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第二部
⑦ 旅立ち
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「……ったく、俺抜きでいつの間にそんなことになっていたなんて。すっかり仲間外れにされた気分だ」
そう言ってお茶をごくごくと飲んだエドワードに、レアンは申し訳ないと頭を下げた。
「いや、レアを責めているわけじゃない。俺の方も最近は忙しくて、シエルの頼みがあっても、まともに動けなかったのは確かだ。何はともあれ、仲直りしたならよかった。お前達が一緒じゃないと、どうもこっちの調子もくるう」
燦々と降り注ぐ太陽の日差しの下、小宮のオープンテラスでレアンは、エドワードとお茶を飲んでいた。
治安部隊の月次報告の帰りだというエドワードは、レアンのいる文書室に顔を出したので、休憩ついでにお茶にすることになった。
「それで、例の恋文の男には返事を出したのか?」
テラス席でお茶をしている人は少ないが、辺りを見回したレアンは、静かに頷いた。
レアンは恋文をくれた男、騎士団見習いのジェイクの元を訪ねて、自分の気持ちを書いた手紙を渡した。
好意を持ってくれたのは嬉しいが、自分には大切にしたい人がいて、気持ちには応えられないという内容だった。
ジェイクはそれを読んで、悲しそうな顔をしていたが、ちゃんと返事を書いてくれてよかった、ありがとうと言ってくれた。
人の気持ちが関わることで、ふざけた対応はできない。
答えによって、傷つけてしまうのは仕方がない事だが、その中でも誠実に対応できたとレアンは考えていた。
「俺はまぁ……レアが幸せならそれでいい。心が荒れていた時期もあったが、レアの真っ直ぐで純粋な心に色々と気付かされた。お前の前だと……不思議と心が裸になったような気分になるんだ。泥で塗り固まれた心が、洗われていくように……話せないけれど、レアの目は誰よりも雄弁に思える」
ありがとうと言ってエドワードが笑ったので、レアンは照れてしまったが、まるで別れの挨拶のように思えて少し違和感を持った。
レアンの物言いたげな視線を受けて、エドワードはクスリと笑った。
「実はさ、休暇を取る予定なんだ。少し、国に帰ろうと思って……。レアには言っていなかったけど、一族のことで色々あって、連絡を取っていた昔馴染みから、どうしても来て欲しいと連絡があったんだ。俺で力になれるかは分からないけど、逃げていたことに向き合うつもりで帰ろうと思う……って、こんな説明じゃ分からないよな」
エドワードの話を聞いて、レアンの体に電流が駆け抜けたみたいに頭の先から手足の先まで、ビリビリと痺れた。
ついに来た。
小説では具体的な時期が書かれていなかったので、それがいつになるのか判断できかねていた。
ダブル主人公の一人、エドワードの話が動き出した。
それは、ソードスリムに来てからも、密かに連絡を取り合っていた、エドワードの幼馴染からのある連絡で始まる。
エドワードの父が王として君臨していた、ブラハイム国。
有力貴族であったカブリア公爵家の反乱により、王と王妃は処刑されて、王座はカブリア公爵の手に渡った。
王が殺されたことで、国内は混乱を極めていて、それは今になっても変わらなかった。
国内は新王派と、旧王族派に分かれていた。
旧王族派を束ねていたエドワードの幼馴染が、新王の政権が混乱によって弱体化している隙を狙って、政権を奪い返す好機だとエドワードを担ぎ出そうとしていた。
国に戻り、旧王族派と合流したエドワードは、反撃の狼煙を上げる。
ブラハイム王国は、カブリア王国と名を変えていたが、前王を倒したことで、均衡を失ったまま、政治は混乱し、民は疲弊して各地で暴動が起きていた。
