3 / 44
第一章
③熟れた果実を食べないで
しおりを挟む
アレンスデーン王国の夏は長い、一年のほとんどが夏だ。と言っても、猛烈に暑いわけではなく、爽やかな暖かさが続く。
この年、ユージーン・ロロルコットは、14の歳を迎えた。
一般的な貴族の子供は、男子は15、女子は社交界デビューに合わせて16で大国サファイアの王立学園に入る。
アレンスデーン王国の男子貴族は、12歳から自国の王立学園に初等部として入る。
(あと一年でサファイア王国の学園に行くのか・・・)
ユージーンの父親、ロロルコット伯爵は、実の父親ではない。
本当の父親はユージーンが生まれてすぐ亡くなったので、顔もわからない。
7歳の時に母が再婚し、ロロルコット家の子息となった。
母の生家で暮らしていたが、出戻り親子というのは片身が狭かった。
腫れ物にさわるように扱われたり、邪魔者にされたり。
正直、良い思い出はない。
ロロルコット家に来たときも、初めは何もかも恐ろしくて仕方がなかった。
ユージーンの外見は、母によく似ている。おっとりしているが、意外としっかり者の母ファニール。歳を取る毎に、ユージーンも母によく似た性格になっていった。
それは、なんというか、ある人物のおかげで、しっかりしなければいけなかったというか・・・。
「悪いな、突然押し掛ける事になってしまって」
その人は申し訳なさそうな目をして、こちらを見た。
「そんな!滅相もないです。お困りとあれば、うちの屋敷の一つや二つ、好きに使ってください!父も同じ考えです」
ユージーンがそう言うと、その人は薄い唇で微笑んだ。
(うわっ、同性から見ても、羨ましいくらいカッコいい・・・)
艶のあるサラサラとした黒髪、髪と同じ切れ長の黒い瞳には強さを感じる。整った顔にスラリと長い手足。夜会に出たら毎回人だかりで、ダンスのお相手だけで、朝になりそうだと揶揄されるくらい、完璧な美青年だ。
その人は、我が国の王太子殿下、フェルナンド・アレンスデーン。
社交の場ではご挨拶のみで、ほとんど話すこともなく、むしろ緊張して何を話したか記憶にない。
ユージーンより、2つ上の殿下は、すでにサファイア王立学園の生徒だ。
「あああの!がっ学園の方は、今は夏期休暇になるのですか!?」
「あぁ。ちょうど休みに入ってね。こちらに戻ってきたところだよ。君は入学はまだ先かな?」
「はい!来年入学の予定です」
「そうか、色々な人間がいるからね。よく学ぶといいよ」
「はい、恐れ入ります」
馬車の中で、フェルナンド殿下と二人きり。緊張しないわけがない。なんとか気のきいた話題はないかと頭をフル回転で稼働させていた。
なぜこんなことになったのかと言えば、ロロルコットの屋敷への帰宅途中、ぬかるみに車輪をとられて、動けなくなっている馬車があった事に端を発する。
見ると伯爵家より格式が高い馬車だったので、慌てて降りて声をかけた。
中にはなんと、王太子殿下がいて、あぁ君はロロルコット伯爵のご子息だね、なんて恐れ多くも覚えていてくださった。
ぬかるみにハマった車軸は折れてしまい、この場での修復は不可能。
従者が代わりの馬車を呼びに王都へ向かったそうだ。
王都への行き帰りでは距離がある。
従者が夜通し馬車を走らせても、到着は明日になるだろう。
となると、殿下は馬車の中で夜を明かす・・・、なんて事は絶対出来ないので、屋敷でお泊まりいただくようにお話をした。
残った馬車には従者を待機させ、殿下だけ、こちらに移っていただいたのだ。
すでに早馬を走らせて、最高級来賓の対応が出来るように手配済みだ。
「そういえば、君には兄弟がいたね」
「あ・・・はい、姉が一人おります」
