囮になった見習い騎士には、愛され生活が待っていた。

朝顔

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第三章

23、集う、光と影

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※※※

  ノックをすると、入れと言う声が聞こえて、セイブリアンは静かにドアを開けた。
 わずかに明かりが灯された部屋を見渡すと、窓辺の椅子に座っている兄、ユリウスの姿を見つけた。
 すでに寝巻き姿で、小さなグラスを片手に窓の外を眺めている様子だった。

「宴は終わったのか? 悪いな、リリーを任せてしまって……」

「まだ続いているが、俺は戻ってすぐだからと言って、簡単に挨拶だけして出てきた。リリーは残っている」

「そうか」

 そう言ってユリウスは、窓に向けていた顔をセイブリアンの方に向けて笑った。
 疲れが出ているのかもしれないが、笑顔に力がないように見えて、心配になってしまった。

「腕が痛むのか?」

「夜は特にな。リリーは襲われた時、気を失っていたから、かすり傷だったと伝えているが、実際は深手で、まだ深いところが治っていない。私はお前と違って、中途半端な覚醒だったから、ソードマスターとしての治癒力が足りない。やはり、王になるべきではないのだな」

「また……そんなことを……」

 帝国において歴代の皇帝は、全員ソードマスターでないといけないとされている。
 そのため、時期を待っても覚醒しない後継者には、神殿において秘薬を使った強制覚醒が行われることがある。
 セイブリアンは自然に覚醒したが、ユリウスは成人しても覚醒がなかったために、この強制覚醒が行われた。
 対外的には自然に覚醒されたと発表されていて、セイブリアンも本人の口から語られるまでは知らなかった。
 それがどれだけ肉体に負担があるのか分からない。
 だが、父である皇帝にやれと言われて、その苦しみに耐えてきた兄は、セイブリアンから見ても、辛抱強く、逞しい心を持っていると思う。
 幼い頃から優秀で、誰からも好かれていた兄は、セイブリアンにとって眩しい存在だった。

「兄弟の中で、王の器に相応しいのはユリウス兄さんだけだ。一週間後には玉座に座っているんだから、自信を持ってくれ」

 セイブリアンがユリウスの近くに座ると、ユリウスは机の上にあったグラスに酒を注いで、セイブリアンに手渡した。

「新しい皇帝に」

 セイブリアンがそう言ってグラスを持ち上げると、ユリウスは微笑んで、軽くグラスを合わせた。

「時々思うんだ。ここにいるのは、本当はお前だったんじゃないかって……。リリーと並んでいるのも……」

「まだそんなことを言っているのか。俺とリリーと婚約の話は周りが勝手に言い出したことだろう。本人達の気持ちはない。結局、父は兄さんを選んだわけだし、リリーだって、兄さんが相手で良かったと思っているはずだ」

「そうだったら……いいのだが」

「他国との争いも落ち着いてきた。国内の動きを抑えれば、これからは、平和な時代になる。俺も支えていくから」

「よろしく頼む、リアン」

 お互い頷いて、固い握手を交わした。
 大きな変化を前にして、弱気になるのは、誰にでもあるだろう。
 普段、誰の前でも自信たっぷりに、力強いところを見せなければいけない立場なら尚更そうだ。
 子供の頃は、どうにかして兄弟を対立させようと、様々な動きがあった。
 子供時代、婚約の件で一悶着あったのも、その続きだった。
 そんな中でも、セイブリアンとユリウスだけは、仲違いすることなく、隠れて交流を続けてきた。
 それには、リリーローズが間に入ってくれたことが大きい。
 殺伐とした空気の中で、リリーローズの明るさに、セイブリアンもユリウスも助けられてきた。

「いまだにどう接していいか分からなくて、どうしてもリリーのことを子供扱いしてしまう。私は出会った時から、リリーのことが好きだった。だが……私が選んだものは、みんなお前の方に行ってしまう。分かるんだ、リアンは本当の優しさを持っている。リリーだって本当は……」

「何を言っているんだ。仲のいい夫婦だと評判だろう。今も昔も、二人は想い合っている。俺には、そうにしか見えない」

 部屋の中に沈黙が流れた。
 セイブリアンにとって、ユリウスはいつも目標とする立派な兄で、弱気なところがあっても、その気持ちは変わらない。
 誰からも愛されているのに、素直に受け入れることができないように見える。
 もっと自信を持って欲しかった。
 応援する気持ちが兄に上手く伝わってほしい、そう願うしかなかった。
 ユリウスは軽く目を伏せた後、クスリと笑った。

「私の優しい弟に、誰かいい人はいないのか? 国内で難しければ、国外に目を向けてはどうだ?」

「ああ、それなんだが、好きな人はいる。告白もした」

「なっ、なんだって!? それを早く言ってくれ。どこの令嬢だ? 返事は何だって!?」

「返事は後にしてもらった」

「なぜだ、……あっ、お前まさか」

 何かに気づいたように、キラッと目を光らせたユリウスは、腹を押さえながらゲラゲラと笑い出した。
 さすが兄弟だけあって、腹の中までお見通しだ。
 セイブリアンは苦笑いをして頭に手を当てた。

「おいおい、赤火の騎士団長様が、もしかしてフラれるのが恐いのか? お前にも恐れるものがあったのか。教えてくれ、猛火の荒ぶる猛獣を操る令嬢は誰なんだ?」

「……令嬢、じゃない。部下だ」

「そうか部下か、…………ん? ということは……男!?」

 顔を赤くして口を手で押さえたセイブリアンが、こくこくと頷くと、椅子を鳴らして立ち上がったユリウスは、嘘だろうと叫んだ。

「散々、美女を紹介したのに、選んだのが、男だって!? 本気か? 本気で……」

「本気だ。仕方ないだろう、好きになってしまったんだから……」

「そ……そうか、……まぁ、確かに返事は……そうだな。部下の立場なら、嫌でも断りづらいな。ちょっと、衝撃的過ぎて考えられん。とりあえず、上手くいったら教えてくれ」

 混乱している様子のユリウスは、椅子に座り直して、頭を抱えてしまった。
 伝えるのが早過ぎたかと思ったが、言ってしまったからには後戻りできない。

「呼びつけて悪かった。明日は朝から会議だ。もう休んでくれ」

「分かった」

 少し考える時間が必要だなと思ったセイブリアンは、それ以上何も言わずに立ち上がって、ユリウスの部屋を後にした。
 部屋の外に立っている衛兵の横を通り過ぎて、廊下に出ると、いつから待っていたのか、ルーセントが立っていた。

「申し訳ございません、ご報告が残っておりまして、こちらにいらっしゃると聞いて待っておりました」

「ああ、待たせたな。森の警備の件か?」

 明日のこともあるので、歩きながら報告を聞くことにして、セイブリアンは歩き出した。

「はい、皇宮の騎士団より、内部での増員はこれ以上必要ないと言われました。外部に通じる門周辺の警備を任せたいと」

「なるほど、内部に入り込まれた時の心配をしているのだが、話が通じないな」

「もう一度、進言してみますか?」

「いや、これ以上言っても無駄だ。地方の騎士団の意見など、必要ないと思っているだろうからな。これ以上はいい、俺が気になっただけだ。言われた通りの場所で配置を考えろ」

 皇都で行われる式典は、皇宮騎士団が警備を取り仕切っている。
 事前に色々とやり取りをして、意見を伝えていたが、彼らにとってベイリーからの声は邪魔なものだったようだ。
 何度か意見が対立してしまい、皇子として押すこともできたが、必要以上に圧力をかけることをしたくなかった。
 ユリウスの周囲に、ベイリーからの護衛騎士を何人か置けただけでも、進歩があったと思うしかない。
 大事な行事を前にして、内部から揉め事を増やすのはやめておこうと思ったのだ。
 セイブリアンの懸念は、皇宮から即位式が行われる神殿まで続く、広い森のことだった。
 森を突っ切る一本の道が、唯一通行できる場所となっているが、そこにかける人員が少ないと思ってしまったのだ。
 増員を申し出たが、必要ないと断られてしまった。
 確かに外部からは侵入不可能と言われているので、考え過ぎと言われたら、それまでかもしれない。

「みんなはどうした? もう休んでいるか?」

「はい、明日担当の者はもう休んだかと。若手の新人騎士達は町に出ているようです」

「いいだろう。何事も経験が必要だ。仕事も遊びも、久々の皇都なのだから、ハメを外すのも悪くはない」

「はい、アルジェンや、リカルドも楽しそうに出ていきましたよ」

 何気なく部下達の様子を聞いてみたら、リカルドの名前が出てきたので、セイブリアンは足を止めた。
 自由時間なので、どこへ行ってもいいのだが、飲みに連れて行かれたと思うと、少し心配になってしまった。

「町の様子は? 最近は他国からの流民も多いと聞いた。治安は? 夜歩いても大丈夫なのか?」

「え、あ、はい。新人と言っても、みんな腕はあるので大丈夫だとは思いますが」

「飲み過ぎていたらどうする? ……心配だ、新人が行きそうな飲み屋はどこだ? 少し顔を出してみる」

 腕を組んでウロウロし始めたセイブリアンを見て、報告だけ終わったら休もうと思っていたのか、ルーセントは眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をした。

「可愛がっているリカルドがいるからでしょうけど、やめておいた方がいいですよ。上司がいたら、萎縮しますし、できない話もありますから」

「そ……そうだな。出しゃばって嫌われるな」
 
「そうですよ。きっと恋愛の話で盛り上がっていますよ。リカルドは好きな人がいるみたいですし」

「え…………」

 ルーセントの言葉に、頭が真っ白になって思考が停止してしまったセイブリアンを見て、ルーセントは、あっと声を上げた。

「セイブリアン様? ……まさか……、皇太子殿下のお部屋で、だいぶ飲まされたのですね。明日も忙しいのですから、ほどほどにしてください。さ、お部屋まで戻りましょう」
 
 酔っているわけではない。
 けれど、その相手が気になって言葉が出てこない。

 その後もルーセントはペラペラとよく喋っていたが、セイブリアンは何も考えられなくて、ルーセントの話は右から左に抜けていた。
 
 自室に戻り、ベッドに転がったセイブリアンは、頭の中が整理できなくて悶々としていた。
 リカルドに好きな相手がいる。
 それは自分なのか、それとも別の人間か……
 嫌ではなかったと言ってくれたから、少しは好意があるのかもしれないと、勝手に思い込んでいたが、そうではない可能性も出てきた。
 権力を使って、好き勝手する連中を見て育ったセイブリアンは、自分に大切な相手ができたら、それだけはしたくないと思ってきた。
 自分の告白が、リカルドの負担になっていないかが気になってしまった。
 好きな相手は自分であってほしい。
 もし他の誰かなら……
 誰にも渡したくない。
 自分を見てくれと言って、奪い去りたい。

 腹の奥がカッと熱くなって、力に任せて枕を叩いた時、窓の音がガタンと鳴った。
 こんな時に報告かと思って顔を上げると、影がスッと動いたのが見えた。

「遅くに申し訳ございません。報告に参りました」

「……ああ、ご苦労。かまわない、なんだ?」

 大事な報告を聞き逃すわけにいかない。
 セイブリアンは眉間に皺を寄せながら、体を起こした。

「ミケーレ•ワインズですが、調べたところ、女人街で贔屓にしていた女がいました。女は例の火事で亡くなっています。女の自宅は、火元の酒場のすぐ裏でした」

「予想通り、繋がったな」

「当時の同僚だった女に話を聞いたところ、火事で亡くなる前、女からある相談を持ちかけられたと……。お腹に子ができてしまった、どうしようと言われたそうです。同僚は、相手の男にちゃんと話せと、伝えたそうです」

「なるほど、おそらく愛人に子ができて、結婚を迫られ、衝動的に殺害。証拠隠滅のために火をつけた。ひどい話だ……まったく、なんてひどい話なんだ」

 セイブリアンが怒りに手を震わせていると、体から漏れ出した熱で、部屋の温度が上がった。

「ここからが重要な話です。ミケーレは、帝国の第三皇子と密に連絡を取り合っています。お互い終戦に反対の立場で利害が一致したのかもしれません。ミケーレは戦争を引き伸ばそうとして失敗、自宅謹慎処分になりましたが、秘密裏に外へ出ていて、行方不明です」

「何だと!?」

 話を聞いていると、ミケーレは頭がいいとは思えなかった。
 追い詰められた男が大人しく家にいるというのは、確かに考えられなかった。
 戦争で儲けているミケーレは、事業継続のために、何とかしたいと思っていたはずだ。
 そして、好戦的な性格の第三皇子は、ユリウスと反対の立場で長年争ってきた。
 最近は大人しくしていると思われたが、この機会を待って、事を起こそうとしていたと考えれば、全てが繋がる気がした。
 二人が手を組み、平和を推進しているユリウスを倒す。
 確実に遂行するには自らが動く必要がある。
 つまり、ミケーレは帝国にいる可能性がある。
 
「第三皇子の動きを調べろ! そこにミケーレもいるかもしれない」

「はい」

 他国の人間も入り混じり、大勢の人が集まるので、その分警備が手薄になるパーティーや、即位式は狙いやすい。
 第三皇子に追随している貴族を洗い出して注視する。
 そして、パーティーに皇太子が出るという情報を流して、実際には出席させずに、怪しい動きをする者がいないか探る必要がある。
 ミケーレ、もしくは彼の部下が潜入する可能性も否定できない。
 明日の朝一番にユリウスに伝えて作戦を練ることにした。
 
 セイブリアンは荒れ狂う波が近づいているのを感じて、緊張で身震いしながら息を吐いた。


 
 
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