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後編
後編④
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ジェレミーに引っ張って行かれそうになったが、ヘーゼルは重要な人物だ。偶然会えたこの機会を逃してはいけない。
「ヘーゼルさん。少し、いいですか? サイラスのことで聞きたいことが……」
「ああ、指導係として質問があるのですね。もちろんです。ここではなんですから、私の書斎でどうですか?」
「はい。お願いします。ジェレミー、ここで待っていて……ジェレミー?」
ヘーゼルと話をするため部屋を出ようとしたが、ジェレミーはヨランの腕を掴んで放さない。声をかけたが、ムッとした顔をしていた。
「大丈夫だ。すぐに戻る」
置いて行かれるのがよほど嫌なようだ。込み入った話をしたいので、ジェレミーには待っていてもらいたい。
ポンポンと頭を撫でてあげると、ジェレミーはやっと手を放し、大人しくソファーに座った。
すぐ戻ると言い、ヨランはヘーゼルと共に応接室を出た。
「驚いたな。面白いものが見られた」
軽い調子のヘーゼルはぴゅうと口笛を吹き楽しそうだ。次々と予期せぬことが起きるので、ヨランは平静でいるのに苦労する。
ヘーゼルの書斎は応接室の隣にあり、中は机と椅子が並べらシンプルな造りだ。ヨランは椅子に座るように促され、ヘーゼルの対面に座った。
「指導係制度には助かったよ。サイラスは頑固なところがあるから、私達が勧めても譲らないことがあって。君のような優秀な人から言われると、素直に受け入れてくれる。卒業も厳しいと言われていたのに、上位に入るなんて、本当に驚いている」
「サイラスは頑張り屋なのです。私はただ、色んな道があることを示しただけで……でも、力になれたのなら、嬉しいです」
運ばれてきたお茶に手を伸ばし、ゴクリと一口飲み込んだ。いよいよ、核心に触れる時が来た。
ヘーゼル・エドマン。
貴族の事業家として名前を馳せていたが、社交界では色男として有名だった。しかし、弟サイラスの死後、ヘーゼルの名前は、パッタリと消えてしまう。
サイラスの死にショックを受け、ほとんど外出できなくなってしまったからだ。
審問官として一度だけ話を聞きに行ったことがあるが、朝から酒を飲んでいたようで、とても話が聞ける状態ではなかった。
その後、ヘーゼルが結婚したという話は聞かなかった。伯爵位を継いだが、領地に引き篭もり、孤独な晩年を過ごしている、そう思っていた。
だが、ヨランの考えが正しければ、長い時間をかけ、ジェレミーに対しての憎悪を膨らませていた。
卑劣な手を使い、ジェレミーを殺すような人間には見えないが、身近な人の死が、全てを変えてしまうことは考えられる。
つい手に力が入り、睨みつけてしまいそうになるが、それは今のヘーゼルには関係のない話だ。
ヨランは深く息を吐き、黒に染まっていく感情を抑える。
「それで、話なのですが……」
「ああ、学習面で何か?」
「いえ、そちらではなく、実は恋愛相談を受けておりまして……」
ヘーゼルは優雅にお茶を飲んでいたが、ヨランの言葉に、カップを持つ手がわずかに震えたのが見えた。
「そうか……サイラスが……」
「難しい恋をしていると……できれば傷ついてほしくないと思っています」
ちゃんとした告白はしていないが、好意は伝えたと聞いている。交際経験が豊富な彼なら、すでに気づいているだろうと思った。ヘーゼルは一口お茶を飲んで、視線を窓の外に向けた。
「サイラスがここに初めて来た日もよく晴れていた。怯えていて目を合わせてくれなかった。だけど、家族になったからには、少しでも仲良くなろうと頑張ったよ。父は本当の息子のようにサイラスを愛しているし、私もまたそうだ。家族として、大切に思っている」
家族として。
その言葉に全てが込められていると思った。
「……もしかして、ヘーゼルさんが、たくさん交際されているという噂は……」
