悪役令息はゾウの夢を見る

朝顔

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最終章 儚き薔薇は……

9、希望の光

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「勝手なことを決めるな! 俺は王になんてなりたくない!」

 混沌とした空気が漂っていた広場に、アスランの力強い声が響き渡った。
 いっせいに視線が集中したが、アスランは少しも怯まずにエルシオンの元まで走って行った。

「オースティン、お前……来ていたのか……」

「シモンだか、エルシオンだか知らないが、こっちは初対面なんだ。勝手にお前の願望を押し付けるなよ! ここまでやったなら、最後まで責任持ってお前が王になれ!」

 アスランの真っ直ぐな声を受けて、エルシオンは目を開いて驚いていた。
 エルシオンがこの儀式に参加したのは、もちろん王になるためだと思うが、それには剣を抜かなくてはいけない。
 アスランにそう言われたとしても、ブルシルのあれほど強そうな力でも抜けなかったものが、エルシオンにできるとは思えなかった。
 それこそ、よほど強い力を持つ命運者と力を合わせることでもなければ……。

「だが、オースティン……」

「俺がお前の命運者になる。助けてやるから、早く剣を抜けよ」

 オースティンという名を聞いた見届け人達がザワザワと騒ぎ出した。
 聞こえてきた声から察するに、第六王子は死んでいたことになっていたのだろう。
 嘘だ、本当なのかと次々と声が上がっていた。

 そんな騒ぎなど聞こえていないかのように、エルシオンとアスランの間には沈黙が流れていた。
 少し間を置いてから、エルシオンがフッと小さく微笑んだ。

「最初は……そのつもりだった。母からも、オースティンを命運者にと言われていたからな。先ほどのブルシルのようなまがい物の力では、どんなに強くとも剣を抜くことはできない。歴史上、王子二人が力を合わせた例はなく、おそらく真の聖力が合わされば、聖剣を抜ける可能性は高い」

「だったら………」

「しかし、それでは強い力の反動が命運者に集中して、お前は暴走して自分の力に喰われて命を失うだろう」

「…………」

「母と俺は違う。俺は……オースティンに生きていて欲しい。陰ながらお前の成長を見てきた。愛する者のために必死で鍛えて、逞しく育ったお前を見たら、その火を消すことはできないと思った。だから、こそ、ここはお前が来てはいけない」

「だが! それでは……儀式は……」

「参加すると宣言したら、どうなったとしても、しなくてはいけない。大丈夫だ、一人でもやってみせる」

 アスランの怒気をはらんだ勢いが萎んでいくのが分かった。
 大丈夫と言いながら、エルシオンの肩には悲壮感が漂っていた。
 もうどうしようもなく、エルシオンは危険な賭けに出るしかないと思われた時、俺はハッと気がついた。

 エルシオンは俺を命運者にするつもりだったはずだ。
 今さら声をかけにくいのだが、アスランの後ろからそっと顔を出した。

「あのー……、ところで、どうして俺は連れてこられたのでしょうか?」

 今までアスランの大きな背中に隠れていて、エルシオンの様子がよく分からなかった。
 それは向こうも同じだったようで、エルシオンは俺を見てお化けでも見ているかのような大口を開けて驚いた。

「シリウス!? 逃げたのでは……!?」

「え!? あ、ああ……セインスさん、ハッキリ言わなかったのかな。逃げたわけではなく、話を聞こうかなと思っていて、隠れて……タイミングを失って……その……」

 先ほどまでテンション低く、力がなかったエルシオンが、急に油が注がれたみたいに勢いを取り戻した。
 天を仰いだ後、ガッツポーズのように手をグーにして力を込めていた。

「シリウスを呼んだのは、確かではないが、可能性があると思ったからだ。この世界の人間にはない、異質で、眩しい存在。シリウスと挑んだのなら、限界を超えても、壊れることはないと……」

 エルシオンの言葉が理解できなくて多くの者が首を捻っていた。
 その中で一人、アスランだけが理解しているように静かに目を伏せていた。
 能力者だけが分かる何かがあるのだろうか。
 当事者の俺が一番理解不能で、キョロキョロと周りを見渡して、もっと説明してくれないかと次の言葉を待つしかなかった。








「聖力を極める時に会得できる精神系の力に、真実の目というものがある。物事の本質を見抜く力だが、俺はそこに多くの力を注いだ。人の考え、特に悪意が見えるようになった。この力を利用して帝国でのし上がった。特に皇帝は毎晩のように俺を呼んで、側近に裏切り者がいないか報告させたよ。権力者とは孤独なものだ。誰かに悪意を向けられていないか、常に病的なくらい気にしていた。そんな日々の中で、ふと入ったあるカフェで一人の男に出会った」

