悪役令嬢に転生―無駄にお色気もてあましてます―

朝顔

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第三章

⑧遅く起きた男

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 学園で起こった騒動の残務処理で、かなりの時間を取られてしまった。
 と言っても、予定よりも早く切り上げて、待っていてくれるであろう人の元へ向かった。

 ロイスから来た知らせでは、無事に到着したことだけ簡潔に伝えられて、詳しいことは何も連絡して来なかった。

 まぁ、あいつはそういう男だ。真面目で実直な堅物。そのくせ失礼な事を考えていたりするから、やっかいだ。

 リリアンヌの事も、口や態度には出していないが、気に入らない様子だ。
 そして、私には言わないが、リリアンヌには、ハッキリ言いそうだから、心配ではある。

 もう、10年の付き合いになるだろうか。父の再婚などで、ゴタゴタしている時、話し相手にと引き合わされた。
 歳は向こうが5歳上だから、将来を見据えた、サポートをしてくれるような、関係を作ることを目的とされたのだろう。

 出会った頃から、面白みのない男で、喋る言葉と言えば、だめです、やめましょう、いけません、その繰り返しだ。
 だが、真面目で有能、メキメキと仕事を覚えて、今では、王宮を取り仕切るまでに成長した。
 私が不在の時は、仕事のほとんどをカバーしてくれる、全くもって頼りになる男だ。

 ロイスが女性関係で口を出す事はなかった。ただ、早く婚約者をお決めにならないと、お妃教育の事もありますのでと言われ、そっと釣書の束を置いていかれた時は、彼なりに焦ってきたなというのは見てとれた。

 それでもって、リリアンヌを婚約者にすると言った時に、ロイスが言った言葉は、え?誰ですか?だ。
 せっせと釣書を作っていた男の、おすすめリストから外れた令嬢を選んだことは、まぁ気に入らないのだろうということは、明らかだ。

 夜通し馬車を走らせて、朝方やっと王宮にたどり着くと、ロイスが出迎えてくれた。
 不在時の政務の確認などがあるので、あちらはその後ですと引っ張られて連れていかれた。

 諸々の確認が終わり、ゲストハウスに向かう途中、ロイスが切り出してきた。

「私は、家柄も良く身辺も綺麗で容姿端麗、将来の王妃としての資質を兼ね備えた、文句のないご令嬢を殿下にご紹介しました。当然その中よりお選びいただけるものと考えておりました」

「色々と考えてくれていたのに、申し訳ないが、こればかりは私のわがままを叶えてほしい。私の婚約者は最高の人なんだ」

 何か考えるようにロイスの足が止まった。

「正直なところ、私はまだあの方がどういう方か掴みかねています…ただ、最初に持っていた印象とは、少し変わったというところですが」

「まぁ今はそれで良いのではないか。おいおい、分かる事もあるだろう」

「他人に対して攻撃的で、問題が多かったエイダン様を、いとも簡単に手懐けてしまって…何か良からぬ事を考えているのではないか…と」

「なんだ、エイダンがもう懐いたのか。心配するな、リリアンヌは策略家ではない。解毒剤のようなところがあって、お子様なんぞ効果覿面だ、ほら、いくぞ」

「は…はい」

 ゲストルームからは、賑やかな声が聞こえてきた。ローリエが遊びに来ているらしいが、どうやら、エイダンもいるらしい。
 こちらの姿が見えたので、慌ててメイドが扉を開けた。

 座っているリリアンヌに、しがみついているエイダンが見えた。
 ロイスが行こうとするのを、手で制した。
 ちょうど、ローリエがこちらに気が付いて、賢い人の話をした。彼女らしい見解だ。

 エイダンがリリアンヌと結婚したいと、子供らしいが核心をつくような事まで言い出した。
 兄弟の軋轢を生みかねない質問だが、リリアンヌは子供にも分かりやすく、かつ、誰も傷つけないように希望を持たせて説いていた。

 それを聞いたとき、この女性ひとを選んで良かったと思った。

 あの言葉はローリエに教えてもらった言葉だ。
 幼い頃より、様々な令嬢に引き合わされ、もう何が良いのか分からなくなっていた。
 実際に一人一人、付き合ってみたりもしたが、正直なところ、一緒にいてもいなくても何も変わらないし、完全に迷走していた。

 そんな時、王宮の庭園パーティーで、目を引く令嬢がいた。意思の強そうな目で聡明な印象を受けた。しかし、誰もが自分と話したがる中、彼女だけは、一切こちらを見ようともしなかった。
 興味本意で話しかけてみたら、彼女からは、びっくりするような言葉が出てきた。
 それは、自分が探していた答えだった。そして、そう感じる人が現れたら、絶対に逃さないと、そう、心に誓った。


 ひととき、リリアンヌを可愛がった後、エイダンを部屋に返した。

 その時ローリエが、折り入ってお話がと追いかけてきたので、ロイスにエイダンを託した。
 てっきりあの言葉のことかと思い、改めてお礼を言おうかとしたら、そんなのはもうどうでもいいと言われた。
 軽くショックだったが、次に聞いた話に驚かされた。