前王の息子であるエドワードが立ったことで、燻っていた火が各地で上がり、あっという間に形勢は逆転し、エドワードは一気に城へと攻め込む。
カブリアの一族を皆殺しにして、王座を奪い返したエドワードは、再びブラハイム国が戻ったことを宣言して、王として返り咲くことになる。
だがここでエドワードは大きな過ちを犯す。
エドワードの支持者として、陰で支え続けてきてくれた人がいた。
それは、前王の弟、エドワードの叔父にあたる人で、博識で民を思う心を持った大変優秀な人だった。
エドワードが戻った時を考えて、国内の情勢を安定させるために尽力してくれた人だが、内部分裂を狙った者が悪意のある噂を流した。
それが、前王を殺したカブリア家と、叔父が通じていたというものだった。
王弟には息子が何人もいて、王座を狙っていたため、兄王を殺すことを手助けしたというものだった。
復讐に燃えていたエドワードは、幼馴染や、大事な人達の意見になど耳を貸さず、噂に踊らされて、叔父一家を全員殺してしまった。
後からそれが、新王派が内部分裂を狙った工作だったと分かって、エドワードは愕然とする。
時はすでに遅し、暴挙に出たエドワードの周りから、信頼できる者はみんな消えてしまい、エドワードはますます孤独に追い詰められていく。
エドワードが助けを求めたのがシエルだった。
シエルを自国に呼び寄せて、心の安定を図ったが、それは今にも崩れ落ちそうな砂の城にいる状態だった。
「急に訳の分からない話をして悪かった。ロックやカイにはもう少し、詳しい説明をしているから、気になったら聞いてほしい。とにかく、俺はしばらくいなくなるけど、心配はしないで……」
レアンはエドワードの手を握った。
真剣な目で、この気持ちが伝わったらいいと思って、エドワードの瞳をしっかりと見た。
自分のことで頭がいっぱいで、エドワードやカイエンのことまで考えられなかった。
本来この場にいなかった自分が加わることで、シエルは変わったし、彼らがシエルに向ける強烈な執着はないものと考えていいと思う。
今は、共に時を過ごした家族としての絆ができた。
レアンはそう考えている。
しかしそれとは別に、大筋である主人公二人の物語は存在する。
彼らが自国で、戦いと混乱に巻き込まれることは、避けることができない。
復讐がテーマとなるエドワードの話では、カブリア一族との戦いは大きな山場であり、エドワード自身が長年望んでいたことだ。
しかし、王になったからといって、エドワードは幸せにはなれなかった。
むしろもっと孤独になり、誰も信用できなくなり、近くにいる全ての者に敵意を向けるようになってしまう。
レアンは、本来の優しすぎて困ってしまうと言われていた、彼自身を失ってほしくなかった。
「……だめだなぁ。レアに見られると、俺の黒い物が全部溶けてなくなってしまう……。大丈夫だよ、心配ない。何が大事で、無くしたらいけないものが何なのか。俺はとっくにレアから教えてもらった」
穏やかに笑ったエドワードは、レアンの頭を撫でてきた。
「発音の練習は続けているか? 少しずつ、諦めないで続ければ、必ずコツが掴めて、言葉が出るようになる。シエルの名を呼ぶのもいいけど、上手に出るようになったら、俺の名前も呼んでくれよな」
レアンの可能性を信じて、ずっと練習に付き合ってくれたのはエドワードだった。
近年は忙しくて、一人でやっていたが、エドワードに言われたことを、ずっと諦めないで続けていた。
レアンは目頭が熱くなるのを堪えて、頷いた。
エドワードにガシガシと撫でられて、髪の毛はくしゃくしゃになったが、そんなのはどうでもよかった。
「一生会えないわけじゃないんだ。また、必ず会える」
そう言って颯爽とマントを翻して、エドワードは去っていった。
テーブルの上には、エドワードが飲んでいたカップだけが残った。
吹いてきた風が、カタカタと音を立ててカップを揺らした。