「ロロルコット伯爵の話では、ずいぶん病弱だとか。突然押し掛けて迷惑にはならないかな」
「いえいえ!そんな!全然大丈夫です。元気でピンピ・・・あっ、いや、最近は体調が良いので・・・問題ありません」
「そうか、それならよいが」
姉・・・、ユージーンの姉、リリアンヌ。彼がしっかりした大人への成長を加速しなければいけなかった元凶はリリアンヌと言っても過言ではないだろう。
(大人の前では上手く猫被るからなー。上手いことやって社交の場へは結局ほとんど顔を出すこともなかったし。確かに、一見何事もそつなくこなし、完璧な淑女に見せているけど、その実態は・・・、とてもじゃないけど、人に見せられない)
ユージーンの一つ上で15になる。来年は幸か不幸か同じタイミングで王立学園へ進学する予定だ。
弟目線でも見た目は超極上だ。金色の長い髪はシルクのように輝いているし、少し垂れた目は、透き通った美しいすみれ色。ぷっくりと柔らかそうな唇はバラの花のよう。
おまけに成長するにつれて、体つきはますます女らしくなり、匂いたつような色気、いや、もうむせるような色気が漂ってくる。
一度学友を何人か連れて帰ったとき、姉と一緒にお茶を飲んだだけで、友人達はいっせいにお腹をこわしたと言ってトイレに駆け込んでいった。
ある友人には、一度お姉さまにお願いできないか?分かるだろと言われ、即効で縁を切り、それ以来友人を招いてはいない。
当の本人は、あら可愛かったのにーなんて言って、のんきに笑っていて全く危機感なし。
15歳で男の酸いも甘いも知り尽くしたみたいな風貌だが、それでひきこもりで、男に興味なしだから、詐欺と言われても仕方がない。
お父様も姉には甘く、母様は遠慮して強く言えないし、今のところ、姉は自分の好きなように生きている。
しかし、社交界デビューをしたら、そうはいかない。覚悟はしているらしいが、一度痛い目にあえばいい。
いや、やっぱり心配なので、どうにかして守らないといけないという考えもある。
弟としては、非常に扱いが難しい姉なのだ。
何も起こりませんように。
無事に万事上手くいきますように。
ユージーンは見えてきた自宅の屋敷を見ながらそう願うのだった。
□□□
「大変ですーーー!!!お嬢様ーーー!!」
メイドのアニーが叫びながら転がるように飛び込んで来たとき、リリアンヌは大好きなお菓子のガレットを放り込もうと、大口を開けていた。
「なーんでーすかお嬢様、そのお姿はーーー」
もはや重低音ボイスのアニー。気のせいか背中に黒い炎を背負っているように見えた。
「ちょっと、東来の古武術の練習していたら、汗かいちゃってー」
自分の部屋だから良いかと思って、ドレスの下に着る薄いワンピース、まぁ下着なんだけど、それ一枚でお菓子をパクついていた。
「今すぐ湯あみをしますよ!!」
「え?まだ午後のレッスンがあるのに」
「それが、早馬が来たのです。馬車に難があったとかで、王太子殿下が一晩こちらに泊まるそうですよ」
「あらぁ、そうなの」
「そうなのじゃありません!!ロロルコット家の令嬢として恥ずかしくないように勤めなければいけません!」
バタバタとお湯が入った桶が用意され、ごしごしと体を洗われる。
髪には香油が塗られ、これでもかととかされる。
「ドレスはあまりラインが出るのはやめてよ」
15歳になったリリアンヌは、もうすでに熟れた大人の体つきになっており、これが悩みのたねだった。
ゲーム内のリリアンヌは、豊満な胸をほぼ露出させて、胸の先端だけが紐で隠された、破廉恥きまわりない真っ赤で体にピッタリ貼り付いたようなドレスを着ていた。
絶対そんなエロゲーみたいなドレス着たくない!
