悪役令嬢に転生―無駄にお色気もてあましてます―

朝顔

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番外編

■結婚式■

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 季節は新緑の頃、アレンスデーン王国では、待ちに待った、国の第一王子の結婚式が行われようとしていた。

 各国からの招待客が、聖堂に集い、町では、あちらこちらで、お祝いのイベントが開かれていた。

 王宮の中は、朝から戦場のような忙しさで、すべての人間が走り回っていた。

 そんな中、本日の主役の一人である、花嫁のリリアンヌは、浮かない顔をしていた。

 リリアンヌが身に付けているのは、国を挙げて製作された、柔らかい最高級の真っ白なシルクのドレスで、飾りがなくシンプルな上半身部分と、対する下半身のスカート部分は、金糸をこれでもかと織り込んで、四季折々の草花が刺繍されている、大変豪華なドレスだった。

 リリアンヌの金色の髪は、高い位置で結ばれて
 、ベールを付けた際に、邪魔にならないように、計算されていた。

 しかし、すみれ色の瞳には、喜びというより、不安と寂しさの色が浮かんでいた。

 というのも、花婿のフェルナンドとは、ここ二ヶ月も会えていないのだ。
 勝手に鬼の所業と呼んでいるが、国務長官に出世したロイスが、これでもかと、国外の仕事をブチこんでくれたおかげで、フェルナンドは、二ヶ月ずっと海外視察に出掛けて、なんと、結婚式当日に帰ってくるという、鬼としか思えないスケジュールなのだ。

 おかげで、結婚式のことは、よろしくと、全部丸投げされて、別れ際に、軽いキスだけして、バタバタと出ていかれてしまい、王宮にぽつんと残されてしまった。

 ロイスに、ちくりと嫌みでも言おうものなら、今が王子にとってどれ程大事かという話を半日くらい聞かされて、もう絶対言うものかとこれでもかと、思い知らされて、おまけに、そんなに暇ならと、お妃教育本まで追加された。

 結婚式の準備は毎日あれこれあって、考える暇などなかったが、当日になって、鬱々とした気持ちが芽生えてきた。

(ドレスとかどうでも良かったけどさ、せめて、少しは話し合いたかったし……、視察が大切なのは分かるけどさ………)

「バージンロード歩いて、最初に交わす言葉が、お久しぶりってどうなのよ!!」

 式当日は、しきたりとかで、二人は式典の中で初めて会わなくてはいけないらしく、これが全く二ヶ月ぶりの再会になるのだ。

「リリアンヌ様、落ち着いてください。どうせ、もうすぐ会えるんですから」

「そうですよ、こんなに、綺麗なんですから、フェルナンド様も大喜びですよ!」

 そばで、ティファとエミリーが、慰めてくれたが、リリアンヌの心は晴れない。

 フェルナンドから手紙は来ていたが、やはり声が聞けないというのは、寂しいものであった。

「立ち寄ったみたいだけど、フレイムの国の女性は、かなりの美女揃いと聞いたわ……、もし、フェルナンドが心変わりしてしまったら……」

 フェルナンドへの愛が増していくと、よけいな不安も増していった。しかも、会えないということは、何も確かめようがないので、想像がどんどん行き過ぎてしまう。

「大丈夫。そんな事になったら、僕がもらってあげるから、まー多分ないけどね、あの人、リリアンヌに夢中だから」

「エイダン様!ここ、男子禁制ですよ!」

「えー、だって、まだ僕子供だし」

 ティファに軽く注意されるも、エイダン王子は都合良く、子供になったようだ。

「元気出して、リリアンヌ。自信持ちなよ!不安なのは、寂しい気持ちをぶつける相手がいないからでしょう。会えば気持ちも晴れるよ」

「………子供に慰められてしまった。私もまだまだね」

「子供もたまには、良いこと言うでしょ!」

「そうね、全く……子供のくせに」

 フフンと笑ったエイダンを見て、やっと気持ちが強く持てるようになった。

 そろそろ、お時間ですと呼ばれて、リリアンヌは愛しい人の元へ、向かうのであった。


 □□


 二ヶ月ぶりに帰って来た、自国の空気は、やはり、自分の体に一番合うと、フェルナンドは思った。

 学園を卒業して、本格的に国の仕事に携わるようになると、長期で仕事に出ることも増えてきた。

 特に今回は、時期的な事もあり、どうしても避けたかったのだが、視察先から、今を逃したら次は、何年後か分からないと言われてしまい、仕方なく行くことになった。

 別れ際の、リリアンヌの顔を思い出す。涙は流していなかった。
 というか、リリアンヌが泣くことは少ない。
 もともと、思考や性格は、前世から引きずられているので、どうやら、泣き上戸の自分と違い、トーヤは、感情を見せないタイプだったらしい。

