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第一章

③熟れた果実を食べないで

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 アレンスデーン王国の夏は長い、一年のほとんどが夏だ。と言っても、猛烈に暑いわけではなく、爽やかな暖かさが続く。

 この年、ユージーン・ロロルコットは、14の歳を迎えた。
 一般的な貴族の子供は、男子は15、女子は社交界デビューに合わせて16で大国サファイアの王立学園に入る。

 アレンスデーン王国の男子貴族は、12歳から自国の王立学園に初等部として入る。

(あと一年でサファイア王国の学園に行くのか・・・)

 ユージーンの父親、ロロルコット伯爵は、実の父親ではない。
 本当の父親はユージーンが生まれてすぐ亡くなったので、顔もわからない。
 7歳の時に母が再婚し、ロロルコット家の子息となった。

 母の生家で暮らしていたが、出戻り親子というのは片身が狭かった。
 腫れ物にさわるように扱われたり、邪魔者にされたり。
 正直、良い思い出はない。

 ロロルコット家に来たときも、初めは何もかも恐ろしくて仕方がなかった。
 ユージーンの外見は、母によく似ている。おっとりしているが、意外としっかり者の母ファニール。歳を取る毎に、ユージーンも母によく似た性格になっていった。

 それは、なんというか、ある人物のおかげで、しっかりしなければいけなかったというか・・・。


「悪いな、突然押し掛ける事になってしまって」

 その人は申し訳なさそうな目をして、こちらを見た。

「そんな!滅相もないです。お困りとあれば、うちの屋敷の一つや二つ、好きに使ってください!父も同じ考えです」

 ユージーンがそう言うと、その人は薄い唇で微笑んだ。

(うわっ、同性から見ても、羨ましいくらいカッコいい・・・)

 艶のあるサラサラとした黒髪、髪と同じ切れ長の黒い瞳には強さを感じる。整った顔にスラリと長い手足。夜会に出たら毎回人だかりで、ダンスのお相手だけで、朝になりそうだと揶揄されるくらい、完璧な美青年だ。

 その人は、我が国の王太子殿下、フェルナンド・アレンスデーン。
 社交の場ではご挨拶のみで、ほとんど話すこともなく、むしろ緊張して何を話したか記憶にない。

 ユージーンより、2つ上の殿下は、すでにサファイア王立学園の生徒だ。

「あああの!がっ学園の方は、今は夏期休暇になるのですか!?」

「あぁ。ちょうど休みに入ってね。こちらに戻ってきたところだよ。君は入学はまだ先かな?」

「はい!来年入学の予定です」

「そうか、色々な人間がいるからね。よく学ぶといいよ」

「はい、恐れ入ります」

 馬車の中で、フェルナンド殿下と二人きり。緊張しないわけがない。なんとか気のきいた話題はないかと頭をフル回転で稼働させていた。

 なぜこんなことになったのかと言えば、ロロルコットの屋敷への帰宅途中、ぬかるみに車輪をとられて、動けなくなっている馬車があった事に端を発する。
 見ると伯爵家より格式が高い馬車だったので、慌てて降りて声をかけた。

 中にはなんと、王太子殿下がいて、あぁ君はロロルコット伯爵のご子息だね、なんて恐れ多くも覚えていてくださった。

 ぬかるみにハマった車軸は折れてしまい、この場での修復は不可能。
 従者が代わりの馬車を呼びに王都へ向かったそうだ。
 王都への行き帰りでは距離がある。
 従者が夜通し馬車を走らせても、到着は明日になるだろう。

 となると、殿下は馬車の中で夜を明かす・・・、なんて事は絶対出来ないので、屋敷でお泊まりいただくようにお話をした。

 残った馬車には従者を待機させ、殿下だけ、こちらに移っていただいたのだ。

 すでに早馬を走らせて、最高級来賓の対応が出来るように手配済みだ。

「そういえば、君には兄弟がいたね」

「あ・・・はい、姉が一人おります」

「ロロルコット伯爵の話では、ずいぶん病弱だとか。突然押し掛けて迷惑にはならないかな」

「いえいえ!そんな!全然大丈夫です。元気でピンピ・・・あっ、いや、最近は体調が良いので・・・問題ありません」

「そうか、それならよいが」

 姉・・・、ユージーンの姉、リリアンヌ。彼がしっかりした大人への成長を加速しなければいけなかった元凶はリリアンヌと言っても過言ではないだろう。

(大人の前では上手く猫被るからなー。上手いことやって社交の場へは結局ほとんど顔を出すこともなかったし。確かに、一見何事もそつなくこなし、完璧な淑女に見せているけど、その実態は・・・、とてもじゃないけど、人に見せられない)