最近のお気に入りは、ダボッとしたオーバーサイズのドレス。フリルやらレースやらで胸元は首までバッチリ隠している。
淡いピンクや白のドレスだ。
どう見ても似合わないが、毒々しい感はゼロなので、そちらを優先した。
兎に角、露出少な目でこだわっているのだ。
しかし、周りには大変評判が悪く、アニーもそれらを封印しようとする。
「申し訳ないですが、今日はだめです。旦那様にも仰せつかっておりますので」
そう言うとアニーは、薄い紫のドレスを用意した。胸元は広がりすぎず、腰の位置からはふわっと広がっている。過度な装飾はなく、シンプル落ち着いたデザインだった。
いざ着てみると、リリアンヌの肌になじみ、透明感が出ているように見えた。
胸元はあまり開いていないので、窮屈そうな胸がちょっと背徳感。このくらいはいいだろう。
「お嬢様、よくお似合いですよ」
「ありがとう、アニー」
フェルナンド殿下は、どうやらウチの馬車にユージーンと乗り合わせているらしい。
(ったく、アイツ、学園に入って静かだと思ったら本当余計な者を連れてくるんだから・・・)
¨そんな身体して、遊んでいるだろーー¨
(うえっ!嫌な記憶を思い出したじゃないか)
お父様とユージーンの主催で、断りきれずに参加したチャリティーパーティーで、リリアンヌは数人の男に暗がりへ引き込まれた。
¨男を狂わせる身体じゃねーか¨
招待客だからと、なんとか説得してその場を逃れようとしたが、ついに男たちの手が胸やらお尻を触り出して、嫌悪感がMAXになり、プッチン。気が付いたら全員地面にのびていた。
身につけた、護身術が役に立ったらしい。
ロリコンじじぃの貴族達からは、幼い頃から目をつけられ求婚が絶えなかったし、成長すればしたで、むき出しの欲望のターゲットにされる。
リリアンヌの人生、しんどい・・・。
(まぁ、さすがに王太子殿下が下劣な事はしないだろうから、お父様の顔を立てて、大人しく丁寧に対応しよう)
玄関から、敷地内に来客が入った知らせのベルが鳴り、家のもの達はいっせいに外に出て、横並びに整列した。
やがて、到着した馬車から、美しい黒髪の青年が降りてきた。
整った顔にキリッとして、印象的な目元、きゅと結んだ薄い唇は口角が上がって微笑を浮かべているようだ。
(フェルナンドは黒髪王子かー!どうりで蘭の興味が薄いはずだ。蘭は所謂、シンデレラの王子様みたいな、金髪碧眼が大好物。しかもアルフレッド王子は俺様属性らしく、ここも蘭の好み。後はシルバーとか赤毛とかで、黒髪って日本人みたいだからつまんないんだよねーと言っていた)
ロロルコット伯爵が先頭に立ち、歓迎の挨拶をする。続いて妻の紹介があり、リリアンヌも紹介された。
社交界デビュー前の令嬢は、王太子から話しかけられなければ、声を出すのはマナー違反。静かにドレスを持ち腰を下げて礼をする、淑女の挨拶をする。
その後は、屋敷に入り部屋までご案内をする。
屋敷の案内は、その家の令嬢の役目だ。
王太子殿下には屋敷の一番眺めの良い大きな部屋が用意されていた。
「案内ありがとう。さすがロロルコット伯爵。天井や壁はメデルの花がセンスよくデザインされていて、心地好い気持ちになれる部屋だね」
「お褒めいただき光栄でございます。お疲れでございましょう。どうぞゆっくりとおくつろぎくださいませ。ささやかですが、晩餐を用意しております。ぜひご出席頂けたらと存じますがいかがでしょうか」
「あぁ、ぜひに」
「かしこまりました」
ドレスの端を持ち上げ、さっさと退室しようとすると、殿下が呼び止めてきた。
「リリアンヌは私とは初めてだよね」
殿下の美形の顔に、作り物みたいな笑顔が貼り付いている。
こういう顔は、透哉時代にたくさん見てきた。顔は笑っているけど、大して興味のない顔だ。
なにせ、化かし合いの巣窟にいるボスみたいなキャラだ。
さっさと話を終わらせて欲しい。
「はい。社交の場へはあまり参加したことがないので・・・」
「病弱と聞いていたが、体調は大丈夫なのかい?」
「はい。お陰さまで、最近は体力もついて元気に過ごしております」
「そうか。それは良いことを聞いた」
「は?え?なんでございましょう」
「今度王宮で開かれるパーティーに出てくれないか。私の個人的なものだから、デビュー前の令嬢でも参加できる」
「・・・」
「今日のお礼も兼ねてだか、貴方のような美しい令嬢が来てくれると、私の友人達も喜ぶと思うんだ」
「・・・ありがとうございます。ぜひ参加させてください。とても嬉しいです」
「では、招待状が届くように手配しておくよ」
リリアンヌは、丁寧に礼して、呼び止められないように、そそくさと部屋を出た。
(王太子殿下にパーティーに誘われちゃった・・・キャハ!うれぴー)
(・・・って!なるわけねーだろ!!)
リリアンヌは自室に入ると地団駄を踏んで悔しがった。
王太子殿下に誘われて、断れる貴族など存在しない。
お礼とか言って、男受けしそうな子だからパーティーの盛り上げ役として呼びたいだけだろ!
