サイネリアの花が咲いたら

朝顔

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本編

充 ④

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 土曜日の夜、イルミネーションに煌めく町を歩く。
 いつもと違う気持ちで歩くと、世界はほんの少し明るく見えた。

 隣には会社の後輩がいるが、職場からの帰り道ではない。
 肩が触れるほど近くを歩く人の気配が慣れなくて、何度も下を向いては顔を上げて見てしまう。
 挙動不審じゃないかなと気持ちも上がったり下がったりで忙しかった。

 誰かと出かけるというのは記憶にないくらい久々だ。

 道彦と付き合いだしてから二人で出かけることはほぼなかった。
 友人の頃は普通にできていたのに、恋人になったら途端に一緒に歩くことを嫌がった。
 一度だけ二人で外に出た時は、離れて歩いてくれと言われた。
 その時は悲しかったが、家に戻るとうんと優しくしてくれた。
 とろけるように求めてくれたから、心に刺さったトゲは見ないようにした。

 道彦はどちらかと言うと同性愛には否定的な人だった。
 男同士なんて気持ち悪いと友人達と笑いながら話しているタイプだった。
 攻撃的と言うほどではないが、笑ってバカにできるくらいの考えだったと思う。

 だから俺とこういうことになって、自分の中で受け入れられない部分があったのかもしれない。
 引き寄せられる心と受け入れられない心の間で葛藤している姿を、俺は見ないようにしていた。
 傷つきたくなかった。
 悪い夢だったと醒めて欲しくなかった。

 だからあえて何も言わず、慣れてくれるのを待とうと思っていた。
 だが、俺がうじうじと下を向いている間に、俺からの束縛に耐えきれなくなった道彦は、外に理解を求めた。

 もともと一人だけをずっと愛せなくて、ちゃんと付き合うことができずに悩んでいた男だ。

 自分は男と女のどちらが好きなのか、俺のことを最後まで受け入れられない心を抱えて、その答えを必死に求めていたのかもしれない。






 店は予約しているというので時間まで映画を見ることになった。
 アクションヒーローものの、ハリウッド超大作を選んだ。
 単純に興行収入第一位ならハズレがないだろうという理由だった。

「二時間あっという間でしたね。さすが一位だけありましたね」

 場内を出て、ポップコーンのカップと飲み物を片付けながら、深海はまだ興奮が醒めない様子で話しかけてきた。

「面白かったな。やっぱり映画館で見ると迫力が違うな」

 俺の飲み残しの入ったカップは深海に取られて、綺麗に片付けられてしまった。

「あの台詞、凄かったですよね。ヒロインがピンチの時に、君が死んだら、俺も死ぬ! だから死ぬなってやつ! アクションヒーローだからこそ言えるってやつですけど」

 深海が何気なく語った言葉の中に胸に引っかかるものがあった。
 なぜだか分からないが、チクリと昔の傷が疼きだしたみたいに胸が痛くなった。

「そう…かな……」

「ええっーーロマンティックじゃないですかぁ…」

 まさかバッサリ否定されると思わなかったのだろう。深海はむぅとムクれた顔になってショックですという目で俺を見てきた。

「……いや、本当は俺も……そう思う…けど……。でも、前に…違うって…言われて…」

 何か思い出そうとして目の前が真っ暗になった。
 とても大事なことを忘れているような気がする。

 ¨自分のために死なれたらいい迷惑だよ。¨
 ¨俺なら絶対嫌だね。¨

 頭に同じ言葉が何度も浮かんできて、ぐるぐると回っていた。
 誰だろう。
 この、台詞を俺に話したのは……
 夢? 現実?

 ……ここはどっちなんだ?




「お……き……日置さん!!」

 ハッと気がつくと壁に手をついてうずくまっていた。
 横には同じように座った深海が、心配そうな顔をして俺のことを支えていた。

 救急車を呼びましょうかと劇場のスタッフの人が声をかけてくれて、それを大丈夫ですと言って断った。

「……驚かせて悪いな。少し立ちくらみがしただけだから」

「病院に行かなくて大丈夫ですか?」

「それほどのことじゃない。たまにあることなんだ」

 手足に力が戻ったので、深海に支えられながら立ち上がった。

 急に目の前が真っ暗になって記憶をなくすことは昔からよくあった。
 病院に行って脳の検査まで受けたが、特に問題なかったのでそういう体質なのだと付き合ってきた。

 ここ最近は滅多になかったのですっかり忘れていたが、久しぶりの感覚に動揺してしまった。
 深海は心配していたが、長引くことはないので戻ればもう問題ない。
 予定通り、予約していた店に向かうことにした。





