムでも認識され始めているらしい。人身売買や危険薬を使った虐待と殺人、これから全ての事件を一つ一つ捜査していくわけで、治安兵達は大変だと言いながら動き回っていた。
地下にいた他の少女達は、薬の影響が強いため病院へと送られて治療を受けることになった。
彼女達も地下の競売で買い取ってきた子供なので、そのまま親元に帰されるか、教会に預けられることになると聞いた。
チューベッド男爵は背中を刺された状態で意識はなく、病院へと運ばれて行った。
奇跡的に回復したとしても、極刑が待っていると、治安部隊の長をしているという、サニエールという男が話してくれた。
彼は独自に、都で子供が犠牲になる事件を調べていて、すでにかなりの証拠と資料をまとめていたようだ。
レアンとシエルは、よく助けを呼べた、頑張ったとサニエールから褒められて、肩を叩かれた。
シエルを助けることができて、全てが終わったが、レアンはまだ現実感がなくて、夢の中にいるような感覚だった。
ぼんやりしていると、目の前にぬっと大きな壁が現れて、レアンの視界が覆われた。
「君、レアだったかな? 大丈夫か? 疲れていないか?」
腹の底に響くような低くて太い声が聞こえてきて、レアンが顔を上げると、そこにはカイエンとエドワードの師匠である、伝説の傭兵ロックが立っていた。
見上げるほどの身長に、まさに岩が張り付いたようなボコボコと膨れ上がった筋肉、現役から遥か遠のいても、少しも衰えを感じさせない迫力に圧倒されてしまう。
頭は白髪で、顔にも皺が刻まれているが、それすらカッコいいと思えてしまうくらいの人だった。
「すまないね、私が外出していたばかりに、あのひよっこ達を頼るようなことになって。まだ赤ん坊に毛が生えたくらいのヤツらだから、迷惑はかけなかったかい?」
白くて大きな歯を光らせて、ロックは子供のような笑顔を見せた。
男爵邸から脱出して外へ出た後、最初に迎えてくれたのがロックだった。
迎えてくれたというより、男爵のペットであった猛犬七頭を素手で捕まえているところに遭遇したのだ。
犬達はかなりの大型犬で、牙を剥き出しにしてロックに向かって行ったが、ロックが雄叫びを上げると怯えた様子で足を止めた。
一頭が果敢にノックの腕に噛み付いたが、鋼の筋肉に犬の牙は太刀打ちできずに欠けてしまった。
ロックは片手で犬を捕まえて、次々とゲージの中に入れていた。
後から聞いた話だと、通報を受けた治安兵が駆けつけたが、犬に吠えられて中へ入れなかったそうだ。
そこに現れたロックが犬達を次々と制圧したということだった。
その様子を四人で見ていたら、それに気がついたロックが、おう遅くなったと手を上げたので、ポカンと口を開けてしまった。
この人を敵に回してはいけないと、武術など何も分からないレアンでさえ、そう思った瞬間だった。
ロックが声をかけてくれたので、レアンはふるふると首を振って、大丈夫ですと微笑んだ。
「か……」
レアンの笑顔を見たロックは、さっきまで厳しい顔をしていたのに、口に手を当てて何かを言おうとして止めた。
どうしたのかと、レアンが首を傾げた時、ロックの後ろからカイエンとエドワードが歩いてきた。
二人とも寝ていないので、おおあくびをして疲れた様子だった。
「俺とエドの事情聴取は終わったよ。通報は匿名で、内部抗争があったことにしてもらえた」
「そうか。俺からも頼んでおいた。サニエールが上手くやってくれる。それにしても、二人で勝手に動くとは……、どういう立場か分かっているのか? 敵が少数で酔っていたからいいものの……」
保護者であるロックにガツンと怒られて、カイエンとエドワードは反論できずに口を結んだ。
助けを呼んだ当事者であるレアンは、二人のせいじゃないと言いたかったが、伝えられなかった。
「事情は分かる……、だが、俺の帰りを待つべきだった。こういう事件は、子供だけじゃ解決できないことがたくさんあるんだ。一歩間違えたら、捕らわれた子供達の命はなかったし、かき回して、より複雑化してしまうこともある。とにかく、しばらく静かになるまで、外出禁止だ!」
