悪役令嬢に転生―無駄にお色気もてあましてます―

朝顔

文字の大きさ
34 / 44
第三章

⑦本当の愛とは

しおりを挟む
 王宮の門を馬車で通過していく、ここを初めて通ったのは、ローリエが10歳のときだ。

 王宮の庭園でパーティーが開かれて、たくさんの着飾った令嬢が参加していた。
 フェルナンド殿下の周りには、常に何人も令嬢が付いていて、令嬢達はお互いに牽制しあいながら、隣をキープしつつ、うっとりした目で殿下を見つめていた。

 殿下の噂は既に聞いていた。いつも違う令嬢を連れて歩いている。そろそろ婚約者を決めてもいい頃なのに、いっこうに一人に絞らない。
 あれこれ文句を付けて断っている。

 父が指をさして、ほら、お前もあそこを目指しなさいと言ったけど、私には、優柔不断なうるさいモテ男なんて、絶対に嫌だった。
 それに、自分の中で、心に決めた人がいたから、私は何としてもその人と結婚すると決めていた。

 そういえば、あの時、殿下と話をした記憶がある。
 一人でお茶を飲んでいた私に、殿下が話しかけてきたのだ。
 どうして自分の所へ来ないのかと聞かれて、私は心に決めた人がいるのでと答えた。
 殿下は不思議そうな顔をして、そういう人には、どうやったら出会えるのか聞いてきた。

 一目見れば心が惹かれ
 一言話せば忘れられず
 その手に触れればもう離せない

 その頃読んでいた少女向けの小説に載っていた、愛の詩だったと思うが、それを引用して答えた。

 殿下は、しばらく黙ってから、そうかと言って離れていった。
 それ以来、遠くから見るくらいで、ほとんど会話をする機会もなくきたが…。

「まさか、その婚約者と仲良くなって、王宮に遊びに来るとはねー。想像出来なかったわ」

 特大の独り言を呟いていると、馬車が止まった。どうやら、来客用の玄関に着いたらしい。
 馬車を降りると、約束通り、ティファが待っていた。

「ティファ、久しぶりね。突然お願いしたりして、ごめんなさいね。管理の方に嫌味は言われなかった?」

「大丈夫です。ずっとフリーで使われていたので、今回専属を願い出て、認められたので良かったです」

 ティファは、幼い頃からクラリス家に勤めていて、仕事は丁寧で迅速、いつも冷静沈着、余計な事は話さないし、口も固い。理想的なメイドにぴったり当てはまり、優秀だったので、父が条件の良い王宮の仕事に推薦をしたのだ。
 王宮の試験はすぐにパスして、採用となった。

「それで?例の件はどう?」

「それが…その事なのですが…ここではちょっと」

 いつも冷静なティファらしくない態度に不安が芽生えた。

「大丈夫なの!?どこか怪我でも…?」

「いえ!そういうわけではないのです!ですが……」

 ティファは周りを見渡して、お嬢様こちらへと言って、物陰に連れてきて、ローリエにそっと耳打ちした。

「へっ??どういうこと!?」

「ですから、そういう事で、扱いを覚えて対処出来れば、私のようなものにはさほど問題ではありません」

 ローリエは、腕組みをしてしばらく頭を整理した。

「なるほど…、だから伯爵は、ユージーンにそう言って近づかせないようにしたのね。顔から流血の件は……もう考えないようにしよう」

「殿下は今日には戻られるのね」

「はい、そのようです」

 ローリエは安堵のため息をついた。
 問題のジャンルが変わってしまったが、後は殿下になんとかしてもらえばいい。びっくりしないように一言話しておけば良いだろうと考えた。

