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第一章 ライゼール領
1-4c. 雪月花の物語 【花の姫は寂しい】
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いつもなら、私邸で食卓を囲む時間だ。
領主館でも食事は賄われるものの、ゼルダは兄皇子より先に食べてはならないと、厳しく言い渡されている。
今夜は、ずっと兄皇子に付き従って、我慢しているのだ。『私がお腹を空かせているのに、おまえだけ食べるなんて許せないな』と笑顔でのたまわれてしまっては。
ゼルダの後始末をしてもらっているのだから、文句も言えない。
言えないのだけれど、空腹で、とても切ない。
「おまえ、情けない顔だな?」
ヴァン・ガーディナがにやにやしながら言った。
兄皇子の胃袋はどうなっているのか。
食べ盛りのゼルダには、兄皇子がどうして平然としているのか、もはや理解不能の域だった。
「……お腹が減りました……」
泣きそうだ。
仕方なさげに立った兄皇子が、食堂に用意されていた食事を一口ずつ確かめて、許可した。
「ゼルダ、食べたら帰って構わない。残りの奴は私が一人で片付けてやるから、優しい兄上様に感謝しろよ?」
「えぇっ! そんな、私の不始末なのにあなたに押し付けて帰れないでしょう! 兄上こそ、お帰りになられて下さい。あと二組くらい、私が――」
「おまえに任せたら、また乱闘騒ぎにするんじゃないのか」
――ぐふっ、それとか無限ループだ。
「あの、兄上せめて、夕食はきちんとお取りになられて下さい」
「満腹になると、雰囲気が緩むだろう? 相手は『権力の闇に巣食う魑魅魍魎ども』だぞ、経験が違うからな。侮りすぎると、痛い目を見るかもしれない」
余裕の笑顔で対していても、ヴァン・ガーディナがそれなりに真剣なのだと知って、ゼルダは少し意外な気持ちになった。
兄皇子が失敗するなど、ゼルダには想像もできないためだ。
けれど、兄皇子の方は謙虚にも、食事を取ったくらいで失敗する可能性が高くなると判断しているようだった。
たぶん、ヴァン・ガーディナの判断が正しい。
相手はゼルダにのされた若いのじゃなく、その親御だ。仮にも、それぞれの方法でライゼールを牛耳ってきた連中なのだ。
ヴァン・ガーディナなら失敗する気がしないゼルダの方が、おかしいのだろう。
それとは、また別に気になることがある。
兄皇子がしているのは毒見ではないのかと。
「でしたら、食べたらやっぱり、最後まで控えます。睨みを利かせてる時にお腹が鳴らないように、食べさせて頂きますけど、すぐ済ませますから!」
ヴァン・ガーディナは嬉しそうにしたくせに、憎まれ口を叩いた。
「私も疲れた。早く帰りたいからな、おまえ、もたもたするなよ」
「はい。――私でも控えた方が、少しは、お役に立ちますよね?」
「愚弟が息子さんをのしてしまいましてと、おまえに頭を下げさせるのと、私が頭を下げるのとじゃ、だいぶ違うからな」
素直じゃないけれど、少しと言わず、だいぶ役に立つらしい。
「だ・か・ら! あなたはひと言も謝ってないし、私にも頭下げさせてませんから!」
ヴァン・ガーディナは心地好さげに笑って、食堂を後にした。
ほんの一月前まで、アーシャがどうして、ゼルシアを信じたのかわからなかった。
けれど、兄皇子の誠意と優しさに強く惹かれるゼルダには、皇妃になる前の、アーシャと懇意にしていた頃のゼルシアが仮にこんな風だったとしたら、もはや、母妃の気持ちがわからないとは言えなかった。
ヴァン・ガーディナは冥影円環にかからない。それでも、アーシャの死を笑っていた。
愛情や信頼を失いたくないと思う感情が欠落しているとしか――
