二十二年前の君にも、愛していると伝えたい

朝顔

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後編

後編①

 夜になり、たくさんの馬車が首都の中心部にあるエドマン邸に集まってきた。
 大きな鉱山を持ち、富を築いていると言われるエドマン伯爵。最初の妻は一人息子ヘーゼルを産み、この世を去る。
 その後、伯爵が再婚したのが、サイラスの母親だ。
 サイラスの母は平民だが、町でも評判の美女だった。しかし、結婚した男が暴力夫で、日常的に妻に殴る蹴るの暴行をあたえた。
 道端で殴られている時、偶然通りかかったのが伯爵だった。不憫に思った伯爵は、暴力夫の手から、サイラスの母を救い出した。
 そのことが縁で、二人は再婚することになる。
 前夫との間に生まれたサイラスも、母と一緒にエドマン家に引き取られることになった。
 平民から伯爵夫人に、とんでもないラブストーリーだと、当時は話題になったそうだ。
 ヨランはエドマン邸に向かう馬車の中、そういえばサイラスからヘーゼルの話を聞いたことがないなと気づいた。
 馬車の中で順番待ちの間、情報を集めておこうと、ヨランは対面に座る美女に話しかけることにする。
「ジーナ、ヘーゼル・エドマンについて、何か知っている? 挨拶する前に、どんな人かよく知らなくて……」
 一般的なパーティーでは、二人一組で入場する。恋人でも家族でも、友人同士でもいい。とにかくそれがマナーなので、ジーナしか友人がいないヨランは、彼女に声をかけた。ジーナは喜んでパートナーとして参加してくれることになった。
 ヨランの言葉に、ジーナは口元を歪め、嫌そうな顔になる。その表情だけでジーナの嫌いなタイプであることを悟る。
「いつも連れている相手が違う。男女構わず遊んでいる。軟弱な精神を持った節操なしよ」
「ずいぶん嫌っているね」
「そうよ。この私に声をかけてきたのよ! 軽く飲もうとか、遊びに行かないかって! この私に!」
 ジーナはしっかり結い上げた髪を振り乱し、かなり怒っているように見えた。一切露出を許さない鉄壁のドレスは鎧に等しい。
 ジーナは普段から剣一筋を宣言し、愛や恋なんて必要ないと全身で物語っている。美人ではあるが、潔癖とも言える彼女に声をかけられる男はいなかった。
 向こうもある意味かなりの手練れだのようだ。
「うちの隊じゃないけど、剣術の指南役なのよ。キッパリ断ったけど、顔を合わす機会が多いから嫌になるわ」
 指南役という言葉に、ヨランの心臓は揺れる。やはりそうだ。彼なら剣の扱いに慣れていて、ジェレミーを一撃で殺めることができる。
 思わず手を強く握り込んでしまったヨランは、いけないと首を振り、頭を切り替える。
「サイラスとの関係はどうかな? ヘーゼルからしたら、継母の連れ子であったわけだし、ひどい扱いをしているとか?」
「悪い話は聞かないわ。家族仲はいいようだし、兄としては立派なのかもね」
 審問官のとしての調査でも、サイラスは家族から大切にされていたとなっていた。
 再婚同士だが、週末はよく家族でパーティーを開いている。サイラスの持ち物はかなり高価な物が揃っており、聞けば継父がもういいと言うのにくれるから困っていると言っていた。
 家族のことを話すサイラスはとにかく明るくて、間違いなく、家族から愛されているように見える。
 平民だった頃のサイラスは、父親からの暴力に耐える辛い子供時代を送った。優しい家族と最高の環境を得て、今度は自分が、困っている人がいたら助けてあげたいと思うようになったのか。
 考えれば考えるほど、サイラスは愛されるべき人だ。
 いくつになっても、人を羨んでばかりいる自分とは大違いだなと、ヨランはため息を漏らした。
「あら……」
「ん? どうした?」
「今誰かこっちを見ていたような気が……」
 馬車の窓から外を見たが、たくさんの人が集まっているのでよく分からない。知り合いは見当たらないし、気のせいだろうという話になり、時間が過ぎるのを待った。

