悪役令息はゾウの夢を見る

朝顔

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第一章 出会い編(十歳)

7、悪役令息の父

 カチャカチャと皿が積み重なる音が聞こえる。
 皿に盛られた料理が一瞬で消えていくのを俺は唖然としながら見ていた。

「アスラン様、他にはございますか?」

「後、この肉料理を二皿、芋のスープとライスを追加で」

 執事の耳がピクッと動いたのが見えたが、主人からアスランの要求通りにするようにと言われているのだろう。プロとして微笑を浮かべながら驚きを何とか隠したようだ。

「そ、その……アスラン、このところ食べ過ぎじゃないか?」

 俺は自分の前に載せられた一皿を食べるのがやっとなのに、アスランはもう何皿目か分からないくらいバクバクと食べている。
 ある時からアスランの食事の量が増え始めて、今ではフードファイターのような食べっぷりを毎日目の前で披露されていた。

 いやもうこれは、おかしいとかいうレベルではないだろう。
 使用人の誰もが唖然とした顔でこの様子を見ていた。

 アスランの食事量が増え出したのはこの一ヶ月前からだ。
 もともと一皿を食べきれず残していた。
 肉なんてかけらしか食べていなかった記憶がある。
 それが、急に肉肉と言い始めて、今では獣のように肉に食らい付いている。
 心なしか、線の細い美人顔が骨張って男らしくなっているような気もするくらいだ。

「お腹が空くんだ。体を動かしているから」

 話しながらも、アスランはバクバクと食事をする手を止めない。
 確かに食べて寝ているだけなら豚になりそうだが、アスランは食べるのとともに体を動かしている。
 自ら剣術の教師に頼み込んで、体力訓練のメニューを組んでもらい、朝から一人でせっせとこなしている。
 それに加えて、父に頼んで新しい教師を雇い、体術の訓練まで始めてしまった。
 父はアスランがやる気を見せているので機嫌がいい。バーロック卿から聖騎士になれるかも、という報告を聞いたのだと思う。
 もし聖騎士が家門から出たら、かなりの名誉と金になる。
 邸全体に、アスランの好きなようにさせるようにとの指示が出た。

 俺としては、突然ごりごりに体を鍛え出したアスランが謎すぎて全く付いていけない。
 座学の授業すらサボって走り込みをしているので、最近は窓から砂袋を背負って走っているアスランばかり見ていた。

「病弱になるから食べろとは言ったけど……まあ、お腹が空くなら仕方がないか……。あ、あまり無理はしないようにな」

「ありがとう、シリウス」

 お礼を言いながらも食べ続けているアスランを見て、邪魔をしたら悪いかと思った俺は、先に食事を終えて部屋に戻ることにした。




 廊下を歩きながら、俺は腕を組んで首を傾げた、
 子供時代のアスランがどう過ごしていたのか、詳しい記載がないのでよく分からない。
 愛情を受けられず、過酷な環境とだけしか説明がなかったので、今のアスランがあれで正解なのか分からない。
 とりあえず健康的にはなったが、なんだか方向を間違えているような気がしないでもなかった。



「シリウス」

 廊下に響いた低い声にビクッと身を縮ませた。
 この声を聞くといつも緊張してしまう。シリウスの体に刻み込まれているからかもしれない。
 一気に緊張して手に汗までかいてしまった。

「話がある。少しいいか?」

「はい、お父様」

 父である、ブラッドフォード伯爵が、ちょうど廊下の向こうから歩いてきたところだった。
 仕事ばかりで月に数回しか顔を合わせることのない人だ。
 前に話をしてからずいぶん時間が経っている気がした。

「……体調はどうだ? 高熱を出しただろう」

「え? あっ、は……はい。もう大丈夫です。何も問題はありません」

「そうか。……最近は少し大人しくなって授業も受けていると聞いた。よく、頑張っているな、この調子でやるように」

「……はい」

 何だか不思議な気持ちになった。
 設定上、シリウスは父親に嫌われているとなっていたはずだ。
 しかし俺の前にいる人は、口調は少し冷たい気もするが、全く関心がないと思っていたのに、体調や授業の進み具合など、ちゃんと気にしてくれているように見える。
 もしかしたら、お互いものすごい不器用で、ボタンのかけ違いが続いて深い溝になってしまったのではないかと感じた。

 それにシリウスは俺が憑依する前から癇癪と我儘っぷりはひどかったらしい。
 妻という支えをなくして、どう息子と関わっていけばいいのかわからない、そんな父親の横顔が透けて見える気がした。

「アスランとも、仲良くしているようだから良かった。あれが聖力に目覚めて、力を使えるようになれば、必ずブラッドフォード家にとって大きな力になる。いずれは、アルフォンスやお前を助けてくれる存在になるだろう」

 アスランのことは、伯爵が独断で青田買いしたようなものだと思っていたが、今の口ぶりだと自分の利益のためではなく、息子達の将来を考えているかのように聞こえた。

 俺は下を向きながらハイと返事をした。今まで囚われていたものを少し改める必要がありそうだなと考えていた。

「そうだ、近々、将来に繋がる良い機会があるんだ。実は断ろうと思っていたのだが、シリウスもだいぶ落ち着いたことだし、アスランと一緒に参加してもらいたい会があるんだ。行ってみてつまらなければ、すぐに帰ってきてもいい。どうだ?」

