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第三章
⑦本当の愛とは
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王宮の門を馬車で通過していく、ここを初めて通ったのは、ローリエが10歳のときだ。
王宮の庭園でパーティーが開かれて、たくさんの着飾った令嬢が参加していた。
フェルナンド殿下の周りには、常に何人も令嬢が付いていて、令嬢達はお互いに牽制しあいながら、隣をキープしつつ、うっとりした目で殿下を見つめていた。
殿下の噂は既に聞いていた。いつも違う令嬢を連れて歩いている。そろそろ婚約者を決めてもいい頃なのに、いっこうに一人に絞らない。
あれこれ文句を付けて断っている。
父が指をさして、ほら、お前もあそこを目指しなさいと言ったけど、私には、優柔不断なうるさいモテ男なんて、絶対に嫌だった。
それに、自分の中で、心に決めた人がいたから、私は何としてもその人と結婚すると決めていた。
そういえば、あの時、殿下と話をした記憶がある。
一人でお茶を飲んでいた私に、殿下が話しかけてきたのだ。
どうして自分の所へ来ないのかと聞かれて、私は心に決めた人がいるのでと答えた。
殿下は不思議そうな顔をして、そういう人には、どうやったら出会えるのか聞いてきた。
一目見れば心が惹かれ
一言話せば忘れられず
その手に触れればもう離せない
その頃読んでいた少女向けの小説に載っていた、愛の詩だったと思うが、それを引用して答えた。
殿下は、しばらく黙ってから、そうかと言って離れていった。
それ以来、遠くから見るくらいで、ほとんど会話をする機会もなくきたが…。
「まさか、その婚約者と仲良くなって、王宮に遊びに来るとはねー。想像出来なかったわ」
特大の独り言を呟いていると、馬車が止まった。どうやら、来客用の玄関に着いたらしい。
馬車を降りると、約束通り、ティファが待っていた。
「ティファ、久しぶりね。突然お願いしたりして、ごめんなさいね。管理の方に嫌味は言われなかった?」
「大丈夫です。ずっとフリーで使われていたので、今回専属を願い出て、認められたので良かったです」
ティファは、幼い頃からクラリス家に勤めていて、仕事は丁寧で迅速、いつも冷静沈着、余計な事は話さないし、口も固い。理想的なメイドにぴったり当てはまり、優秀だったので、父が条件の良い王宮の仕事に推薦をしたのだ。
王宮の試験はすぐにパスして、採用となった。
「それで?例の件はどう?」
「それが…その事なのですが…ここではちょっと」
いつも冷静なティファらしくない態度に不安が芽生えた。
「大丈夫なの!?どこか怪我でも…?」
「いえ!そういうわけではないのです!ですが……」
ティファは周りを見渡して、お嬢様こちらへと言って、物陰に連れてきて、ローリエにそっと耳打ちした。
「へっ??どういうこと!?」
「ですから、そういう事で、扱いを覚えて対処出来れば、私のようなものにはさほど問題ではありません」
ローリエは、腕組みをしてしばらく頭を整理した。
「なるほど…、だから伯爵は、ユージーンにそう言って近づかせないようにしたのね。顔から流血の件は……もう考えないようにしよう」
「殿下は今日には戻られるのね」
「はい、そのようです」
ローリエは安堵のため息をついた。
問題のジャンルが変わってしまったが、後は殿下になんとかしてもらえばいい。びっくりしないように一言話しておけば良いだろうと考えた。
「ローリエ様、ゲストハウスにご案内します」
ローリエはティファに続いて、歩き出した。
□□□□□□□□
朝食を食べてしばらく経ってから、部屋をノックする音が聞こえた。
返事をすると、ローリエが顔を出した。
「ローリエ!会いに来てくれたの!?つい先日別れたばかりだけど、ずいぶん会っていないような気がするわ…」
「リリアンヌ、あなた…、いや、そうね。元気そうで良かった」
何か物言いたげなローリエに、少し首をかしげながら、部屋の中へ招き入れ、仲良くなったエミリーやティファの話をした。自分のことのように喜んでくれてた。
「それで、注意しておくべき人間については、大丈夫だった?」
「んー、ロイスには、今までの殿下に対する態度とか、軽はずみな行動で迷惑をかけることとか…、色々と指摘されて、でも、言われたことはその通りで、もう反省ばかり」
