二十二年前の君にも、愛していると伝えたい

朝顔

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後編

後編⑥

「ジェレミーは僕が虐められている時、助けてくれた……。愛を感じたんだ。あぁこれはきっと、お互い愛し合っているって……。それなのに、サイラスと付き合ったり、今度は先輩と付き合ったり、本当に悪い子。でも、もっと悪いのは、誘惑してきた先輩だよね。甘ったるい髪の色も、その目も大嫌い! 高慢ぶって下品なヤツ!」
 ピアゾの叫びを聞きながら、ヨランは目を閉じた。
 おそらくジェレミーにとってのキッカケは大したものではない。ピアゾが虐められているところに遭遇し、止めろよとでも声をかけたのだろう。しかし、愛に飢えていたピアゾにとって、大きな出会いだった。小さな感謝が間違った方向へ膨れ、妄想と現実が混じり、二人は愛し合っていると思い込む。
 そして、二人の愛を阻む者を排除しようとした。
 過去にはサイラスを、今はヨランを……。
 血だらけで帰ってきた息子を見て、家族は悟った。家の恥になることを恐れ、秘密裏にピアゾを国外へ追放した。公爵家の力を使い、時効まで帰ってこられないようにしたはずだ。
 そうして、二十二年、ジェレミーへの愛を募らせていたピアゾは、今度こそ結ばれると思い帰国した。
 しかし、ジェレミーは自分を待っていてはくれず、結婚していた。
 愛が憎悪に変わり、ジェレミーを殺すことで、永遠に自分のものにしようとした。
 ようやく全てが見えたヨランは、フゥと息を吐く。
「剣を向けられて目を閉じていられるなんて、おかしい人だね」
「今ならまだ間に合う。剣を納めて、この紐を解くんだ」
「……本気で言っている? この状況で?」
「君の境遇は不憫に思う。しかし、それでも貴族の男だ。努力して地位を掴めば、周囲の言葉なんて気にならなくなる」
 ヨランにとって、憎むべき相手であるが、今の彼がやったことは嫌がらせ程度だ。ここで踏み止まってくれたら未来は変わる。
「努力、いかにも恵まれたお坊ちゃんが、そうでない者に言いそうな台詞だ。バカにするなよ! 僕はね、モガ公爵家の令息なんだ。誰もがひれ伏す高位貴族だよ。本妻の子でなくとも、高貴な血なんだ。努力など必要ない! 望めば何でも手に入るはずなんだ!!」
「うぅっ」
 激昂したピアゾが剣を振り回した。ヨランは縛られた状態で頭を動かして何とか避けたが、前髪が切れてパラパラと床に散らばった。
 目の下に痛みがあり、少し切れたように感じる。
 説得しようとしたが、余計に怒りを買ってしまった。だが、このままだと刺されて死んでしまう。何とかしなければと頭を働かせた。
 その時、パリンと窓が割れる音がして、ハッと顔を上げる。すぐに足音が聞こえてきて、ピアゾはヨランの後ろに立ち、剣を首に当てた。
「ヨラン!!」
 わずかに開いていたドアを蹴破って、飛び込んできたのはジェレミーだ。捕らわれているヨランを見て、燃えるような目になる。
「いったい……何だこれは!! ヨランを傷つけたな!」
「ジェレミー先輩、どうして怒っているんですか? 僕達、愛し合う仲なのに……。邪魔をしようとする悪いヤツを捕まえたんですよ」
「愛し合う? 何を言っているんだ? お前なんて知らない」
「知らない……そ、そんなの嘘だ!? 校庭で僕のことを助けてくれたじゃないですか! その時から、お互い惹かれ合って、これでやっと結ばれるというのに!!」
「いい加減にしろ! もうすぐ警備隊も来る! ヨランを離すんだ!!」
 ピアゾは妄想を信じ込んでいたが、ジェレミーに否定されショックを受けたようだ。ヨランの首に当てられた剣が震え、肌を傷つけられて痛みが走る。
 歯を食いしばり痛みに耐えるヨランを見て、ジェレミーも悲痛な表情になった。
「や……やめてくれ、ヨランをもう、傷つけないでくれ……。言うことなら何でも聞くから」
「ああ……そう。どうしても、この男を庇うんだね……悔しい……どうして僕だけを見てくれないんだ。だったら、一緒に死のう」
 その言葉を聞き、ヨランは息を吸い込む。ピアゾは腰に下げていたもう一つの短剣をジェレミーに向かって投げた。
「それで、喉を掻っ切ってよ。君が死んだら僕も一緒に死ぬ。そうすれば、この男は助かるよ。警備隊が来る前に、早くやって」
 短剣を手にしたジェレミーはゴクリと唾を飲み込む。ヨランの方を見ながら、ゆっくり短剣を自分の喉元に当てた。
「だ……だめ、だめだ! ジェレミー、やめるんだ!」
「ヨラン……、君には生きていてほしい。君を死なせたくない」
 こんなのはあんまりだ。
 ジェレミーを死なせたくなくて、時を戻ってきた。
 それなのに、また君を目の前で失ってしまうなんて耐えられない。
 ヨランはどうにかして助けたいともがき、椅子をガタガタ揺らして暴れたが、縛られているので少しもジェレミーに近づくことができない。
「いやだ。やめてくれ……君のいない人生なんて、嫌なんだ。君を死なせたくない……嫌だよ、ジェレミー!!」
「ヨラン……。カッコつけて、なかなか言えなかった。好きだ……、愛している」
 俺だって愛している。
 ジェレミーを助けるために、ここまで戻ってきたんだ。

