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第二章 白馬の王子様

第50話 闇主覚醒

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 翌朝。

 腕の中から小さな悲鳴が聞こえて、目が覚めた。外からは鳥の声。
 クロノスが解けて八歳に戻った、一糸まとわぬ姿のデゼルが腕の中にいて、重ねた、優しくてサラサラの肌が、とても心地好かった。

 僕、まだ、まどろんでいたかったのに、デゼルが身を起こしかけたから、つかまえて抱き締めたんだ。
 そのままキスで口を塞いだら、すごく甘かった。
 だから、舌も挿して絡めたらデゼルがびくっと震えて、それが可愛くて、身体も絡めてデゼルがもっと僕を感じるようにしたんだ。

「――っ! ……ッ!!」

 ふふ。
 耳まで赤くしたデゼルをいいようにするの、とっても楽しい。
 優しい肌触りが心地好くて、いつまでもこうしていたくなるけど――
 起きなきゃ駄目だよね。
 闇主の力を確かめて、急いで訓練しなくちゃ。

「デゼルって可愛いね」
「サイファ様……」

 デゼルが涙ぐんだ目で、僕をちょっとうらめしげに見た。
 手の甲で涙を拭って、震える手で服を着る仕種まで、何をしても可愛くて。
 僕、にこにこしながら眺めてた。

「よかった」
「?」

 手の平から舞わせた闇の魔力が、昨日までと違うんだ。
 これが、覚醒した闇主の魔力――
 普段着じゃなく、闇主の礼装を身にまとって、僕はデゼルに礼を取って見せた。
 僕から目を離せないデゼルの耳に、昨日、贈ったイヤリングを飾ってみたら、すごく似合って綺麗だった。

「これなら、デゼルを守れそう。覚醒した闇主って、こんな感じなんだ」

 おいでって、デゼルに手を差し伸べたら、その手につかまってくれたから。
 力を込めて抱き締めた。
 僕、こんなに強いから、きっと、デゼルを守ってあげるからって、言葉より抱き締めた方が伝わると思ったんだ。
 デゼルを大好きな想いも一緒に。
 不思議だね。
 そうしたら、デゼルの反応も昨日までと違う気がして。
 なんだか、僕の胸に頭をもたせてくれるデゼルの気配が、驚くくらい甘いんだ。
 こんな感じ、今までなかった。

 僕が飾ったイヤリングが、デゼルの耳元できらめきながら揺れていた。


  **――*――**


 ――ガカッ!

 僕の小盾スモールシールドがジャイロの模擬刀を弾いて、高い金属音が訓練場に響いた。
 目を見張ったジャイロが嬉しそうに打ちかかってくるのを、訓練のため、刃をつぶした小剣スモールソードと小盾ですべて受け流して、弾かれた勢いのまま距離を取る。
 まだ、僕の体勢は崩れてない。

 覚醒した闇主ってすごい。
 昨日まで、全然、間に合わなかったのに。
 ジャイロが手加減してるのかと思うくらい、ジャイロの動きが見えるし、動けるんだ。ジャイロと闘えるんだから当たり前なんだけど、大人の教官とだって、互角以上に渡り合えた。

 それでも、闘うのって、動き出したら全力疾走を続けるようなものだから、何秒くらいで勝負を決めないと疲れてしまうのかとか、疲れて落ちてしまった速さと力でも、どの程度までなら凌げるのかとか、体で覚えないといけないことはたくさんあって。
 夏休みの間に、訓練を重ねたジャイロがすごく強くなってて、出発まで二日しかなくて心配だったけど、特訓してもらって護身術も闇魔法も叩き込めた。
 ジャイロって、好敵手と闘うのが本当に楽しいみたいで。
 朝から晩まででも、面倒くさがらずに、嬉々として相手してくれたんだ。
 写させてあげた夏休みの宿題のお礼だって。
 ジャイロって、とっても気持ちのいい友達。
 頼りになるのはもちろん、意外と義理堅いし、女の子や小さな子には暴力をふるわないし。
 最近は、降参した相手をまだ殴るみたいな真似もやめてくれたんだ。


 ただ、後で聞いたところによると、ジャイロ、僕を特訓するのを口実に、敬語と作法からは逃げ回ってたみたい。
 あは。
 確かに、綺麗に最敬礼するジャイロとか、丁寧に穏やかに話すジャイロとか、想像もつかないもんね。
 ジャイロも僕達と一緒に帝国の王侯貴族に会いに行くことが多くなるから、最低限はできた方がいいんだけど。

「オレ、後ろに隠れてっからよ。『拳』じゃなく、『権』で闘うやつらの相手は任せた。拳で殴れねぇもんの相手は面倒くせぇからよ」

 だって。
 ジャイロって、実はお化けも駄目なんだよ。
 デゼルが帝国で見つけたお化け屋敷に入りたいって僕たちにねだった時に、「冗談じゃねぇよ! 金払って化け物小屋に入るなんざ、ぜってぇ御免だぞ! どうしても入りたいんなら、サイファと二人で見てこいよ、待っててやっからよ!」って、絶対に入らなかったんだ。
 怖がりなデゼルがお化け屋敷は好きなのも、怖いものなんてないかと思ってたジャイロがお化けは駄目なのも、すごく、意外だった。
 僕は一人では入らないけど、デゼルが怖がって(怖いのになんで入りたいんだろう)、僕の手をぎゅっと握り締めてくれるのが可愛くて、楽しかった。
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