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第二陣

⑧食べても美味しくないよ

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 この世界には、魔獣という野生の獣のような生き物が存在する。
 人間が魔力を持っているのと同じで、魔獣達も魔力を持っていて、少ないものいれば多いものもいる。

 普段獣達は主に森の奥や高山などにいて、人の住む場所には現れない。
 彼らが主に食べるのは小動物だが、繁殖期になると凶暴化しその食欲は異常になる。
 魔獣は食べることで、生き物の魔力を自分の体に取り込むことができるらしい。

 高い魔力を摂取することだけに頭が取り憑かれたようになり、その対象は人間に変わる。
 人間は他の動物の中で一番多く魔力を持っているからだ。

 クライスラー公爵領にある広大な森にはたくさんの魔獣がいて、その魔獣が王国を襲わないように食い止めるのが公国の使命だ。
 そしてもう一つ、首都はたくさんの魔導士が集まって守護魔法を張っていて、魔獣の侵入を防いでいる。
 この二段階の守りにより、今まで平和は保たれてきた。

 しかし神が起こす天変地異の前触れなのか、ここにきておかしな事態が地方で起きていた。
 人に飼われているようなただの動物が、突然魔獣に変化してしまうという報告が各地から上がるようになってきた。
 以前からごく稀にそういった事態はあり、魔欠病と呼ばれていたそうだ。
 どんな生き物にもあるはずの魔力が底をつき、いっさい生み出されなくなると魔獣となり、魔力を求めて他の生き物を摂取しようとするものだった。

 極めて稀で、医学書の最後に小さく載っているくらいのものだったその魔欠病が、にわかに広がる気配を見せていたが、私利私欲に溺れていた役人達は首都は大丈夫だろうと楽観視していた。





 王城の下に広がる森は、ボートを楽しむような池があり、美しい小川が流れ、小動物が生息する穏やかな森だった。

 それが今は暗く澱んでいて、まるで魔界に足を踏み入れたかのようだった。

「はぁ…はぁ……本当に……こっちで合っているのか?」

 足場の悪い道を息を切らしながら走り続けた。俺の前を走るローブのやつは、背格好と声からおそらく男だが、一言も話さず黙々と走り続けていた。
 俺は吐きそうなくらい息切れしているが、男の呼吸は少しも乱れていなかった。

「大丈夫ですか? どうやら、体力はあまりないようですね」

「ああ……、もし、あれだったら……先に……」

「あれ、ずいぶんと簡単に諦めちゃうんですね。助けたい人がいるんじゃないんですか?」

「っっ……、うるさ……、くそっ、行くぞ」

 嫌なやつだ。
 なぜか全てを知っているみたいに、追い詰めるようなことを言ってくる。
 悔しくて俺は、歯を食いしばってまた走り出した。

「もう少しです」

 どれくらい走っただろう。
 森に入ってからかなり時間が経った気がする。

 男が指を差した方向には、石で作られた何かの記念碑のようなものが建っていた。
 死に物狂いで男の背を追ってやっとたどり着いた俺はゲホゲホとむせながら空に向かって伸びる塔のような形をした石を眺めた。

「これ…、これをどうすればいいんだ? めちゃくちゃに壊せばいい…のか?」

「さあ、どうしましょうか」

 素っ頓狂な答えを返してくる男に、ここまで来て何を言うのかと俺は強い視線を送った。

「狙いは……貴方、だと言ったら?」

「は?」

「とぼけないでください。貴方は魔力溜まり、ですよね」

 男の言葉に全身の血が凍ったみたいになった。
 なぜ、それを……この男が知っているのだろう……。
 もしかして、あの……オークションから噂が広がっているのかもしれない。

「私は貴方を待っていたのです」

 じりじりと男が近寄って来たが、俺は恐怖で体が固まって動けなくなっていた。

「なっ……なにを、装置を壊すってのは……嘘だったのか!?」

「今さらそんなことを……、そんなものは貴方をここへ連れてくるための口実ですよ」

「じゃあ、この石の像みたいなのは?」

「さあ? 知りません。古代の遺物かなにかだと思いますが、今はただの石像です」

 じりじりと近寄って来た男は俺の腕を掴んだ。
 深くかぶったフードの奥にある、青く煌めく瞳と目が合った。
 瞳の奥の輝きになぜか見覚えがある気がした。

「それよりこっちに集中してください。……私の目をよく見て、最高に気持ちのいい思いをしたくないですか?」

「は? そんなの……どうでもいい! この装置が偽物なら、魔獣っていうのはまだ暴れているわけか?」

 男の目はカッと開かれてから沈んだ顔になり、おかしいですねと小さな声を漏らした。

「おいっ、こんなところでのん気に見つめ合っている場合じゃないだろう! 怪我人が出てるんだぞ! くそっ、行かないと……。お前、どこで聞いたのか知らないが、俺は魔力溜まりじゃない! 俺の魔力は少ない、見た目がそうなだけだ。人にやれるほどないからな」