 しんと静まり返った広場で、エルシオンは静かに語り始めた。
 アスランのように一つに振り切ることはなかったと思うが、王を目指すエルシオンが、見る力に重きを置いたのは理解できた。

「一見すると地味な青年に見えたが、真の姿を見る力、その目で見るとその青年は光って……、ただ純粋な美しい光に見えた。心が軽くなって、今まで蓄積していた淀んだモノがスッと消えていくのが分かった。その青年がシリウス、お前だ」

 話の流れが自分に向かっているのは分かっていたが、名前を呼ばれるとビクッと揺れて反応してしまった。
 この世界とは異質な存在。
 それはそうだろう。
 俺には前世があり、この世界が何であるか知っているからだ。


「聖力とは本来神が持つ力だ。聖力を使えば使うほど、人間が持つ我欲と混ざって淀みとなってしまう。その淀みはやがて体を蝕む毒となり、使用者の命をじわじわと奪っていく。シリウスはそんな淀みを消してくれる光だ。シリウスと一緒にいるだけで、浄化された気持ちになる。体に染みついた淀みかシリウスの内側から放たれている光で消えていく、これは聖力による癒しとは全く性質の異なるもので、神の力に近い。だから、シリウスは特別な存在なんだ。それは、オースティン、お前も見えずとも感じていただろう?」

 エルシオンから視線を送られたアスランは静かに頷いた後、横に並ぶ俺の手を握った。

「……シリウスから感じる温かさに、何度救われたか分からない」

「あの、ということは、俺が命運者になって、エルシオンの助けになれば、剣を抜けるってこと?」

「そうだ。確実とは言えないが……、今までの挑戦者は全員自我を失って暴走してしまった。だが、シリウスがいれば……」

「分かりました。俺が命運者になります」

「シリウス!!」

 脳裏に今までこの世界で生きてきた日々が思い浮かんできた。様々な出会いがあって、たくさんの仲間に恵まれて、温かく幸せな日々だった。

 ゾウの神様は自分で道を選べと言っていた。
 曖昧なことばかりで、ハッキリしない神様だと思っていたが、それは俺が自分の意思で選ぶように導いてくれていたのではないかと思った。

 今、ここからアスランと逃げるという選択肢もある。
 だけど、自分の力で誰かを助けることができるかもしれない。
 その目の前に立ったら、動かずにはいられない。
 ここはアスランが生まれた国、アスランの母も幸せを願っていたに違いない。
 アスランとの未来のために、今動かなければ、ずっと逃げ続けることになる。
 過去に背を向けず、真っ向から向き合うために……

 恐いけど、自分の内側から力が湧いてくるような気がする。
 ほんの少しの自信だけど、それだけでも歩き出すには充分だ。

「アスラン。ここで見守っていて」

「だめ……だめだよ! もし、上手くいかなかったら? エルシオンが暴走したら? シリウスが……シリウスが……」

「エルシオンや、アスランが感じてくれたものを信じたい。大丈夫、二人で生きていくって決めただろう。帰ってくるから」

「シリウス……」

「全て終わらせて、一緒に家に帰ろう」

 アスランの横に、セインスとロティーナが並んだ。
 三人に笑いかけて繋いでいた手を離し、くるりと背を向けた。

 俺の覚悟を決めた顔を見たエルシオンは、頷いた後、近くに来るように手招きした。

「シリウス、いざとなれば俺の胸を押してくれ。自分の心臓を止める術をかけてある。そうすれば、完全に暴走する前に全てを俺が受けて、シリウスにまで及ぶことはない」

「……分かりました。でも、そうならないように、なんとか抜いてください」

 そんな時は来ないで欲しい。
 ゾウの神様がこの世界を選んでくれた。
 そして俺がここに立っているのも、きっと何か大きな意味があるはずだ。

 聖剣は変わらず輝きを放って、荘厳な姿を見せつけるように地面深くに刺さっていた。
 エルシオンに続いて聖剣の近くに来た俺は、その大きさと迫力、そして研ぎ澄まされた美しさに息を呑んだ。

「俺が剣に触れて力を込めたら背中に触れてくれ、そのままどんどん力を強めていくから、そのままで動かないで欲しい。大丈夫か?」

「はい、いつでも大丈夫です」

 エルシオンが聖剣に向き合って柄に手をかけた。
 俺はその背中を見ながら、心臓がバクバクと鳴り出したのを感じていた。
 落ち着け、その時を待つんだと、自分に言い聞かせながら、息を深く吸い込んだ。







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