悪役令息はゾウの夢を見る

朝顔

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第四章 ゲームの終わり

8、二つの手紙

 夕刻過ぎ。
 ブラッドフォード邸に到着すると、そこには馬車が一台止まっていた。
 側面に入った紋章から、ロティーナの家の馬車だと気がついた俺は、アスランと一緒に急いで邸の中へ入った。
 昨日のことがあったので、改めて謝りたいと思っていたのだった。


「お帰りなさいませ、お坊ちゃま方、実は……その……」

 玄関まで迎えに出てきた執事は、おろおろして困った様子だった。

「ただいま。ロティーナが来てるの? 応接室? サンルーム?」

「いっ、いえ、シリウス様、実は……」

 上着のボタンを外しながら急いでロティーナに会いに行こうとしていると、執事は焦った様子で近づいてきた。
 何か話でもあるのかと思ったら、執事の後ろの応接室からスッと大きな人影が出てきた。

「久しぶりだな、シリウス。相変わらず、アルフォンスと比べて貧相な顔で背も低いな。まだ、気難しくて癇癪ばかり起こしているのか? 出来の悪い子ほど可愛いと言うが、我が兄までその例に倣うとは、優秀な人だったのにガッカリだよ」

「ルーイズ叔父様……」

 父とよく似た顔だが、父よりももっと体が大きく、たっぷりとした髭に、狡猾そうな目つきの男、ロティーナの父親である叔父のルーイズだった。
 忙しい人なので俺も何度か会ったことしかない。
 久々に見ても、年齢より若々しく日に焼けて健康そうに見えた。
 仕事は貿易商をやっていて、かなりの資産家でもあり、ほとんどこっちにはいないと聞いていた。

 久々の対面で軽く嫌味を言われた気がするのだが、俺はもう悪役らしく振る舞う必要はないので、落ち着いて聞き流すことにした。

「お久しぶりです。お元気そうですね。お仕事の方、かなり成功されていると聞いています。今日こちらへは……父はまだ視察から帰ってきておりませんが……」

「フン、それなりに成長したようだな。コレを見てくれ」

 ツカツカと俺の方へ近寄ってきたルーイズは、メモの切れ端のようなものを俺に渡してきた。

「これは………」

 アスランと一緒に紙を覗き込むとそこには、愛する人と生きていきます。今までお世話になりました。ロティーナと書いてあった。

「えっ……えっ、これは………」

「私は昨日帰宅して、先程その手紙がロティーナの部屋に置かれているのに気がついた。聞けば昨夜は君と出かけていたと言うじゃないか。どういうことなのか、説明してもらおう」

「え………と、それは……」

 まさか昨日の今日でロティーナに何が起きたのか、昨日別れた時の様子を思い出しながらぐるぐると考えたが、全然頭が追いついてこなかった。

「この文面を見ると、駆け落ちしたのでしょう。ロティには好きな男がいたらしいですから」

 アスランが手紙を見ながら冷静に答えてくれた。
 もともと昔からアスランのことをよく思っていない態度だったルーイズは、案の定、アスランをギロっと睨みつけた。

「どこの馬の骨かも分からん者の意見など聞きたくないな、当たり前のことを言いおって、相手は誰だと聞いているんだ! さっさと言え!」

「叔父様……そんな言い方やめてください! 混乱されているのは分かりますけど、アスランは家族の一員です」

「シリウス、お前は貴族の何も分かっていない。このような孤児に財産を奪われるかもしれないのだぞ! 昔は息子がいないからお前を私の跡取りにと思ったこともあるが、兄にそう言わなかったのは正解だ。この間抜けが! ブラッドフォードの名を持つ者として恥ずかしくないのか!」

 昔から嫌な目で見てくる人だとは思っていたが、やはりゴリゴリの貴族思想を持つ男だった。
 ゲームの中では全く触れられることもないモブ中のモブだが、恐ろしい存在感に震えてしまった。

 そこで今まで後ろにいたアスランが、庇うようにスッと俺の前に出てきてくれた。

「孤児でも馬の骨でも、俺はなんと呼んでいただいてもいいです。貴方によく思われたいなどと少しも思いませんから」

「なんだと……!」

「ロティが好きな男を知っていても貴方には話しません。そのような態度でものを尋ねるような人と、話す言葉を持ち合わせていません」

「きっ貴様!!」

 アスランの言葉にカッとなったルーイズは、一瞬殴りかかろうと拳を上げたが、どう考えてもアスランの方が大きくて逞しいので勝てないと分かったのだろう、すぐに拳を下ろして舌打ちをした。

「叔父様、俺も同意見です。ロティーナの居場所については分かりませんので、どうか今日はお帰りください」

 アスランの後ろから俺もルーイズに声をかけた。
 ますますイラついた様子になったルーイズは、再び舌打ちをした後、怒りに染まった顔をしてドカドカと足音を立てながら玄関から出て行った。
 外で御者に早く出せと叫ぶ声がして、間もなくガタガタと馬車が走っていく音が聞こえてきた。