「リリアンヌ…、確かに、誉められる態度ではなかったけど、それは、あなたなりの葛藤もあっただろうし、全て否定されるのは癪だわ」
ローリエは、今度は小鼻を膨らませて怒ってくれた。それで、十分気持ちが晴れていった。
「それで、エイダン様は?」
「僕がどうかしたの?」
突然の乱入者に、二人してびっくりして振り向くと、窓辺にエイダンが立っていた。
「爽やかな朝から、令嬢方が僕の噂話なんて怪しいな」
「エイダン様!窓から入ってこられたのですか!?お願いだから扉から入ってきてください!」
テラスに通じる窓が換気のため開けられていた。庭に入り込んでそこから侵入したのだろう。
「お勉強の時間は大丈夫なのですか?またロイスが怒鳴りこんでくるのは、もう嫌ですよ」
「今日は平気、教師たちがみんな急にお腹を壊してね。僕は自由だよ!リリアンヌ」
なにか、嫌な予感しかないが、エイダンは青い目をキラキラさせて、天使の微笑みを見せた。
「えっ…エイダン様…なんというか、雰囲気が変わりましたね。以前お見かけしたときは、もっとこう…」
「そうだよ。僕は大人になったんだ。リリアンヌが僕を大人にしてくれた」
「ちょっと!変なこと言わないでよ。何もない!何もしていないわ!」
ローリエが疑惑の目を向けてきたので、慌てて否定した。
エイダンは涼しい顔で、リリアンヌの座っている足元まで来て、膝をついて腰の辺りに抱きついてきた。
「ちょっと、何しているのよ!」
「あー幸せ、リリアンヌに幸せを貰っているんだよ」
王子であり、子供でもあるので、無下にはできず、おろおろするばかり。
「…リリアンヌ、あなた、完全に懐かれたわね。ほら、頭でも撫でてあげなさい。媚びを売っておいて損な相手ではないわ」
「ローリエ嬢はクラリス公爵にそっくりだね」
「あら?利用できるものは利用する。賢い人間の心得ですわよ。ふふふ」
二人の舌戦が交わされているが、とりあえず、言われた通りに、エイダンの頭を撫でてみた。
ふわふわの手触りは子犬でも撫でているようで、それだと思うことにした。
「ねぇリリアンヌ、お兄様はやめて僕にしない?」
「しません」
「おかしいよ。どうして僕はリリアンヌと結婚できないの?同じ王子なのに、先に生まれたからって、お兄様はなんでも持っていってしまう。王位もリリアンヌも…」
「…エイダン様、王位の事は言えませんが、私の事は言えます。あの事で、エイダン様とちゃんと向き合って話す者がいなかったのです。今、エイダン様が私を想って頂ける気持ちは信頼に近いものだと思います。私にも分かります。自分を信頼して受け入れてくれる者がいない怖さ、もしそういう人が現れた時、それを失ってしまうという恐怖。でも大丈夫です。エイダン様はひとつ殻を破られたのです。自分が変わることで、周りの人も変わっていきます。一人ずつ信頼できる者は増えていき、やがて信頼からもっと深い本当の愛情を感じられる相手に出会えます」
エイダンの青い瞳はユラユラと揺れていた。それは、まるで吸い込まれていきそうな美しさだと思った。この歳の頃でしか見ることができない、穢れのない色、今の自分には少し眩しくて切なくなった。
「ほらロイス、言っただろう、リリアンヌは最高の婚約者だって。心配することはなにもない」
突然聞こえてきた声に、体はビクリと飛び跳ねた。顔を上げると、部屋の入り口にフェルナンドとロイスが立っていた。
「まぁ、フェルナンド、いつからそこに?」
慌てて立ち上がった。エイダンも今度はするりと手を放してくれた。
「ローリエ嬢が賢人の心得を説いていた時からね」
フェルナンドはつかつかと部屋を進んで、リリアンヌの隣までやってきた。
「エイダン、本当の愛というものを教えてあげよう、一目見れば心が惹かれ、一言話せば忘れられず、その手に触れればもう離せない…そういうものだ」
そう言って、フェルナンドはリリアンヌを抱きしめた。
「ただいま」
「お帰りなさい…って!なっっっ…なんなのですか…その小っ恥ずかしい…言葉は」
「昔ある賢人が教えてくれたのだよ。迷える子羊だった私は、その言葉を聞いて、そう思える相手が現れるのを待つことにしたんだ」
君の事だよリリアンヌと言って、フェルナンドは頭にキスの雨を降らせた。
直立不動で、部下として目を逸らして沈黙するロイス。
二人を見上げて口を空けたまま固まるエイダン。