見え見えなんだよねー。
(セクシー系コンパニオンじゃねーんだよ!全力でお断りしたい)
リリアンヌは豊かに育ち過ぎている胸を苦々しい気持ちで見つめながら、濃いため息をついたのだった。
□□□
この年、ユージーン・ロロルコットは、14の歳を迎えた。
一般的な貴族の子供は、男子は15、女子は社交界デビューに合わせて16で大国サファイアの王立学園に入る。
アレンスデーン王国の男子貴族は、12歳から自国の王立学園に初等部として入る。
(あと一年でサファイア王国の学園に行くのか・・・)
ユージーンの父親、ロロルコット伯爵は、実の父親ではない。
本当の父親はユージーンが生まれてすぐ亡くなったので、顔もわからない。
7歳の時に母が再婚し、ロロルコット家の子息となった。
母の生家で暮らしていたが、出戻り親子というのは片身が狭かった。
腫れ物にさわるように扱われたり、邪魔者にされたり。
正直、良い思い出はない。
ロロルコット家に来たときも、初めは何もかも恐ろしくて仕方がなかった。
ユージーンの外見は、母によく似ている。おっとりしているが、意外としっかり者の母ファニール。歳を取る毎に、ユージーンも母によく似た性格になっていった。
それは、なんというか、ある人物のおかげで、しっかりしなければいけなかったというか・・・。
「悪いな、突然押し掛ける事になってしまって」
その人は申し訳なさそうな目をして、こちらを見た。
「そんな!滅相もないです。お困りとあれば、うちの屋敷の一つや二つ、好きに使ってください!父も同じ考えです」
ユージーンがそう言うと、その人は薄い唇で微笑んだ。
(うわっ、同性から見ても、羨ましいくらいカッコいい・・・)
艶のあるサラサラとした黒髪、髪と同じ切れ長の黒い瞳には強さを感じる。整った顔にスラリと長い手足。夜会に出たら毎回人だかりで、ダンスのお相手だけで、朝になりそうだと揶揄されるくらい、完璧な美青年だ。
その人は、我が国の王太子殿下、フェルナンド・アレンスデーン。
社交の場ではご挨拶のみで、ほとんど話すこともなく、むしろ緊張して何を話したか記憶にない。
ユージーンより、2つ上の殿下は、すでにサファイア王立学園の生徒だ。
「あああの!がっ学園の方は、今は夏期休暇になるのですか!?」
「あぁ。ちょうど休みに入ってね。こちらに戻ってきたところだよ。君は入学はまだ先かな?」
「はい!来年入学の予定です」
「そうか、色々な人間がいるからね。よく学ぶといいよ」
「はい、恐れ入ります」
馬車の中で、フェルナンド殿下と二人きり。緊張しないわけがない。なんとか気のきいた話題はないかと頭をフル回転で稼働させていた。
なぜこんなことになったのかと言えば、ロロルコットの屋敷への帰宅途中、ぬかるみに車輪をとられて、動けなくなっている馬車があった事に端を発する。
見ると伯爵家より格式が高い馬車だったので、慌てて降りて声をかけた。
中にはなんと、王太子殿下がいて、あぁ君はロロルコット伯爵のご子息だね、なんて恐れ多くも覚えていてくださった。
ぬかるみにハマった車軸は折れてしまい、この場での修復は不可能。
従者が代わりの馬車を呼びに王都へ向かったそうだ。
王都への行き帰りでは距離がある。
従者が夜通し馬車を走らせても、到着は明日になるだろう。
となると、殿下は馬車の中で夜を明かす・・・、なんて事は絶対出来ないので、屋敷でお泊まりいただくようにお話をした。
残った馬車には従者を待機させ、殿下だけ、こちらに移っていただいたのだ。
すでに早馬を走らせて、最高級来賓の対応が出来るように手配済みだ。
「そういえば、君には兄弟がいたね」
「あ・・・はい、姉が一人おります」
「ロロルコット伯爵の話では、ずいぶん病弱だとか。突然押し掛けて迷惑にはならないかな」
「いえいえ!そんな!全然大丈夫です。元気でピンピ・・・あっ、いや、最近は体調が良いので・・・問題ありません」
「そうか、それならよいが」
姉・・・、ユージーンの姉、リリアンヌ。彼がしっかりした大人への成長を加速しなければいけなかった元凶はリリアンヌと言っても過言ではないだろう。
(大人の前では上手く猫被るからなー。上手いことやって社交の場へは結局ほとんど顔を出すこともなかったし。確かに、一見何事もそつなくこなし、完璧な淑女に見せているけど、その実態は・・・、とてもじゃないけど、人に見せられない)
ユージーンの一つ上で15になる。来年は幸か不幸か同じタイミングで王立学園へ進学する予定だ。
弟目線でも見た目は超極上だ。金色の長い髪はシルクのように輝いているし、少し垂れた目は、透き通った美しいすみれ色。ぷっくりと柔らかそうな唇はバラの花のよう。
おまけに成長するにつれて、体つきはますます女らしくなり、匂いたつような色気、いや、もうむせるような色気が漂ってくる。
一度学友を何人か連れて帰ったとき、姉と一緒にお茶を飲んだだけで、友人達はいっせいにお腹をこわしたと言ってトイレに駆け込んでいった。
ある友人には、一度お姉さまにお願いできないか?分かるだろと言われ、即効で縁を切り、それ以来友人を招いてはいない。
