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第三章 死霊術師
3-2d. 月夜渡り【ネコの缶詰】
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支配印に魔力を流され、絶叫を噛み殺して膝ひざを突いたゼルダの髪を、ヴァン・ガーディナが引きつかんだ。
「ゼルダ、おまえ、私なんてこの世にいなければいいと思うなら死になさい。私はおまえを失いたくないけれど、そんなこと、どうでもいいだろう?」
ゼルダは吃驚して、ヴァン・ガーディナを見詰めた。
「アーシャ様が亡くなられた時、私が命を絶てばよかったか? おまえは、死を選ばなかった私を責めたのと同じなんだよ」
「違う、そんな! だって、あなたは悪くない!」
夢中で立って、主張したゼルダをヴァン・ガーディナが抱き寄せた。
「じゃあ、生きていなさい。死ねばもう、言葉を交わすことも、可愛がってやることも出来ないんだから。死にたくないと思う理由なんて、それでいいだろう? 私は、おまえが死んだら悲しいよ」
「……はい、ガーディナ兄様……」
ヴァン・ガーディナの腕が温かい。この兄皇子だけは、生きていなさいと愛してくれるのだ。
生きなさいなんて説教は、傍にいることを拒絶する誰かがする限り、思い上がった、陳腐な綺麗事だ。
けれど、傍にいて、守り導いてやるからと、約束してくれる誰かの言葉なら、それは――
何よりも尊く得がたい、愛情の道標なのだ。ただ、傍にいて欲しいからと、愛しい人に望まれたい。
「ゼルダ、私がおまえを守り切れずに死なせたら、おまえ、私を憎むのか」
「ガーディナ兄様? そんなことで、私があなたを憎むはずないでしょう? 私のことなんて、本来、私が守るものです」
「それなら、いいだろう? 別に騙してないよ。おまえ、精一杯、妃を守ってるじゃないか。守ると約束したのであって、守り切れるとは約束してない」
――な、何ィー! 何たる欺瞞!?
麗しの兄皇子ときたら、諭すような口調で、優しく微笑んでいて、とてつもなく詐欺だった。
「妃と子は、おまえの全身全霊を懸けて守ってやれば、それで十分だよ。猫も人間も、死ぬ時には死ぬんだ。私達にとって大事なのは、追うか残るか、それだけだな?」
――ぶっ! 違います! それは違います! その前が大事!! 大切な人を失わないように、どう守るのかが大事ィ!!
「あ、兄上、あなたという方は、どれだけ生粋の死霊術師らしいご意見なんですか! 大間違いですよ!?」
「ふふ、いい感じだな。元気になってきたじゃないか、その方がおまえらしいよ」
「えぇ! 何か、どっと疲れたんですけど!」
「あと少しだから、頑張りなさい」
「?」
おいでと、ヴァン・ガーディナが先に立って月夜のライゼールの町並みを渡って行く。
夜風が街路樹を揺らし、その向こうで、湖面に月影が揺れて美しかった。
安らぎと静寂が降りた夜の町に人影はない。
半刻ほども進むと、郊外の荘園が近付いて来た。どこまで行くのだろう?
「あ、猫がいる!」
古びた噴水を囲むような邸宅の屋上と、その噴水の周りに、猫がたくさんいた。
「私の邸宅だ。よく、ついてきたな。帰り道はわかるか?」
「え? わかりますけど……」
月夜を行く散策は、ここまでなのだ。
今夜はおしまいと、兄皇子と別れるのが、寂しいような。
そんな馬鹿な。
別れがたくて、ゼルダがつい、兄皇子のケープをつかむと、微笑んだヴァン・ガーディナに優しくキスされた。
「んっ……」
――違う、キスして欲しかったんじゃなくて! 今夜はもう少し、傍にいたかっただけ!
「おまえ、可愛いな、エサが欲しいんだろう?」
エサ?
ヴァン・ガーディナがゼルダの手に、何か持たせてくれた。
ネコの缶詰。
――おぉおっ!
「兄上様、なんて話のわかる御方ですか! これですよ、これ!」
早速、ふたを切って出――
そうとしたゼルダは、夜闇にランランと光る猫たちの眼光に、たじろいだ。
「兄上、なんか、飢えてません? ここにいる猫たち……」
にゃぎーにゃぎーと、デブな雄猫が、ゼルダの膝に乗り上がってきて、猫カンをガリガリやった後、ゼルダの手に噛み付いた。
――な、なんと可愛くない!!
ゼルダはカっと目を見開くと、どぉーんと雄猫を膝から押し出した。
「何だ、ゼルダ。にゃぎーに何をするんだ」
「にゃ、にゃぎー?」
「デブ猫は抱き締めると気持ちいいぞ。適度に砲丸みたいな重さがあって、放り投げても面白いしな。放し飼いで、エサは自分で獲らせているから、狩りが苦手なのは飢えてるかもな」
デブ猫、放り投げないで下さい。スマートじゃないから狩り苦手かも。ないない、飢えてたらデブ猫になれない。
気を取り直してゼルダが缶のふたを切って中身を出すと、大騒ぎになった。
「あぁ! 可愛くて慎ましい子猫がエサにありつけない!」
なんという、優しさの欠片もない生存競争!? デカい猫が子猫とか押しのけて全部喰うの!?