 
 入場の順番が来て名前が呼ばれ、ヨランとジーナは会場へ入った。すぐにサイラスを探そうとしたが、かなり人が多く見つけられない。
 キョロキョロしていると、先輩と声をかけられた。
 サイラスの方から見つけてくれたようだ。
「招待ありがとう。とても素敵なパーティーだね」
「ありがとうございます。アーデルハイド先輩もパラジット先輩も……すごい……素敵です。お二人が並んでいると、まるで神々の絵画のようです!」
 褒め過ぎだろうと思ったが、確かに美人で背の高いジーナはスタイルが良く目立っている。会場に入った時から、話しかけたいという視線を感じていた。
「ね、ジェレミー。お二人、とってもお似合いだよね?」
 友人同士のパートナーなのだが、どうやら誤解させてしまったらしい。ちゃんと紹介しようとしたら、ジェレミーがムッとした顔をしていることに気づいた。
 まさか、ジーナまでサイラスを狙う変態に見えているのだろうか。
「別に……似合ってないし」
 機嫌の悪そうなジェレミーは、お世辞を使うことすら忘れたようだ。パーティーで仲の悪い相手と嫌味を言い合うことはあるが、基本は相手を褒めるのがマナーだ。
 何を言うんだという顔で、サイラスは驚いて口を開けている。
 こういう時に悪ノリするのがジーナだ。二人の前で、クスリと笑い、ヨランの腕に手を絡ませてきた。
「あら、アナタ。騎士見習いのアイザックね。まだお子様には私達の魅力が分からないみたいね」
「なっ!!」
 揶揄われたジェレミーは真っ赤になり、踵を返して会場の奥に走って行ってしまった。
「あー、すみません。本当、アイツ子供なんです。先輩、また後で」
 慌てたサイラスが頭を下げ、ジェレミーの後を追い走って行った。一連のやり取りがよほど楽しかったようで、ジーナは腹を抱えて笑い出した。
「ジーナ、後輩で遊ぶのはやめなよ」
「ふふっはははっ、ごめっ、あの子可愛いわね。男がみんなああだったらいいのに。ヨラン、ジェレミーとも仲が良かったの?」
「仲がって……彼は、サイラスの幼馴染だから、指導係として知り合ったんだよ」
「……ああいうのに好かれると大変よ。絶対諦めないタイプ」
 言われなくても分かっている。
 ジェレミーの告白は熱烈で、何度断っても諦めなかった。今はその対象がサイラスに向いているので、羨ましく感じてしまう。
「ふーん……」
「なんだ? 変な目で見てきて……」
「やっぱりヨラン、変わったわね」
「え?」
「あ、私、今日は友達の集まりがあるから、あとは楽しんでね」
 ヨランの反応を楽しむように笑った後、ジーナは女性達の輪に入って行った。
「心配なのは君だよ」
 ヨランは渡されたグラスを手に取り、一口飲んで喉を潤す。
 自分は関係ないという顔をしているが、数年後、鉄壁の精神は不倫男に騙されて、築き上げたものを何もかも無くしてしまう。
 自分は強いと虚勢を張っている人に限って、弱っている時に近づいてきた悪いヤツに騙されてしまう。
 グラスの中身は軽いワインだ。飲みやすいのでどんどん進んでしまう。ちびちび飲みながら、会場を見回すと、一際派手に女性達が集まっている場所があった。
 輪の中心には、長身で金髪のやけに顔のいい男が立っている。女性達の人気は彼に集中しているようだ。
「おい、見ろよ。ヘーゼルのやつ、今夜もお盛んだぜ」
「あの中の何人ベッドへ連れ込むのか賭けるか?」
 近くで話している男達の会話や視線から、彼がヘーゼルだと分かった。なるほど、ジーナが軟弱だと評価する通り、女性に好かれそうな甘いルックスだ。
 自分とは世界が違うなとぼんやり眺めていると、息を切らしたサイラスが戻ってきた。
「先輩……すみません……、ジェレミーのやつ、どっかに行っちゃって……謝らせようと……」
「いいよ。ジーナも冗談を言っただけだし、怒ってなんてないから。それよりほら、汗を拭いて」
 ジェレミーを探し回ったのか、額から汗を流すサイラスを見て、ヨランは自分のハンカチーフを差し出した。ありがとうございますと言って、汗を拭ったサイラスは、ちょっと涙ぐんでいるように見えた。
