孤独なライオンは運命を見つける

朝顔

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本編

⑥それは甘くて苦い味

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「気をつけなければいけないことは以上だ。何か困ったことがあったらいつでも相談に来てくれていいから」

「……はい。先生、色々とありがとうございます。あの、母が失礼な態度をとってしまい…申し訳ございませんでした」

 真っ白なカーテン、電子音と薬品の臭い。診察室で向かい合って座った医師が、薬について説明するのを必死で聞いていたつもりだったが、まるで頭に入ってこなかった。

「いいんだよ。慣れているから。こう言った話はね、本人より周りの方が動揺するのもよくあることだ。そうだ、草壁君。君は運命の番というものを知っているかい?」

 聞いたことはあったが、都市伝説のようなものだとみんな言っていた。確かこの世界でただ一人、自分の運命だと呼べるほど性的に相性のいい相手がいるとかの話だ。まさか医師の口からそんな話を聞かされるなんて思わなかった。

「医師のくせに非科学的なことを言うなという顔だね」

「い…いえ、そんな」

「いいんだ。これから話すのは医師としてより、私個人としてのアドバイスだ。私は運命の番というのはバース性にこだわらず存在すると思っている。それは、君が困った時や辛い時に、寄り添ってくれる人だ。君はこれから様々な困難に直面する。戸惑うことばかりだろう。周りを拒絶して一人になってはいけない。大変な時に側にいてくれる人、助けてくれる人、そういう人は大切にするといい。きっと君の人生を共に切り開いてくれる、そういう人を運命だと私は思う」

 オメガだと判定され、母親から見放された俺を見て、医師はよほど可哀想だと思ったのか突然そんな話をしてきた。

 頭の中は真っ白で、その時は分かりましたとかそんな形だけの返事しかできなくて、何も受け入れられなかった。

 言葉をくれた医師とは、母が病院を変えたのでそれきり会うことはなかった。
 けれど、その言葉は日が経つごとにじわじわと俺の心に染み込んできた。

 俺が迷ったり辛かったり大変な時には、いつも一緒にいる男。
 医師の言葉を借りれば、これは運命。

 出会いは最悪だし、言われた言葉もひどいし、そのくせ言葉足らずで振り回してくるやつ。俺はいつも呆れた顔をしながらも、いつも目で追っていた。

 もう分かっている。
 燿一郎は俺にとって運命の相手だ。





「おい、早く脱がせろよ! もう我慢できない」

「俺が先に突っ込むぞ! どけ!」

「ふざけんな! 俺だ」

 今まで薬で抑える発情しか知らなかった。
 抑制剤を飲めずに、そのまま始まった発情期は、強烈な欲求で頭がおかしくなりそうだ。
 体を満たしたい欲求で埋め尽くされていく、誰でもいい、誰でもいいから。そう口走ってしまいそうで、必死に唇を噛んだ。

 男達が頭の上で俺をめぐって争っていた。その間もフェロモンに耐えきれなくなったヤツは自分でしごいて果てていた。
 雄の臭いがしたら、ぐらぐらと揺れてしまう。
 欲しい欲しいと思う気持ちと、頭の中で必死に戦っていた。
 俺が欲しいのはコイツらじゃない。この世でたった一人だけ。

 荒々しくベルトを外されて、チャックを開けられてズボンを下げられた。

「よ…ち……ろ……よ……う……い…」

「おい、こいつ…さっきから同じことばっかり言ってるぞ」

「発情してぶっ飛んでんだろ。おら、最初は俺だ」

 バシンと尻を叩かれて持ち上げられた。後ろにあてがわれたのを感じて俺は目を閉じた。
 汚されるならせめて、目の裏に焼きついている燿一郎の顔を見ていたかった。


「おい! 大変だ、外………!!」

 誰かの叫び声がしてから、ガラスが割れる激しい音がして、ドカドカと地面が揺れそうなくらい大きな足音が聞こえた。

 恐る恐る開いた目に飛び込んで来たのは、俺を犯そうとしていた男が、飛んで来た黒い影のようなものに当たって、首が変な方向に曲がったままぶっ飛んでんでいくシーンだった。

「柊ーーーー!!!」

 黒い影だと思ったものが、床に見事に着地して大きな声で俺の名前を叫んだ。
 乱れた服が直されている感覚がしたが、少し触れられただけでも、変な声が漏れてしまいそうだった。

「クソ…!! なんて匂いだ! ……こんなヤツらに……」

 ぼんやりして見えた黒い影が、だんだん人の形になっていく。その姿を信じられない思いで見ていた。

「おい、お前! 俺達の獲物を…ぐッ…ヴグエッ!!」

 チッと舌打ちの音が聞こえて、あっという間に俺を囲んでいた男達は壁に叩き付けられるようにぶっ飛んでいった。
 ドカドカと殴ったり蹴ったりする音がずいぶんと長い時間響いていた。