カイエンとエドワードは、ハイと言って頭を下げた。
二人ともロックの前では大人しく、言うことを聞くようだ。
「すまないね。君達を助けに行ったことが悪いわけじゃないんだ。ただ、彼らはまだ未成年で私は保護者であるからね。危険に対して、しっかりと教えておく責任がある。もちろん、必死に助けを求めにきたレアを信じて、力になってあげたことは褒めるべきことだ。ただ、やり方だな。相手が悪いやつほど、大人の知恵や繋がりが必要になる」
ロックは荒くれ者の傭兵というイメージだったが、かなりしっかりとした考えを持った常識人のようだ。
戦いに明け暮れて英雄と呼ばれた世界から足を洗い、のんびり静かに暮らしたいと言った、彼の心の内が少し見えた気がした。
「……さて、君達のことだが、色々と事情が複雑でね。他の子供達は病院を出たら、行く場所は決まったようだが……」
小説の中で、シエルが主人公達と暮らし始めたのは、自分を救ってくれた主人公達から、シエルが離れられなくなったからだ。
体も心も傷つけられて、ボロボロだったシエルは、主人公達と離れると、叫んで発作を起こすようになった。
そのために、ロック邸で引き取って暮らすことになったのだ。
今のシエルは、長期間監禁状態にあったわけではないが、恐い思いをしたことは間違いない。
何を言われるのかと身構えていたら、ロックの視線は眠っているシエルに向けられた。
「男爵の怪我については、侵入した何者かの仕業だとしているが、もし回復した男爵が何か言えば、彼、シエルの身に危険が及ぶかもしれない。ほとんどの資産は没収されているが、隠し財産がないとも言い切れない。それを使って報復も考えられる。いずれにしても、精神的に不安定なシエルについては、私が面倒を見ることになった。何かあれば守れる距離にいた方がいいと判断した」
彼らが困っている人や苦しんでいる人を見過ごすことができない、正義の登場人物であることは、レアンも十分に分かっている。
小説での出会いを二年早めたとしても、この結果は変わらなかった。
四人は状況は変わっても同じ家で暮らすことになりそうだ。
すでに話し合っていたのだろう、カイエンとエドワードも納得したように頷いていた。
「それで、レア……。君のことなんだが、邸の女中達から、君達が兄弟だという話があったけど、それは本当かな?」
ここで嘘をつく必要もないので、レアンは首を振った。
ロックは察してくれたようで、そうかと言って頷いた。
「レア、君は言葉が話せないんだったな。簡単に頷いてくれたらいい。君達が兄弟だと偽ったのは、同じ主人に買ってもらうためかな?」
レアンは素直に頷いた。
ロックは納得したように、目を細めてにっこりと笑った。
「……なるほどね。聡い子達だ。では、レアはご両親の元へ帰りたいと思うかい? この国で人身売買は、特に子供の売り買いは違法だ。奴隷契約は無効、君は自由の身だ」
大きな怪我もないようだし、すぐに帰りの馬車を用意しようとロックは言ってくれた。
全て終わった。
もう、自分は必要ない。
レアンが目を閉じると、村で働いている両親と、弟や妹の顔が浮かんできた。
きっと心配しているだろう。
売りに出したことを後悔しているかもしれない。
会いたいと思ってくれているかも……
故郷に想いを馳せた時、レアンの肩に頭を乗せていたシエルの体に、ぎゅっと力が入ったのが分かった。
目をつぶってはいるが、シエルは起きているんだと、レアンは気がついた。
ずっと一緒にいよう。
澄んだ青い空の下、シエルとそう約束したことを思い出した。
小説の時間の流れを変えて、シエルが傷ついてボロボロになる前に助け出すことに成功した。
このことは、自分にとって意味のあることだとレアンは感じた。
そしてなにより、母のようにいなくならないでくれと言った、シエルとの約束を破りたくはなかった。
「……それとも、もし君が行く当てがないとか、シエルと離れたくないのなら……、うちへ来るか? 最初は男の一人暮らしにと思ったのに、無駄にでかい家を建ててしまったんだ……。女性には縁がなくて、細々としたことをやってくれる人がいると助かるんだが……」