「会? ですか?」

「同年代の交流会みたいなものだ。お前はロティーナくらいしか友人がいないし、人脈を広げる良い機会だろう」

 分かりましたと言って俺が頷くと、伯爵は俺の頭をぽんと撫でてから、早く寝なさいと言って執務室の方に歩いて行った。

 伯爵の姿が見えなくなってから、ようやく緊張が解けて一息ついた。
 確か設定上は、優秀なアスランに伯爵の気持ちを持っていかれて、シリウスは嫉妬に苦しむことになるはずだ。
 だが、伯爵は不器用ながらシリウスのことも考えてくれているように思える。
 それはきっと、俺が前の世界で生きていて、色々な人を見てきた経験があるからだろう。
 この世界しか知らない、まだ幼いシリウスだったら、アスランと比べられていると苦しんでしまうのも分かるような気がした。

「交流会……か」

 子供時代のイベントのようなものだろうか。
 伯爵が声をかけてきたということは、シリウスが参加するべきものだろうし、断る理由はない。

「そういえば、アスランと一緒に出かけるのは初めてだ」

 以前の俺なら、積極的にアスランを大勢の前でバカにして傷つけるいい機会だと思っただろう。
 しかし、もうアスランはそんなことでは傷つかないし、逆に人前でもっと言ってなんて言われたら、おかしな関係を披露することになってしまう。
 どうせ人を惹きつけるアスランは、みんなに囲まれて質問攻めに合うだろうし、俺は大人しくしておこうと決めた。








 麗かな陽気を感じる暖かな日。
 馬車はカタカタと音を立てながら石畳の上をのんびりと走っていた。

 今日は特別な日だからと、執事が持ってきた服は、白いシャツと緑を基調としたベストとズボン。金糸の刺繍が入った立派なものだった。
 袖口にはエメラルドのカフスボタンが付いていて、いかにも貴族のお坊っちゃまという格好だ。

 目の前に座るアスランも組み合わせはほぼ同じだが、服の色合いは紫でカフスはルビーが使われていた。
 二ヶ月前、この日のために仕立て屋を呼んで作らせた服だった。
 出来上がりはさすがお金をかけただけあって、豪華でカッコいい仕上がりになっていた。

 だが、アスランの場合は少し難点があった。

「あの……さ、アスラン、それ、服は変えてもらえなかったのか?」

「ランドンさんが持ってきてくれたけど断ったんだ。だって、せっかくシリウスと色違いで作ったのに……、絶対これが着たかったから」

 こいつも頑固者なので絶対譲らなかったのだろう。それは分かるのだが、どう考えても体に合っていなくて言葉に詰まってしまった。

 そもそも育ち盛りということもあり、成長に合わせて多少大きめに作っているはずだ。
 だからといってこんな短期間に背が伸びて体がデカくなるなんて誰も考えていなかった。

 アスランのシャツは見るからにパンパンで、ボタンのところは浮いて空間ができている。
 ベストも同じく上のボタンが留められなくて、開けっ放しにしている状態だ。
 なぜならこの二ヶ月ほどの間に、アスランは一回り大きくなったのだ。
 それはあれだけ食べていればそうなるだろうというのは分かったが、ただ太ったわけではなく訓練の成果で、あの細くて骨まで浮いていた腕に筋肉が付いてきた。
 儚げな美しさを漂わせていた横顔は、精悍な男の顔つきに変わりつつあったので、俺はもう驚きで何も言うことができなかった。
 子供の顔というのは変わるものだし、この状態からゲームの頃には細身の美人になるのだと思うが、本当にそんな流れなのだろうかと思う日々だった。

「まさか、アスランがこんなに変わるなんて……。ロティも驚くぞ、ずっと別荘に行っていたけど、今日は来るみたいだから、反応が楽しみだな」

 俺がそう言うとアスランは興味なさそうに、ふーんと言って口を尖らせていた。
 言動はまだまだ幼いのに、体ばかり急にデカくなって、本当にどうしたのだろうと理解が追いつかなかった。

 今日は帝国の貴族の中で、同年代の子供が集まる交流会というのが開かれる。
 子供時代はそれぞれ家庭学習が中心で、貴族学校に入る前までは、親が友人同士であるとかパーティーなどで顔を合わせるなどで知り合うらしい。
 シリウスは父親にそういった場に連れて行ってもらうことがなかったので、友人らしい友人がいなかった。
 貴族の交流には興味がないのだが、これが通るべきイベントなら仕方がない。

 さすがに皇族は来ないだろうと聞いていたので、少し安心した。
 将来俺を殺す予定の皇子様の子供時代に会うなんて、まだ心構えができていないので勘弁してほしかった。

 馬車は先ほどから変わらず、石畳の上をカタカタと音を立てながら走り続けている。
 窓から見える景色は、森林から可愛らしい建物が並ぶ住宅街へと変化していった。

 この後どんな出会いがあり、何が待ち受けているのか、この時は想像もできなかった。








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