 ユージーンの一つ上で15になる。来年は幸か不幸か同じタイミングで王立学園へ進学する予定だ。

 弟目線でも見た目は超極上だ。金色の長い髪はシルクのように輝いているし、少し垂れた目は、透き通った美しいすみれ色。ぷっくりと柔らかそうな唇はバラの花のよう。
 おまけに成長するにつれて、体つきはますます女らしくなり、匂いたつような色気、いや、もうむせるような色気が漂ってくる。

 一度学友を何人か連れて帰ったとき、姉と一緒にお茶を飲んだだけで、友人達はいっせいにお腹をこわしたと言ってトイレに駆け込んでいった。

 ある友人には、一度お姉さまにお願いできないか?分かるだろと言われ、即効で縁を切り、それ以来友人を招いてはいない。

 当の本人は、あら可愛かったのにーなんて言って、のんきに笑っていて全く危機感なし。

 15歳で男の酸いも甘いも知り尽くしたみたいな風貌だが、それでひきこもりで、男に興味なしだから、詐欺と言われても仕方がない。

 お父様も姉には甘く、母様は遠慮して強く言えないし、今のところ、姉は自分の好きなように生きている。

 しかし、社交界デビューをしたら、そうはいかない。覚悟はしているらしいが、一度痛い目にあえばいい。

 いや、やっぱり心配なので、どうにかして守らないといけないという考えもある。
 弟としては、非常に扱いが難しい姉なのだ。

 何も起こりませんように。
 無事に万事上手くいきますように。

 ユージーンは見えてきた自宅の屋敷を見ながらそう願うのだった。


 □□□


「大変ですーーー!!!お嬢様ーーー!!」

 メイドのアニーが叫びながら転がるように飛び込んで来たとき、リリアンヌは大好きなお菓子のガレットを放り込もうと、大口を開けていた。

「なーんでーすかお嬢様、そのお姿はーーー」

 もはや重低音ボイスのアニー。気のせいか背中に黒い炎を背負っているように見えた。

「ちょっと、東来の古武術の練習していたら、汗かいちゃってー」

 自分の部屋だから良いかと思って、ドレスの下に着る薄いワンピース、まぁ下着なんだけど、それ一枚でお菓子をパクついていた。

「今すぐ湯あみをしますよ!!」

「え?まだ午後のレッスンがあるのに」

「それが、早馬が来たのです。馬車に難があったとかで、王太子殿下が一晩こちらに泊まるそうですよ」

「あらぁ、そうなの」

「そうなのじゃありません!!ロロルコット家の令嬢として恥ずかしくないように勤めなければいけません!」

 バタバタとお湯が入った桶が用意され、ごしごしと体を洗われる。
 髪には香油が塗られ、これでもかととかされる。

「ドレスはあまりラインが出るのはやめてよ」

 15歳になったリリアンヌは、もうすでに熟れた大人の体つきになっており、これが悩みのたねだった。

 ゲーム内のリリアンヌは、豊満な胸をほぼ露出させて、胸の先端だけが紐で隠された、破廉恥きまわりない真っ赤で体にピッタリ貼り付いたようなドレスを着ていた。

 絶対そんなエロゲーみたいなドレス着たくない!
 最近のお気に入りは、ダボッとしたオーバーサイズのドレス。フリルやらレースやらで胸元は首までバッチリ隠している。
 淡いピンクや白のドレスだ。
 どう見ても似合わないが、毒々しい感はゼロなので、そちらを優先した。
 兎に角、露出少な目でこだわっているのだ。

 しかし、周りには大変評判が悪く、アニーもそれらを封印しようとする。

「申し訳ないですが、今日はだめです。旦那様にも仰せつかっておりますので」

 そう言うとアニーは、薄い紫のドレスを用意した。胸元は広がりすぎず、腰の位置からはふわっと広がっている。過度な装飾はなく、シンプル落ち着いたデザインだった。
 いざ着てみると、リリアンヌの肌になじみ、透明感が出ているように見えた。
 胸元はあまり開いていないので、窮屈そうな胸がちょっと背徳感。このくらいはいいだろう。

「お嬢様、よくお似合いですよ」

「ありがとう、アニー」

 フェルナンド殿下は、どうやらウチの馬車にユージーンと乗り合わせているらしい。

(ったく、アイツ、学園に入って静かだと思ったら本当余計な者を連れてくるんだから・・・)


