悪役令息はゾウの夢を見る

朝顔

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第三章 入学編(十八歳)

12、主人公の開花

「古くなっているとはいえ、頑丈に作られているな……。そろそろイベントは終わっている頃だし、姿が見えなければ警備兵が探しに来るだろう」

 この世界のゲームの方の設備、開かなくなる倉庫に俺とオズワルドは閉じ込められてしまった。
 本来なら、アスランがイゼルに閉じ込められて、オズワルドが助けに入り、また二人で閉じ込められるという場所だ。

 オズワルドと二人で、またしばらくいなくてはいけないという状況に、なんとも言えない気持ちになった。

 必死に頭を動かして、閉じ込められイベントの終わり方を思い出した。オズワルドの言う通り、警備兵が発見してくれるが、それは翌朝という設定だった。
 今は夕刻なので、だんだん暗くなっていくが、このままだとオズワルドとここで夜を明かさないといけない。

 一通り出れそうな箇所がないか、探して回ったが、高い位置に格子のついた窓があるだけで、とても抜け出せそうになかった。

 人の少ない場所を選んでいたから、かなり離れた場所にきてしまったらしい。
 足音や話し声、気配すらなかった。
 どうやらこれは本格的にお泊まりコースかと、力が抜けて箱の上に座り込んだ。

「ここは、静かですね」

 疲れてしまって思わず呟いた言葉に、オズワルドはそうだなと返した。

「俺は欲張りな男なんだ」

 オズワルドは俺と同じように箱の上に座った後、自嘲気味に笑って頭をかいた。

「何もかも手に入れたかった、自分の地位や名誉、そして愛する者も」

「それはおかしいことでしょうか。人ならみんな……」

「だから、手に入れることができなかった。シリウスのことだ」

「えっ………」

 突然俺の名前が出てきて、話の方向性が分からなくなった。手に入れる、とか入れられないというのはつまり……

「本当は婚約者にシリウスを選びたかった。しかし、そうすることで旧貴族派からの干渉が激しくなることが予想されて、私は踏み出せなかった」

「えっ、お……俺を? ですか……?」

 確かに婚約者の中でも俺だけダンスを踊ったりなど、特別のように思えることはあった。だが、皇族の気まぐれなのだと思ったし、アスランと結ばれると思い込んでいたので頭になかった。
 それに、自分の気持ちを押し込めることにいっぱいいっぱいで、他のことなんて考えられなかった。

 まさか、いつどうして自分がという思いで言葉が出てこなかった。

「シリウスを気に入っていたんだ。隣にいて欲しいと思っていた。いや、今でも私は……今度こそ、本当の婚約者になって欲しいと思っている」

 オズワルドの迷いのない真剣な目線に体が痺れたようになった。いつもぼんやりしてノロノロしている俺だが、これは真剣に返さないといけないと姿勢を正した。

「申し訳ございません。……婚約者選びに参加していて、俺がこんなこと、言ってはいけないとは思いますが……、俺には……好きな人がいます」

「そうだろうな。校門の辺りでキスしているところを見たぞ」

「え!?」

「え、じゃない。外でしたら目があるのは当たり前だろう」

 隠れたつもりだったが、外ならどこからか見られている可能性があるのは確かにそうだった。
 なんてことだと顔から火が出そうに熱くなった。

「謝らなくていい。人の気持ちとは権力を使ってどうこうできるものではない。好きになった相手と、それが私の理想でもあるのだから。私もシリウスを応援している」

 オズワルドは優しく微笑んだ。
 元候補になったとはいえ、すぐに男と深い関係になった者なんて、不敬だと言われても仕方がない。
 この人は本当に優しい人なのだと思った。

「ところで、シリウスはシモン神官とは親しくしているのか?」

「えっ、シモン先生ですか……?」

 急に話が思いもよらないところへ飛んだので、少し驚いてしまった。ゲームの中では悪役らしき立ち位置のシモンとは、カフェで働いていた時はよく顔を合わせていた。
 話はしていたが、客と店員の関係で、もちろん友人などというレベルまで親しくはない。
 入学後、校内で遠くに見かけることはあったが声はかけなかったし、神学については選択科目だったので、今年度は選択しなかった。
 校舎も別なので、そういえば学内ではまだ顔を合わせていないということに今気がついた。

「ええと、よく行くお店が一緒で、顔見知りにはなりましたが、それ以上親しくは……」

「そうか、それならいい」

 どうも何か含みのある言い方に違和感を覚えた。
 皇族と神官はお互い尊敬し合う深い関係のはずだ。それがなぜか、オズワルドの表情には厳しいものを感じた。
 そこで思い出したのは、皇帝の夜のお供、皇后も公認の愛人という噂だ。
 もしそれが本当であるなら、息子であるオズワルドにとってはいい気分の相手ではなさそうだ。

