悪役令息はゾウの夢を見る

朝顔

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第二章 成長編(十五歳)

14、悪役令息の家族

 広い草原をゾウの背中に乗ってのんびりと歩いている。
 どこまでも続く長い道は、先を見ても振り返っても同じ一本の道だった。
 見上げた空にはふわふわの雲が浮かんでいて、まるでゾウさんの形に見えた。

 ああ、また夢を見ているんだなと思った。



 また会ったな 迷いし子よ

 俺……またここに……

 少し合わぬ間に たくさんの縁ができたな

 ……うん、ごめんなさい

 なぜ、謝るんだ?

 だって、悪役でいないといけないのに、俺、最近は全然……

 それでいいんだ 迷うことはない

 そんな……だってここはゲームの世界だし、せっかく新しい人生をもらったんだから、やるべきことはちゃんとやって、この世界を……シナリオ通りに……

 これはもう……律儀を通り越して頑固というか……

 ゾウさんっ、俺、ゲームが始まったら悪役として今度はしっかりやるから!

 ふぅ……、よく聞け健 思うままに……これはお前の……






 鳥の囀りが聞こえて、俺はゆっくりと目を開けた。
 何だか長い夢を見ていた気がする。
 あのゾウさんの夢だったと思うのだが、何を言われたのか全然思い出せない。
 特に最後の方に、大事なことを言われた気がするが……

「んーーー、シリウスぅーーー」

 寝返りを打とうとしたら、ぶにっと硬い肉の感触がして、夢の残りから一気に目が覚めた。

「おっ……、おまっ、アスラン!」

 目の前に彫刻のような美しい男の寝顔があった。慌てて体を起こそうとしたが、ガッチリと太い腕でホールドされていて全く身動きが取れない。

「アスラッ、ちょっ、動けない。お前、勝手に潜り込んだな」

「やだぁ……もうちょっと……ね……る」

 昔はよく眠れないと言ってアスランが俺のベッドに潜り込んできて、一緒に寝ることがあった。
 しかしそれは昔の話で、今の体がデカくなったアスランと同じベッドで寝るなんて、筋肉に押し潰されて狭くてたまらない。

 もがいても叩いてもアスランはびくともしなくて、またぐーぐーと深い眠りに入ってしまった。
 俺は抱き枕状態で変な格好で動けなくなり、天を仰いでため息をついた。


 昨日のパーティーで、約一年ぶりに帰ってきたアスランと再会した。
 個室でアスランとカノアの無事の帰還を祝った後、パーティーには戻らずに全員で町に繰り出した。
 そういえばと、兄の勘違いをリカードに謝ったが、逆に初めてとはなんだったのかとみんなにツッコまれる事態になってしまった。俺もよく分からないという苦しい言い訳で乗り切ったが、シリウスの兄はヤバイという共通認識ができたようだった。

 行きつけの酒場で散々盛り上がった後、帰宅してすぐにベッドに入ったが、その時はアスランも自分の部屋に入ったはずだった。
 山での仲間との共同生活が終わって寂しくなったのだろうか。
 体ばかり大きくて逞しくなったが、まだまだ心は子供なんだなと思いながら、アスランの髪を撫でた。

 懐かしい。
 この柔らかさが気に入っていて、アスランに会えなくなった後は、手が寂しくなったものだった。
 こうしてまた堪能できるなんて、ベッドは狭いし苦しいけど、これは別物だなと思いながらナデナデしていると、俺の部屋のドアがノックもされずにバァァンと大音量で開かれた。

「部屋に行ったらいないと言うから、まさかとは思ったが、アスラン君、君はとんでもないことをしてくれたな……」

 ああ、この人のことをすっかり忘れていた。

 部屋の入り口には、鬼の形相で今にも爆発しそうな真っ赤な顔の、兄、アルフォンスが仁王立ちしていた。

「ん…ーー、何? もう朝?」

 目を擦りながら、アスランがようやく体を起こしてくれたので、俺もやっと動けるようになって一緒に体を起こした。

「あっ、シリウスー、おはよう」

 まだ寝惚けた顔のままのアスランは俺の顔を見たら嬉しそうに微笑んで、おでこにチュっと口付けしてきた。

「はぁぁ……ぁぁぁ……」

 怒りが頂点に達したのだろうか、アルフォンスは白目になって頭から湯気を出しながら、ドカンと後ろ向きに倒れてしまった。









 麗かな日差しが降り注ぐブラッドフォード家の食堂で、平和な朝食のシーンがスタートした。
 長テーブルには俺とアスランが並び、反対側には父と兄が座るという配置だ。

 今日の朝食のメニューは、クリームたっぷりのパンケーキ。アスランの皿には厚切りのベーコンと卵が載せられている。
 アスランのお気に入りの朝食メニューだったが、元気に朝食をぱくぱく食べているのはアスランだけだった。