 男は呆然とした顔になって、急に力を無くしたので、俺は手を振り払って男から離れて辺りを見回した。
 聞き耳を立てると、声が聞こえてくる方向が分かった。

「期待させて悪かったな。それじゃ俺は魔獣のところへ行くから」

「……え?」

「ここまで来たんだ。もしかしたら、みんなを助けられるかもしれない」

 そう言った後、俺は音のする方向に走り出した。

 もし悪人だったら、バラすのはマズイかと思ったが、俺のターゲットはもうレインズなので、他はどうでもよかった。
 だから、男の意味不明な行動を深く考える余裕などなかった。騒がれると困るから、混乱に乗じて人気のないところへ連れてきたのだろうと結論付けた。
 途中で振り返ったが、男は追って来なかった。

 ついにコレの出番かと、俺はポケットの中にあるものを確認しながら急いで向かった。




 少し前、ネズミからある物が届いた。
 律儀に俺の部下としていまだに動いてくれるネズミは、珍しい物を手に入れたからとそれを送ってくれた。

 それは、魔石を武器として加工したものだった。
 使用者の魔力量や周囲の環境にとらわれず、使用できる武器で、俺が作った犬のおもちゃのボールのような形をしていた。

 安全装置を外して相手に投げつけると爆発すると手紙には書かれていた。
 大昔に流行した魔法具の一種で、その作製に手間と時間がかかることから、大昔に生産は終了。
 今はよく分からない骨董品として流れてきたものを、マニアだったネズミが発見して買い取ったのだそうだ。
 今でも使えるかは不明だが、何かあった時のために持っていてくださいと書かれていた。

 最初はそんな爆発物を持って歩けるかと思ったが、今日の狩り大会はなぜか胸騒ぎがしてたまたまポケットに入れて持ってきていたのだ。

「一か八か、環境に左右されないなら……それに賭けてみよう」

 木の根に足を取られて転びながら、俺は必死に走り続けた。
 この胸に熱く滾るものは、みんなを助けないといけないというヒーローのような気持ちだと思っていたが、俺の頭の中にはレインズの顔しか思い浮かばなかった。

 ターゲットだからだと、そう思っているが、レインズが怪我をしたらと思うと苦しくてたまらない。
 かつて家族に刃を向けられて傷つけられた人だ。

 もうこれ以上、傷ついて欲しくない。




「ギャァぁぁぁーぁぁぁーーー!!」

 断末魔のような叫び声が聞こえて、俺は茂みの中から飛び出した。
 もしかしたらいてくれるかもと願ったが、そいつの姿はなかった。

 少し開けた空間に出たが、そこにいたのは大きなウサギ……だった。
 いや、あの可愛らしいウサギとは全く別物。
 巨大化していて真っ赤な目はギラギラと鋭く光り、醜悪な臭いを放っていた。
 口元からは大量の涎が流れ落ちて、今まさに人を掴んで飲み込んだところだった。

 ごくりと喉を鳴らした後、飛び出してきた俺を見てシャァァァと奇声を上げた。

「おいおいおい……まだピンピンしてるじゃないか……、ここは剣でだいぶ弱っていて、俺が爆発させてトドメを刺すってパターンじゃないの?」

 一人で虚しくツッコんでみたが、誰一人笑ってくれる人はいない。
 みんな逃げることに注力したようだ。

 周りには怪我をしたのか動けなくなっている人間がチラホラと残っていた。

「歩けるやつはいるか!? 俺が引きつけるからさっさと逃げろ!」

 そう叫ぶとみんな足を引き摺りながら、茂みの奥に逃げていった。
 ウサギの化け物は、涎を垂らしながら俺に向かってきた。
 俺の狙うところは頭だ。
 古今東西、ゾンビやクリーチャーはだいたい頭が弱点になっているし、化け物繋がり取り決めとかで間違いないだろう。
 例のものを取り出して、俺は安全ピン的なスイッチを親指でカチッと押した。

「さて、俺は野球とは無縁だったが、ここはテレビで見た高校球児のように投げてやるよ。これが俺の豪速球だ! くらえ!」

 ピッチャーよろしく足を振り上げた俺は、そのまま野球場の砂を踏みつける気分で魔獣目掛けて、魔法具のボールを投げつけた。

「えっ………えええ!!!」

 ………はずだった。

 なぜか力の方向がおかしなことになってしまった。
 下に向かって放ってしまい、魔獣の前の地面でポンとバウンドしてその場で高く空に向かって飛んだ後、虚しくポトッと地面に落ちた。
 しかも爆弾は不発だったようでプシュっと煙が上がった後、静かになってしまった。

「うそうそうそ!! 上に向かって投げたはずなのに!?」

 素人がピッチャーの真似事をしても上手くいくはずない。彼らは血の滲むような努力をして豪速球を投げているのだ。

 と、いうことで俺は詰んだ。

「ぬわぁぁああっっ!!」

 鉤爪みたいなウサギの手が伸びてきてガシッと俺のことを掴んだ。
 そのまま頭上まで持ち上げられた。
 必死にバタついたが、ものすごい握力なのかビクとも動いてくれない。

 パカっとウサギの口が開いて、喉の奥までよく見えてしまった。

 あーこれ、マジでヤバいやつだわ。
 やっぱり俺がカッコ良く人を助けるなんて無理だった……。

 せめて、最後に顔が見たかった……。

「……レインズ」

 俺は頭に浮かんできた人の名前を震える声で呼んだ。





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