「詳しくは話せないが、シモン神官については気をつけてほしい」

 気に入らない相手であるから、というわけでもなさそうだ。
 それよりもまるで危険人物のような言い方だ。
 バッドエンドのシモンについて言われているような気がして、ハッとした俺はオズワルドの目を見た。

「気をつける、というのは………」

 その時、ドアをドンドンと強く叩く音が聞こえて、ビクッとした俺は目線をオズワルドから離した。

「シリウス!? ここにいるの!?」

「あ……アスラン?」

「よかった……、時間になっても帰ってこないから校舎中探し回ったよ」

 解散時間になっても帰ってこない俺を心配してアスランが探しに来てくれたようだ。
 ゲームではオズワルドの役割をアスランがやっているというのが何とも複雑でもう考えないようにした。

「アスラン……、ごめ……、実はこのドアが壊れていて出られなくなったんだ」

「アスランか、悪いが警備兵に伝えてもらえるか? 施錠や鍵に詳しい者がいる。その者ならすぐに開けられるはずだ」

「ちょっと待って。シリウス、そこにオズワルド殿下もいるの?」

 オズワルドが話しかけたら、アスランがガチャガチャとドアを開けようとしていた音が止まった。
 なぜかドア越しでももの凄い圧を感じて俺は一歩後ろに下がった。

「いらっしゃるけど。……ぺ……ペアなんだから、そりゃ一緒に行動を……」

「二人で? 密室に二人でいるのか?」

 心なしか鉄のドアが熱くなってきたような気がした。オズワルドもそう感じたのか、二人で顔を見合わせて後ろに下がった。

「う……うん」

 やはり間違いない。
 ドアから熱気を感じる。
 しかも所々赤くなって焦げるような音と煙まで出てきたので、これはヤバいともっと下がって後ろの壁に張り付いた。

「いやだ……シリウス……、俺の…………触るな」

 間違いなく向こうで大変なことが起きているに違いない。鉄のドアはボコボコと破裂しそうな勢いで膨らみだした。

「これは、開花だな」

「えっ?」

 オズワルドがボソリと呟いた言葉を受け止める前に、鉄のドアは柔らかい金属のようにグニャリと曲がって床にべったりと伸びてしまった。
 焼け焦げた臭いと真っ白な煙が辺りに立ち込める中、真っ赤な炎に包まれたアスランが立っていた。

「う……嘘、ドアが……アスラン!? どうしたんだ!?」

 何が起きているのか分からないが、早く助けないとと駆け寄ろうとした俺の腕をオズワルドが掴んだ。

「待て、あの火は本人には無害だが、シリウスが行ったら火傷する」

「でも、アスランがっ」

「聖力が開花したんだ。今まで溜まっていたものが放出されたら鎮まる」

「聖力の開花……!? 今!?」

 ゲーム内でアスランの聖力は開花、つまり使えるようになる。
 聖力の開花は資質がある者が、何かしら印象に残るような強い体験をすることにより促されると書かれていた。
 概要本に載っていた予定では、ゲームのハッピーエンド後、アスランとオズワルドと一線を越えた日の朝、開花して聖力が使えるようになったと後日談的に書かれていた。

 それが今、このタイミングで、しかもドアを溶かすような灼熱の炎を纏いながらというのが信じられなかった。
 どうしても今すぐアスランに声をかけて無事を確認したいのだが、止められてしまい、身動きが取れなかった。

 しばらくすると、火の勢いは弱まり、辺りに延焼することもなくアスランの体に吸い込まれるように消えていった。
 アスランは意識がない様子で目をつぶったまま、膝をついて地面に倒れ込んだ。
 オズワルドが俺を掴んでいた手が離れたので、急いで駆け寄ってアスランの顔に触れた。

「アスラン……!! 大丈夫か? しっかりしろ!」

 アスランはぐったりとして動かなかったが、息はしていて心臓も動いていた。
 ホッとしたが。それでも怖くて手が震えてしまった。

「私も詳しくないが開花した者は、能力が強いほど体に馴染むのが時間がかかるようだ。怒りで目覚めるような急な開花は体に負担が大きくて、力に飲み込まれたら、意識が戻らない可能性もあると聞いたことがある。すぐに邸に運ぼう。皇宮医を派遣する」

「お願いします!」

 ドアが壊れる前に聞いた、アスランの怒りと悲しみが混じったような声が頭の中に響いていた。
 心配をかけてしまった。
 きっとそのせいだ。

「アスラン……アスラン……」

 オズワルドはすぐに戻ると言って、警備兵を呼びに走って行ってしまった。

 俺を探しに一人で走り回ったのか、アスランの服は乱れて額からたくさんの汗が流れていた。
 俺は震えながら、アスランを抱きしめて名前を呼び続けた。





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