——時戻りができるのは一度だけ。
——こんなことで失うなんてもう嫌だ!
——二度と、絶対に離れない!!

 その時、暗闇の中に一筋の光が見えた。
「待て、待ってくれ! 大事な話がある!! 重要な話だ!」
 ジェレミーが腕に力を入れた時、ヨランは力の限り叫んだ。ジェレミーの手が止まり、ピアゾがアァと声を上げた。
「時間稼ぎ? じゃあ、殺すよ」
「は、話を……ピアゾ、お前に重要な話がある」
「は? 僕に?」
「いいから聞け、これを逃したら、もう二度と聞けない重要な話だ。ジェレミー、お前は耳を塞いでいろ」
 そう言ってピアゾの興味を引きつけると、ピアゾはうんざりした顔をしたが、ヨランの口元に耳を寄せてきた。
 ジェレミーが言われた通りに耳に手を当てたところで、ヨランはピアゾに向かい、小声で話をした。
「………………」
 どこまで効果があるか分からないが、これはもう賭けだった。
 ヨランが話を終えると、ピアゾの表情は変わらなかったが無言になり、しばらくしてガシャンと剣が手から滑り落ちた。
「あ…………ああ……あああ……」
 目を大きく開いたピアゾは、苦悶の表情になり、叫びながら耳に手を当てる。突然おかしくなったピアゾを見て、信じられない事態にジェレミーは驚いていたが、すぐにヨランの元へ走った。
「大丈夫か、ヨラン! 今、紐を切る」
「ジェレミー……ありがとう……」
 ジェレミーは持っていた短剣で、ヨランを縛っていた紐を切り解放してくれた。そのままヨランを背中に庇い、ピアゾに向かって短剣を向けたが、ピアゾの方は放心状態で、空を見上げ訳の分からないことを口にしている。
「アイツは……いったいどうしたんだ?」
 あちこちからガラスが割れる音が鳴り響き、バタバタと大勢の足音が聞こえてきた。
 すると、今まで放心状態だったピアゾから、プチンと何かが切れる音がして、彼は急に走り出した。
 ピアゾが監禁部屋から出た後、人々の叫び声とドカドカと何かが落ちる大きな音が聞こえてきた。何が起こったのかと、二人で顔を見合わせていると、次に部屋に飛び込んで来たのはサイラスだった。
「遅くなってごめんなさい! 先輩! 無事ですか!?」
「サイラス、私は大丈夫だ」
「大丈夫って! 頭から血が! 目の下も切れていますよ! 先輩の美しい顔にこんなことをするなんて! 許せない!!」
 目を潤ませたサイラスが抱きついてきて、ヨランはしっかりと受け止める。大丈夫だからと言ってサイラスの頭を撫でると、彼は泣きながらよかったと繰り返した。
「サイラス、さっき出て行った男がいただろう?」
「モガ公爵家の令息だね。彼なら、階段から落ちたよ」
「え!?」
「警備隊に追いかけられて足を滑らせたみたい。頭を打ったのか、正気を失っていて、今連れて行かれていると思う。アイツが先輩をこんな目に遭わせたんだね?」
「ああ、彼はジェレミーのことが好きだった。それで、私のことが邪魔だと思い、消そうとした。追い詰められて、逃げ出したようだな。そう言えば、どうしてここに私がいると?」
 ヨランの問いにはジェレミーが答えてくれた。
 二人は授業中、ただならぬ様子でヨランが中庭を走って行くのを目撃していた。授業終わりにヨランを探したが、図書館で調べ物をしていたのを最後に姿が消えていた。
 校門の警備員は出て行くヨランの姿を見ていないと言い、何かあったのかと思い、捜索することになった。