変えられる
ここにいる全員が悲しい死を迎える運命……
きっと、変えられる
力強く顔を上げたレアンは、ロックの目を見て頷いた。
「それは……レアもシエルと一緒に来る、ということでいいかな?」
レアンがもう一度頷くと、シエルがブルッと震えたのが分かった。
まだ目を閉じたままだったが、横からレアンの腰に手を回して、しっかりと抱きついてきた。
「よかった。これでまともな飯が食える。生焼けの味なし肉に、適当に切った野菜をバリバリ食わされる日々から解放された」
「俺達、みんな料理が苦手で……、レアにお願いしてもいいかな?」
村にいた頃の炊事はレアンの担当だった。
大したものは作れないが、とりあえずレアンは頷いておいた。
三人がホッとした顔でこれからのことを話し合っている間、レアンはシエルを安心させるように、髪を撫でていた。
柔らかくて、極上のシルクのような髪の毛一本まで、美しくて光り輝いている。
自分はどうしてこんなに、シエルのことを助けたいと思うのだろうと、改めて考えてしまった。
見た目は違うが、歳は弟と同じで、シエルを見ると、守ってあげたい気持ちがふつふつと湧いてくる。
自分にとってシエルはもう、家族なんだと思った。
だから守って、大切にしてあげたい。
不幸な未来が見えているのに、そのまま知らないフリなどできなかった。
「レア……レア……」
シエルが目を閉じたまま、愛おしそうに自分の名前を呼んだので、レアンの胸はキュッと甘く揺れた。
シエルの頭に自分の頭を載せて、レアンも目を閉じた。
朝日が眩しくて、騒がしかったけれど、よく眠れそうな気がした。
(続)
隣には毛布をかぶって、目を閉じて寝ているシエルがいる。
レアンの肩に頭を乗せて、天使のような顔ですやすやと眠っていた。
邸の中には治安兵が次々と出入りして、証拠品や資料を運び出していた。
深夜に行われた救出作戦は成功したが、独断で動いたとしてカイエンとエドワードは、駆けつけてきた治安部隊の人にこってり怒られてしまった。
人形薬は危険な薬として、ソードスリムでも認識され始めているらしい。人身売買や危険薬を使った虐待と殺人、これから全ての事件を一つ一つ捜査していくわけで、治安兵達は大変だと言いながら動き回っていた。
地下にいた他の少女達は、薬の影響が強いため病院へと送られて治療を受けることになった。
彼女達も地下の競売で買い取ってきた子供なので、そのまま親元に帰されるか、教会に預けられることになると聞いた。
チューベッド男爵は背中を刺された状態で意識はなく、病院へと運ばれて行った。
奇跡的に回復したとしても、極刑が待っていると、治安部隊の長をしているという、サニエールという男が話してくれた。
彼は独自に、都で子供が犠牲になる事件を調べていて、すでにかなりの証拠と資料をまとめていたようだ。
レアンとシエルは、よく助けを呼べた、頑張ったとサニエールから褒められて、肩を叩かれた。
シエルを助けることができて、全てが終わったが、レアンはまだ現実感がなくて、夢の中にいるような感覚だった。
ぼんやりしていると、目の前にぬっと大きな壁が現れて、レアンの視界が覆われた。
「君、レアだったかな? 大丈夫か? 疲れていないか?」
腹の底に響くような低くて太い声が聞こえてきて、レアンが顔を上げると、そこにはカイエンとエドワードの師匠である、伝説の傭兵ロックが立っていた。
見上げるほどの身長に、まさに岩が張り付いたようなボコボコと膨れ上がった筋肉、現役から遥か遠のいても、少しも衰えを感じさせない迫力に圧倒されてしまう。
頭は白髪で、顔にも皺が刻まれているが、それすらカッコいいと思えてしまうくらいの人だった。
「すまないね、私が外出していたばかりに、あのひよっこ達を頼るようなことになって。まだ赤ん坊に毛が生えたくらいのヤツらだから、迷惑はかけなかったかい?」
白くて大きな歯を光らせて、ロックは子供のような笑顔を見せた。
