悪役令嬢に転生―無駄にお色気もてあましてます―

朝顔

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第二章

④ゆりかごの思い出

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「遊ぼうよ、リリアンヌ。僕は楽しいことが大好きなんだ」

 後ろから聞こえてくるのは、間違いないなく、ジェイドの声。逃げ場がない以上、ここで暴れるのは得策ではない。

「そうよ。あなたを探していたの」

 決意を決めて、リリアンヌは後ろを向いた。

 目に飛び込んできたのは、月明かりに照らされれた、ジェイドの青く輝く髪と、黄金色の瞳。妖しくゆらゆらと光っていた。

「みんなを先導して、学園を乗っ取るような事はやめて。この学園は貴族であっても、階級を超えて同じように学び、良き人間関係を作ることを目的とした場所でしょう」

「教科書通りの答えだね。そういうの興味ないんだよね」

 ケラケラとジェイドは笑った。

「…でしょうね。あなた、演説している時、つまらなそうだったもの」

「へぇー、よく分かったね。だいぶ良い子にしていたんだけど」

 ニヤリと笑ったジェイドが、一歩ずつ近づいてきた。

「目的はアルフレッドなんでしょう。ならもう十分じゃない。捕らわれて、恋人を奪って、まだ苦しめるつもりなの?」

「リリアンヌ、僕は人が苦痛に歪む顔が好きなんだ。アルフレッドは特にね。ずっと苦しめばいいと思っている」

 ジェイドはいかにも悪役という風な悪い目をして、ニヤリと笑った。

「そんなの知るかー!」

「なっ…な!?」

「あなたとアルフレッドの間にどれだけ深い因縁があろうと、それで皆を巻き込むのはどうかと思うわ。いい迷惑よ、怪我人までいるのよ!だいたい、悪役ってやつはいつも、自分に陶酔しちゃってさ!苦痛がどうとかカッコつけた言い訳してるけど、承認欲求ばりばりの、かまってちゃんじゃない!」

 ジェイドの顔がいい感じにポカンとしてきたので、この際だから、言いたいことを言ってやろうと、力を込めて息を吸い込んだ瞬間、頭に衝撃を受けた。

「ぐっ…」

 視界がぐらぐらと揺れて、体に力が入らず、床に吸い寄せられるようにして、崩れ落ちた。



「ライル」

 倒れたリリアンヌの後ろに、いつの間にか現れたライルが立っていた。

「申し訳ございません。あまりに礼を欠いた言動に耐えきれませんでした」

「容赦ないねお前は…彼女は?」

「気を散らしただけです。しばらくすれば目覚めるでしょう」

「僕の部屋に運んでおいて。一応令嬢なんだから、丁寧に扱ってあげてよ」

 ライルは無言でリリアンヌを担ぎ上げた。

「騎士団の塔で騒ぎがあったようですが、騎士団長をサルーの町で足止めしておりますので、しばらくはもつと思われます」

「そう、まぁいいや。あいつらの事だ、そう時間はかからずに来るだろう。皆に声をかけて準備をしてくるよ。彼女をよろしくね」

「畏まりました」


 □□□□□□□□□□□

「くっ…いたぁ…」

 どくどくと頭を波打つ痛みとともに、視界がぼんやりと開けて意識が戻ってきた。

 頬に冷たい感触があり、床に転がされているのだと気がついた。起き上がろうとしたが、後ろ手に縛られていて、身動きがとれない。

「んーんー!くそー!このヤロー!」

 縄が外れないか、滅茶苦茶に動かしてみたが全く外れず、よけいに食い込んできて痛みが増した。

「…女、大人しくしていろ。暴れると痛むぞ。だいたい、言葉遣いが悪すぎる。本当に伯爵令嬢なのか?」

 部屋の端の暗がりに大きな人の影があった。
 月明かりだけの部屋は薄暗いが、部屋は広く立派な寝具や家具が見える。
 牢屋のような場所かとおもえば、ちゃんとした部屋のようだ。

「頭が痛いわ。ズキズキする」

「軽く打っただけだ、じきに治る」

「あなたがやったの?」

 大きな影が少し動いた。月明かりに当たって、男の半身が見えるようになった。

「…あなたの事、知っているわ」

 男は無言でこちらを見ている。

 中庭の演説の時に見た、ライルという男だった。獣のような鋭い目付きで、頬の古傷が痛々しく見える。

「ジェイド様は興味をお持ちのようだが、私はお前のような女は気にくわない」

「はあ…」

「なんだ、その気の抜けた返事は。王族にたいしてズケズケとものを言い、失礼も極まりない!」

(えーなんか、すごい怒られているんだけど)

「それは、まぁ、その通りですわね」

「認めるのか…」

「平素であれば、こちらも礼を尽くします。しかし、この明らかな異常事態に、それを引き起こした張本人に礼を尽くせるほど人間が出来てませんの!」

「また、生意気な!」

 わずかな殺気のようなものを感じ、少し後ろに引いた。

(この人、王殺しとか言われてる怖い人だったよね…やば…言いすぎたかも)

