囮になった見習い騎士には、愛され生活が待っていた。

朝顔

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第三章

22、皇宮の妖精

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 ベイリーから来た一行には、皇宮内の小宮殿が滞在用の部屋として与えられた。
 セイブリアンのために用意された、一番大きな部屋に荷物を運んだリカルドは、荷解きをして部屋の中を整えた。
 と言っても、ほとんどのものは、必要ないくらい、完璧に用意されていて、リカルドがやったことは、机の上に仕事用の準備を整えるくらいだった。
 埃一つ落ちていない部屋で、後はどうしようかと思っていたら、全員集まるように招集がかかった。
 小宮殿の広間に顔を出すと、ルーセントが中央に立って、熱心に話していた。

「遅れて来た者もいるからもう一度話すと、今夜は歓迎パーティーがあるが、警備は皇宮騎士に任されているため、全員自由に過ごしてくれ。この後、全員で皇太子殿下に挨拶に向かうから、それが終わったら解散だ」

 自由時間と聞いて、誰もの目に喜びの色が見えた。
 疲れて休みたい者もいるし、元気であれば、外に出たいと考える者もいるだろう。
 アルジェンから早速、キラキラした視線が飛んできた。

「リカルド、お前も今日は好きにするように。会場は限られた者しか入れない。いつ終わるか分からないから、世話は必要ない」

「分かりました」

 ルーセントから許可が出たので、アルジェンがニヤニヤしながら、カップを持って飲む合図をしてきた。
 まだ仕事中だが、遊びに行く気満々のアルジェンに向かって、リカルドは仕方なく分かったと頷いて見せた。
 これからいよいよ、皇太子に会うのだと思うと、緊張して来てしまった。
 おそらく離れた位置から、頭だけ下げて退室すると思うので、少しでも見られたらいいなと思っていた。

 
 皇宮内、謁見の大広間に到着すると、広間の入口には、各国の代表者や、地方から来た貴族や首都に住む貴族など、たくさんの人でごった返していた。
 人々の輪の中心に立っていたのはセイブリアンだった。
 ルーセントが輪の中に入り声をかけると、セイブリアンは軽く手を上げてからその場を離れて、リカルドの方に近づいて来た。
 
「リカルド、替えのハンカチを持っているか?」

「はい、こちらを」

「指を切ってしまった令嬢がいてな。ハンカチを渡したんだ。持っていてくれて助かった」

 リカルドはポケットから新しいハンカチを取り出して、セイブリアンに渡した。
 困っていた令嬢を助けるなんて、優しいセイブリアンらしいなと、ほっこりしていたら、隣でルーセントがハァとため息をついた。

「それは口実ですよ。令嬢が自分のハンカチを持っていないはずがありません。その方をパーティーにお誘いしたのですか?」

「いや、していない」

「セイブリアン様! ここにいるのは、名のある家の令嬢です。誘いやすいようにと、機会を作ったのですよ。そこで行かなくてどうするのですか!」

「……その話はもういいと言っただろう」

 二人のやり取りを見て、リカルドは状況を察した。
 どうやら、セイブリアンと女性が親しくなるように、周りが後押ししているようだ。
 しきりに令嬢を誘うように進言しているルーセントを見て、リカルドは少しムッとしてしまった。
 部下として、幼馴染としても、将来を考えて勧めているのだろうとは分かるが、胸の中がモヤモヤとしてしまった。

「余計なことはするな。俺には心に決めた人がいる」

 モヤモヤが膨らんで、胸がいっぱいになりそうだった時、セイブリアンの言葉にリカルドの心臓は飛び跳ねた。
 熱い視線を感じて顔を上げると、セイブリアンはリカルドを見ていた。
 焼け付くような熱さで、リカルドの頬も一気に熱くなった。

「なっ、初耳です! どこのどなたですか!! すぐに身辺調査を始めます! いつから、どういうお付き合いを?」

「まだ付き合ってはいない。口説いている最中だ」

「はい、そうですか。口説いて……ええ!?」

「身辺調査も必要ない。よく知った仲だ」

「そ、そんな人物が!? 一体どこに!?」

 ルーセントと話しながら、視線だけリカルドに向けてきたセイブリアンは、クスッと笑って、軽く片目だけ閉じて合図をしてきた。
 リカルドは思わず声が出そうになって、慌てて口元を手で覆い隠した。
 こういうことには、すぐに気づきそうなルーセントだが、全く気づかない様子で、誰ですかとセイブリアンを問い詰めていたが、謁見の時間が始まってしまい、大人しくするしかなくなった。
 騎士達の後ろに並んだリカルドだったが、時間が経っても心臓の高鳴りが治らなくて、倒れてしまいそうだと思いながら胸に手を当てた。

 

「セイブリアン皇子殿下、ご入室です」

 名前を呼ばれたセイブリアンが堂々と謁見の間に入って、ベイリーから来た一行もその後ろに続いた。
 失礼に当たるので、目線は下の赤い絨毯に向けたまま、ゆっくり部屋に入っていくと、少し距離があるが、中央に人が座っているのが分かった。
 立派な椅子があり、そこに座っているのが、皇太子だと思われた。

「皇太子殿下、ご即位を前に、ご挨拶させていただきます」

「セイブリアン、ここまでご苦労だった。道中、問題はなかったか?」

「はい。何事もなく」

 セイブリアンの挨拶が始まると、わずかに顔を上げることが許されている。
 中央に視線を向けると、そこにはセイブリアンと同じ赤い髪をした男がゆったりと椅子に腰掛けていた。
 あれがセイブリアンの兄、ユリウス・アルカンテーゼだと、リカルドは緊張の唾を飲み込んだ。
 まさか、敵国の捕虜で、騎士でもなかった下っ端の自分が、皇帝になる男をこの目で見る日が来るとは思わなかった。
 赤い髪は皇族の証らしく、セイブリアン以外見かけることはなかった。
 皇太子の目鼻立ちは整っているが、目元が垂れていて、セイブリアンよりも少し柔らかく見える。
 腹違いと聞いているが、雰囲気も似ているので、兄弟なんだなと思ってしまった。

「それはよかった。着いて早々、会議に呼んですまなかったな」

「いえ……お心遣いありがとうございます」

「挨拶はここまでとして、ここからは私的な時間だ。お前に早く会いたいと、急かされていてな。ほら、リリー、いいぞ」

 ユリウスがそう言うと、ガタンと音がして謁見室の奥の扉が開かれた。
 中から人影が飛び出して来て、セイブリアンに向かって一直線に走って来た。
 予期していなかった事態に、リカルドは体に緊張が走って、腰に下げていた短剣に手を当てようとした。
 その手を隣にいたルーセントが止めて、大丈夫だと小声で言って首を振った。

 次にリカルドの目に飛び込んできたのは、ふわりと揺れる長い黒髪、白磁のような白い肌、薄桃色のドレスを着た女性だった。
 周囲の空気を全て自分のものにしてしまうほどの存在感、繊細に作られた美しい人形のような人だった。
 薔薇色に色付いた口元を引き上げて、笑顔で走って来た女性は、ドレスの裾が靴に引っ掛かったのか、バランスを崩して倒れそうになった。
 それを、受け止めたのが、セイブリアンだった。

「リアン!」

 セイブリアンの腕に支えられた女性は、離れることなく、勢いそのままに、セイブリアンの首元に腕を巻き付けて抱きついた。

「やっとよ、やっと会えた。遅いじゃない、会いたかったわ」

「皇太子妃殿下、久しくお顔をお見せできず……」

「もう、私的な時間と言われたでしょう。いつもみたいに呼んで、リアン」

「……リリー、元気だったか?」

「ええ、リアンはまた背が伸びた? 私の方が高かったのに」

「はははっ、いつの話をしているんだ」

 セイブリアンが笑った。
 眉尻を下げた優しい笑顔を見たリカルドは、心臓がぎゅっと掴まれたように痛くなったのを感じた。
 隣にいるルーセントを見ると、嬉しそうな顔をしていた。