 これは何かあると察したヨランは、場所を移そうと言い、人の少ないバルコニーにサイラスを連れて行った。
「大丈夫か? ワインは飲める?」
 この国では十六で成人となり、お酒を飲めるようになる。はいと言って、グラスを受け取ったサイラスは、グッとワインを飲み干した。
「先輩には本当に感謝をしているんです。こんなに成績が伸びるなんて……、それに、少しだけ興味を持っていた薬学が、僕に合っているって言ってくださってから、もっともっと楽しくなって、この前、薬学クラスで一番になったんです」
「すごいじゃないか。サイラスは物事を突き詰めて考えるところがあるから、個別指導が合っていると思ったんだ。よかった、このままアカデミーへ進学しても……」
 そこまで言って、ヨランは言葉を詰まらせた。
 貴族学校の上には、研究者になる道として、アカデミーがある。それが未来の話だと気づいて、言葉が出なくなった。
「実は……考えていたんです。ここまで思えたのも先輩と出会えたから……。本当にありがとうございます」
「いや……私は……」
 そこまでのことはしていない、そう言おうとしたが、サイラスが真剣な顔をして息を吸い込んだのが分かった。
「僕、兄が好きなんです」
「…………え?」
「恋愛の意味です。兄とは、血は繋がっていません。ヘーゼル兄さんは家族として僕に優しくしてくれて……。すごくモテる人なんですけど、それでも好きで……」
 そうだ、サイラスは好きになってはいけない相手だと言っていた。
 血は繋がっていないがヘーゼルは兄。
 今は家族として順調な関係を築いていても、二人が恋愛関係になったら話は別だろう。
 確かに難しい相手だ。
 しかも、稀代のモテ男。今この瞬間も、会場の女性達を虜にしていて、浮き名を流しまくりなのだ。
「アピールはしていましたけど、ちゃんと好きだとは伝えていないんです。来週、二人で出かける予定があるんですけど、その時に告白してみようと決心しました!」
「え、ちょっ……」
「先輩のおかげで、自分に自信がついたんです。流れで言ってみようかなって思ったこともありましたけど、今はちゃんと言える気がするんです! 大丈夫です。覚悟はできています」
「ま、待って……」
 冷静になって考えようとしたが、その時会場で音楽が鳴り出した。ダンスタイムが始まったようだ。
「いけない、僕、ピアノの演奏があるんです。行かないと! 先輩の部屋は二階に用意しています。料理もたくさんあるので、楽しんでください」
「あ…………」
 サイラスは忙しそうに頭を下げた後、会場へ戻って行ってしまった。
 一人残されたヨランは、目眩がしてバルコニーの柵に体を預ける。確かにサイラスの好きな相手がヘーゼルだと考えたら、全てが繋がるのだ。
 兄への恋に思い悩みついに告白をするが、その想いは届かず、絶望したサイラスは自ら命を……。
 一方、ヘーゼルは、自分が告白を断ったことで、サイラスが死んだとは思いたくなかった。だから、違うと分かっていても、ジェレミーが殺したと思い込み、恨みを募らせた。
「そうか……そういうことだったのか……」
 ようやく自分が知らなかった、過去が明らかになった。
 どうすればいいのだろう。
 ヨランは額に手を当て、天を仰いだ。
 サイラスの告白を止めればいいのか、先にヘーゼルの気持ちを確かめるべきか、それとも……。
 ふいにポケットに手を当てたヨランは、何か入っていることに気付き、取り出した。
「…………花?」
 それは小さな白い花だった。
 誰かの胸元にあったものが、偶然落ちてポケットに入ってしまったのか。
 捨てるわけにもいかず、そのまま手に持っていると、バルコニーに誰かが入ってきた気配がした。
「……誰からもらった?」
「ジェレミーか。これは……」
 フラリと現れたのはジェレミーだった。
 機嫌が悪そうな声だなと思ったら、目が据わっている。ジェレミーから酒の匂いが漂ってきた。
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