「それは……まぁ、一部正しくはあるが、派手に遊んでいるように見せて、諦めてくれないかとは願っていた」
気まずそうな顔をしているので、多少心当たりはありそうだが、サイラスのためを思い、演じていた部分が大きいのかもしれない。
「では……もし、サイラスが恋心をぶつけてきたら? 冷たく返したり、今の関係が変わったりするようなことはありますか?」
「そんなことはありえない! 大切にしている気持ちは変わらないんだ。想いに応えられなくとも、大事な弟であることは変わらない!」
ヘーゼルは真剣な顔でヨランの問いに答えた。その様子から、本音で話してくれていると感じた。彼なら、サイラスの気持ちにちゃんと向き合ってくれるだろうし、ご両親や、友人のジェレミーだって、支えてくれるはずだ。
しかし、どれだけ周囲が優しくても、本人が悲観してしまうということか……。
「サイラスのこと、気遣ってくれてありがとう」
「あ……いえ、私はそんな……」
「君のおかげで迷いが晴れたみたいなんだ。アカデミーへ行きたいと言い出してね。植物薬学の研究者を目指したいと……厳しい世界だが、あの子は強いから、夢を叶えられると信じている」
「そうなんですね! そうか、やりたいって言っていたから……私も嬉しいです!」
サイラスの決意を聞き、ヨランは手を合わせて喜んだが、すぐに疑問の波が押し寄せてくる。
恋の悩みはまだあるが、自ら将来を考え、希望を持ち、歩き出そうとしている。一緒に長い間過ごしたわけではないが、儚げに見えて、サイラスの芯は強くしっかりしている。
時には彼の人気に嫉妬し、嫌味を言ってくる連中もいたが、サイラスはその場で言い返していた。
生命力が溢れるイメージしかないので、逆の方向に考えが及ばない。
——本当に……サイラスの死は、自死だったのか……。
「ん、そろそろ着替えも終わっただろう。二人が来ているなら綺麗にしたいと聞かなくてな。よし、行くか。ジェレミーに声を掛けてくるよ」
ヘーゼルは立ち上がり、先に部屋を出た。ヨランも二階にあるサイラスの部屋に向かおうと思ったが、頭が追いつかない。
自死でないなら他殺だ。
胸に剣が刺さって事故はありえない。
他殺の線は何度も捜査された。
サイラスが発見されたのは夕刻だったが、亡くなったのはまだ陽の高い時だと聞いている。
その日、サイラスは最後の授業を欠席していた。
それは追い詰められていたからだとされたが、犯人の手に捕まっていたと考えたらどうだろう。
発見場所の旧校舎は、普段から人の出入りがなく、ひっそりとしている。予め、薬剤などを嗅がせて拉致し、旧校舎へ連れて行き犯行に及んだ。
もしそうなら、サイラスに強く恨みを持つ人間が近くにいるということだ。
ジェレミーではないし、ヘーゼルが犯人なんて考えたくない。学校関係者、ストーカー、通り魔、様々な可能性が頭に浮かぶ。
そもそも、サイラスの死が自死だという話は、上司がそう強く言ってきたのだ。上司とはあの、ヨランにセクハラをしていた男。あんなロクでもない男が、審問官になり、誰も文句が言えなかったのには訳がある。
彼の後ろには大物が付いているからだ。
国の大貴族のモガ公爵家、彼はその遠縁にあたるが、公爵家と縁続きだということで、何かと優遇されてきた。
モガ公爵は女好きで、妾が多くいるらしい。縁続きはたくさんいそうだが、とにかく彼が自死だからそう処理しろと強く押してきた。
結局、エドマン家に同情的な声が集まり、捜査は継続扱いになったが、それに一番難色を示していたのも彼だった。
あの上官が犯人なら、捜査を撹乱し、終わらせようとしたことが納得できる。
そこまで考えてヨランは首を横に振る。
上官とサイラスとの接点が思いつかない。
「……どういうことなんだ」
ヨランは頭に手を当てる。混乱が深まっていくのを肌で感じた。
「二人とも心配をかけてごめんなさい」
サイラスは聞いていた通り、とても元気そうだった。部屋に入るとベッドの上にいたが、ヨランとジェレミーの姿を見ると、飛び降りて走ってきたほどだ。