「お父様、お話があります」

 神妙な面持ちで兄のアルフォンスが口を開いたので、父のブラッドフォード伯爵は眉間に皺を寄せながら、フォークを持つ手を止めて何だ? と応えた。

「お父様からの手紙では、彼はブラッドフォード家に利益をもたらす原石だと記されていましたが、間違いないですか?」

「ああ、幼い頃に剣の腕に目覚めて、現役の騎士から聖騎士になれると太鼓判を押されている。このまま聖騎士になれば、これほど誉れ高いことはない」

「くっ……聖騎士、それは……確かですか?」

「聖力の方はまだ開花しないが、潜在的な力はかなりあると神官からも告げられた。……アルフォンス、気に入らないところはあるかもしれないが、まだ幼い子供なのだから……」

 父は基本的にアスランに甘い。
 それはゲーム通りなので何も疑問は持っていなかったが、アルフォンスにとっては驚きだったのだろう。ピクッとこめかみが動いたのが見えた。

「お……幼い? 子供……? あの、筋肉の塊のような男がそう見えるのですか!? この邸で一番デカいですよ!」

「聖力を持つ者は、鍛練すると大きく伸びるんだ。だが、体は大きくてもまだまだ子供だ。私には保護者としての責任がある。立派に育てて成長を見守らなければいけない」

「お兄様、アスランは僕と同じ歳です。何か期待されているのかもしれませんが、もう少し長い目で見てください」

 やけにしつこく絡んでくるなと思いながら、俺もさりげなく意見を述べたら、アルフォンスは両手を頭に当ててぐしゃぐしゃと髪をかいた後、ガタンと音を立てて椅子から立ち上がった。

「甘い、甘すぎる……この家の連中は揃いも揃って……あの男はどう見ても成長しきった男ですよ! 今朝はシリウスのベッドに入っていたのですよ!」

「いいじゃないか、子供同士仲良く寝るなんて微笑ましいことだ。私も従兄弟が泊まりにきた時はよく一緒に寝たぞ」

「子供ーーー! お父様! まだそれを言いますか!?」

 アスランが潜り込んでくることは昔からだったので、俺も狭いから嫌だくらいにしか思わなかったが、アルフォンスは何か気になるらしい。

 当のアスランは、何も気にしていない様子でぱくぱくと一皿食べて、おかわりを頼んでいた。
 その様子を見てアルフォンスは机に頭をぶつけていた。

「アスラン……、貴様、俺のシリウスに何かしたら、許さないからな」

「何かって、何ですか?」

 ケロッとした顔でアスランは首を傾げた。
 体は逞しくなっても天使のような微笑みは健在だ。キラキラとした目で輝きを放ってきたので、俺も父もうっとりとして目を奪われてしまった。

 アルフォンスだけが、ひとりぶるぶると首を振って、ドンと机を叩いた。

「指一本も触れるなということだ!」

 そんな無茶なという要求と、アルフォンスの剣幕に怯えたのか、アスランはさっと俺の後ろに隠れるように腕を掴んできた。

「きーさーまー、言ったそばから……」

「アルフォンス、いい加減にしろ。仲良くやって平和なのだから、それでいいだろう。わざわざ亀裂を作ってどうするんだ。アスランはもう家族の一員だ。会ったばかりで慣れないかもしれないが、アスランは努力してきたんだ、お前も認めてやってくれ」

 父にそう言われてしまってはアルフォンスも引き下がるしかなかった。
 最年少で騎士団候補生に選ばれて、優秀生にまでなったのだ。
 並大抵の努力ではない、ということはアルフォンスにも十分に理解できるだろう。
 まだ納得できない顔ではあったが、分かりましたと言ってアルフォンスは席に着いた。


 その後は父と俺とアスランで和やかに話しながら朝食を終えた。
 父が先に退席して、アルフォンスも静かに席を立った。
 その寂しげな様子を見たら、胸がチクリと痛んだ。