あの人は、ゼルダが死んでも笑っているのだろうか。
ちょっと都合が悪いだけで、悲しまないのかなと思うと、この想いには価値がないのかなと思うと、何だか、ひどく寂しかった。
領主館でも食事は賄われるものの、ゼルダは兄皇子より先に食べてはならないと、厳しく言い渡されている。
今夜は、ずっと兄皇子に付き従って、我慢しているのだ。『私がお腹を空かせているのに、おまえだけ食べるなんて許せないな』と笑顔でのたまわれてしまっては。
ゼルダの後始末をしてもらっているのだから、文句も言えない。
言えないのだけれど、空腹で、とても切ない。
「おまえ、情けない顔だな?」
ヴァン・ガーディナがにやにやしながら言った。
兄皇子の胃袋はどうなっているのか。
食べ盛りのゼルダには、兄皇子がどうして平然としているのか、もはや理解不能の域だった。
「……お腹が減りました……」
泣きそうだ。
仕方なさげに立った兄皇子が、食堂に用意されていた食事を一口ずつ確かめて、許可した。
「ゼルダ、食べたら帰って構わない。残りの奴は私が一人で片付けてやるから、優しい兄上様に感謝しろよ?」
「えぇっ! そんな、私の不始末なのにあなたに押し付けて帰れないでしょう! 兄上こそ、お帰りになられて下さい。あと二組くらい、私が――」
「おまえに任せたら、また乱闘騒ぎにするんじゃないのか」
――ぐふっ、それとか無限ループだ。
「あの、兄上せめて、夕食はきちんとお取りになられて下さい」
「満腹になると、雰囲気が緩むだろう? 相手は『権力の闇に巣食う魑魅魍魎ども』だぞ、経験が違うからな。侮りすぎると、痛い目を見るかもしれない」
余裕の笑顔で対していても、ヴァン・ガーディナがそれなりに真剣なのだと知って、ゼルダは少し意外な気持ちになった。
兄皇子が失敗するなど、ゼルダには想像もできないためだ。
けれど、兄皇子の方は謙虚にも、食事を取ったくらいで失敗する可能性が高くなると判断しているようだった。
たぶん、ヴァン・ガーディナの判断が正しい。
相手はゼルダにのされた若いのじゃなく、その親御だ。仮にも、それぞれの方法でライゼールを牛耳ってきた連中なのだ。
ヴァン・ガーディナなら失敗する気がしないゼルダの方が、おかしいのだろう。
それとは、また別に気になることがある。
兄皇子がしているのは毒見ではないのかと。
「でしたら、食べたらやっぱり、最後まで控えます。睨みを利かせてる時にお腹が鳴らないように、食べさせて頂きますけど、すぐ済ませますから!」
ヴァン・ガーディナは嬉しそうにしたくせに、憎まれ口を叩いた。
「私も疲れた。早く帰りたいからな、おまえ、もたもたするなよ」
「はい。――私でも控えた方が、少しは、お役に立ちますよね?」
「愚弟が息子さんをのしてしまいましてと、おまえに頭を下げさせるのと、私が頭を下げるのとじゃ、だいぶ違うからな」
素直じゃないけれど、少しと言わず、だいぶ役に立つらしい。
「だ・か・ら! あなたはひと言も謝ってないし、私にも頭下げさせてませんから!」
ヴァン・ガーディナは心地好さげに笑って、食堂を後にした。
ほんの一月前まで、アーシャがどうして、ゼルシアを信じたのかわからなかった。
けれど、兄皇子の誠意と優しさに強く惹かれるゼルダには、皇妃になる前の、アーシャと懇意にしていた頃のゼルシアが仮にこんな風だったとしたら、もはや、母妃の気持ちがわからないとは言えなかった。
ヴァン・ガーディナは冥影円環にかからない。それでも、アーシャの死を笑っていた。
愛情や信頼を失いたくないと思う感情が欠落しているとしか――
あの人は、ゼルダが死んでも笑っているのだろうか。
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