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第三章
③ひとりの怒れる男
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このロイスという男を初めて見たとき思ったのは、兄に似ているということだった。
透哉の兄で、兄弟の長男。一族で一番優秀だと言われていた男。遊び人だった次男とは違い、全く隙がなく、ひたすら一族の野望のために突き抜けていた男。ほとんど話したこともなかったけれど、いつも透哉の事を冷たい目で見ていた。
「貴女とは初対面ですが、色々と調べさせていただいています。身辺に関しては、問題なさ過ぎるほど問題はないですね。ただ!フェルナンド様への態度に関しては、問題がありすぎます。私はお二人の手紙のやりとりの内容を確認しておりました」
「え?あれを見てた…の?」
「はい、フェルナンド様宛の手紙の内容を確認するのは、国の文官の務めです。特に未婚のお二人のやりとりは国益に関わるので、私が漏れなくチェックしておりました」
(そんなー、プライベートとかないわけ??)
「ある時の殿下は、5ページにわたる長文で、近況と貴方への思いを書いて送られました。中には大事な婚約パーティーについても触れていました。ところが貴女が返した手紙は、たったの3行!私はいつでも思い出せます!
おしさしぶりです。
お元気ですか。
殿下に全てお任せします。
殿下は貴女に好意があるから、面白がっておられますが、こちらはちっとも面白くないんですよ!」
(あれか…あれね)
「またある時は、婚約したせいでパーティーに出なくてはいけなくなって、他の令嬢方から嫌がらせを受けていると報告されてますね。これを見た殿下は大変心配されて、私に嫌がらせをした者達を処分するように命じました」
「え…そんな」
「いいですか!!貴女は未来の国王になられる方と婚約されたのですよ。しかも、他の令嬢達は幼き頃より自分を磨き、教養を身につけ、努力してきたのに、突然出てきた馬の骨に奪われたわけです。多少の嫌がらせくらい、笑って流せるくらいの気概をお持ちなさい!私がお止めしなければ、貴女の気まぐれで、処分を受ける者が出てきてしまう。ひいては、貴族達からフェルナンド様への反感の種を蒔いてしまうことになりかねない」
(…馬の骨)
「貴女の殿下への態度や、未来の王妃としての資質に、私は非常に不信感と疑問を持っています。今回の夏期休暇の期間、私は未来の王妃としての資質をチェックさせていただきます。もし、不合格であれば、国王に資質なしと報告をさせていただきます。国益に反するという事であれば、陛下より、婚約を破棄するよう命が下ります」
「え…それは…」
「一応言っておきますが、王太子に婚約破棄された令嬢など、誰にも見向きもされず、干からびたもやしのように、生きていくしかないでしょう。また、その家は他の貴族からは恥とみなされ、疎んじられ、やがては没落することになりますね」
「ひい…」
「これは、お遊びではないのです。国の存亡にかかわる重要なこと。私が感じるのは、貴女はとても自分勝手で、未来の王妃としての覚悟が足りないということです。国務の補佐官として、またフェルナンド殿下と長年の付き合いがある者として、婚約者の方へ大変無礼ながら率直な意見をさせていただきました。私の事が気に入らないのであれば、どうかご自由に殿下へ申し立ててください」
こちらの意見は何も言えず、捲し立てられるように見事にバッサリ斬られた。
(いや、もう…仰るとおりすぎて、何も言えない)
確かに、手紙のやりとりをしているときの自分は、適当だったし不誠実だった。
それを今から否定する事も出来ない。それに今は完璧ですとも自信を持って言えない。
「分かりました。殿下に対する態度を改め、短い間ですが、ロイスに認めていただけるように頑張ります」
「よろしい。では、この休暇中、何をなさるおつもりで、王宮まで来られたのですか」
「国王陛下と王妃殿下に婚約の報告させていただくのと、パーティーの準備のために参りました」
「パーティーの準備?貴女がいったい何をなさるのですか?」
ロイスは、器用に片方の眉だけ動かして、挑戦的な目を向けてきた。
(ひぃー恐いよぉ、フェルナンド言ってなかったの!?)
「えー…、フェルナンド…さまから、招待客のリストを頂戴したので、その、全員の内容を覚えておくようにと言われまして…。私の屋敷では集中出来ないだろうからと…王宮に来て教えていただけると…その…」
リストの山の場所を指差して、こっそりアピールしてみた。
「必要ないですね」
(うわーん!またバッサリ!)