それでも頭に包帯を巻いているので、痛々しくは見える。
「頭に巻いて、恥ずかしい。少し切れただけで血は止まったのに、おおげさなんだよ」
「サイラス、元気そうで安心したけど、くれぐれも安静にしてね」
「先輩ー、来てくださって本当にありがとうございます! 来週の指導は絶対に行くので、よろしくお願いします」
サイラスはヨランの手を掴み、頭を下げてくる。なんとか宥めて、またベッドに戻ってもらった。
ヘーゼルは仕事があり退出し、使用人もいなくなったので、部屋の中は三人になった。
「えー、お二人にご報告があります。僕、フラれちゃったぁ」
「え……………」
「実はパーティーの夜にね。兄と二人で話せる時があって……、今かなって……」
すでに告白が終わっていたことを知り、ヨランは言葉を失う。先ほどのヘーゼルの反応は、告白を受けてのものだったのだ。
「だ、大丈夫なのか? 辛ければ話はいくらでも聞くから……」
「先輩、ありがとうございます。でも、大丈夫です。スッキリしました。好きな気持ちは全然消えないけど、兄は家族として大切にしてくれるから、僕も大事にしたいなって。今は、自分に自信がついて、夢もできたし、色々頑張りたいことがいっぱいなんです」
「前に進めてよかったな」
「うん、ジェレミーも、ありがとう。色々助けてくれて感謝しているよ。昔から世話になりっぱなしだ。そろそろ僕のお世話はいいからね」
幼馴染同士の会話を聞きながら、ヨランは頭の中で先ほどの考えが大きくなっているのを感じる。
サイラスは傷ついても、それを糧に前に進める力がある。やはり自ら終わらせるなんて考えられない。
「あの件も収まったから、気持ちも落ち着いただろう?」
「本当、よかったよ」
「あの件?」
二人の会話で気になる話が聞こえてきたので、ヨランは声をかけた。
「一時期、サイラスの周りを変なやつがウロウロしていたんだ」
「歩いていると視線を感じたり、付けられている気がしたり……。街や、学校の中でも気配を感じて……。困っていたんですけど、ある日パタリとなくなったんです」
「付きまとい……、学校の生徒か?」
「分からないんです。姿が見えなくて……、ただ……」
言葉を詰まらせたサイラスは、自分の肩を抱き、怯えた表情になる。
「白い花……」
「花?」
「そうです。僕の行く先々、教室の机の上とか、ロッカーの中に白い花が置いてあって……。始めは一本だけ、その次に二本、三本、やがて花束になったと思ったら、ある日それがぐちゃぐちゃに……」
「気味が悪いな。白い花か……」
そこでヨランは、パーティーの時、自分のポケットに白い花が入っていたことを思い出した。あれは偶然だろうかと考えてハッとし、額から汗が流れる。
ヨランはもっと大事なことを思い出した。
あの白い花は、時戻り前、ジェレミーが道で拾ったといい、持って帰ってきた花と同じだ。
なぜ気づかなかったのかと、衝撃で息を吸い込む。
「サイラス、困ったことがあれば、すぐにジェレミーやヘーゼルに相談するんだ。校内を一人で歩いてはいけない。それと、人気が無い場所、旧校舎には近づかないように!」
不安の波が押し寄せてきて、ヨランは壁に手を当てる。当然捲し立てるように話したヨランを、二人が心配そうな目で見てきた。
「どうしたヨラン? 大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「先輩! 大丈夫ですか? 部屋を用意します。休んで行ってください」
「大丈夫。少し疲れただけだ。今日はもう帰るから」
ではまた、と言い部屋を出たら、ジェレミーが追いついて来て、ヨランの腕に手を添えた。
「送らせてくれ。心配だ」
大丈夫だと断ろうとしたが、ジェレミーの顔を見たら力が抜けてしまう。素直に体を預けて、用意してもらっている馬車に向かい歩き出す。
「家まで送る」