やけに寂しく、胸に響く音だった。
それから一ヶ月後、カブリア国にて、反乱の火が上がったという話がレアンの耳にも届いた。
(続)
そう言ってお茶をごくごくと飲んだエドワードに、レアンは申し訳ないと頭を下げた。
「いや、レアを責めているわけじゃない。俺の方も最近は忙しくて、シエルの頼みがあっても、まともに動けなかったのは確かだ。何はともあれ、仲直りしたならよかった。お前達が一緒じゃないと、どうもこっちの調子もくるう」
燦々と降り注ぐ太陽の日差しの下、小宮のオープンテラスでレアンは、エドワードとお茶を飲んでいた。
治安部隊の月次報告の帰りだというエドワードは、レアンのいる文書室に顔を出したので、休憩ついでにお茶にすることになった。
「それで、例の恋文の男には返事を出したのか?」
テラス席でお茶をしている人は少ないが、辺りを見回したレアンは、静かに頷いた。
レアンは恋文をくれた男、騎士団見習いのジェイクの元を訪ねて、自分の気持ちを書いた手紙を渡した。
好意を持ってくれたのは嬉しいが、自分には大切にしたい人がいて、気持ちには応えられないという内容だった。
ジェイクはそれを読んで、悲しそうな顔をしていたが、ちゃんと返事を書いてくれてよかった、ありがとうと言ってくれた。
人の気持ちが関わることで、ふざけた対応はできない。
答えによって、傷つけてしまうのは仕方がない事だが、その中でも誠実に対応できたとレアンは考えていた。
「俺はまぁ……レアが幸せならそれでいい。心が荒れていた時期もあったが、レアの真っ直ぐで純粋な心に色々と気付かされた。お前の前だと……不思議と心が裸になったような気分になるんだ。泥で塗り固まれた心が、洗われていくように……話せないけれど、レアの目は誰よりも雄弁に思える」
ありがとうと言ってエドワードが笑ったので、レアンは照れてしまったが、まるで別れの挨拶のように思えて少し違和感を持った。
レアンの物言いたげな視線を受けて、エドワードはクスリと笑った。
「実はさ、休暇を取る予定なんだ。少し、国に帰ろうと思って……。レアには言っていなかったけど、一族のことで色々あって、連絡を取っていた昔馴染みから、どうしても来て欲しいと連絡があったんだ。俺で力になれるかは分からないけど、逃げていたことに向き合うつもりで帰ろうと思う……って、こんな説明じゃ分からないよな」
エドワードの話を聞いて、レアンの体に電流が駆け抜けたみたいに頭の先から手足の先まで、ビリビリと痺れた。
ついに来た。
小説では具体的な時期が書かれていなかったので、それがいつになるのか判断できかねていた。
ダブル主人公の一人、エドワードの話が動き出した。
それは、ソードスリムに来てからも、密かに連絡を取り合っていた、エドワードの幼馴染からのある連絡で始まる。
エドワードの父が王として君臨していた、ブラハイム国。
有力貴族であったカブリア公爵家の反乱により、王と王妃は処刑されて、王座はカブリア公爵の手に渡った。
王が殺されたことで、国内は混乱を極めていて、それは今になっても変わらなかった。
国内は新王派と、旧王族派に分かれていた。
旧王族派を束ねていたエドワードの幼馴染が、新王の政権が混乱によって弱体化している隙を狙って、政権を奪い返す好機だとエドワードを担ぎ出そうとしていた。
国に戻り、旧王族派と合流したエドワードは、反撃の狼煙を上げる。
ブラハイム王国は、カブリア王国と名を変えていたが、前王を倒したことで、均衡を失ったまま、政治は混乱し、民は疲弊して各地で暴動が起きていた。
前王の息子であるエドワードが立ったことで、燻っていた火が各地で上がり、あっという間に形勢は逆転し、エドワードは一気に城へと攻め込む。
カブリアの一族を皆殺しにして、王座を奪い返したエドワードは、再びブラハイム国が戻ったことを宣言して、王として返り咲くことになる。