「本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫だって、それよりこれソースが絶品だな。肉も魚介も新鮮だし、これは人気が出るのも分かる」

 深海が予約していたのはイタリアン創作料理のレストランだった。
 見渡すと若い年齢層の客が多い。
 テレビや雑誌などで取り上げられているらしく、価格帯も手が出やすいものだった。それでいてお洒落で高級感ある料理が食べられるので予約制というのも納得だった。

 次々と出される多彩な料理に舌鼓を打っていると、同じように夢中で食べている深海の姿を見て胸の中がじんわりと温かくなった。

 こんな風に誰かとちゃんと外で食事をするのも久しぶりだ。
 深海といると初めてと久しぶりばかりで本当に飽きることがない。
 深海はお店のオーナーらしき人ともあっという間に打ち解けて、笑いながら話していた。
 どちらかと言うと、ひっそりと食べる道彦とは真逆だ。
 こんな風にコミュニケーション能力が高い人と過ごしたことがないので驚くばかりだ。
 彼は営業なので天職と言っていいのかもしれない。
 誰とでもすぐに打ち解けてしまう深海が羨ましかった。

 かつて人を笑わせることが好きだった頃の少年の俺が、まともに育っていたら深海のようになっていたかもしれない。

 そう思って深海をじっと見つめていたが、違うなと首を振った。
 男の魅力と色気に溢れた深海は、俺とはまったく違う人間だ。
 一緒に過ごすようになってもう二ヶ月ほど経つが、知れば知るほど深海の引き寄せられるような魅力にハマってしまう。
 もっと早く深海に出会っていたら、何か変わっていただろうか。
 最近はそんなことを考えるようになってしまった。

「ひ…日置さん、そんなに見つめられると、照れるんですけど……」

 俺の視線に気がついた深海は顔を赤くして目を泳がせた。いつもキリッとして自信たっぷりなのに、なかなか可愛いところがある。

「じっとして、ここにソースが付いてるから」

 ナプキンを手に深海の口の端に付いたソースをそっと拭いた。
 深海は俺のことをずっと見つめたままで、喉仏が上下したのが分かった。
 俺も深海の黒い瞳をじっと見つめたままで、まるで時間が止まったみたいに動けなくなった。
 深海の瞳に俺が映っている。
 この胸の高鳴りは……何と言う名前だったのだろうか。

 カシャンッ!

 深海の手から落ちたフォークが皿にぶつかって高い音が響いた。
 見つめ合っていたことに気がついて慌てて視線を逸らした。

 だめだ。

 この感情は知っている。

 これ以上踏み込んではいけない。

「日置さ……」

「そろそろ出よう。腹も膨れたから少し歩きたい」

 ひどく狼狽していたが悟られないように取り繕った。
 深海の言葉を遮って荷物を持って席を立つ。

 俺だってバカじゃない。
 あんなに熱烈な視線を向けられたら、その意味に気がついてしまった。

 そして、深海に惹かれているという自分の気持ちにも……



 サクッと会計を済ませて早足で外に飛び出すように出た。

「日置さん!」

 追いかけてきた深海に腕を掴まれた。
 振り向くことができなくて、俺はずっと下を向いたままだった。

「日置さん、俺好きです。貴方を幸せにしたい」

 やはり逃げただけじゃだめだ。
 どうして今まで気がつかなかったのだろう。
 しっかり拒否してしまえばこんなことにはならなかった。

 冷たい床ではない。
 誰かの温かさを求めてしまった俺の罰だ。

 若くて純粋で未来ある深海を、俺なんかが狂わせてはいけない。

「……だめだ。俺は……幸せを望んではいけない」

「なぜですか!? 日置さんを放置して好き勝手やっている人をいつまで待ち続けるんですか? 日置さんは…幸せになるべきです! 俺が貴方を守りたい!」

「離してくれ。俺は……俺にはもう…未来なんてないんだ」

 深海に掴まれた腕を必死に振り解いて、走って逃げた。
 深海が俺を呼ぶ声が聞こえたが、追っては来なかった。

 それでいい。
 俺に関わってはいけない。

 俺みたいな暗闇に生きている人間には、深海の笑顔は眩しすぎた。

 手を伸ばしてしまった。
 俺もあの光の中に入れるかもしれないと。

 望んではいけない。

 ¨あなたのせいよ¨

 女性の金切り声が頭に響いた。

 そう、全部俺のせい。

 俺のせいなんだ。





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