 暫く沈黙が辺りを包み、少し肌寒さを感じ体を丸めた。

「クラフト王国がひどい内戦にあった事は聞いているだろう。ジェイド様は幼き頃より、常に命を狙われ、裏切りに合い、殺伐とした世界で生きてきたのだ。なんど殺されかけたか分からない。その度に、自分を捨てた母と、母を奪ったアルフレッドの事を怨むことで生き抜いてきたのだ。お前などに話しても分からんと思うが、事情も知らずあの方の事を酷く言われるのは我慢がならない」

「そう…。まぁ確かに調子に乗って言いすぎたわ」

(この、ライルとかいう男…ただの悪いやつじゃないのかもしれない)

「ライル、少し出過ぎた。下がれ」

 がチャリとドアが空き、ジェイドが入ってきた。ライルは音もなく、すっと暗がりの中へ消えていった。

「あぁ、リリアンヌ、床に転がされるなんて可哀想に。あいつはレディの扱いがなっていないな」

「頭を殴られている時点で、そんな事は期待していませんわ」

 ジェイドが近づいてきて、直ぐそばで腰を下ろして、頬に触れてきた。

「ライルから聞いただろ。僕は母に捨てられた。アルフレッドがぬくぬくとサファイアで暮らしている時、僕は、いつも死の恐怖に怯えていた。殺られる前に殺ってやったけどね。許せないんだよ!僕を捨てたやつらが!君も同じだろ、君の母も男を作って出ていってしまった。君より男を取ったんだよ」

 適当に答えようかと思ったけど、ジェイドの瞳は酷く怯えているように見えて、適当な事は言えなかった。

「リリアンヌは…ね」

「え?」

 床を蹴って体をくねらせて、何とか座る体勢になった。これでやっと向き合って落ち着いて話ができる。

「まぁ信じられないだろうし、それでいいけど。俺の中には、二つの魂がある。それは、この世界で生まれたリリアンヌ。そして異世界で生きていた透哉。透哉だった俺は、この世界にリリアンヌとして生まれた。簡単に言うと、前世の記憶というやつかもしれない」

 ジェイドは、バカにして笑うでもなく、真剣に聞いている。見定めようとしているのかもしれない。

「8歳のある時、透哉だった俺はリリアンヌとして目覚めた。だから、その前に出ていってしまった母親の事は朧気にしか分からない。思い出そうとすると、胸が苦しくなるから、リリアンヌとしては、許せない気持ちがあるのかもしれない」

 ジェイドの表情は読み取れない。
 人形のような顔をして、ぴくりとも動かない。

「あぁ、そうだ、俺自身も、母親の顔を知らない。向こうの世界では、金持ちの家の庶子だった。血に拘る一族で、生まれて直ぐ母親から引き離されてた。母が自分を愛していたのかさえ、分からなかった」

「その、トーヤはなぜこの世界に来たんだ」

「あんたのところほど、スケールはデカくないけど、うちも跡目争いで殺伐としていた。俺は優秀じゃなかったから、命を狙われることはなかったけど、その代わり役立たずと言われ続けてさ、最後は兄貴の事を刺しに来た女に、父親が俺を押し出して、兄貴の代わりに刺されて死んだんだ。この世界に来たのは、複雑なんだけど、妹が好きで、よく教えてもらっていた話の世界なんだ」

「……頭が混乱している」

「そりゃそうだ。だから別に…」

「正直言って俺を騙そうとしているにしては全く出来の悪い話だし、君も頭のおかしな女にしか思えない。けど、なぜかくだらない話だと切り捨てることができない。初めて見たとき、君には不思議な印象を受けたんだよ。美しい女性であり、孤独な少年のような…、この話を聞いたら、それを思い出した」

 ジェイドは腕を組んで、すっかり考え込んでしまった。

「まぁ、俺の話はいいって!あんたの話だよ」

 透哉として、ジェイドにどうしても聞いてもらいなくなり、喋り出したら止まらなくなっていた。

「もう、やめようぜ。あんただって、分かってんだろ、母親の事情くらい。身重で内戦の混乱状態の中、命からがら逃げ出したんだ。当時何があったかは分からないけど、それが最善の選択だったんだろう。ただ好き勝手に捨てたわけじゃないだろう」

「・・・・・・」

「俺は人生をやり直すチャンスをもらったと思っている。前の人生では、ずっと縛られて何も出来なかった。この人生では、自分で選んだ道を生きたい。あんたも自分を縛るのはやめろよ。親とか弟とか、敵を自分で作って縛るなって。自由に生きろよ、それが出来るのは自分自身、あんたにしか出来ない」

「リリアンヌ……いや、トーヤか?」

「だー、もうどっちでもいいよ」

「トーヤ、私は…」

 ガシャン!!という大きな音がして、叫び声や怒声で、外は一気に騒がしくなった。
 松明の火なのか、外はやけに明るく見えた。

「…けっこう早かったね、ライル」

 ジェイドが呼ぶと、いつの間にかライルが後ろの暗がりから現れた。

「遊びはそろそろ終わりだ。行こう」

 ジェイドは外の喧騒に向かって、歩き出した。
 その背中を見つめながら、これから何が起こるのか、リリアンヌには想像がつかなかった。


 □□□
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