「おい…、九鬼! やり過ぎだって! みんな死んじゃうって! そろそろ先生達来るから…お前達先に行け」

 聞き覚えのある声がした。こんな状況を見られたらどう思われるのか、少しだけ悲しい思いがよぎったが、熱い海の中で泡のように消えていった。

 力強い腕が俺を掴んで引き上げられて、フワッと浮く感覚がして抱き上げられたのが分かった。
 部屋に入ってきた時から匂いで分かっていたが、すぐ近くで嗅いだらもうダメだった。俺はまた中で膨れ上がった熱いものを放った。

 耳元ではーはーと、荒い息を吐く音が聞こえた。何かを堪えるように全身が震えていた。

「待ってろ……、今、楽にしてやるから……」

 大変な時、いつも側にいてくれる。
 俺のピンチに助けに来てくれる。
 こんな人を、運命と呼ばずになんと呼ぶのだろう。

「よ…ち……ろう」

「なんだ?」

「……り…が…と」

 礼はいいから黙っていろという声に泣きそうになって、俺はぎゅっとしがみついた。

「………き、よう…ちろう……好き」

「くっ……ばか……今こんな時に……」

 それしか考えられなかった。
 燿一郎が欲しくて欲しくて、たまらなかった。









「は…は……は…ぁ……、よう…ろ……ああああっ…」

 背中から激しく打たれて、俺はまたびゅうびゅうと白濁を放った。
 触れる必要さえない。ナカを擦られて奥を突かれるだけで突き抜ける快感で達してしまう。そういう体になってしまった。

 少し前なら絶望を感じただろうが、今はそれが嬉しくて仕方がない。
 もっと燿一郎の熱いものが欲しい。そのためなら、なんだってしたい。

 俺の首にはポケットに入っていた首輪が付いている。ギリギリで理性を保っていた燿一郎に付けられた。
 俺と体を繋げながら、噛みたいという本能に従って燿一郎は首輪に噛み付いていた。

 ぐるりと変わった体位に合わせて、俺は燿一郎の首に手を回して、形のいい唇に吸い付いた。

「んっ…ふっ…ぁ……んっ…すき…すきだ……よう…ち…ろ」

「…っっ、煽るな……柊、すぐ……出るだろ」

「い…よ……、ナカに出して…欲しい…欲しいから……」

 イキそうなのを我慢したのか、腰を止めた燿一郎に、許さないとばかりにしがみついて、俺の方から腰を揺らした。

「あ…ば…かっ…しゅう……!」

 耐えきれなくなった燿一郎のモノが俺の中で爆ぜた。どくどくと大量に溢れたものが繋がったところから溢れていく。
 そこに手を這わせて、指に絡め取ってから見せつけるようにペロリと舐めた。

「おま…エロすぎ……」

 自分でも分かっている。発情期の俺はタガが外れて、膨れ上がる欲望に支配され、まるで別人のようになってしまう。
 普段からは考えられないくらい、大胆で卑猥なことも燿一郎のためなら、やりたくてたまらない。

「もっとぉ……ちょうだい。燿一郎…好き…好きだよ……」

 普段は苦手でやらない騎乗位も、ここぞとばかりにやりたくなる。
 燿一郎と繋がったまま、上に乗って腰を振り始めたら止まらなかった。

「ふ…ぁ…あっ…あっ…、気持ち…いい……いいよ……あ…ん…あっ…いい……」

「くっ…しゅ…柊…ヤバすぎ……」

 燿一郎が感じている顔が目の前にある。
 いつもキリっとした眉と鋭い目つきなのに、眉毛はハの字になって目は細められて目元は赤く色づいていた。
 そんな色っぽく感じている顔を目の前で見せられたらたまらなかった。

「出ちゃう…燿一郎…出ちゃう」

「んっ…いい…よ、イけ」

「あああっっーーー」

 二人の腹に俺の出した白濁が飛び散って、もうぐちゃぐちゃになってしまった。
 俺のナカで燿一郎のモノが膨れ上がっていくのが分かる。原始的な血を持つアルファはとにかく精液の量が多い。
 俺は期待でおかしくなりながら、イってもイっても終わらない快感に喘いだ。

「燿一郎…俺に種ちょうだい……いっぱい欲しい……もっと…もっと」

「っっ……ったく、ほら……出すぞっ…」

「あっ…あ…すご……よう…ちろ……、たくさん……」

 中に出されたもので、腹はぱんぱんになりそうだ。飲みきれなくて溢れたものがシーツに水溜りのように広がっていく。

 それが嬉しくてたまらなくて
 俺は笑っていた。








「柊、水だ」

 口元にグラスの硬質な感触がした。喉の奥に冷たいものが入っていったら、今気がついたように渇きを感じて、ゴクゴクと喉を鳴らして水を飲み込んだ。

「あ…りがとう」

 自分でもひどいと思うくらい喉が枯れていた。
 すっかり体は綺麗にされてベッドも整えられていた。俺はいつのまにか寝ていたらしい。
 ここはどこだろうと見渡すと、燿一郎の家の寝室だった。どうやってここまで来たのかよく覚えていない。
 時間の感覚すらない。いったいあれからどれくらい経ったのか。

「い…ま…何日だ? どれくらい時間が……」

「やっと頭が回り出したか、柊が下校時に襲われてから五日だ。その間、俺と何度もヤって寝て起きてヤっての繰り返しだ。若いと激しいって聞いたが、抑えのない発情期ってヤバいな」

