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第二章 白馬の王子様

第34話 悪役令嬢は礼儀作法に目覚める

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 それからの数日は、夏休みの宿題や闇主としての修行、さらに、デゼルと一緒に礼儀作法と敬語の授業を受けた。
 闇主になるとガゼル様をはじめ、地位の高い人達に会うことが増えるんだって。
 それどころか、デゼルが公国の滅亡を阻止するために会うつもりでいる『闇の十二使徒』と呼ばれる人達の幾人かは帝国の貴族で、侵略軍の司令官にいたっては皇子様なんだって。その辺りの人達には本当に、失礼なことをしたら無礼打ちにされかねないらしくて、デゼルもすごく心配してるし、僕、気をつけなくちゃね。
 公国のクライス様やガゼル様は優しかったから、身分が高くて厳しい人っていうのがどんな感じか、僕まだ、あんまりピンときてないんだけど――

「デゼルはできてるよね?」

 礼儀作法と敬語の授業の前に、デゼルも受けるのを不思議に思って聞いてみたら、デゼルがため息をついて、憂鬱そうにかぶりを振った。

「できてないよ。お作法の時間を見てたらわかるよ……」

 デゼルはそう言ったけど、僕には、デゼルの何がどうできてないのか、最初のうちは、全然、わからなかった。
 だけど、お作法の時間ってデゼルが可愛くて楽しいんだ。
 デゼルが一生懸命、僕にひとつひとつ確かめながら頑張るのなんて、他のことならたいてい、一を教われば十までできちゃうデゼルが、十を教わって一しかできない、珍しい可愛げで。
 それに、僕が先生に教わって綺麗に礼を取ると、デゼルが目を真ん丸にして僕を見るんだ。すごく素敵なんだって。
 ほっぺを桜色に染めて、またたきも忘れて僕を見詰めるデゼルこそ、どうにかしたくなっちゃう可愛さだったから、ご褒美ってキスしてあげたら、デゼル、とろけそうな笑顔で喜ぶんだ。
 闇神殿で過ごした毎日は、こんなに幸せで楽しくていいのかなって心配になるくらい、輝いてた。
 おかしいよね。
 闇神殿なのに、毎日がキラキラしてるなんて。
 
 ただ、ひとつだけ――
 闇主の修行はデゼルとは別に受けることが多いんだけど、その中でも、デゼルは知らないから黙っておくようにって、マリベル様から釘を刺された『闇主にかかる呪いの話』は気になった。
 闇主になると、闇巫女様が死ぬ時には、一緒に命を落とすことになる恐ろしい呪いがかかるんだって。
 その呪いを恐れるなら、早々に辞退してガゼル様にお任せするようにって、言われたんだけど。
 僕、呪いのこと、デゼルに教えた方がいいんじゃないかと思ったんだ。
 恐ろしいからじゃないよ。
 闇主の役割は闇巫女様を護ることなんだから、デゼルが僕より先に死んじゃうのなんて、そもそも、許したらいけないんだ。
 そんなことじゃなくて、きちんと教えた方が、デゼルが僕の言うことを聞いてくれるようになるんじゃないかと思って。
 悪夢そのものだった嵐の夜みたいに、僕を庇って前に出るような真似は、もう二度と、してほしくない。
 僕、怒ってるんだ。
 デゼルって、すぐに僕を庇うんだもの。
 僕のこと、なんだと思ってるのって、叱りつけたいんだ。
 ほんとに情けないよ。僕、男の子なのに、三歳も年下の女の子に庇われるなんて。
 いくら僕だって、誰の身代わりにでもなるつもりじゃないけど、僕はデゼルの闇主なんだから。
 僕は、命に代えてもデゼルを守る者に望んでなったんだ。



 ――僕の憂慮が的中していたことを、僕が知ることは、なかったんだけど。

 呪いのことを知らないままだったら、デゼルは十歳の時に死んでしまうはずだった。その時には、もちろん、僕も。
 親切なエリス様がデゼルに呪いのことを教えてくれたから、デゼルは死ぬわけにいかなくなって、懸命に闘ってくれたけど。

 デゼルのためなら、僕はたった一人をのぞいた誰とだって闘ってあげられるんだ。
 でも、たった一人、デゼルとだけは闘ってあげられない。

 デゼルが・・・・デゼルを殺そうとする時だけは、デゼルに闘ってもらうしかないから。
 涙を伝わせて死にたいと訴えるデゼルと闘うなんて、できない。その時だけは、生きていてくれるなら僕の腕に飛び込んできていいんだよって、手を差し伸べて待ってあげることしか、僕には、できないんだ。
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