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第二章 白馬の王子様

第51話 ときめく胸に

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 九月九日、ガゼル様と一緒に帝国に向かう豪華客船に乗り込んだのは、総勢十二名。

 ガゼル様と近衛の人達が五人。
 交渉役の文官の人が一人。
 僕とデゼル、ジャイロ、ユリシーズ、それからクライス様。

 僕、デゼルと一緒に初めて乗った船、てっきり、豪華客船だと思ってたんだけど、全然、違ったみたい。
 本物の豪華客船は本当に豪華で、船なのに広間があったり、シャンデリアがあったり、楽団までいて、びっくりしちゃった。
 あまり揺れないからか、ジャイロも気分はすごく悪そうだったけど、そこまで酷い船酔いはせずに済んでるみたいだった。
 姉ちゃんに因縁つけてくるやつがいたらぶっ飛ばすって、今回のジャイロは闇幽鬼スペクター様であるユリシーズを守るために参加してるんだ。


 船旅の間、僕はガゼル様の船室にデゼルと一緒に招かれて、色々な話をした。
 帝国の第二皇子ネプチューンとの謁見をどう進めるかの打ち合わせはもちろん、小学校ってどんなところなのかとか。
 楽しそうでいいねって、家庭教師について英才教育を受けているガゼル様が、少し寂しそうに仰ったのが気にかかった。
 

 ようやく、帝国に到着した九月十一日の夜も、ガゼル様のために取られたホテルのVIPルームに招かれたから。
 話を終えて退室する頃に、僕は思い切って、ずっと言いたかったのに、言えなかったことを切り出してみたんだ。

「ガゼル様、あの……」
「なに? サイファ」

 ガゼル様はいつも、デゼルだけじゃなく僕にまで優しい。
 だからって、こんなこと、ただの公民にすぎない僕が言ったら駄目かもしれないんだけど。

「言いにくいこと?」

 うなずいたら、ガゼル様が笑って、言い淀んでいた僕を促して下さった。

「いいよ、許すから、言ってごらん」
「――私もそんな友人が欲しいと仰られていたので、その、僕とデゼルでよければ」

 ガゼル様がご気分を害されないか、僕、すごく心配だった。
 だって、ガゼル様はデゼルのことが好きなんだ。
 それって、友達になりたい好きじゃないのに――
 ガゼル様が少し驚いた顔で僕を見た後、笑顔を向けて下さった時には、だから僕、すごくほっとしたんだ。

「なんだ、それが言いにくいなんて、サイファらしいな。私はとっくにそのつもりだよ」

 えぇ!?
 ガゼル様が軽く、ぽんと僕の頭に手を置いて、髪を一筋、しなやかな指に流された。
 わ、わ。
 何だろう、胸がとくとく、高鳴って止まらない。

「二人とも可愛いよ。今後ともよろしくね」

 わ。
 お返事しないといけないのに、胸がとくとく、苦しくて声が出ない。
 ガゼル様のVIPルームを退室した後、まだ、胸を高鳴らせたまま、デゼルに話しかけようとしたんだけど。

「ガゼル様って、……」

 後が、続かなかった。
 この、高揚感に近い苦しさ、なんだろう。
 僕はふと、デゼルを見て、ガゼル様が僕にしたみたいに、デゼルの髪を指に流して遊ばせてみたんだ。デゼルの髪は長いから。

 そうしたら、見る間に、デゼルの頬が綺麗な桜色に染まった。
 デゼルも動けなくて、声さえ出せないみたい。
 そっか、こういう風にされると、胸が高鳴るの、そういうものなんだ。
 廊下でやってたから、デゼルに触れるだけのキスをして、戻ろうって声をかけたら、蒼の瞳をきらきらさせて、デゼルが僕に聞いたんだ。

「サイファ様、ガゼル様にときめいた?」

 えぇ!?
 驚いたけど、僕、急にすべてわかったんだ。
 この胸の高鳴りが、ときめきなんだって。

「――うん」

 僕が答えたら、どうしたのか、デゼルが花が綻ぶような、可愛らしい笑顔できゃーきゃーはしゃいだ。
 すごく楽しそうだけど、デゼルのツボってよくわからない。
 でも、割といつものことだから、僕、気にしないんだ。

「守ってくれる人がいるのって、安心するね。僕も、デゼルにそう思ってもらえるようになりたい」

 今は、ガゼル様だけが僕を守って下さるんだ。
 デゼルも僕を守ろうとしてくれるけど、デゼルは駄目だよ。
 闇巫女様なんだから、闇主の僕に守られてくれなくちゃ。

 嬉しいって思った。
 ガゼル様のこと、僕、すごく好きになってて。

 僕の傍に、守りたいデゼルがいてくれて。
 守って下さるガゼル様まで。

 僕にはそれが、言葉にできないくらい嬉しかったんだ。
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