外へ出ると、ジェレミーは一緒に馬車へ乗り込んできた。混乱して頭が痛いくらいだったので、ジェレミーがいてくれて気持ちが軽くなる。
ヨランは、隣に座ってくれたジェレミーの肩に頭を預けた。
「ヘーゼルさん。少し、いいですか? サイラスのことで聞きたいことが……」
「ああ、指導係として質問があるのですね。もちろんです。ここではなんですから、私の書斎でどうですか?」
「はい。お願いします。ジェレミー、ここで待っていて……ジェレミー?」
ヘーゼルと話をするため部屋を出ようとしたが、ジェレミーはヨランの腕を掴んで放さない。声をかけたが、ムッとした顔をしていた。
「大丈夫だ。すぐに戻る」
置いて行かれるのがよほど嫌なようだ。込み入った話をしたいので、ジェレミーには待っていてもらいたい。
ポンポンと頭を撫でてあげると、ジェレミーはやっと手を放し、大人しくソファーに座った。
すぐ戻ると言い、ヨランはヘーゼルと共に応接室を出た。
「驚いたな。面白いものが見られた」
軽い調子のヘーゼルはぴゅうと口笛を吹き楽しそうだ。次々と予期せぬことが起きるので、ヨランは平静でいるのに苦労する。
ヘーゼルの書斎は応接室の隣にあり、中は机と椅子が並べらシンプルな造りだ。ヨランは椅子に座るように促され、ヘーゼルの対面に座った。
「指導係制度には助かったよ。サイラスは頑固なところがあるから、私達が勧めても譲らないことがあって。君のような優秀な人から言われると、素直に受け入れてくれる。卒業も厳しいと言われていたのに、上位に入るなんて、本当に驚いている」
「サイラスは頑張り屋なのです。私はただ、色んな道があることを示しただけで……でも、力になれたのなら、嬉しいです」
運ばれてきたお茶に手を伸ばし、ゴクリと一口飲み込んだ。いよいよ、核心に触れる時が来た。
ヘーゼル・エドマン。
貴族の事業家として名前を馳せていたが、社交界では色男として有名だった。しかし、弟サイラスの死後、ヘーゼルの名前は、パッタリと消えてしまう。
サイラスの死にショックを受け、ほとんど外出できなくなってしまったからだ。
審問官として一度だけ話を聞きに行ったことがあるが、朝から酒を飲んでいたようで、とても話が聞ける状態ではなかった。
その後、ヘーゼルが結婚したという話は聞かなかった。伯爵位を継いだが、領地に引き篭もり、孤独な晩年を過ごしている、そう思っていた。
だが、ヨランの考えが正しければ、長い時間をかけ、ジェレミーに対しての憎悪を膨らませていた。
卑劣な手を使い、ジェレミーを殺すような人間には見えないが、身近な人の死が、全てを変えてしまうことは考えられる。
つい手に力が入り、睨みつけてしまいそうになるが、それは今のヘーゼルには関係のない話だ。
ヨランは深く息を吐き、黒に染まっていく感情を抑える。
「それで、話なのですが……」
「ああ、学習面で何か?」
「いえ、そちらではなく、実は恋愛相談を受けておりまして……」
ヘーゼルは優雅にお茶を飲んでいたが、ヨランの言葉に、カップを持つ手がわずかに震えたのが見えた。
「そうか……サイラスが……」
「難しい恋をしていると……できれば傷ついてほしくないと思っています」
ちゃんとした告白はしていないが、好意は伝えたと聞いている。交際経験が豊富な彼なら、すでに気づいているだろうと思った。ヘーゼルは一口お茶を飲んで、視線を窓の外に向けた。
「サイラスがここに初めて来た日もよく晴れていた。怯えていて目を合わせてくれなかった。だけど、家族になったからには、少しでも仲良くなろうと頑張ったよ。父は本当の息子のようにサイラスを愛しているし、私もまたそうだ。家族として、大切に思っている」
家族として。
その言葉に全てが込められていると思った。
「……もしかして、ヘーゼルさんが、たくさん交際されているという噂は……」
「それは……まぁ、一部正しくはあるが、派手に遊んでいるように見せて、諦めてくれないかとは願っていた」
気まずそうな顔をしているので、多少心当たりはありそうだが、サイラスのためを思い、演じていた部分が大きいのかもしれない。