男爵邸から脱出して外へ出た後、最初に迎えてくれたのがロックだった。
迎えてくれたというより、男爵のペットであった猛犬七頭を素手で捕まえているところに遭遇したのだ。
犬達はかなりの大型犬で、牙を剥き出しにしてロックに向かって行ったが、ロックが雄叫びを上げると怯えた様子で足を止めた。
一頭が果敢にノックの腕に噛み付いたが、鋼の筋肉に犬の牙は太刀打ちできずに欠けてしまった。
ロックは片手で犬を捕まえて、次々とゲージの中に入れていた。
後から聞いた話だと、通報を受けた治安兵が駆けつけたが、犬に吠えられて中へ入れなかったそうだ。
そこに現れたロックが犬達を次々と制圧したということだった。
その様子を四人で見ていたら、それに気がついたロックが、おう遅くなったと手を上げたので、ポカンと口を開けてしまった。
この人を敵に回してはいけないと、武術など何も分からないレアンでさえ、そう思った瞬間だった。
ロックが声をかけてくれたので、レアンはふるふると首を振って、大丈夫ですと微笑んだ。
「か……」
レアンの笑顔を見たロックは、さっきまで厳しい顔をしていたのに、口に手を当てて何かを言おうとして止めた。
どうしたのかと、レアンが首を傾げた時、ロックの後ろからカイエンとエドワードが歩いてきた。
二人とも寝ていないので、おおあくびをして疲れた様子だった。
「俺とエドの事情聴取は終わったよ。通報は匿名で、内部抗争があったことにしてもらえた」
「そうか。俺からも頼んでおいた。サニエールが上手くやってくれる。それにしても、二人で勝手に動くとは……、どういう立場か分かっているのか? 敵が少数で酔っていたからいいものの……」
保護者であるロックにガツンと怒られて、カイエンとエドワードは反論できずに口を結んだ。
助けを呼んだ当事者であるレアンは、二人のせいじゃないと言いたかったが、伝えられなかった。
「事情は分かる……、だが、俺の帰りを待つべきだった。こういう事件は、子供だけじゃ解決できないことがたくさんあるんだ。一歩間違えたら、捕らわれた子供達の命はなかったし、かき回して、より複雑化してしまうこともある。とにかく、しばらく静かになるまで、外出禁止だ!」
カイエンとエドワードは、ハイと言って頭を下げた。
二人ともロックの前では大人しく、言うことを聞くようだ。
「すまないね。君達を助けに行ったことが悪いわけじゃないんだ。ただ、彼らはまだ未成年で私は保護者であるからね。危険に対して、しっかりと教えておく責任がある。もちろん、必死に助けを求めにきたレアを信じて、力になってあげたことは褒めるべきことだ。ただ、やり方だな。相手が悪いやつほど、大人の知恵や繋がりが必要になる」
ロックは荒くれ者の傭兵というイメージだったが、かなりしっかりとした考えを持った常識人のようだ。
戦いに明け暮れて英雄と呼ばれた世界から足を洗い、のんびり静かに暮らしたいと言った、彼の心の内が少し見えた気がした。
「……さて、君達のことだが、色々と事情が複雑でね。他の子供達は病院を出たら、行く場所は決まったようだが……」
小説の中で、シエルが主人公達と暮らし始めたのは、自分を救ってくれた主人公達から、シエルが離れられなくなったからだ。
体も心も傷つけられて、ボロボロだったシエルは、主人公達と離れると、叫んで発作を起こすようになった。
そのために、ロック邸で引き取って暮らすことになったのだ。
今のシエルは、長期間監禁状態にあったわけではないが、恐い思いをしたことは間違いない。
何を言われるのかと身構えていたら、ロックの視線は眠っているシエルに向けられた。
「男爵の怪我については、侵入した何者かの仕業だとしているが、もし回復した男爵が何か言えば、彼、シエルの身に危険が及ぶかもしれない。ほとんどの資産は没収されているが、隠し財産がないとも言い切れない。それを使って報復も考えられる。いずれにしても、精神的に不安定なシエルについては、私が面倒を見ることになった。何かあれば守れる距離にいた方がいいと判断した」