口を押さえて爆笑を悟られまいとするローリエ。
騒がしくなりそうな予感を感じて、ティファはそっと扉を閉めた。
□□□
王宮の庭園でパーティーが開かれて、たくさんの着飾った令嬢が参加していた。
フェルナンド殿下の周りには、常に何人も令嬢が付いていて、令嬢達はお互いに牽制しあいながら、隣をキープしつつ、うっとりした目で殿下を見つめていた。
殿下の噂は既に聞いていた。いつも違う令嬢を連れて歩いている。そろそろ婚約者を決めてもいい頃なのに、いっこうに一人に絞らない。
あれこれ文句を付けて断っている。
父が指をさして、ほら、お前もあそこを目指しなさいと言ったけど、私には、優柔不断なうるさいモテ男なんて、絶対に嫌だった。
それに、自分の中で、心に決めた人がいたから、私は何としてもその人と結婚すると決めていた。
そういえば、あの時、殿下と話をした記憶がある。
一人でお茶を飲んでいた私に、殿下が話しかけてきたのだ。
どうして自分の所へ来ないのかと聞かれて、私は心に決めた人がいるのでと答えた。
殿下は不思議そうな顔をして、そういう人には、どうやったら出会えるのか聞いてきた。
一目見れば心が惹かれ
一言話せば忘れられず
その手に触れればもう離せない
その頃読んでいた少女向けの小説に載っていた、愛の詩だったと思うが、それを引用して答えた。
殿下は、しばらく黙ってから、そうかと言って離れていった。
それ以来、遠くから見るくらいで、ほとんど会話をする機会もなくきたが…。
「まさか、その婚約者と仲良くなって、王宮に遊びに来るとはねー。想像出来なかったわ」
特大の独り言を呟いていると、馬車が止まった。どうやら、来客用の玄関に着いたらしい。
馬車を降りると、約束通り、ティファが待っていた。
「ティファ、久しぶりね。突然お願いしたりして、ごめんなさいね。管理の方に嫌味は言われなかった?」
「大丈夫です。ずっとフリーで使われていたので、今回専属を願い出て、認められたので良かったです」
ティファは、幼い頃からクラリス家に勤めていて、仕事は丁寧で迅速、いつも冷静沈着、余計な事は話さないし、口も固い。理想的なメイドにぴったり当てはまり、優秀だったので、父が条件の良い王宮の仕事に推薦をしたのだ。
王宮の試験はすぐにパスして、採用となった。
「それで?例の件はどう?」
「それが…その事なのですが…ここではちょっと」
いつも冷静なティファらしくない態度に不安が芽生えた。
「大丈夫なの!?どこか怪我でも…?」
「いえ!そういうわけではないのです!ですが……」
ティファは周りを見渡して、お嬢様こちらへと言って、物陰に連れてきて、ローリエにそっと耳打ちした。
「へっ??どういうこと!?」
「ですから、そういう事で、扱いを覚えて対処出来れば、私のようなものにはさほど問題ではありません」
ローリエは、腕組みをしてしばらく頭を整理した。
「なるほど…、だから伯爵は、ユージーンにそう言って近づかせないようにしたのね。顔から流血の件は……もう考えないようにしよう」
「殿下は今日には戻られるのね」
「はい、そのようです」
ローリエは安堵のため息をついた。
問題のジャンルが変わってしまったが、後は殿下になんとかしてもらえばいい。びっくりしないように一言話しておけば良いだろうと考えた。
「ローリエ様、ゲストハウスにご案内します」
ローリエはティファに続いて、歩き出した。
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朝食を食べてしばらく経ってから、部屋をノックする音が聞こえた。
返事をすると、ローリエが顔を出した。
「ローリエ!会いに来てくれたの!?つい先日別れたばかりだけど、ずいぶん会っていないような気がするわ…」
「リリアンヌ、あなた…、いや、そうね。元気そうで良かった」
何か物言いたげなローリエに、少し首をかしげながら、部屋の中へ招き入れ、仲良くなったエミリーやティファの話をした。自分のことのように喜んでくれてた。
「それで、注意しておくべき人間については、大丈夫だった?」
「んー、ロイスには、今までの殿下に対する態度とか、軽はずみな行動で迷惑をかけることとか…、色々と指摘されて、でも、言われたことはその通りで、もう反省ばかり」
「リリアンヌ…、確かに、誉められる態度ではなかったけど、それは、あなたなりの葛藤もあっただろうし、全て否定されるのは癪だわ」