「まぁ、仕方がないから虫でも獲って食べるだろう? 猫なんだから、虫なりネズミなり、獲ってくれないとな。あまりエサをやると獲らないんだ」
「あんまりです! こんな可愛い子猫に、そんなゲテモノを喰えなんて!? くっ、私が必ずや、いたいけな子猫に美味しい猫カンを与えてみせるから……!」
こうして、ゼルダとにゃぎーの熾烈な闘いの幕が上がるのだった。
「ゼルダ、おまえ、私なんてこの世にいなければいいと思うなら死になさい。私はおまえを失いたくないけれど、そんなこと、どうでもいいだろう?」
ゼルダは吃驚して、ヴァン・ガーディナを見詰めた。
「アーシャ様が亡くなられた時、私が命を絶てばよかったか? おまえは、死を選ばなかった私を責めたのと同じなんだよ」
「違う、そんな! だって、あなたは悪くない!」
夢中で立って、主張したゼルダをヴァン・ガーディナが抱き寄せた。
「じゃあ、生きていなさい。死ねばもう、言葉を交わすことも、可愛がってやることも出来ないんだから。死にたくないと思う理由なんて、それでいいだろう? 私は、おまえが死んだら悲しいよ」
「……はい、ガーディナ兄様……」
ヴァン・ガーディナの腕が温かい。この兄皇子だけは、生きていなさいと愛してくれるのだ。
生きなさいなんて説教は、傍にいることを拒絶する誰かがする限り、思い上がった、陳腐な綺麗事だ。
けれど、傍にいて、守り導いてやるからと、約束してくれる誰かの言葉なら、それは――
何よりも尊く得がたい、愛情の道標なのだ。ただ、傍にいて欲しいからと、愛しい人に望まれたい。
「ゼルダ、私がおまえを守り切れずに死なせたら、おまえ、私を憎むのか」
「ガーディナ兄様? そんなことで、私があなたを憎むはずないでしょう? 私のことなんて、本来、私が守るものです」
「それなら、いいだろう? 別に騙してないよ。おまえ、精一杯、妃を守ってるじゃないか。守ると約束したのであって、守り切れるとは約束してない」
――な、何ィー! 何たる欺瞞!?
麗しの兄皇子ときたら、諭すような口調で、優しく微笑んでいて、とてつもなく詐欺だった。
「妃と子は、おまえの全身全霊を懸けて守ってやれば、それで十分だよ。猫も人間も、死ぬ時には死ぬんだ。私達にとって大事なのは、追うか残るか、それだけだな?」
――ぶっ! 違います! それは違います! その前が大事!! 大切な人を失わないように、どう守るのかが大事ィ!!
「あ、兄上、あなたという方は、どれだけ生粋の死霊術師らしいご意見なんですか! 大間違いですよ!?」
「ふふ、いい感じだな。元気になってきたじゃないか、その方がおまえらしいよ」
「えぇ! 何か、どっと疲れたんですけど!」
「あと少しだから、頑張りなさい」
「?」
おいでと、ヴァン・ガーディナが先に立って月夜のライゼールの町並みを渡って行く。
夜風が街路樹を揺らし、その向こうで、湖面に月影が揺れて美しかった。
安らぎと静寂が降りた夜の町に人影はない。
半刻ほども進むと、郊外の荘園が近付いて来た。どこまで行くのだろう?
「あ、猫がいる!」
古びた噴水を囲むような邸宅の屋上と、その噴水の周りに、猫がたくさんいた。
「私の邸宅だ。よく、ついてきたな。帰り道はわかるか?」
「え? わかりますけど……」
月夜を行く散策は、ここまでなのだ。
今夜はおしまいと、兄皇子と別れるのが、寂しいような。
そんな馬鹿な。
別れがたくて、ゼルダがつい、兄皇子のケープをつかむと、微笑んだヴァン・ガーディナに優しくキスされた。
「んっ……」
――違う、キスして欲しかったんじゃなくて! 今夜はもう少し、傍にいたかっただけ!
「おまえ、可愛いな、エサが欲しいんだろう?」
エサ?
ヴァン・ガーディナがゼルダの手に、何か持たせてくれた。
ネコの缶詰。
――おぉおっ!
「兄上様、なんて話のわかる御方ですか! これですよ、これ!」
早速、ふたを切って出――
そうとしたゼルダは、夜闇にランランと光る猫たちの眼光に、たじろいだ。
「兄上、なんか、飢えてません? ここにいる猫たち……」
にゃぎーにゃぎーと、デブな雄猫が、ゼルダの膝に乗り上がってきて、猫カンをガリガリやった後、ゼルダの手に噛み付いた。
――な、なんと可愛くない!!
ゼルダはカっと目を見開くと、どぉーんと雄猫を膝から押し出した。
「何だ、ゼルダ。にゃぎーに何をするんだ」
「にゃ、にゃぎー?」
「デブ猫は抱き締めると気持ちいいぞ。適度に砲丸みたいな重さがあって、放り投げても面白いしな。放し飼いで、エサは自分で獲らせているから、狩りが苦手なのは飢えてるかもな」
デブ猫、放り投げないで下さい。スマートじゃないから狩り苦手かも。ないない、飢えてたらデブ猫になれない。
気を取り直してゼルダが缶のふたを切って中身を出すと、大騒ぎになった。
「あぁ! 可愛くて慎ましい子猫がエサにありつけない!」
なんという、優しさの欠片もない生存競争!? デカい猫が子猫とか押しのけて全部喰うの!?
「まぁ、仕方がないから虫でも獲って食べるだろう? 猫なんだから、虫なりネズミなり、獲ってくれないとな。あまりエサをやると獲らないんだ」
「あんまりです! こんな可愛い子猫に、そんなゲテモノを喰えなんて!? くっ、私が必ずや、いたいけな子猫に美味しい猫カンを与えてみせるから……!」
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