「あの方が……」

「そうだ。皇太子妃殿下のリリーローズ様だ」

リリーローズは、聞いていた通り、フランティア人を思わせる波打つ長い黒髪に、黒曜石のように輝く黒い瞳、遠くから見ても、忘れられないくらい美しい人だった。
 皇太子やルーセントと同じ、幼馴染と聞いていたので、仲がいいことは間違いないだろうと思ったが、どう見ても距離が近すぎるだろうと思った。
 たくさんの人が囲んでいる大広間で、夫である皇太子の前であるのに、セイブリアンに抱きついているなんて、さすがにありえない。
 しかし、皇太子の方を見ても、怒っている様子はなく、ルーセントのように和かに笑っていた。

「い……いいのですか? いくら仲が良いと言っても……」

「他の女性であれば問題だが、リリー様は昔からだからみんな慣れてしまった。あの方なりの、親愛を表しているだけで、変な意味はない」

 帝国が聞いていたものとは違って、驚いたことはたくさんあったが、さすがにもうないと思っていた。
 だが、歪に見える構図を、親愛の一言で和んで見守っている人々に、リカルドはまた驚いてしまった。
 一人で鼻息荒くしていることに気がついたリカルドは、幼馴染という言葉でなんとか自分を納得させようとした。

「パーティーには私と一緒に出るのよ。ユリウスは忙しくて、出れないの。ちゃんとエスコートしてね」

「……ああ、分かった」

 二人の話を聞いて、リカルドはまた頭の中で嘘だろうと叫んでいた。
 忙しいからパーティーに皇太子が出ないとしても、なぜ妻が、義弟と出席するのだろうか。
 それとも、幼馴染で親戚だから、代わりのエスコート役として選ばれたのは、自然なことなのか、疑問が頭の中でぐるぐる回って目も一緒に回りそうだった。
 椅子から立ち上がったユリウスが、二人に近づいて行くと、リリーローズはやっと離れたが、まだ肩の触れる位置に立っていた。

「お前が帰って来てくれて嬉しい。席を用意するから、後で部屋に来てくれ、ルーセントも連れてくるといい」
 
 ユリウスの呼びかけに、隣に立っていたルーセントが頭を下げて応えた。
 どうやら、謁見が終わったら、幼馴染が揃ってお茶会をするようだ。
 次の訪問者の挨拶が控えているが、三人はまだ話し足りない様子で談笑していた。
 その間も、リリーローズはセイブリアンに近づいて、仲良さげに笑っているので、リカルドは腹の奥が重くなってしまい、まともに見ていられなかった。
 セイブリアンは、皇族として残ることになり、ベイリーからの一行は先に謁見の間を後にした。
 仲が良い幼馴染同士の集まりに嫉妬するなんて馬鹿げている。
 ただの友情なんだからと思うのに、リリーローズが嬉しそうに笑う姿が、目に焼きついたように離れなかった。


 
「乾杯ーー!」

 賑やかな声が小さな店に響き渡り、店主が今日は貸切だと言ってたくさん料理を運んできた。
 見たことのない、具材が使われた料理を眺めながら、ぶどう酒を口に運んだリカルドは、酔いが早く回りそうだなと思った。

「まったく、アルジェンは相変わらず調子がいい。お前は皇都を離れても変わらないなぁ」
「やっと騎士になれたって、俺達に追いつくのが遅すぎるぞ」

 町の小さな酒場に集まったのは、アルジェンとリカルド、そして、アルジェンが皇都で見習いをしていた時の同期三名だった。彼らはひと足先に騎士となり、皇都部隊に所属していた。