当の本人は、あら可愛かったのにーなんて言って、のんきに笑っていて全く危機感なし。
15歳で男の酸いも甘いも知り尽くしたみたいな風貌だが、それでひきこもりで、男に興味なしだから、詐欺と言われても仕方がない。
お父様も姉には甘く、母様は遠慮して強く言えないし、今のところ、姉は自分の好きなように生きている。
しかし、社交界デビューをしたら、そうはいかない。覚悟はしているらしいが、一度痛い目にあえばいい。
いや、やっぱり心配なので、どうにかして守らないといけないという考えもある。
弟としては、非常に扱いが難しい姉なのだ。
何も起こりませんように。
無事に万事上手くいきますように。
ユージーンは見えてきた自宅の屋敷を見ながらそう願うのだった。
□□□
「大変ですーーー!!!お嬢様ーーー!!」
メイドのアニーが叫びながら転がるように飛び込んで来たとき、リリアンヌは大好きなお菓子のガレットを放り込もうと、大口を開けていた。
「なーんでーすかお嬢様、そのお姿はーーー」
もはや重低音ボイスのアニー。気のせいか背中に黒い炎を背負っているように見えた。
「ちょっと、東来の古武術の練習していたら、汗かいちゃってー」
自分の部屋だから良いかと思って、ドレスの下に着る薄いワンピース、まぁ下着なんだけど、それ一枚でお菓子をパクついていた。
「今すぐ湯あみをしますよ!!」
「え?まだ午後のレッスンがあるのに」
「それが、早馬が来たのです。馬車に難があったとかで、王太子殿下が一晩こちらに泊まるそうですよ」
「あらぁ、そうなの」
「そうなのじゃありません!!ロロルコット家の令嬢として恥ずかしくないように勤めなければいけません!」
バタバタとお湯が入った桶が用意され、ごしごしと体を洗われる。
髪には香油が塗られ、これでもかととかされる。
「ドレスはあまりラインが出るのはやめてよ」
15歳になったリリアンヌは、もうすでに熟れた大人の体つきになっており、これが悩みのたねだった。
ゲーム内のリリアンヌは、豊満な胸をほぼ露出させて、胸の先端だけが紐で隠された、破廉恥きまわりない真っ赤で体にピッタリ貼り付いたようなドレスを着ていた。
絶対そんなエロゲーみたいなドレス着たくない!
最近のお気に入りは、ダボッとしたオーバーサイズのドレス。フリルやらレースやらで胸元は首までバッチリ隠している。
淡いピンクや白のドレスだ。
どう見ても似合わないが、毒々しい感はゼロなので、そちらを優先した。
兎に角、露出少な目でこだわっているのだ。
しかし、周りには大変評判が悪く、アニーもそれらを封印しようとする。
「申し訳ないですが、今日はだめです。旦那様にも仰せつかっておりますので」
そう言うとアニーは、薄い紫のドレスを用意した。胸元は広がりすぎず、腰の位置からはふわっと広がっている。過度な装飾はなく、シンプル落ち着いたデザインだった。
いざ着てみると、リリアンヌの肌になじみ、透明感が出ているように見えた。
胸元はあまり開いていないので、窮屈そうな胸がちょっと背徳感。このくらいはいいだろう。
「お嬢様、よくお似合いですよ」
「ありがとう、アニー」
フェルナンド殿下は、どうやらウチの馬車にユージーンと乗り合わせているらしい。
(ったく、アイツ、学園に入って静かだと思ったら本当余計な者を連れてくるんだから・・・)
¨そんな身体して、遊んでいるだろーー¨
(うえっ!嫌な記憶を思い出したじゃないか)
お父様とユージーンの主催で、断りきれずに参加したチャリティーパーティーで、リリアンヌは数人の男に暗がりへ引き込まれた。
¨男を狂わせる身体じゃねーか¨
招待客だからと、なんとか説得してその場を逃れようとしたが、ついに男たちの手が胸やらお尻を触り出して、嫌悪感がMAXになり、プッチン。気が付いたら全員地面にのびていた。
身につけた、護身術が役に立ったらしい。
ロリコンじじぃの貴族達からは、幼い頃から目をつけられ求婚が絶えなかったし、成長すればしたで、むき出しの欲望のターゲットにされる。
リリアンヌの人生、しんどい・・・。
(まぁ、さすがに王太子殿下が下劣な事はしないだろうから、お父様の顔を立てて、大人しく丁寧に対応しよう)
玄関から、敷地内に来客が入った知らせのベルが鳴り、家のもの達はいっせいに外に出て、横並びに整列した。
やがて、到着した馬車から、美しい黒髪の青年が降りてきた。
整った顔にキリッとして、印象的な目元、きゅと結んだ薄い唇は口角が上がって微笑を浮かべているようだ。
(フェルナンドは黒髪王子かー!どうりで蘭の興味が薄いはずだ。蘭は所謂、シンデレラの王子様みたいな、金髪碧眼が大好物。しかもアルフレッド王子は俺様属性らしく、ここも蘭の好み。後はシルバーとか赤毛とかで、黒髪って日本人みたいだからつまんないんだよねーと言っていた)
ロロルコット伯爵が先頭に立ち、歓迎の挨拶をする。続いて妻の紹介があり、リリアンヌも紹介された。
社交界デビュー前の令嬢は、王太子から話しかけられなければ、声を出すのはマナー違反。静かにドレスを持ち腰を下げて礼をする、淑女の挨拶をする。
その後は、屋敷に入り部屋までご案内をする。
屋敷の案内は、その家の令嬢の役目だ。