 それでも、愛してくれるからだろう、自分にしか見せてくれない顔がある。
 別れ際のリリアンヌの顔はそれだった。

 無意識に感情を抑えた顔。だが、口の端が微かに揺れていた。
 言いたいことを、無理やり飲み込んでいるように。
 行くなと、言っているように見えた。

 抱き締めたら、離せなくなりそうで、軽くキスをして、忙しいふりをして、そのまま別れた。
 お互い別れが辛くなるからと思ったが、その事を、何度後悔したか分からない。

 二ヶ月、いつもなら、すぐそばで抱きしめることが出来た人の、あの温もりを感じられないのは、辛すぎた。せめて、あの時、それを感じていればと、今更ながら、自分に腹が立つ。

 しかし、無事、婚儀が終われば、もう二度とあんな別れはしない。
 海外視察にも、リリアンヌを堂々と連れていくつもりだ。
 そして、リリアンヌが、隠れて鬼と呼んでいる男が、そ知らぬ顔で控室に入ってきた。

「フェルナンド様、準備が出来ましたら、先に聖堂へお入りください。確認した通り、名前を呼ばれたら司祭の前で待機してください」

「あぁ、お前のおかげで、とんだ強行軍だった」

「成果はあったのでしょう」

「もちろんだ、かなりの利益が見込めるようになった」

「それはなりよりです」

 口角を上げて、ほくそ笑んでいる男に、軽く睨みを入れておいた。

「次の視察は、リリアンヌも連れていくからな。妃であれば、もう問題ないだろう」

「…………、まさか、仕事に女性を同行させるとは………、まぁ、私からは何も言えませんがね」

「もう、なんと思われようが構わない。リリアンヌは寂しがっていただろう?」

「そうですね。いつも、浮かない顔をして、話はうわの空。食事は嫌いなもの以外にも残していましたね。ドレスの打ち合わせでは、私にフェルナンド様の好みを聞いてきましたが、知らないと答えると、悲しそうな顔をしていました。あぁ、そう言えば、たまに窓辺に立って、泣いているような顔をしていましたね、声はかけませんが」

「おいおい……よく見ている割には冷たいな」

「仕事ですので、私情ははさみません」

 はさみまくりだろうと思いながら、フェルナンドは、静かに立ち上がった。

「一応、確認いたしますが、くれぐれも、式の進行に支障がないように、よろしくお願いしますよ」

「勿論、分かっている」

 そう言ってフェルナンドは、控え室を後にした。可愛い花嫁の姿を想像して、口元には自然と笑みがこぼれた。


 聖堂内は、各国の列席者が集まり、厳かな雰囲気に包まれていた。

 まず、国民から選ばれた、子供の聖歌隊が現れて、国家と祝福の歌を披露した。

 司祭が神の言葉と、結婚について、長らく話してから、フェルナンドは、呼ばれて司祭の前に立った。
 盛大に音楽が鳴り響き、長い赤い絨毯の向こうに、リリアンヌの姿が現れた。
 父親のロロルコット伯爵が横について、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。
 真っ白なドレスは、光輝いていて、天からおりてきた女神のように見える。
 レースの厚いベールに隠されて、表情はうかがい知れない。

 目の前に到着したリリアンヌの姿を、じっと見つめた。
 二ヶ月ぶり、少し痩せたかもしれない。
 早くあの薔薇の花が咲いたような笑顔が見たかった。

 司祭が、夫婦の誓いを読み上げて、二人とも了承した。
 それでは、誓いのキスをと言われて、ゆっくりとベールを持ち上げた。

 そこに見えたのは…………、

 ポロポロと涙をこぼしている、リリアンヌの姿だった。

「………ごめん、涙が……止まらなくて、フェルナンド………、会いたかったよぉ……」

 小さくて、消え入りそうな声だった。

 自分の中の理性が、ブチっと音を立てて、弾けとんだのが分かった。


 □□□

 その姿を、遠くに見た瞬間、体中から、ずっと待ちわびていた思いが、込み上げてきた。
 それは、一歩ずつ、足を進める度に増して、近づくほどに、思いは溢れて、涙となって頬をつたった。

(最悪だ。誓いの場で花嫁が泣き顔なんて、ひどすぎる)

 なんとか、涙をぬぐって、ごまかそうとしたが、焦るほど止まらなくてなってしまった。

 ついには、ベールが上げられてしまい、泣き顔のまま、再会になってしまった。
 しかも、無言で頷く予定が、顔を見たら、感極まってしまい、会いたかったと、気がついた時には、本音が口から出ていた。

(……しまった、こんな時に、何てことを……、ごめん、フェルナンド)

 とにかく、軽く口づけて、司祭の祝福の言葉を受ける予定なので、目を閉じた。

 なぜか、間が空いて、フェルナンドからの口づけがなく、恐る恐る目を開けると、そのタイミングで、フェルナンドの顔が近づいてきた。

 しかも誓いのキスというよりは、噛みつくような勢いで奪われたので、思わず後ろに引こうとしたが、頭をがっちり押さえられていて、動かせない。

 激しめの勢いから、今度は、フェルナンドは舌をねじ込んできて、あっという間に侵入を許してしまった。
 抗議のため、腕を叩いてみたが、全く意味がない。
 キスに関しては、リリアンヌの良きところは、知り尽くされていて、尚且つお久しぶりなので、抵抗もむなしく、簡単に崩落してしまった。

 息継ぎの暇も与えてくれない、いきなり全力の力で攻められて、頭はとろんとしてきて、力が抜けて完全に甘い波に身を任せそうになった時、司祭の咳払いの音で、一気に目が覚めた。
 フェルナンドもさすがに気がついたのか、そこで、流れを止めてくれた。

 辺りはしーんと静まり返って、たくさんの人間がいるはずなのに、物音ひとつしない。

(……もう、だめ、穴があったら入りたい)

 どこからか、まぁ仲がよろしいことで、という声が聞こえてきて、聖堂はいっせいに微妙な笑いに包まれた。
 後々、アレンスデーンに伝わる、誓いのディープキスという伝説は、こうして作られた。


 □□


「信じられない!恥ずかしくて、もう外を歩けないよ!」

 辛うじて無事に、婚儀が終了して、夫婦となったが、部屋に戻っても、リリアンヌは、恥ずかしさで消えたい気持ちでいっぱいだった。

「ごめんね、リリアンヌ。つい理性が吹っ飛んじゃった。だって、リリアンヌの泣き顔があまりに可愛くて」

「………………」

 涙のこと言われると、自分にも責任があるので、それ以上責めることが出来ない。

「機嫌を直してよ。久しぶりの再会に、今日は特別な日だよ。リリアンヌ、すごく綺麗だよ。ドレスも最高だった」

「………ありがとう。本当は一緒に準備したかったよ」

「ごめんね。そうだ、来月また視察があってね。今度はルカリオの所にいく予定だよ」

 こんな、特別な日に、そんなことを言わなくてもと、リリアンヌの顔はまた、悲しみに覆われた。

「今度はリリアンヌも一緒だから」

「え?本当!?」

「うん、今まで、婚約者を連れまわすなとうるさく言うやつがいてね。でももう口を出される事もないし、やっと自由に出掛けられるね」

 リリアンヌは、喜びで声が出そうだったのを、口を押さえて止めた。ずっと寂しかったのだ。こんなに、嬉しいことがあるのだろうか。

「もう一つ、というか、これがメインなんだけど、自由になったことがあります。何でしょうか?」

 突然のフェルナンドの質問に、リリアンヌは目をぱちぱちさせながら、何事かと考えた。

「国外の視察と…?なら、国内の移動とか?」

「いや、そっちの方じゃなくて、二人のことなんだけど」

 のんびり考えているリリアンヌに、しびれを切らしたフェルナンドは、リリアンヌを抱き上げた。

「わっ……なんだよ。急に……」

「ずっと、聞きたかったんだけど、トーヤの時は、恋人はいたの?」

「えええ!?なっ……なんだよ。その話?」

「大事なことなんだよ。それで、攻めかたが変わるんだ」

「ええ……?なにそれ?別にいなかったよ。俺、モテなかったし……」

「ほぉーー。なるほど、では、何もかも初めてということか……」

 フェルナンドの、満足したような、怪しい視線に、なんとなく気づくものがあった。

「……え?もしかして……」

 フェルナンドに、丁寧にベッドに下ろされて、上からのし掛かられた。

「そう、やっと自由になったのは、私達の、大事な初めての夜ということだよ」

 フェルナンドの熱い視線に、頭がくらくらしてきた。リリアンヌとて、全く考えなかったわけではない。お妃教育にも、しっかり出てくるのだ。

「大丈夫、初心者のリリアンヌに、そんなに、無謀なことはしないよ。まずは、私に身を任せて、こんなものだと、知ってもらえたら……」

「フェルナンド、すごく、怖いのだけど………頑張って覚えるから……、たくさん教えてください。それで、どうか、朝までずっと、離さないでください」

 友人ローリエから、いざというときは、謙虚に教えを乞えとアドバイスをもらったので、そういった雰囲気のことを言ってみた。

 フェルナンドは、物言いたげな目線でこちらを見たあと、一つため息をついた。

「………もうやめた。分かったよ。手加減なんかしないから、お望み通り、いっぱい愛してあげるよ。もう無理って言っても、離さないから!」

 そう言って、大好きなキスをしてくれた。
 これから、始まる未知の体験と、その先の二人の未来に、リリアンヌは心を踊らせて、そのキスに応えるのであった。

 二人の甘い時間は、まだ始まったばかり。




 □□終□
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