ローリエは、今度は小鼻を膨らませて怒ってくれた。それで、十分気持ちが晴れていった。
「それで、エイダン様は?」
「僕がどうかしたの?」
突然の乱入者に、二人してびっくりして振り向くと、窓辺にエイダンが立っていた。
「爽やかな朝から、令嬢方が僕の噂話なんて怪しいな」
「エイダン様!窓から入ってこられたのですか!?お願いだから扉から入ってきてください!」
テラスに通じる窓が換気のため開けられていた。庭に入り込んでそこから侵入したのだろう。
「お勉強の時間は大丈夫なのですか?またロイスが怒鳴りこんでくるのは、もう嫌ですよ」
「今日は平気、教師たちがみんな急にお腹を壊してね。僕は自由だよ!リリアンヌ」
なにか、嫌な予感しかないが、エイダンは青い目をキラキラさせて、天使の微笑みを見せた。
「えっ…エイダン様…なんというか、雰囲気が変わりましたね。以前お見かけしたときは、もっとこう…」
「そうだよ。僕は大人になったんだ。リリアンヌが僕を大人にしてくれた」
「ちょっと!変なこと言わないでよ。何もない!何もしていないわ!」
ローリエが疑惑の目を向けてきたので、慌てて否定した。
エイダンは涼しい顔で、リリアンヌの座っている足元まで来て、膝をついて腰の辺りに抱きついてきた。
「ちょっと、何しているのよ!」
「あー幸せ、リリアンヌに幸せを貰っているんだよ」
王子であり、子供でもあるので、無下にはできず、おろおろするばかり。
「…リリアンヌ、あなた、完全に懐かれたわね。ほら、頭でも撫でてあげなさい。媚びを売っておいて損な相手ではないわ」
「ローリエ嬢はクラリス公爵にそっくりだね」
「あら?利用できるものは利用する。賢い人間の心得ですわよ。ふふふ」
二人の舌戦が交わされているが、とりあえず、言われた通りに、エイダンの頭を撫でてみた。
ふわふわの手触りは子犬でも撫でているようで、それだと思うことにした。
「ねぇリリアンヌ、お兄様はやめて僕にしない?」
「しません」
「おかしいよ。どうして僕はリリアンヌと結婚できないの?同じ王子なのに、先に生まれたからって、お兄様はなんでも持っていってしまう。王位もリリアンヌも…」
「…エイダン様、王位の事は言えませんが、私の事は言えます。あの事で、エイダン様とちゃんと向き合って話す者がいなかったのです。今、エイダン様が私を想って頂ける気持ちは信頼に近いものだと思います。私にも分かります。自分を信頼して受け入れてくれる者がいない怖さ、もしそういう人が現れた時、それを失ってしまうという恐怖。でも大丈夫です。エイダン様はひとつ殻を破られたのです。自分が変わることで、周りの人も変わっていきます。一人ずつ信頼できる者は増えていき、やがて信頼からもっと深い本当の愛情を感じられる相手に出会えます」
エイダンの青い瞳はユラユラと揺れていた。それは、まるで吸い込まれていきそうな美しさだと思った。この歳の頃でしか見ることができない、穢れのない色、今の自分には少し眩しくて切なくなった。
「ほらロイス、言っただろう、リリアンヌは最高の婚約者だって。心配することはなにもない」
突然聞こえてきた声に、体はビクリと飛び跳ねた。顔を上げると、部屋の入り口にフェルナンドとロイスが立っていた。
「まぁ、フェルナンド、いつからそこに?」
慌てて立ち上がった。エイダンも今度はするりと手を放してくれた。
「ローリエ嬢が賢人の心得を説いていた時からね」
フェルナンドはつかつかと部屋を進んで、リリアンヌの隣までやってきた。
「エイダン、本当の愛というものを教えてあげよう、一目見れば心が惹かれ、一言話せば忘れられず、その手に触れればもう離せない…そういうものだ」
そう言って、フェルナンドはリリアンヌを抱きしめた。
「ただいま」
「お帰りなさい…って!なっっっ…なんなのですか…その小っ恥ずかしい…言葉は」
「昔ある賢人が教えてくれたのだよ。迷える子羊だった私は、その言葉を聞いて、そう思える相手が現れるのを待つことにしたんだ」
君の事だよリリアンヌと言って、フェルナンドは頭にキスの雨を降らせた。
直立不動で、部下として目を逸らして沈黙するロイス。
二人を見上げて口を空けたまま固まるエイダン。
口を押さえて爆笑を悟られまいとするローリエ。
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