王太子殿下には屋敷の一番眺めの良い大きな部屋が用意されていた。
「案内ありがとう。さすがロロルコット伯爵。天井や壁はメデルの花がセンスよくデザインされていて、心地好い気持ちになれる部屋だね」
「お褒めいただき光栄でございます。お疲れでございましょう。どうぞゆっくりとおくつろぎくださいませ。ささやかですが、晩餐を用意しております。ぜひご出席頂けたらと存じますがいかがでしょうか」
「あぁ、ぜひに」
「かしこまりました」
ドレスの端を持ち上げ、さっさと退室しようとすると、殿下が呼び止めてきた。
「リリアンヌは私とは初めてだよね」
殿下の美形の顔に、作り物みたいな笑顔が貼り付いている。
こういう顔は、透哉時代にたくさん見てきた。顔は笑っているけど、大して興味のない顔だ。
なにせ、化かし合いの巣窟にいるボスみたいなキャラだ。
さっさと話を終わらせて欲しい。
「はい。社交の場へはあまり参加したことがないので・・・」
「病弱と聞いていたが、体調は大丈夫なのかい?」
「はい。お陰さまで、最近は体力もついて元気に過ごしております」
「そうか。それは良いことを聞いた」
「は?え?なんでございましょう」
「今度王宮で開かれるパーティーに出てくれないか。私の個人的なものだから、デビュー前の令嬢でも参加できる」
「・・・」
「今日のお礼も兼ねてだか、貴方のような美しい令嬢が来てくれると、私の友人達も喜ぶと思うんだ」
「・・・ありがとうございます。ぜひ参加させてください。とても嬉しいです」
「では、招待状が届くように手配しておくよ」
リリアンヌは、丁寧に礼して、呼び止められないように、そそくさと部屋を出た。
(王太子殿下にパーティーに誘われちゃった・・・キャハ!うれぴー)
(・・・って!なるわけねーだろ!!)
リリアンヌは自室に入ると地団駄を踏んで悔しがった。
王太子殿下に誘われて、断れる貴族など存在しない。
お礼とか言って、男受けしそうな子だからパーティーの盛り上げ役として呼びたいだけだろ!
見え見えなんだよねー。
(セクシー系コンパニオンじゃねーんだよ!全力でお断りしたい)
リリアンヌは豊かに育ち過ぎている胸を苦々しい気持ちで見つめながら、濃いため息をついたのだった。
□□□
30
あなたにおすすめの小説
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~
白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」
枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。
土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。
「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」
あなた誰!?
やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!
虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。
「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)
透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。
有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。
「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」
そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて――
しかも、彼との“政略結婚”が目前!?
婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。
“報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜
束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。
家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。
「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。
皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。
今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。
ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……!
心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる