上 下
11 / 139
第一章 舞い降りた天使

第10話 優しくて甘い夜

しおりを挟む
「私、明日ね、ジャイロと話をつけるから。ジャイロがもし、サイファ様に助けを求めたら、許してあげてね」
「えっ……!?」

 あんまりびっくりして、頭が冷えたみたい。
 僕は目を丸くして、デゼルの顔を見ていたと思う。

「サイファ様、ジャイロがたまに怪我をしてるのは、気がついた?」
「うん、それは。何度も、ケンカで僕が殴ったことにされたし」

 だから先生は、僕が一方的に殴られてるとは思ってないんだ。
 僕が本当なら五年生だってこと、先生は知ってるし。

「ジャイロとはたぶん、お友達になれるよ。でも、スニールとは――サイファ様、ごめんなさい。デゼルはサイファ様に、もうスニールとは関わってほしくない」
「えっと、スニールと? ジャイロじゃなくて? スニールは、ジャイロに逆らえないだけだよ?」
「もとは、スニールがジャイロにいじめられてた?」

 僕はすごく驚いて、また、デゼルを見詰めた。
 僕のことも、スニールのことも、どうしてわかるの。

「……なんで……そんなこと……、そうだけど、クラスの誰かから、聞いたの?」

 ううんと、デゼルがかぶりをふった。

「スニールは弱すぎて、今日、私がジャイロに撃ったような闇魔法を放てば発狂してしまうし、私の手には負えないの。スニールはサイファ様に、あの子より惨めであって欲しがってる。世界で一番、弱くて惨めなのは自分じゃないと思うために、あの子より惨めな誰かを求めてる。スニールは、サイファ様にどんな酷いことでもできる。だからお願い、スニールがどんなに可哀相でも、もう、関わらないで欲しい」
「そんな……」

 自分より惨めな誰かを求めるって、何のために?
 どうしよう、デゼルが何を言ってるのか、わからない。

「……やっぱり、いい。その時には、デゼルが今日みたいに、サイファ様を守るから」

 僕はたまらず、強い口調でデゼルを叱りつけてた。

「駄目だよ、それは!」
「へいき」

 僕、デゼルに怒りを覚えたのって、初めてかもしれない。

「サイファ様、キス、してもいい?」
「……」

 だからかな。
 させる気になれなかった。
 優しくデゼルの髪をなでた後、僕の方から、デゼルにキスした。
 唇の後、額に、ほっぺに、首筋に。
 デゼルがびくっと震えたから、首筋へのキスは、軽くデゼルの肌を吸うようにして、少しだけ、長くした。
 僕の腕の中で、華奢なデゼルが震えて、つらそうな甘い吐息がもれた。

 ――ねぇ、つらい? こういう風にされたら苦しい?

「デゼル」

 僕は冷たく微笑んで、しばらく、デゼルを見詰めていたと思う。

 ――僕の言うこと、聞いてね?

 もう一度、唇にキスして。
 デゼルの唇の隙間から舌を挿して、驚いたみたいに逃げるデゼルのそれに、絡めた。

「…んっ……」

 デゼルが僕の肩をつかむ手が、小さく震えた。
 デゼルはもう、何もわからないみたいで、僕に何をされても、声にならない悲鳴のような、切ない吐息をもらして震えてた。

「あ、…ぁあっ!」

 ふふ。女の子の声って、すごく綺麗。

 ――僕の言うこと、聞くよね?

 誰かに、言うことを聞かせたいなんて思ったのは初めて。
 だけど、だって、許せないもの。
 デゼルのへいきは、ちっとも平気じゃない。
 デゼルが僕に逆らえなくなるようにしたかったんだ。何をしても。
 できると思ったんだ。デゼルが僕を求めたから。

 だけど、僕の考えは甘かった。
 デゼルがきちんと僕の言うことを聞いてくれるようになるまでに、十年もかかるなんて。
 この夜の僕は、思いもしなかったんだ。
しおりを挟む

処理中です...