 まさかそんな事になっていたとは、想像以上の状態に頭を抱えた。

「医者も呼んで診てもらっている。ずっと強い薬で抑えていたから反動がより強かったみたいだ。抑制剤以外の処方された薬は飲んでいるから、安心してくれ」

 首元に手をやると、皮の感触があった。首輪も付けて、避妊薬も飲んでいるのだろう。
 俺が安心できるように燿一郎が手配してくれたものだが、それが寂しく思えてしまった。

「悪い……。迷惑かけて」

「発情期の事はいい。面倒みるって言ってただろう。それより、アイツらの事だ」

 ベッドに腰掛けた俺の隣にガタンと燿一郎が座ってきたので、俺も沈み込んで揺れた。

「囮になってあんな場所に向かうなんて、腕に自信もないのに、なんで無茶をするんだ! だいたい、なぜ俺に連絡をしないんだ! そんなに頼りないか!?」

 燿一郎は俺の方は見ずに前を向いていたが、その横顔から怒りが溢れていた。

「お…俺は……お前に…迷惑かけたくなくて……、それに伯父さんの力に……」

「また伯父さんか! そうだよな、いつも伯父さんだ。伯父さんのためによく分からない男のメスになって、知らない男達に犯されそうになって、……好きでもない男に……好きだなんて言って……」

「そ…そんな…俺は……!!」

 ガバッと立ち上がった燿一郎は部屋を出ていってしまった。
 バタンと扉が閉まる音が心臓に響いた。

 そうだ……。
 俺達は燿一郎の言う通り、伯父の頼みを受けて始まった関係。

 向こうから見たら、伯父のために体を差し出すなんておかしいとしか思えないだろう。
 燿一郎を知るキッカケは確かにそうだった。
 けれど俺は……、俺の心は初めてあの教室で触れられた時、いや、町で絡まれていた燿一郎と目が合った時に………。

 首を振ってから頭をベッドに打ちつけた。
 行為の時、俺は何度も燿一郎に好きだと告げた。
 しかし、燿一郎は一度も好きだと返してはくれなかった。

 燿一郎にとって俺は、気持ちなどない相手。絡んでくるから手を出してみただけ、きっとそうだ。
 そんな相手の発情期にまで付き合ってやったのに、それでも伯父の話をする俺に呆れてしまったのだろう。

 でもあの時と思い出してくるものを全部否定しながら、ベッドサイドに置いてあった服に着替えた。

 ベッドから下りるとまだ発情期の残りがあって、体がフラついたが何とか立ち上がった。
 ドアを開けて部屋を出てみたが、物音も気配もしなかった。どうやら、燿一郎は出かけたらしい。
 俺はメモに世話になったとだけ書いて、燿一郎の家から出る事にした。





 それから二日間、家に帰って大人しく過ごした俺は、やっと元の体調に戻り、軽い抑制剤だけを飲んで登校することができた。

「で、俺に言うことあるよね?」

 教室に着いてすぐ悠真に呼び出されてた俺は、人気のない廊下に場所を移して事情を話す事になった。

「ごめん…今まで、黙っていて…。アルファのフリして偉そうにして…俺、最悪だよな」

「……突然性が変わるなんて、それは大変な問題だし、柊の家のこと考えたら、言えなかったのは分かるよ。それに、柊が偉そうにしているところなんて見たことがない。俺、基本的にアルファ苦手だし。それでも、柊といたのは、性がどうとかより、柊のこと友達として好きだったからだよ」

「悠真……」

「それより、俺が怒ってんのは、一人であんな無茶をすることだよ。あのメール見て大声で柊って叫んじゃったから。まぁ、俺より心臓止まりそうになってたヤツがいたけどね。俺の声聞いて飛んできて、メールの内容を教えたら真っ青になってそこの窓から飛び出して、……ここ二階だよ。器用に倉庫の上に着地していたけど。そっちも心臓止まりそうになった」

「燿一郎が……?」

 悠真に言われて窓から下を覗いてみた。確かに倉庫の屋根に飛び移れそうだが、そんな危険なことをするなんて信じられなかった。

「二人は番じゃないみたいだけど、パートナーなんでしょう? 前から雰囲気が違うのは分かっていたけどさ」

「お…俺達は……違う。パートナーとか恋人とか…そう言うのじゃ……」

 燿一郎の家から戻ってきた時、一度だけ着信があった。
 俺はその電話に怖くて出ることができなかった。

「……九鬼が来た時、柊すごく安心した顔していたよ。柊はいつも誰にでも一線引いているのに、あんな顔見せるのは九鬼だけだよ。心から信頼している相手、好きなんだろ? 九鬼のこと」

 胸の奥から熱いものが溢れてきた。こんな風に人前で感情をあらわにする人間ではなかった。燿一郎が…俺の全てを変えた。

「ああ……好きだよ。でも……俺だけ……。俺が好きって言っても……燿一郎は何も……」

 下を向いてまるで子供のようにしゃくり上げて泣いてしまった。

 人を好きになる気持ちがこんなにも苦くて痛いものだなんて、初めて知った。







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