賢者様の仲人事情

冴條玲

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第三章 永遠のまどろみ

3-1. ゾンビだけがみんな知っている

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 カツ、カツ――

 ティリスの固い靴音だけが、大広間に響く。
 出立前。
 カタリーナは先に馬車に乗せられて、待たされていた。

「臣下の礼を」

 ティリスはうなずくと、カムラの重臣に促されるまま、レオンの前にひざまずいた。

 ――呑まれるかと思った。

 正装して立つレオンには、いつもと違う、支配者然とした風格があって――
 別人かのようだった。
 今になって、また別種の恐怖が、ティリスの中に生まれていた。
 どこかで、レオンが助けてくれると思っていたから。
 レオンにティリスのことなど忘れたような、冷酷で残酷な眼差しを向けられると、それだけで恐怖を覚え、早々に気持ちが引けていた。

 こわい。

 向かうのは知らない国。対するのは知らない人々。失敗は決して許されない、国を懸けた使命――
 ティリスは必死の思いで、挫けかける気持ちを立て直した。
 一歩を踏み出す前から、レオンに風格負けしていられない。
 いつもの赤ではない、深紅の彼のマントに手を伸ばし、うやうやしくそのすそを取った。
 作法にのっとり、口付ける。
 礼を終え、ティリスが立ち上がろうとした時だった。
 ふいに、レオンが押し止めた。
 ティリスはどきっとして、取り乱すかと思った。よくも自分、冷静にひざまずき直したものだと思う。
 正しく礼を取ったつもりだったのに、何か作法を誤ったのか。
 あるいは、邪険に追い払ったことを、実はレオンが根に持っていて、ここで彼女に恥をかかせるつもりなのか――
 そのくらい、今のレオンは冷たいものをまとっていた。
 レオンがすっと、手を差し出した。
 ティリスは最初、何かと思ったものの、すぐに理解した。手の甲にも口付けろということだ。大丈夫――
 ティリスは途惑ったことを悟られないよう、平静を装ってその手をうやうやしく取ると、そっと、唇を寄せた。その後、静かにその手を離し、再びレオンの足元にひざまずく。
 今度は立ち上がることを許された。ほっとして、何気なく見上げたレオンの目が『できたじゃないか』と、幾分冷たさを解いて彼女を見ていた。
 なんだ、怒っていない。
 怒っていない。
 どっと、安心した。

 ――って。
 何で、それで安心してんだよ、オレは!

 そんなに不安だったのかと、腹立たしいやら悔しいやら、ティリスはとにかく立ち上がり、レオンの後に付き従った。
 だいたい、今のは同性では滅多にやらない礼なのに。
 何か、理不尽に口付けを強要されて、まんまと引っかかった気がしてきた。
 そう思うと、レオンの余裕のある微笑みが、またいちいち彼女を侮っている気がして、余計に腹が立ってきた。

 ――ちくしょう!

 見てろよと、ティリスはこっそり笛を握り締めた。ロズからもらった聖笛を。



 ちなみに、レオンはかけらもティリスを侮ってなんていなかった。
 彼の手に触れたティリスのやわらかな感触、優しい温もりに、知らず、笑みがこぼれたのだ。
 それがまるきり、最愛の少女に向ける甘くて誘惑的な微笑みだったということに、ティリスはおろかレオンすら、気付いていない。

 ――ロズだけが、みんな知っていた。
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