 ¨そんな身体して、遊んでいるだろーー¨


(うえっ!嫌な記憶を思い出したじゃないか)

 お父様とユージーンの主催で、断りきれずに参加したチャリティーパーティーで、リリアンヌは数人の男に暗がりへ引き込まれた。

 ¨男を狂わせる身体じゃねーか¨

 招待客だからと、なんとか説得してその場を逃れようとしたが、ついに男たちの手が胸やらお尻を触り出して、嫌悪感がMAXになり、プッチン。気が付いたら全員地面にのびていた。
 身につけた、護身術が役に立ったらしい。

 ロリコンじじぃの貴族達からは、幼い頃から目をつけられ求婚が絶えなかったし、成長すればしたで、むき出しの欲望のターゲットにされる。

 リリアンヌの人生、しんどい・・・。

(まぁ、さすがに王太子殿下が下劣な事はしないだろうから、お父様の顔を立てて、大人しく丁寧に対応しよう)

 玄関から、敷地内に来客が入った知らせのベルが鳴り、家のもの達はいっせいに外に出て、横並びに整列した。

 やがて、到着した馬車から、美しい黒髪の青年が降りてきた。
 整った顔にキリッとして、印象的な目元、きゅと結んだ薄い唇は口角が上がって微笑を浮かべているようだ。

(フェルナンドは黒髪王子かー!どうりで蘭の興味が薄いはずだ。蘭は所謂、シンデレラの王子様みたいな、金髪碧眼が大好物。しかもアルフレッド王子は俺様属性らしく、ここも蘭の好み。後はシルバーとか赤毛とかで、黒髪って日本人みたいだからつまんないんだよねーと言っていた)

 ロロルコット伯爵が先頭に立ち、歓迎の挨拶をする。続いて妻の紹介があり、リリアンヌも紹介された。
 社交界デビュー前の令嬢は、王太子から話しかけられなければ、声を出すのはマナー違反。静かにドレスを持ち腰を下げて礼をする、淑女の挨拶をする。

 その後は、屋敷に入り部屋までご案内をする。
 屋敷の案内は、その家の令嬢の役目だ。
 王太子殿下には屋敷の一番眺めの良い大きな部屋が用意されていた。

「案内ありがとう。さすがロロルコット伯爵。天井や壁はメデルの花がセンスよくデザインされていて、心地好い気持ちになれる部屋だね」

「お褒めいただき光栄でございます。お疲れでございましょう。どうぞゆっくりとおくつろぎくださいませ。ささやかですが、晩餐を用意しております。ぜひご出席頂けたらと存じますがいかがでしょうか」

「あぁ、ぜひに」

「かしこまりました」

 ドレスの端を持ち上げ、さっさと退室しようとすると、殿下が呼び止めてきた。

「リリアンヌは私とは初めてだよね」

 殿下の美形の顔に、作り物みたいな笑顔が貼り付いている。

 こういう顔は、透哉時代にたくさん見てきた。顔は笑っているけど、大して興味のない顔だ。
 なにせ、化かし合いの巣窟にいるボスみたいなキャラだ。
 さっさと話を終わらせて欲しい。

「はい。社交の場へはあまり参加したことがないので・・・」

「病弱と聞いていたが、体調は大丈夫なのかい?」

「はい。お陰さまで、最近は体力もついて元気に過ごしております」

「そうか。それは良いことを聞いた」

「は?え?なんでございましょう」

「今度王宮で開かれるパーティーに出てくれないか。私の個人的なものだから、デビュー前の令嬢でも参加できる」

「・・・」

「今日のお礼も兼ねてだか、貴方のような美しい令嬢が来てくれると、私の友人達も喜ぶと思うんだ」

「・・・ありがとうございます。ぜひ参加させてください。とても嬉しいです」

「では、招待状が届くように手配しておくよ」

 リリアンヌは、丁寧に礼して、呼び止められないように、そそくさと部屋を出た。

(王太子殿下にパーティーに誘われちゃった・・・キャハ!うれぴー)

(・・・って!なるわけねーだろ!!)

 リリアンヌは自室に入ると地団駄を踏んで悔しがった。

 王太子殿下に誘われて、断れる貴族など存在しない。
 お礼とか言って、男受けしそうな子だからパーティーの盛り上げ役として呼びたいだけだろ!
 見え見えなんだよねー。

(セクシー系コンパニオンじゃねーんだよ!全力でお断りしたい)

 リリアンヌは豊かに育ち過ぎている胸を苦々しい気持ちで見つめながら、濃いため息をついたのだった。




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