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第四章 叶わない願いはないと信じてる
第95話 悪役令嬢は風神の巫女を装う【後編】
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僕を見上げたデゼルの綺麗な蒼の瞳が潤んでいて、少し、焦ったけど、デゼルは頑張って堪えてくれた。
だって、今のデゼルはユリシーズなんだ。
ユリシーズが僕のセリフに泣くのはおかしいから。
「どうぞ、一人ずつ、私の祝福を受けて下さい。私には、みなさんの呪いを解く力があります」
デゼルが凛とした口調で促した。
つらいはず、悲しいはずなのに、そんな様子は見せずに。
偉いね、頑張ったねって、せめて僕だけは、帰ったら褒めてあげたい。
最初に小さな子供が寄ってきた。
「お姉ちゃんは、神様? さっきの姿も、今の姿も、とっても綺麗」
「ううん。あなたのお名前は? 私はユリシーズ」
「テオ」
デゼルはすぐに優しい笑顔でテオの手を取ると、レーテーをかけた。
「忘却【Lv9】――ターゲット・テオ。風の聖女の祝福をテオに。風神よ、テオにそのご加護と幸いを」
優しい聖光がテオを包むのを見て、見ていた村人たちが、感嘆の声を、次には歓声をあげて、我先にと長蛇の列をつくった。
不幸が続いて、それだけみんな、怖かったんだね。
こんなに小さな村で、たったの二日で三十人も死んでしまったら、怖いに決まってるんだ。
デゼルがすべての村人に祝福を与え終えたのは、村がすっかり、夜闇に包まれる頃だった。
「大丈夫、デゼル?」
「うん、疲れたけど、デゼルとして動く時よりは、ずっとラクだよ。サイファ様も、最後までありがとう」
それって、きっと、村人達が風神の巫女に向ける感情が、感謝と好意だからなんだ。
デゼルが飲まず食わずで祝福を与えた村人は、三百人は下らない。
すごく疲れたはずなのに、ふいに、蒼の瞳が虚空を見詰めて、デゼルが慌てた。
「サイファ様、たいへん……! はやく京奈を止めなくちゃ」
「うん、だけど今日は、食事をしてやすまないと駄目だよ、デゼル」
言ったそばからデゼルのお腹が鳴って、デゼルが恥ずかしがって頬を染めた。
月明かりの下、そんな様子がとっても可愛くて、つい、クスクス笑っちゃった。
僕は、一仕事終えたつもりで、気を緩めていたんだけど。
デゼルが教えてくれた事の真相は、深刻だった。
災禍の呪いはこの村だけで、ゆうに百人を超える人々に、降りかかってしまっていた。
七年前、デゼルにも『会った人すべてに呪いをかけてしまう呪い』が、エリス様によってかけられた。
デゼルはだから、僕達に会えなかったし、頼れなかったんだ。
棺の中で冷たくなって眠っていたあの子と同じ運命を、僕達に辿らせないために。
だけど、ケイナ様はその呪いをかけられたまま、誰にでも会ってしまっている。
それどころか、こんなにもたくさんの死者が出るのは、エリス様から授かった生贄を伴う魔法の行使を、ケイナ様がためらわないからなんだ。
たとえば、僕にかけた魔法だけでも、災禍の魔法のレベルは生贄の人数だから、九人もの生贄が捧げられたはずだって。
逃げ遅れてケイナ様に会ってしまった、何の罪もない村の子の命を奪ってまで、僕にデゼルを殺させる、そんな必要がどこにあったというの。
だから、僕にはなかなか、信じられなくて。
ケイナ様は生贄のことを知らないんじゃないかと思ったけど、エリス様が必ず教えて下さるから、知らないはずはないんだって。
エリス様は確かに、親切な女神様だった。
エリス様は災禍の女神、諍いを煽り、人が他人の不幸を望むことを喜ばれる神様だけど、神様だけあって、人を騙して陥れるような卑劣な真似はなさらない。
「エリス様に生贄を捧げます、だから私の願いを叶えて」
その言葉をこそ聞きたいエリス様にとって、生贄のことを知らないケイナ様が災禍の魔法を使っても、なにも、面白くないんだろうね。
デゼルをあんなにまで酷い目に遭わせたのも、他人を犠牲にしても助かりたいと望ませるため、酷いことをする他人を怨ませるためだったんだ。
ケイナ様は――
ユリア様を取り戻すためなら、何千、何万の命の犠牲も厭わず、反魂の儀式を執り行ってしまえるネプチューン様と同じなのかもしれない。
ユリシーズに奪われてしまったネプチューン様を取り戻すためなら、何千、何万の命の犠牲も厭わず、エリス様に従ってしまえるのかもしれない。
エリス様は可哀相だね。
ゆくところ、出会う人々、みんな、不幸にしてしまう運命なのはデゼルじゃなく、エリス様なんだ。
闇の聖女だって、光の聖女だって、誰だって、自らの意思でその運命を選べるのに、エリス様だけが選べない。
だから、あんなにも切望するんだ。
エリス様の運命をうらやんで、同じ運命にあやかりたいと望む誰かを。
