新戸けいゆ

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Silence

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 熾火の爆ぜる音を、サンドラは暖炉のそばでじっと聞いていた。今ではもう珍しくなってしまった薪をくべるタイプの暖炉は、ここでは未だ衰えることもなく働き続けている。暖炉の上ではぐつぐつとリンゴのジャムが煮え立っていた。
 母が嫌っていた田舎暮らしの素朴さを、サンドラは大人になっても愛している。愛せているということに安堵したのは二十七歳の時だった。
 自分を置いて去ってしまった母親と歳が近づいていくにつれ、昨日まで愛おしかった何もかもを憎んでしまうのではないかとサンドラはどこか怯えていた。けれどそんなことはなかった。祖父と叔母と、姪と祝った二十七歳の誕生日には、変わらず暖炉と手作りのご馳走があり、テーブルの蝋燭に照らされてサンドラの胸を穏やかな幸福で満たしていった。必要なものは、すべて残らずここにある。あの穏やかな晩餐から数年が経ち、祖父がこの世を去ってなお、サンドラはこの家を愛してやまない。昔ながらの生活が変わることなく続いている、この家を。
 ブランケットを畳み、読みかけの本に栞を挟んで、サンドラは椅子から立ち上がった。窓の外はもうすっかり暗くなっている。星と月の明かりだけが、庭に降り積もった雪をほんのり照らしていた。二重になっている窓は外の凍てつくような寒さをそのまま伝えることはない。ただ静けさだけが、ガラスをすり抜けてサンドラの胸に忍び込む。
 背後ではぱちぱちと炎が爆ぜている。冷え切ったガラスはサンドラの指から熱を吸い取ってふるえた。
 静かな夜をサンドラは愛していた。同じくらいに恐れてもいた。一度本を置いてしまえば、考えることから目を逸らさせてくれない沈黙を。
 母は二度と帰ってこないだろう。都会へ出ていく友人たちからの連絡は次第に減っていく。おそらくは姪も、いつかはこの家を出ていくのだろう。そのときは叔母も一緒にいなくなってしまうかもしれない。
 孤独に恐怖したことはあまりない。母の背中を呆然と見送ってからずっと、サンドラの一番の友人は本で、彼らは皆ここにいる。
 でも、私が死んだら?
 目を瞑って想像してみる。誰ひとりいない、静まり返った家の姿。埃を被って眠りにつき、誰にかえりみられることもなく家とともに消えていく。それはきっと、ちょうどサンドラと同じように。
 炎が燃えている。この窓の向こうでは、きっと風が唸っているのだろう。サンドラの耳には届いていないだけで。
 遠くから姪の呼ぶ声がする。今日は彼女が料理を手伝ったらしい。頬を緩めて、サンドラは暖かな我が家の方を振り返った。
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