だがここでエドワードは大きな過ちを犯す。
エドワードの支持者として、陰で支え続けてきてくれた人がいた。
それは、前王の弟、エドワードの叔父にあたる人で、博識で民を思う心を持った大変優秀な人だった。
エドワードが戻った時を考えて、国内の情勢を安定させるために尽力してくれた人だが、内部分裂を狙った者が悪意のある噂を流した。
それが、前王を殺したカブリア家と、叔父が通じていたというものだった。
王弟には息子が何人もいて、王座を狙っていたため、兄王を殺すことを手助けしたというものだった。
復讐に燃えていたエドワードは、幼馴染や、大事な人達の意見になど耳を貸さず、噂に踊らされて、叔父一家を全員殺してしまった。
後からそれが、新王派が内部分裂を狙った工作だったと分かって、エドワードは愕然とする。
時はすでに遅し、暴挙に出たエドワードの周りから、信頼できる者はみんな消えてしまい、エドワードはますます孤独に追い詰められていく。
エドワードが助けを求めたのがシエルだった。
シエルを自国に呼び寄せて、心の安定を図ったが、それは今にも崩れ落ちそうな砂の城にいる状態だった。
「急に訳の分からない話をして悪かった。ロックやカイにはもう少し、詳しい説明をしているから、気になったら聞いてほしい。とにかく、俺はしばらくいなくなるけど、心配はしないで……」
レアンはエドワードの手を握った。
真剣な目で、この気持ちが伝わったらいいと思って、エドワードの瞳をしっかりと見た。
自分のことで頭がいっぱいで、エドワードやカイエンのことまで考えられなかった。
本来この場にいなかった自分が加わることで、シエルは変わったし、彼らがシエルに向ける強烈な執着はないものと考えていいと思う。
今は、共に時を過ごした家族としての絆ができた。
レアンはそう考えている。
しかしそれとは別に、大筋である主人公二人の物語は存在する。
彼らが自国で、戦いと混乱に巻き込まれることは、避けることができない。
復讐がテーマとなるエドワードの話では、カブリア一族との戦いは大きな山場であり、エドワード自身が長年望んでいたことだ。
しかし、王になったからといって、エドワードは幸せにはなれなかった。
むしろもっと孤独になり、誰も信用できなくなり、近くにいる全ての者に敵意を向けるようになってしまう。
レアンは、本来の優しすぎて困ってしまうと言われていた、彼自身を失ってほしくなかった。
「……だめだなぁ。レアに見られると、俺の黒い物が全部溶けてなくなってしまう……。大丈夫だよ、心配ない。何が大事で、無くしたらいけないものが何なのか。俺はとっくにレアから教えてもらった」
穏やかに笑ったエドワードは、レアンの頭を撫でてきた。
「発音の練習は続けているか? 少しずつ、諦めないで続ければ、必ずコツが掴めて、言葉が出るようになる。シエルの名を呼ぶのもいいけど、上手に出るようになったら、俺の名前も呼んでくれよな」
レアンの可能性を信じて、ずっと練習に付き合ってくれたのはエドワードだった。
近年は忙しくて、一人でやっていたが、エドワードに言われたことを、ずっと諦めないで続けていた。
レアンは目頭が熱くなるのを堪えて、頷いた。
エドワードにガシガシと撫でられて、髪の毛はくしゃくしゃになったが、そんなのはどうでもよかった。
「一生会えないわけじゃないんだ。また、必ず会える」
そう言って颯爽とマントを翻して、エドワードは去っていった。
テーブルの上には、エドワードが飲んでいたカップだけが残った。
吹いてきた風が、カタカタと音を立ててカップを揺らした。
やけに寂しく、胸に響く音だった。
それから一ヶ月後、カブリア国にて、反乱の火が上がったという話がレアンの耳にも届いた。
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