賢者様の仲人事情

冴條玲

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第三章 永遠のまどろみ

3-2. 皇子様は言ってやった

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「断っておくが」

 シグルドの者達と引き離され、いよいよ馬車に詰め込まれるという時だった。
 皇帝がやってきて、ぶしつけにティリスを見て、言い渡した。

「おまえと一緒の時にレオンが死ぬことがあれば、それがどんな状況であれ、おまえの仕業とみなす。正当防衛も認めん。国と自分の命が惜しくば、おかしな気は起こさぬことだ――」

 ティリスは初め耳を疑って、次には、カっとなった。
 いい加減、我慢も限界だったのだ。
 国力をかさにかけて無理な縁談を持ち込んで、孫も老皇帝もまるきりやりたい放題で、それでも、彼女は命懸けでレオンを守ったのに。
 感謝しろとか、褒美を取らせろとか、そんなことは言わない。
 だからといって、敵か味方かぐらいわからないのか。そう言って、怒鳴りつけることすらできないのか。
 理性では、わかっていた。『はい、心得ております』とか何とか、当たり障りのないことを言えばいいんだと。それだけのことだ。
 けれど、どうしてそんなことが言える? ティリスは怒り心頭で、射殺さんばかりの青い瞳で皇帝を睨んだ。

「返事はどうした、小僧。いけすかん目だ――」

 皇帝が控えていた者から、用意よくムチを受け取った。案外、アディ姫のつれない態度に、心のもやもやを溜め込んでいたのかもしれない。ティリスを連れて来たのも『人質』というのは建て前で、本当は、当て付けなのかもしれない。

 ――ちくしょ、オレで腹いせする気かよ、このふられジジイ!

 よほど言ってやろうかと思ったけれど、ティリスはぐっとこらえた。
 あんな大きなことを言って出てきたのだ、早晩、台無しにできない。
 だから、ティリスは怒りに耐えて立ち尽くしていた。
 皇帝がムチを振り上げる。
 ティリスは動かなかった。一歩たりと引かない。誰が謝るものか。ティリスは、ただ、腕で頭部を庇うようにした。

 ビシッ

 レオンが無言でティリスを庇い、打たれた。

「レ……」
「レオン!? ――おまえ、たいがいにしろ!」

 皇帝が怒鳴った。けれど、レオンはまるで動じた様子は見せず、ただ、ティリスを見た。

「……怪我は……? ないな?」
「な……ないけど……何で――何でだよ!」

 どうしてか。
 皇帝にあれだけ凄まれても、平気だったのに。レオンがかけた言葉に、ティリスは泣きそうになるくらい、動じていた。

「庇うくらいなら、何で、オレはそんなことしないって――そんなことするわけないって、言ってくれないんだよ!」

 目に涙を溜めてそう言うティリスを、レオンが不思議そうに見る。
 それでも、言った。

「お前はそんなことしない」
「皇帝に言ってくれ!」
「? おじい様に?」

 レオンがますます不思議そうに彼女を見るので、ティリスはいたたまれなかった。
 それでも、レオンはすぐ、皇帝に向き直ってくれた。

「……レオン?」

 レオンはじっと皇帝を見たきり、動かない。
 はじめ、皇帝が怖いのかと思った。
 親に逆らえないというやつかと。
 けれど。

「気は済んだか?」

 言ってやったぞとばかり、レオンがふいに振り向いたので、ティリスは混乱した。

 何で?
 済むかよ。
 何でそれで済むんだよ。

 ティリスが「済まねーよ」と突っ込もうとした時だった。

「……ええい、もう良い! 誰か、その王子にタブーについて教えておけ!」

 皇帝が苛立たしげに吐き捨てて、漆黒のマントをひるがえした。

 ……え……?

 ふいに、ティリスは思い至った。

 まさか、レオンの気が触れているって、こういうこと――!?

「ま、待てよ! あ、いや、待って下さい!」
「何だ」

 皇帝を呼び止めておきながら、そこでハっと、ティリスはレオンをはばかった。ああ、やりにくいなと思いながら、それでも彼女は聞かずにいられず、こそこそと尋ねた。

「えーと、レオンの気が触れているって、まさか――?」

 皇帝の目が、すっと細められた。

「小僧、死にたくなければ、タブーを忘れぬことだ……いいか、何があっても、決してレオンの前で『それは死体だ』と言ってはならん。あれの親が死んでいることを、決して、指摘してはならん。これを破った時には、レオンに殺されると思え」

 ティリスはむっとした。

「何ですか、それ! レオンはそんな――見境なく殺したりしないし、そんなのおかしいでしょう!?」

 皇帝は一段と声を低くした。

「見境などありはせん。一瞬だ。レオンの前で言ってみろ、あれが使うのは、"デス"――死霊術の中でも極めて強く、手に負えん呪だ。小僧、死霊術の操り方を知っているか?」

 ――『デス』――?

 初めて聞いたのに、皇帝が脅すような低い声で話すせいか、ひどく重いものに感じられた。

「強力な死霊術は、無意識で操る。『デス』を意のままに操る死霊術師ネクロマンサーなど、この世におらんのだ。わしでさえ、な。お前がいかにレオンに取り入ろうと、無駄だ。無意識までは自由にならん。レオンは今や、簡単な忌み言葉で人をあやめる、極めて危険な状態にある――気をつけることだ」

 ますます腹が立ってきた。レオンはそんな、見境のないヤツじゃないのに。一瞬で殺せるような術を扱えるなら、カタリーナだって殺したはずだ。

「オレは昨日、レオンに母親が死んでいるって言いました! でも、何もされませんでした!」

 これには、今度は皇帝が驚愕きょうがくした。

「なんだと……!? 馬鹿な、なら、レオンは何と答えたと言うのだ」
「何って……それは、変でしたけど……母親は死んでいない、次言ったら容赦しないって、でも……! いきなり殺そうとしたり、酷いことしたりはされていません!」

 最初会った時に、いきなり殺そうとしたっけ。
 翌朝、酷いこともされたけど……。
 でも、それは決して『タブー』とかいうのを犯したからじゃなくて。
 ティリスはレオンの狂気が正しく理解されていないのだと思い、誰のためにも、それを正すべきだと思った。
 ところが。

「ローゼンタール! 本当なのか」

 皇帝の問いに、ロズがこくりとうなずいて、ティリスにしてみれば信じたくない答えを返した。

「ティリス王子、あなたは決してレオンに対して従順でなない。だからレオンは、あなたが嫌がらせを言っているのだと思い込むことができた」
「ロズ……?」

 うつろなロズの目に、見えるはずのない、哀しみと配慮が見えた気がした。

「次にあなたがそれを告げた時には、無事では済まないかもしれない。気をつけて」
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