 ヨランが旧校舎に近づくなと言っていたのを覚えていたジェレミーは、先に単独で走って向かい、サイラスは教師や警備隊に声をかけて一緒に向かうことになったそうだ。
 間一髪というところで悲劇を止めることができたヨランは、心身ともに疲れ果て、ぐったりと力が抜けてしまった。隣にいたジェレミーが支えてくれ、横抱きに持ち上げられる。
「こんな所で話していても仕方ない。頭の傷が心配だ。治療に行こう」
「ジェレミー、先輩をしっかり持ってよ。落としたら承知しないから!」
「落とすわけがない! 絶対に……離したりしない!」
 持ち上げた格好で、ジェレミーは腕の力を強め、抱きしめてくる。
 危機は去った。
 ジェレミーを救うことができた。
 ヨランの胸は熱くなり、目尻から涙が溢れる。
「先輩、ジェレミーは熱血漢で、時々熱過ぎてウザったいくらいですけど、いいヤツです。長い間の友人ですから、いちおうお勧めしておきます」
「……ありがとう、サイラス」
「ジェレミーにちゃんと説明しろってうるさく言われたので言っておきますが、付き合っていたのは本当にフリなんです。僕もジェレミーもお互いを友人以上になんて見られませんから、そこは本当に大丈夫です」
 サイラスが身振り手振りを添えて、必死に説明してくれたので、ようやく安堵したヨランは、ありがとうと言い微笑んだ。
「ほら、ここまで言ってあげたんだから、後は自分でしっかりやんやなよ!」
「あたっ!」
 サイラスがジェレミーの背中を叩いた。ヨランを抱き上げている力は変わらなかった。ジェレミーはわざとらしく大きな声を上げて痛がるので、やっぱり二人は仲が良いなと笑ってしまう。
 階下に到着すると、ピアゾはすでに連れて行かれていた。ヨランは警備隊に何があったのか簡単に説明し、詳しい聞き取りは治療後になった。
 サイラスは教師達と校舎に残り、ヨランはジェレミーと共に、医術院に向かうため馬車に乗った。
 しばらく外を眺めながら、お互い無言でいたが、ジェレミーがポツリと、聞いていいかと言ってきた。
 そろそろ聞かれるだろうと思っていたので、ヨランはいいよと返す。
「ピアゾに何を言ったんだ? 重要な話と言っていたが……あれを聞いてから急におかしくなって……」
「大した話じゃない。仕事柄、モガ家の事情を知っていたから、このことを父親に話すと言ってみた。家族の話をしたから、動揺したようだな」
「それであんなに……? そ、そうなのか? 殺そうとまでしてきたのに……よく分からないな」
 ジェレミーは納得できない様子だが仕方がない。
 それで押し通すしかないのだ。
 こんな恐ろしいことは、二度と口にできない。
 あの時ヨランはピアゾに、自分は二十二年後の世界から、時戻りの禁術を使い、今の世界に戻ってきたと話したのだ。
 時戻りの秘密を聞いた者は、全て記憶を失くすという、禁術書に書かれていた内容は本当だった。
 今回はそのおかげで救われたが、改めて禁術の恐ろしさを思い知った。このことは決して、もう二度と口にはできない。もちろん、ジェレミーにも教えられない。
 死ぬまで持って行くつもりで、ヨランは記憶の箱に鍵をかけた。
「血は止まっているが腫れているな……。ヨラン、横になってくれ。布を当てておく」
 ヨランは体を横にして、ジェレミーの膝に頭を置いた。馬車の揺れと、ジェレミーの温もりで眠気が高まってくる。
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