助けてあげたいけど――
エトランジュが大人になるまでは、命と引き換えにはできない。
どんなに、エリス様が可哀相でも。
だって、今のデゼルはユリシーズなんだ。
ユリシーズが僕のセリフに泣くのはおかしいから。
「どうぞ、一人ずつ、私の祝福を受けて下さい。私には、みなさんの呪いを解く力があります」
デゼルが凛とした口調で促した。
つらいはず、悲しいはずなのに、そんな様子は見せずに。
偉いね、頑張ったねって、せめて僕だけは、帰ったら褒めてあげたい。
最初に小さな子供が寄ってきた。
「お姉ちゃんは、神様? さっきの姿も、今の姿も、とっても綺麗」
「ううん。あなたのお名前は? 私はユリシーズ」
「テオ」
デゼルはすぐに優しい笑顔でテオの手を取ると、レーテーをかけた。
「忘却【Lv9】――ターゲット・テオ。風の聖女の祝福をテオに。風神よ、テオにそのご加護と幸いを」
優しい聖光がテオを包むのを見て、見ていた村人たちが、感嘆の声を、次には歓声をあげて、我先にと長蛇の列をつくった。
不幸が続いて、それだけみんな、怖かったんだね。
こんなに小さな村で、たったの二日で三十人も死んでしまったら、怖いに決まってるんだ。
デゼルがすべての村人に祝福を与え終えたのは、村がすっかり、夜闇に包まれる頃だった。
「大丈夫、デゼル?」
「うん、疲れたけど、デゼルとして動く時よりは、ずっとラクだよ。サイファ様も、最後までありがとう」
それって、きっと、村人達が風神の巫女に向ける感情が、感謝と好意だからなんだ。
デゼルが飲まず食わずで祝福を与えた村人は、三百人は下らない。
すごく疲れたはずなのに、ふいに、蒼の瞳が虚空を見詰めて、デゼルが慌てた。
「サイファ様、たいへん……! はやく京奈を止めなくちゃ」
「うん、だけど今日は、食事をしてやすまないと駄目だよ、デゼル」
言ったそばからデゼルのお腹が鳴って、デゼルが恥ずかしがって頬を染めた。
月明かりの下、そんな様子がとっても可愛くて、つい、クスクス笑っちゃった。
僕は、一仕事終えたつもりで、気を緩めていたんだけど。
デゼルが教えてくれた事の真相は、深刻だった。
災禍の呪いはこの村だけで、ゆうに百人を超える人々に、降りかかってしまっていた。
七年前、デゼルにも『会った人すべてに呪いをかけてしまう呪い』が、エリス様によってかけられた。
デゼルはだから、僕達に会えなかったし、頼れなかったんだ。
棺の中で冷たくなって眠っていたあの子と同じ運命を、僕達に辿らせないために。
だけど、ケイナ様はその呪いをかけられたまま、誰にでも会ってしまっている。
それどころか、こんなにもたくさんの死者が出るのは、エリス様から授かった生贄を伴う魔法の行使を、ケイナ様がためらわないからなんだ。
たとえば、僕にかけた魔法だけでも、災禍の魔法のレベルは生贄の人数だから、九人もの生贄が捧げられたはずだって。
逃げ遅れてケイナ様に会ってしまった、何の罪もない村の子の命を奪ってまで、僕にデゼルを殺させる、そんな必要がどこにあったというの。
だから、僕にはなかなか、信じられなくて。
ケイナ様は生贄のことを知らないんじゃないかと思ったけど、エリス様が必ず教えて下さるから、知らないはずはないんだって。
エリス様は確かに、親切な女神様だった。
エリス様は災禍の女神、諍いを煽り、人が他人の不幸を望むことを喜ばれる神様だけど、神様だけあって、人を騙して陥れるような卑劣な真似はなさらない。
「エリス様に生贄を捧げます、だから私の願いを叶えて」
その言葉をこそ聞きたいエリス様にとって、生贄のことを知らないケイナ様が災禍の魔法を使っても、なにも、面白くないんだろうね。
デゼルをあんなにまで酷い目に遭わせたのも、他人を犠牲にしても助かりたいと望ませるため、酷いことをする他人を怨ませるためだったんだ。
ケイナ様は――
ユリア様を取り戻すためなら、何千、何万の命の犠牲も厭わず、反魂の儀式を執り行ってしまえるネプチューン様と同じなのかもしれない。
ユリシーズに奪われてしまったネプチューン様を取り戻すためなら、何千、何万の命の犠牲も厭わず、エリス様に従ってしまえるのかもしれない。
エリス様は可哀相だね。
ゆくところ、出会う人々、みんな、不幸にしてしまう運命なのはデゼルじゃなく、エリス様なんだ。
闇の聖女だって、光の聖女だって、誰だって、自らの意思でその運命を選べるのに、エリス様だけが選べない。
だから、あんなにも切望するんだ。
エリス様の運命をうらやんで、同じ運命にあやかりたいと望む誰かを。
助けてあげたいけど――
エトランジュが大人になるまでは、命と引き換えにはできない。
どんなに、エリス様が可哀相でも。
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