「困ったことになったね」

「……うん」

 ルーイズが消えた玄関を見つめながら、アスランと二人立ち尽くしていた。

「貴族の失踪は騎士団訓練生も捜索に駆り出される。俺も本格的に関わることになったよ……。ん? シリウス……それ……」

 アスランは俺が手に持っている紙を見つけて声をかけてきた。ロティーナが残したという書置きは、ルーイズが持ち帰ったが、俺は手に別の手紙を握っていた。
 ルーイズには、一人の侍女が付いていた。
 その侍女は邸にロティーナが来る時に、いつも付いてきた子だった。

 その侍女がルーイズに見つからないように、去り際にそっと俺の手にこの手紙を握らせていったのだ。
 ルイーズが去ったのを確認して、俺とアスランで手紙を開いてみた。


 ※

 シリウスへ。

 突然こんなことになって、驚かせてしまってごめんなさい。
 昨夜、父が帰ってきて少し話をしたいと思ったのに、父は忙しいと言って帰宅の挨拶すらしてくれなかった。
 思えば私が幼い頃、母が出て行ってしまってから、父は人が変わったように仕事人間になってしまった。
 実は前からもう耐えられないと家を出る計画を立てていたの。
 言っていなかったけど、セインの家を聞いていて、場所は知っているから、これからそこに行って最後の告白をしてくるつもり。
 上手くいかなくても、外国へいってみようと思っているの。
 外国に住む友人は多いし、それなりに蓄えはあるし、いざとなったら働くつもりだから心配しないで。
 アスランと幸せにね。
 落ち着いたらまた連絡します。

 ロティーナ

 ※



「無謀というのか、逞しいというのか……」

 手紙を読み終わったアスランはため息をつきながら頭に手を当てた。
 俺は信じられない事態にこれが本当にロティーナが書いたものなのか、何度も文面を読み直してしまった。
 何度か手紙をもらったことがあるが、斜め上に跳ねる特徴のある筆跡は、確かにロティーナの字によく似ていた。

「この手紙をリカードにも見てもらおう。昨日の帰りにセインの家について話が出たかもしれない。それに、セインがシュネイルの王子だったなら、ロティは何かに巻き込まれてしまうかもしれない。もしそうなったら危険だ」

 本人の意思が固いのかもしれないが、せめて安全かどうかを確認したい。
 帰宅したばかりだが、また外に出るために準備しようとしていたら、今度は馬の蹄の音が聞こえてきた。
 アスランがあーやっぱり来たと言って間もなく、玄関扉が叩かれた。
 アスランがドアを開けると、本人が出てきてちょうどよかったと言いながら入ってきたのは、アスランと同じ訓練生のカノアだった。

「アスラン、訓練生は集合だ。貴族の令嬢が行方不明になったらしくて、これから、町の治安部隊と合流して夜の一斉捜索が行われる」

 かつて金銭を目的とした貴族の誘拐が横行した時代があった。そしてロティーナはこの世界では貴重とされる女性であることから、捜索は大々的に行われることになったようだ。

「シリウス、リカードと話したら、すぐに帰るようにね。こっちは見つからなければ、朝方までかかると思うから」

「分かった。アスランもカノアも気をつけて」

 集合がかかったので、アスランはカノアと共に馬に乗って町へ向かうことになった。
 執事はアスランと厩舎の方へ向かったので、俺はいったん部屋に戻って、荷物を置いてからリカードの家に向かうことにした。

 まだ制服姿なので、上着だけでも変えていこうと鞄をベッドの上に投げたら、蓋が開いてドサドサと中身が飛び出してしまった。

「ああ、もう、こんな時に……」

 全部拾う時間はないので、とりあえず端に寄せておこうとしたら、教科書の間から覗いた封筒に目が止まった。
 そういえば教室で机の中から落ちた封筒を入れてきたなと思い出した。
 教師から配られた記憶がなくて、思い出そうと指で掴んでスッと抜き取ってみた。
 宛名も何も書かれていない封筒で、気になって反対側にしてみたら、右下に小さく花の絵が描かれていた。

「これは薔薇……? 黒いインクだから、まるで黒い薔薇みたいだ……………えっ」

 口にしてから、頭の中の線がピンと張って繋がった。
 黒い薔薇と言って思い出すのは一つしかない。

 あのゲームのタイトルにもなっていて、バッドエンドルートで、主人公アスランの元に届けられる一輪の黒い薔薇だ。
 確か薔薇には添えられたメッセージがあったはずだ。

 これは本物の薔薇ではなく、手紙で薔薇の絵が描かれているという、似ているけど違うようなもので頭の中はどんどん混乱していく。

 嫌な予感がして、ごくりと唾を飲み込んでから恐る恐る封筒を開けた。
 中にはカードが入っていた。
 そこにはやはり黒い薔薇の絵が描かれていて、裏を返して見ると、貴方をお迎えにあがりますとメッセージが書かれていた。

「う……うそ、なっなんで……どうしてこれが……俺に……」

 手が震えてしまい、カードは指からスルリと抜け落ちひらひらと舞って床の上に落ちた。

 ゾクっと寒気がしてハッと後ろを振り返ったが、誰もいなかった。

 小さく息を吐いてから、カードを拾い上げた俺はカードをポケットにいれた。
 ロティーナの家出という迫った状況に、立ち止まっていられない。

 とにかく今は自分のことは後回しにして、リカードの家に急いで向かうことにした。








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