「ローリエ様、ゲストハウスにご案内します」

 ローリエはティファに続いて、歩き出した。


 □□□□□□□□

 朝食を食べてしばらく経ってから、部屋をノックする音が聞こえた。
 返事をすると、ローリエが顔を出した。

「ローリエ!会いに来てくれたの!?つい先日別れたばかりだけど、ずいぶん会っていないような気がするわ…」

「リリアンヌ、あなた…、いや、そうね。元気そうで良かった」

 何か物言いたげなローリエに、少し首をかしげながら、部屋の中へ招き入れ、仲良くなったエミリーやティファの話をした。自分のことのように喜んでくれてた。

「それで、注意しておくべき人間については、大丈夫だった?」

「んー、ロイスには、今までの殿下に対する態度とか、軽はずみな行動で迷惑をかけることとか…、色々と指摘されて、でも、言われたことはその通りで、もう反省ばかり」

「リリアンヌ…、確かに、誉められる態度ではなかったけど、それは、あなたなりの葛藤もあっただろうし、全て否定されるのは癪だわ」

 ローリエは、今度は小鼻を膨らませて怒ってくれた。それで、十分気持ちが晴れていった。

「それで、エイダン様は?」

「僕がどうかしたの?」

 突然の乱入者に、二人してびっくりして振り向くと、窓辺にエイダンが立っていた。

「爽やかな朝から、令嬢方が僕の噂話なんて怪しいな」

「エイダン様!窓から入ってこられたのですか!?お願いだから扉から入ってきてください!」

 テラスに通じる窓が換気のため開けられていた。庭に入り込んでそこから侵入したのだろう。

「お勉強の時間は大丈夫なのですか?またロイスが怒鳴りこんでくるのは、もう嫌ですよ」

「今日は平気、教師たちがみんな急にお腹を壊してね。僕は自由だよ!リリアンヌ」

 なにか、嫌な予感しかないが、エイダンは青い目をキラキラさせて、天使の微笑みを見せた。

「えっ…エイダン様…なんというか、雰囲気が変わりましたね。以前お見かけしたときは、もっとこう…」

「そうだよ。僕は大人になったんだ。リリアンヌが僕を大人にしてくれた」

「ちょっと!変なこと言わないでよ。何もない!何もしていないわ!」

 ローリエが疑惑の目を向けてきたので、慌てて否定した。
 エイダンは涼しい顔で、リリアンヌの座っている足元まで来て、膝をついて腰の辺りに抱きついてきた。

「ちょっと、何しているのよ!」

「あー幸せ、リリアンヌに幸せを貰っているんだよ」

 王子であり、子供でもあるので、無下にはできず、おろおろするばかり。

「…リリアンヌ、あなた、完全に懐かれたわね。ほら、頭でも撫でてあげなさい。媚びを売っておいて損な相手ではないわ」

「ローリエ嬢はクラリス公爵にそっくりだね」

「あら?利用できるものは利用する。賢い人間の心得ですわよ。ふふふ」

 二人の舌戦が交わされているが、とりあえず、言われた通りに、エイダンの頭を撫でてみた。
 ふわふわの手触りは子犬でも撫でているようで、それだと思うことにした。

「ねぇリリアンヌ、お兄様はやめて僕にしない?」

「しません」

「おかしいよ。どうして僕はリリアンヌと結婚できないの?同じ王子なのに、先に生まれたからって、お兄様はなんでも持っていってしまう。王位もリリアンヌも…」

「…エイダン様、王位の事は言えませんが、私の事は言えます。あの事で、エイダン様とちゃんと向き合って話す者がいなかったのです。今、エイダン様が私を想って頂ける気持ちは信頼に近いものだと思います。私にも分かります。自分を信頼して受け入れてくれる者がいない怖さ、もしそういう人が現れた時、それを失ってしまうという恐怖。でも大丈夫です。エイダン様はひとつ殻を破られたのです。自分が変わることで、周りの人も変わっていきます。一人ずつ信頼できる者は増えていき、やがて信頼からもっと深い本当の愛情を感じられる相手に出会えます」

 エイダンの青い瞳はユラユラと揺れていた。それは、まるで吸い込まれていきそうな美しさだと思った。この歳の頃でしか見ることができない、穢れのない色、今の自分には少し眩しくて切なくなった。

「ほらロイス、言っただろう、リリアンヌは最高の婚約者だって。心配することはなにもない」

 突然聞こえてきた声に、体はビクリと飛び跳ねた。顔を上げると、部屋の入り口にフェルナンドとロイスが立っていた。

「まぁ、フェルナンド、いつからそこに?」

 慌てて立ち上がった。エイダンも今度はするりと手を放してくれた。

「ローリエ嬢が賢人の心得を説いていた時からね」

 フェルナンドはつかつかと部屋を進んで、リリアンヌの隣までやってきた。

「エイダン、本当の愛というものを教えてあげよう、一目見れば心が惹かれ、一言話せば忘れられず、その手に触れればもう離せない…そういうものだ」

 そう言って、フェルナンドはリリアンヌを抱きしめた。

「ただいま」

「お帰りなさい…って!なっっっ…なんなのですか…その小っ恥ずかしい…言葉は」

「昔ある賢人が教えてくれたのだよ。迷える子羊だった私は、その言葉を聞いて、そう思える相手が現れるのを待つことにしたんだ」

 君の事だよリリアンヌと言って、フェルナンドは頭にキスの雨を降らせた。

 直立不動で、部下として目を逸らして沈黙するロイス。

 二人を見上げて口を空けたまま固まるエイダン。

 口を押さえて爆笑を悟られまいとするローリエ。

 騒がしくなりそうな予感を感じて、ティファはそっと扉を閉めた。


 □□□
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~

白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」  枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。  土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。  「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」  あなた誰!?  やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!  虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。

「転生したら推しの悪役宰相と婚約してました!?」〜推しが今日も溺愛してきます〜 (旧題:転生したら報われない悪役夫を溺愛することになった件)

透子(とおるこ)
恋愛
読んでいた小説の中で一番好きだった“悪役宰相グラヴィス”。 有能で冷たく見えるけど、本当は一途で優しい――そんな彼が、報われずに処刑された。 「今度こそ、彼を幸せにしてあげたい」 そう願った瞬間、気づけば私は物語の姫ジェニエットに転生していて―― しかも、彼との“政略結婚”が目前!? 婚約から始まる、再構築系・年の差溺愛ラブ。 “報われない推し”が、今度こそ幸せになるお話。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。 家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。 「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。 皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。 今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。 ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……! 心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。

処理中です...