「では……もし、サイラスが恋心をぶつけてきたら? 冷たく返したり、今の関係が変わったりするようなことはありますか?」
「そんなことはありえない! 大切にしている気持ちは変わらないんだ。想いに応えられなくとも、大事な弟であることは変わらない!」
ヘーゼルは真剣な顔でヨランの問いに答えた。その様子から、本音で話してくれていると感じた。彼なら、サイラスの気持ちにちゃんと向き合ってくれるだろうし、ご両親や、友人のジェレミーだって、支えてくれるはずだ。
しかし、どれだけ周囲が優しくても、本人が悲観してしまうということか……。
「サイラスのこと、気遣ってくれてありがとう」
「あ……いえ、私はそんな……」
「君のおかげで迷いが晴れたみたいなんだ。アカデミーへ行きたいと言い出してね。植物薬学の研究者を目指したいと……厳しい世界だが、あの子は強いから、夢を叶えられると信じている」
「そうなんですね! そうか、やりたいって言っていたから……私も嬉しいです!」
サイラスの決意を聞き、ヨランは手を合わせて喜んだが、すぐに疑問の波が押し寄せてくる。
恋の悩みはまだあるが、自ら将来を考え、希望を持ち、歩き出そうとしている。一緒に長い間過ごしたわけではないが、儚げに見えて、サイラスの芯は強くしっかりしている。
時には彼の人気に嫉妬し、嫌味を言ってくる連中もいたが、サイラスはその場で言い返していた。
生命力が溢れるイメージしかないので、逆の方向に考えが及ばない。
——本当に……サイラスの死は、自死だったのか……。
「ん、そろそろ着替えも終わっただろう。二人が来ているなら綺麗にしたいと聞かなくてな。よし、行くか。ジェレミーに声を掛けてくるよ」
ヘーゼルは立ち上がり、先に部屋を出た。ヨランも二階にあるサイラスの部屋に向かおうと思ったが、頭が追いつかない。
自死でないなら他殺だ。
胸に剣が刺さって事故はありえない。
他殺の線は何度も捜査された。
サイラスが発見されたのは夕刻だったが、亡くなったのはまだ陽の高い時だと聞いている。
その日、サイラスは最後の授業を欠席していた。
それは追い詰められていたからだとされたが、犯人の手に捕まっていたと考えたらどうだろう。
発見場所の旧校舎は、普段から人の出入りがなく、ひっそりとしている。予め、薬剤などを嗅がせて拉致し、旧校舎へ連れて行き犯行に及んだ。
もしそうなら、サイラスに強く恨みを持つ人間が近くにいるということだ。
ジェレミーではないし、ヘーゼルが犯人なんて考えたくない。学校関係者、ストーカー、通り魔、様々な可能性が頭に浮かぶ。
そもそも、サイラスの死が自死だという話は、上司がそう強く言ってきたのだ。上司とはあの、ヨランにセクハラをしていた男。あんなロクでもない男が、審問官になり、誰も文句が言えなかったのには訳がある。
彼の後ろには大物が付いているからだ。
国の大貴族のモガ公爵家、彼はその遠縁にあたるが、公爵家と縁続きだということで、何かと優遇されてきた。
モガ公爵は女好きで、妾が多くいるらしい。縁続きはたくさんいそうだが、とにかく彼が自死だからそう処理しろと強く押してきた。
結局、エドマン家に同情的な声が集まり、捜査は継続扱いになったが、それに一番難色を示していたのも彼だった。
あの上官が犯人なら、捜査を撹乱し、終わらせようとしたことが納得できる。
そこまで考えてヨランは首を横に振る。
上官とサイラスとの接点が思いつかない。
「……どういうことなんだ」
ヨランは頭に手を当てる。混乱が深まっていくのを肌で感じた。
「二人とも心配をかけてごめんなさい」
サイラスは聞いていた通り、とても元気そうだった。部屋に入るとベッドの上にいたが、ヨランとジェレミーの姿を見ると、飛び降りて走ってきたほどだ。
それでも頭に包帯を巻いているので、痛々しくは見える。
「頭に巻いて、恥ずかしい。少し切れただけで血は止まったのに、おおげさなんだよ」