「そもそも、貴女は500人近い出席者の名前や趣味趣向までキッチリ覚えられますか?」
「うっ…」
「正直なところ、そんなうろ覚えの知識を賓客の前で披露されたら、こちらが困るんですよ。王室の品位に関わります。すでに私の頭には全て入っております。当日は貴女の後ろに控えておりますので、必要な時は声をかけます。そのまま一字一句言われた通りに喋っていただければ問題ないです。あと、殿下はお忙しいので、貴女のお勉強に構っていられる時間はありません!」
「はぁ…承知しました…」
(もう帰りたい…けど…逃げるみたいで…)
「とりあえず、せっかく来ていただいて、突っ返したら、殿下がお怒りになられますので、一応置いておいてあげましょう。殿下が到着次第以降の事を話し合いたいと思います。それまでは、お部屋にて休まれていてください!むやみに出歩いて、問題を起こされないように!くれぐれもよろしくお願いしますよ!」
「はい…肝に命じます」
バタンとドアが閉まる音がした。
突然嵐のような男が現れて、全部掻き回して去っていった。
もう、まっすぐ立っていられる力がなく、ベッド倒れこんだ。
(こんなところで生きていく自信がないよ…)
嵐の後の残骸のように、ベッドに横たわったまま、そのまま寝入ってしまった。
小一時間寝てしまい、夕食の時間にメイドに起こされた。殿下の到着はあと、4、5日かかるだろうと伝えられた。
部屋に運ばれた料理は、パンやスープに、鶏肉の香草焼き。全て温かくて、体に染みた。食事は美味しいという事が唯一の救いかもしれない。全て美味しく頂いた。
「どうですか?お料理の方はお口にあいましたか?」
「ええ、とても美味しかったです。特に鶏肉は味が染み込んでいて柔らかくて、びっくりしました。」
「良かった!料理長が新しい未来の奥さまにと、特別気持ちを込めて作っていましたので、喜んでいたと伝えておきます」
食事を下げに来たのは、厨房の係りの三つ編みのおさげが可愛らしい女の子で、気さくに話してくれた。
ここに来て、初めて受け入れてもらったようで、嬉しくて思わず涙がこぼれてしまった。
「リリアンヌ様!?大丈夫ですか?どこか痛めたのですか?」
「大丈夫ですわ。ずっと緊張していて、美味しいお料理を食べたら、ほっとして…気持ちが緩んでしまって…何でもないの、ごめんなさい心配をおかけして…」
「私、厨房の係りで、エミリーと言います。リリアンヌ様、お一人で王宮に入られて不安でいらっしゃるんですよ。お菓子も担当しているので、よかったら明日またお持ちしますよ」
エミリーは、元気いっぱいの笑顔を見せてくれた。
「ありがとう。エミリー、嬉しいわ」
こちらも、笑顔で返した。
エミリーは真っ赤になって、また来ますー!といって慌てて出ていってしまった。
「とっても明るくて元気な子ね。ユージーンより少し幼いくらいかしら。ここに来て、初めてちゃんとお話できたわ」
エミリーの入れ替わりぐらいに、ドアをノックする音が聞こえた。
返事をすると、まだ見ていない顔のメイドが入ってきた。
「遅くなりまして、申し訳ございません。リリアンヌ様のお世話を担当させていただく、メイドのティファと申します」
「あなたが、ティファね。ローリエから聞いているわ。以前クラリス家に勤めていて、優秀だったので王宮へ来たのでしょう」
聞き覚えのある名前に、嬉しくなった。
ブラウンの髪をぴっちりと編み込んで結んで、メイド服をしっかりと乱れなく着ていて、さすが王宮のメイドだ。
ティファは、優しい目をした、綺麗な女性だ。どこかアニーを思わせる温かさがある。
「ローリエ様より、ぜひにとお話があり、志願させていただきました。どうぞ、よろしくお願いいたします」
簡単な挨拶をすませ、体を清めて、髪をブラッシングしてもらった。
寝るときはいつも着ているワンピース型の下着と、これまたワンピースの薄いネグリジェだ。同じものが用意されていて、ほっとした。
「私寝付きは良いのよ。あっという間に寝てしまうの。ただ起きるときは、なかなか目が覚めなくて、自分でも朝の記憶がないの。アニーも大変だと言っていたわ。何か、迷惑をかけてしまったらごめんなさいね」
ティファは、難しい顔をしてしばらく考え込んでいる。
「事前に色々聞いております!私もプロです!明日は気合いを入れて朝のお支度に参ります!」
ティファは自分の頬を叩きながら、全身から力を入れているように見える。まるで、格闘技の試合前の選手のようだ。
「そっそんなに…、気合いを入れなくても大丈夫よ。ちょっと寝坊助なだけだから」
ティファは、なんというか、職務に忠実というか、真面目すぎるのかもしれない。
ベッドに入ると、今日は直ぐに眠気が襲ってきた。色々あって、疲れたのだろう。明日はもう少し、周りの人と打ち解けられたらいいなと願いながら、目を閉じた。
□□□
透哉の兄で、兄弟の長男。一族で一番優秀だと言われていた男。遊び人だった次男とは違い、全く隙がなく、ひたすら一族の野望のために突き抜けていた男。ほとんど話したこともなかったけれど、いつも透哉の事を冷たい目で見ていた。
「貴女とは初対面ですが、色々と調べさせていただいています。身辺に関しては、問題なさ過ぎるほど問題はないですね。ただ!フェルナンド様への態度に関しては、問題がありすぎます。私はお二人の手紙のやりとりの内容を確認しておりました」
「え?あれを見てた…の?」
「はい、フェルナンド様宛の手紙の内容を確認するのは、国の文官の務めです。特に未婚のお二人のやりとりは国益に関わるので、私が漏れなくチェックしておりました」
(そんなー、プライベートとかないわけ??)