「うるせーなぁ。騎士になったら同じだ。遅いも早いもない。いざとなったら、俺がこの中では一番強いんだからな」

 また偉そうなことを言っているよと言って、同期の三人は笑った。
 リカルドについては、見た目でフランティア人だと分かったと思うが、アルジェンが友人だと紹介すると、それ以上何も聞かれなかった。
 三人はアルジェンの友人だけあって、気さくで明るくて楽しい人達だった。
 皇都での騎士の仕事の話から、貴族の恋愛事情など、色々な話をしながら酒を飲むうちに、モヤついていた頭もだいぶ落ち着いてきた。
 酔った三人組が肩を組みながら陽気に歌い出して、リカルドは手を叩きながら、頭の中ではリリーローズのことを考えていた。
 幼馴染というものに、縁がなかったリカルドは、それがどこまで親しいものなのか、いまいち分からない。
 家族であれば、再会を喜び、抱き合って挨拶することもあるので、それくらいの関係なのかと頭の中で整理していた。
 明るい雰囲気を楽しんでいたリカルドだったが、ふと、ある言葉を思い出して、アルジェンに聞いてみることにした。

「そういえば、皇都の街で子供に妖精さんと同じって声をかけられたんだけど……」

「ああ、きっと皇太子妃殿下と同じ黒髪だからだよ。幼い頃から抜群に美しくて、まるで神話の妖精みたいだって話から、国民からは妖精さんって呼ばれている。昔から街の人達とは仲が良くて、親しみやすいって人気なんだ。フランティア人の印象を明るくしたのも、妃殿下のおかげがあると思う」

「そ……そうなんだ。黒髪だったからか……そんな風に呼ばれたなんて、光栄に思うべきだな」

 リリーローズの話を聞くだけで、自分とは別世界の人だと改めて思い知らされた。
 同じフランティアの血が流れていても、貴族の令嬢として生まれて、華やかで美しい容姿を待ち、皇族の学友として選ばれて、皇太子の婚約者となり、結婚して、国民に愛される皇后となる。
 まるでお伽話の世界だなと思って、ぶどう酒をちびちび飲んでいたら、アルジェンがじっとリカルドのことを見てきた。

「言われてみたら、雰囲気は似ているかも」

「似てる? 何が?」

「妃殿下とリカルド」

「はぁ!? バカ! そんなこと……、不敬罪で捕まるぞ!」

 変な冗談を言ってアルジェンはケラケラ笑っているが、リカルドは本当に捕まりそうで周りをキョロキョロと見てしまった。

「妃殿下といえば、今日の再会の挨拶は熱烈だったな。やはり、あの噂を本当だったのかもな」

「ああ、妃殿下とセイブリアン様は仲が良くて、最初は二人が婚約されると言われていたけど、陛下がそれを望まなくて、婚約は皇太子殿下になったってやつか」

「無理やり引き離された悲恋だった。今でも二人は密かに想い合っている、とか。まぁ噂だけど」

 話を聞いていた三人組が、酒瓶片手に語り出した。
 噂だと言っているが、話を聞いて、リカルドは背中が冷えていくのを感じた。
 頭の中に浮かんできたのは、引き離された、忘れられない相手、という言葉。
 考えすぎたと気持ちを散らしながら、カップを持つ手に力を込めた。

「妃殿下は妖精のように美しいから、人嫌いだった陛下の目にも留まったんだろうな。陛下は体を壊して寝たきりになってからも、妃殿下に会いたくて、幼名を呼び続けていたらしいよ」

「幼名?」

 アルジェンの話が耳に入って、リカルドは顔を上げた。
 ドクドクと心臓の音が鳴って、警告のように知らせてくる。
 それでも気になって、聞き返してしまった。

「今はリリーローズというお名前だけど、妃殿下の幼名は、プリシアだ」

 カタンと音を鳴らして、リカルドは持っていたカップをテーブルに落としてしまった。
 中に入っていた酒の残りが、テーブルの上を点々と染めた。
 昔の名前も可愛いよなぁと言って笑うアルジェンの言葉が、遠くに聞こえた。

 ……シア

  リカルドの頭の中では、セイブリアンが寝言で切なく呼んだ名前がこだましていた。
 
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