 長子として家の期待を受けて育ち、皇太子の命令で親元から離れて外国で暮らし、何でもできると思われて目をかけてもらえることも少なかったかもしれない。
 俺やアスランが子供子供と呼ばれている年齢で、アルフォンスは独り立ちをしたのだ。
 それを考えたら、アルフォンスが不満に思う気持ちも分からなくはなかった。

 やっと家に帰って来たら、自分よりも注目を浴びるアスランがいて、子供だと言われて大切にされているなんて、良い気分ではないはずだ。

「お兄様」

 シュンとしている後ろ姿に声をかけると、アルフォンスはゆっくり振り返った。
 やはりちょっと元気のない顔に、俺は精一杯の笑顔を見せた。

「お兄様はこの世界に一人だけの、僕の大切なお兄様です。無事に帰ってきていただき、本当に嬉しいです。これからも立派な背中をずっと見続けさせてください」

 ちょっと大袈裟かなと思ったが、きっとこれくらい弟として気持ちを伝えないと拗れてしまうような気がした。

「シリウス……」

「お兄様と、アスランとみんなで仲良くできたら僕は嬉しいと思っています」

 ニカっと笑ってアスランを引っ張った俺は、アルフォンスの前にずいっと押し出した。
 ここまでお膳立てしたのだから、後は大人のアルフォンスなら分かってくれるだろう。

 アルフォンスは小さくため息をついた後、やっと笑ってくれて、アスランに向けてスッと手を伸ばした。

「まぁ、そこまで言われたら仕方がないな。お前をブラッドフォードの一員として認めてやろう」

「……それはどうも」

 今度はなぜかアスランが不満げだったが、俺の視線を感じたのか素直にアルフォンスの手を取って握手をした。

 ここの関係も、どうやら丸く収まってくれそうだなとホッと胸を撫で下ろした。

「ところで、シリウス、さっきのもう一度言ってくれないか?」

「え? 何でしたっけ?」

「世界一大好きなお兄ちゃんってやつ」

「そこまでは、言ってな……」

「シリウス! 僕にも言ってよ! 大好きアスランって!」

「だめだ! 大好きの後はお兄ちゃんしか入らない!」

「は!? そんなの横暴です! 決まってませんから!」

 握手したはずが、胸ぐらを掴み合ってギャーギャー騒ぎ出した二人に、もう疲れてしまったので放っておくことにした。

「あー! シリウスどこへ?」

「刺繍教室、僕忙しいから。二人で遊んでて」

「だっ、シリウスー! お兄ちゃんも一緒に……」

「アルフォンス様、ここは男同士、剣で決着をつけませんか?」

「アスラン……、お前。よし、いいだろう! 負けた方が一週間、シリウスと喋っちゃだめだぞ!」

「おーいいですね、やってやりますよ」

 兄のおかしな条件にアスランもノリノリになって、二人で外へ飛び出して行ったので、残された俺はぷっと噴き出して笑った。






 アルフォンスはひと月ほど滞在したが、一時帰国を終えて、また皇太子と国外に行ってしまった。
 本格的な帰国はまだ先になるらしいが、戻ってきたら、役職とともに皇宮内に部屋が与えられるらしく、ますます忙しくなりそうだった。

 婚約者(仮)のレッスンの方は、落ち着いて変わりないように見えた。
 他の候補者の視線は感じるが、今まで通りイクシオと過ごしていた。
 オズワルドはパーティー以来、相変わらず姿を見せないので、淡々とレッスンが続いた。
 リカードが心配していた、派閥が俺を推してくるなんて話もなかった。もしかしたら手を回してくれたのかもしれないが、父から特別に何かするようにと言われることもなかった。

 平日は寮生活のアスランとカノアだが、週末には帰ってきて、時々みんなで集まってワイワイやって、変わらない友情で楽しく過ごした。
 なぜかアスランがベッド潜り込んでくるのは定番になってしまい、アスランがいる週末は狭くて苦しいので、仕方なくベッドを新調することになった。
 おかげで広くて快適になったが、朝起きるとアスランに押し潰されていて動けないのは変わらなかった。

 俺は細々とバイトを続けて、しっかり貯金を続けて来るべき日に備えた。

 そしていよいよ……

 貴族学校に入学する日がやってきた。











 □第二章 終□
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