「サイラス、元気そうで安心したけど、くれぐれも安静にしてね」
「先輩ー、来てくださって本当にありがとうございます! 来週の指導は絶対に行くので、よろしくお願いします」
サイラスはヨランの手を掴み、頭を下げてくる。なんとか宥めて、またベッドに戻ってもらった。
ヘーゼルは仕事があり退出し、使用人もいなくなったので、部屋の中は三人になった。
「えー、お二人にご報告があります。僕、フラれちゃったぁ」
「え……………」
「実はパーティーの夜にね。兄と二人で話せる時があって……、今かなって……」
すでに告白が終わっていたことを知り、ヨランは言葉を失う。先ほどのヘーゼルの反応は、告白を受けてのものだったのだ。
「だ、大丈夫なのか? 辛ければ話はいくらでも聞くから……」
「先輩、ありがとうございます。でも、大丈夫です。スッキリしました。好きな気持ちは全然消えないけど、兄は家族として大切にしてくれるから、僕も大事にしたいなって。今は、自分に自信がついて、夢もできたし、色々頑張りたいことがいっぱいなんです」
「前に進めてよかったな」
「うん、ジェレミーも、ありがとう。色々助けてくれて感謝しているよ。昔から世話になりっぱなしだ。そろそろ僕のお世話はいいからね」
幼馴染同士の会話を聞きながら、ヨランは頭の中で先ほどの考えが大きくなっているのを感じる。
サイラスは傷ついても、それを糧に前に進める力がある。やはり自ら終わらせるなんて考えられない。
「あの件も収まったから、気持ちも落ち着いただろう?」
「本当、よかったよ」
「あの件?」
二人の会話で気になる話が聞こえてきたので、ヨランは声をかけた。
「一時期、サイラスの周りを変なやつがウロウロしていたんだ」
「歩いていると視線を感じたり、付けられている気がしたり……。街や、学校の中でも気配を感じて……。困っていたんですけど、ある日パタリとなくなったんです」
「付きまとい……、学校の生徒か?」
「分からないんです。姿が見えなくて……、ただ……」
言葉を詰まらせたサイラスは、自分の肩を抱き、怯えた表情になる。
「白い花……」
「花?」
「そうです。僕の行く先々、教室の机の上とか、ロッカーの中に白い花が置いてあって……。始めは一本だけ、その次に二本、三本、やがて花束になったと思ったら、ある日それがぐちゃぐちゃに……」
「気味が悪いな。白い花か……」
そこでヨランは、パーティーの時、自分のポケットに白い花が入っていたことを思い出した。あれは偶然だろうかと考えてハッとし、額から汗が流れる。
ヨランはもっと大事なことを思い出した。
あの白い花は、時戻り前、ジェレミーが道で拾ったといい、持って帰ってきた花と同じだ。
なぜ気づかなかったのかと、衝撃で息を吸い込む。
「サイラス、困ったことがあれば、すぐにジェレミーやヘーゼルに相談するんだ。校内を一人で歩いてはいけない。それと、人気が無い場所、旧校舎には近づかないように!」
不安の波が押し寄せてきて、ヨランは壁に手を当てる。当然捲し立てるように話したヨランを、二人が心配そうな目で見てきた。
「どうしたヨラン? 大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
「先輩! 大丈夫ですか? 部屋を用意します。休んで行ってください」
「大丈夫。少し疲れただけだ。今日はもう帰るから」
ではまた、と言い部屋を出たら、ジェレミーが追いついて来て、ヨランの腕に手を添えた。
「送らせてくれ。心配だ」
大丈夫だと断ろうとしたが、ジェレミーの顔を見たら力が抜けてしまう。素直に体を預けて、用意してもらっている馬車に向かい歩き出す。
「家まで送る」
外へ出ると、ジェレミーは一緒に馬車へ乗り込んできた。混乱して頭が痛いくらいだったので、ジェレミーがいてくれて気持ちが軽くなる。
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