「ある時の殿下は、5ページにわたる長文で、近況と貴方への思いを書いて送られました。中には大事な婚約パーティーについても触れていました。ところが貴女が返した手紙は、たったの3行!私はいつでも思い出せます!
おしさしぶりです。
お元気ですか。
殿下に全てお任せします。
殿下は貴女に好意があるから、面白がっておられますが、こちらはちっとも面白くないんですよ!」
(あれか…あれね)
「またある時は、婚約したせいでパーティーに出なくてはいけなくなって、他の令嬢方から嫌がらせを受けていると報告されてますね。これを見た殿下は大変心配されて、私に嫌がらせをした者達を処分するように命じました」
「え…そんな」
「いいですか!!貴女は未来の国王になられる方と婚約されたのですよ。しかも、他の令嬢達は幼き頃より自分を磨き、教養を身につけ、努力してきたのに、突然出てきた馬の骨に奪われたわけです。多少の嫌がらせくらい、笑って流せるくらいの気概をお持ちなさい!私がお止めしなければ、貴女の気まぐれで、処分を受ける者が出てきてしまう。ひいては、貴族達からフェルナンド様への反感の種を蒔いてしまうことになりかねない」
(…馬の骨)
「貴女の殿下への態度や、未来の王妃としての資質に、私は非常に不信感と疑問を持っています。今回の夏期休暇の期間、私は未来の王妃としての資質をチェックさせていただきます。もし、不合格であれば、国王に資質なしと報告をさせていただきます。国益に反するという事であれば、陛下より、婚約を破棄するよう命が下ります」
「え…それは…」
「一応言っておきますが、王太子に婚約破棄された令嬢など、誰にも見向きもされず、干からびたもやしのように、生きていくしかないでしょう。また、その家は他の貴族からは恥とみなされ、疎んじられ、やがては没落することになりますね」
「ひい…」
「これは、お遊びではないのです。国の存亡にかかわる重要なこと。私が感じるのは、貴女はとても自分勝手で、未来の王妃としての覚悟が足りないということです。国務の補佐官として、またフェルナンド殿下と長年の付き合いがある者として、婚約者の方へ大変無礼ながら率直な意見をさせていただきました。私の事が気に入らないのであれば、どうかご自由に殿下へ申し立ててください」
こちらの意見は何も言えず、捲し立てられるように見事にバッサリ斬られた。
(いや、もう…仰るとおりすぎて、何も言えない)
確かに、手紙のやりとりをしているときの自分は、適当だったし不誠実だった。
それを今から否定する事も出来ない。それに今は完璧ですとも自信を持って言えない。
「分かりました。殿下に対する態度を改め、短い間ですが、ロイスに認めていただけるように頑張ります」
「よろしい。では、この休暇中、何をなさるおつもりで、王宮まで来られたのですか」
「国王陛下と王妃殿下に婚約の報告させていただくのと、パーティーの準備のために参りました」
「パーティーの準備?貴女がいったい何をなさるのですか?」
ロイスは、器用に片方の眉だけ動かして、挑戦的な目を向けてきた。
(ひぃー恐いよぉ、フェルナンド言ってなかったの!?)
「えー…、フェルナンド…さまから、招待客のリストを頂戴したので、その、全員の内容を覚えておくようにと言われまして…。私の屋敷では集中出来ないだろうからと…王宮に来て教えていただけると…その…」
リストの山の場所を指差して、こっそりアピールしてみた。
「必要ないですね」
(うわーん!またバッサリ!)