彼らが困っている人や苦しんでいる人を見過ごすことができない、正義の登場人物であることは、レアンも十分に分かっている。
小説での出会いを二年早めたとしても、この結果は変わらなかった。
四人は状況は変わっても同じ家で暮らすことになりそうだ。
すでに話し合っていたのだろう、カイエンとエドワードも納得したように頷いていた。
「それで、レア……。君のことなんだが、邸の女中達から、君達が兄弟だという話があったけど、それは本当かな?」
ここで嘘をつく必要もないので、レアンは首を振った。
ロックは察してくれたようで、そうかと言って頷いた。
「レア、君は言葉が話せないんだったな。簡単に頷いてくれたらいい。君達が兄弟だと偽ったのは、同じ主人に買ってもらうためかな?」
レアンは素直に頷いた。
ロックは納得したように、目を細めてにっこりと笑った。
「……なるほどね。聡い子達だ。では、レアはご両親の元へ帰りたいと思うかい? この国で人身売買は、特に子供の売り買いは違法だ。奴隷契約は無効、君は自由の身だ」
大きな怪我もないようだし、すぐに帰りの馬車を用意しようとロックは言ってくれた。
全て終わった。
もう、自分は必要ない。
レアンが目を閉じると、村で働いている両親と、弟や妹の顔が浮かんできた。
きっと心配しているだろう。
売りに出したことを後悔しているかもしれない。
会いたいと思ってくれているかも……
故郷に想いを馳せた時、レアンの肩に頭を乗せていたシエルの体に、ぎゅっと力が入ったのが分かった。
目をつぶってはいるが、シエルは起きているんだと、レアンは気がついた。
ずっと一緒にいよう。
澄んだ青い空の下、シエルとそう約束したことを思い出した。
小説の時間の流れを変えて、シエルが傷ついてボロボロになる前に助け出すことに成功した。
このことは、自分にとって意味のあることだとレアンは感じた。
そしてなにより、母のようにいなくならないでくれと言った、シエルとの約束を破りたくはなかった。
「……それとも、もし君が行く当てがないとか、シエルと離れたくないのなら……、うちへ来るか? 最初は男の一人暮らしにと思ったのに、無駄にでかい家を建ててしまったんだ……。女性には縁がなくて、細々としたことをやってくれる人がいると助かるんだが……」
変えられる
ここにいる全員が悲しい死を迎える運命……
きっと、変えられる
力強く顔を上げたレアンは、ロックの目を見て頷いた。
「それは……レアもシエルと一緒に来る、ということでいいかな?」
レアンがもう一度頷くと、シエルがブルッと震えたのが分かった。
まだ目を閉じたままだったが、横からレアンの腰に手を回して、しっかりと抱きついてきた。
「よかった。これでまともな飯が食える。生焼けの味なし肉に、適当に切った野菜をバリバリ食わされる日々から解放された」
「俺達、みんな料理が苦手で……、レアにお願いしてもいいかな?」
村にいた頃の炊事はレアンの担当だった。
大したものは作れないが、とりあえずレアンは頷いておいた。
三人がホッとした顔でこれからのことを話し合っている間、レアンはシエルを安心させるように、髪を撫でていた。
柔らかくて、極上のシルクのような髪の毛一本まで、美しくて光り輝いている。
自分はどうしてこんなに、シエルのことを助けたいと思うのだろうと、改めて考えてしまった。
見た目は違うが、歳は弟と同じで、シエルを見ると、守ってあげたい気持ちがふつふつと湧いてくる。
自分にとってシエルはもう、家族なんだと思った。
だから守って、大切にしてあげたい。
不幸な未来が見えているのに、そのまま知らないフリなどできなかった。
「レア……レア……」
シエルが目を閉じたまま、愛おしそうに自分の名前を呼んだので、レアンの胸はキュッと甘く揺れた。
シエルの頭に自分の頭を載せて、レアンも目を閉じた。
朝日が眩しくて、騒がしかったけれど、よく眠れそうな気がした。
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