「殿下、リリアンヌと同じ寝所にするか知りませんが、一応、お耳に入れておきます。本人は朝の記憶がないので、ただの寝坊助だと思っていますが、朝の寝ぼけ状態のリリアンヌは、脱衣癖があり、子供のようになってしまうそうです。丁寧に扱ってあげてくださいませ」

 頭を整理するのに時間がかかり、言葉が出てこなかった。


 □□□□□□□□

 元々、また婚約中という事で、自分の部屋で生活させるが、別々の寝所を用意していた。
 ローリエが言ったことが、そもそも本当なのか、少しふざけるくらいの事なのか分からないが、あまり離れるのは危険を感じたので、隣同士の部屋で、中扉で行き来できる部屋を用意した。
 今まで付いていたメイドはよく事情を知っているらしいので、引き続き担当してもらった。

 夕食が終わると、リリアンヌは、眠いと言って目を擦り始めた。
 私は仕事が残っていたので先に休ませて、不在時の連絡事項のチェックや、書類のサインに追われ、すっかり遅くなってしまった。

 部屋に戻ってから、扉を開けて様子を見たが、とてもよく眠っていた。そういえば、寝顔を見るのは初めてで、嬉しくなっておでこにキスをした。

 その後は、自分のベッドに戻り、寝入ってからしばらくして、ゴソゴソという物音で目を覚ました。
 外は空が白くなり始めて、朝の入り口に立っているころだった。

 物音が気になって、扉を開いて見ると、リリアンヌはベッドに座っていた。

「…リリアンヌ?もう起きたの?眠れなかったのか…?」

 呼ばれてこちらをゆっくり見たリリアンヌは、泣き顔で、目の焦点がどこか合っていない。

「フェルナンド…これ、あついの…ひもがとれない」

「!!」

 メイドのお手製だという、ガウンは、上から下まで、紐でこれでもかと止めてあり、リリアンヌは指に力が入らない状態で頑張って紐を解こうとしていた。

「そうか、これが寝ぼけた状態だな。おーい!リリアンヌ、目を覚ましなさい」

 とりあえず、近づいて、肩でも揺すって起こそうかとしたら、伸ばした手を捕まれて、令嬢とは思えぬ力でベッドの中に引っ張り込まれた。

「ふふふふっ、つーかまえた」

「え………」

「フェルナンド、まだ眠いの。一緒に寝よ…」

「たぁ!ちょっ、ちょっ、ちょっっと待って!え?ちょっ……」

「だいすき…離れたらだめ…」

 そう言って、リリアンヌは、首筋にキスをして、再び眠りについてしまった。
 気持ち良さそうな、寝息の音が聞こえた。

「だめだ…死ねる」

 朝日も遠慮がちに、窓辺に差し込んできた。
 私は眠気と興奮で気を失った。


 □□□□□□□

 日が高くなっても二人がなかなか起きてこないと、メイドが部屋に入れずにオロオロしているところを、ロイスが見つけて、問答無用で寝室に突入してきた。

 リリアンヌはなんと、先に勝手に起きていて、よく寝ているのでとそのままにしていたらしい。

 ロイスに叩き起こされ、いくら久々の再会でも、結婚前の令嬢のベッドにもぐり込んで寝るとはいかがなものか、少しくらい理性はないのかと、散々小言を言われた。
 いやむしろ理性のかたまりだったと弁解したが、冷たい視線をおくられた。

 リリアンヌの担当をしていたメイドと改めて打ち合わせた。
 最初からやっておけばよかったのだが。
 まず初日、リリアンヌは暑いと言って着ているものを脱いで、メイドをベッドに引っ張り込んで、くまさんのぬいぐるみーと言って寝てしまったらしい。
 翌日から、あの紐だらけのガウンで、脱衣の問題は解決したが、何かに抱きついて、再入眠したいらしく、綿を詰めた人形をさっとあてがって、背中をトントンすると、寝てくれてこれも解決。再び起きる時は、寝ぼけているが、大人しいという事が判明した。
 取り扱い説明書は出来たので、しばらくは共同で対処する事になった。

「でも、私の時は名前も呼んでくれませんでしたし、大好きとも言っていませんでしたよ。フェルナンド殿下限定ですのね。あっ、無防備な時って、本心が出るって言いますからね」

「…………君、ティファと言ったね。苦労をかけるから、手当てを増やすよう管理に伝えておこう」

「これは…もったいないお言葉。まいどありがとうございます」

 私の可愛い婚約者は、今日も私を困らせてくれる。
 でも私の人生がこれほどまでに色鮮やかに、生き生きと過ごせるのは、彼女のおかげなのだ。

 その手に触れれば、もう離すことはできない。
 彼女も同じ気持ちであることを願う。


 □□□
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