「そもそも、貴女は500人近い出席者の名前や趣味趣向までキッチリ覚えられますか?」
「うっ…」
「正直なところ、そんなうろ覚えの知識を賓客の前で披露されたら、こちらが困るんですよ。王室の品位に関わります。すでに私の頭には全て入っております。当日は貴女の後ろに控えておりますので、必要な時は声をかけます。そのまま一字一句言われた通りに喋っていただければ問題ないです。あと、殿下はお忙しいので、貴女のお勉強に構っていられる時間はありません!」
「はぁ…承知しました…」
(もう帰りたい…けど…逃げるみたいで…)
「とりあえず、せっかく来ていただいて、突っ返したら、殿下がお怒りになられますので、一応置いておいてあげましょう。殿下が到着次第以降の事を話し合いたいと思います。それまでは、お部屋にて休まれていてください!むやみに出歩いて、問題を起こされないように!くれぐれもよろしくお願いしますよ!」
「はい…肝に命じます」
バタンとドアが閉まる音がした。
突然嵐のような男が現れて、全部掻き回して去っていった。
もう、まっすぐ立っていられる力がなく、ベッド倒れこんだ。
(こんなところで生きていく自信がないよ…)
嵐の後の残骸のように、ベッドに横たわったまま、そのまま寝入ってしまった。
小一時間寝てしまい、夕食の時間にメイドに起こされた。殿下の到着はあと、4、5日かかるだろうと伝えられた。
部屋に運ばれた料理は、パンやスープに、鶏肉の香草焼き。全て温かくて、体に染みた。食事は美味しいという事が唯一の救いかもしれない。全て美味しく頂いた。
「どうですか?お料理の方はお口にあいましたか?」
「ええ、とても美味しかったです。特に鶏肉は味が染み込んでいて柔らかくて、びっくりしました。」
「良かった!料理長が新しい未来の奥さまにと、特別気持ちを込めて作っていましたので、喜んでいたと伝えておきます」
食事を下げに来たのは、厨房の係りの三つ編みのおさげが可愛らしい女の子で、気さくに話してくれた。
ここに来て、初めて受け入れてもらったようで、嬉しくて思わず涙がこぼれてしまった。
「リリアンヌ様!?大丈夫ですか?どこか痛めたのですか?」
「大丈夫ですわ。ずっと緊張していて、美味しいお料理を食べたら、ほっとして…気持ちが緩んでしまって…何でもないの、ごめんなさい心配をおかけして…」
「私、厨房の係りで、エミリーと言います。リリアンヌ様、お一人で王宮に入られて不安でいらっしゃるんですよ。お菓子も担当しているので、よかったら明日またお持ちしますよ」
エミリーは、元気いっぱいの笑顔を見せてくれた。
「ありがとう。エミリー、嬉しいわ」
こちらも、笑顔で返した。
エミリーは真っ赤になって、また来ますー!といって慌てて出ていってしまった。
「とっても明るくて元気な子ね。ユージーンより少し幼いくらいかしら。ここに来て、初めてちゃんとお話できたわ」
エミリーの入れ替わりぐらいに、ドアをノックする音が聞こえた。
返事をすると、まだ見ていない顔のメイドが入ってきた。
「遅くなりまして、申し訳ございません。リリアンヌ様のお世話を担当させていただく、メイドのティファと申します」
「あなたが、ティファね。ローリエから聞いているわ。以前クラリス家に勤めていて、優秀だったので王宮へ来たのでしょう」
聞き覚えのある名前に、嬉しくなった。
ブラウンの髪をぴっちりと編み込んで結んで、メイド服をしっかりと乱れなく着ていて、さすが王宮のメイドだ。
ティファは、優しい目をした、綺麗な女性だ。どこかアニーを思わせる温かさがある。
「ローリエ様より、ぜひにとお話があり、志願させていただきました。どうぞ、よろしくお願いいたします」
簡単な挨拶をすませ、体を清めて、髪をブラッシングしてもらった。
寝るときはいつも着ているワンピース型の下着と、これまたワンピースの薄いネグリジェだ。同じものが用意されていて、ほっとした。
「私寝付きは良いのよ。あっという間に寝てしまうの。ただ起きるときは、なかなか目が覚めなくて、自分でも朝の記憶がないの。アニーも大変だと言っていたわ。何か、迷惑をかけてしまったらごめんなさいね」
ティファは、難しい顔をしてしばらく考え込んでいる。
「事前に色々聞いております!私もプロです!明日は気合いを入れて朝のお支度に参ります!」
ティファは自分の頬を叩きながら、全身から力を入れているように見える。まるで、格闘技の試合前の選手のようだ。
「そっそんなに…、気合いを入れなくても大丈夫よ。ちょっと寝坊助なだけだから」
ティファは、なんというか、職務に忠実というか、真面目すぎるのかもしれない。
ベッドに入ると、今日は直ぐに眠気が襲ってきた。色々あって、疲れたのだろう。明日はもう少し、周りの人と打ち解けられたらいいなと願いながら、目を閉じた。
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