祖母のいた場所、あなたの住む街 〜黒髪少女と異形の住む街〜

ハナミツキ

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第一章 街

九話

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 結局昼食も終えてしばらく経ったが、依然としてポチが帰ってくる気配は無く、しかしいつひょっこり帰ってくるかも分からないので、あなたは縁側から離れられずにいた。そんなあなたの隣に、店内のはたきかけをしていたはずのめいがちょこんと座った。
 一仕事終えた後の休憩だろうか、額には小さな汗がぽつぽつと浮かんでいる。やはりいつ戻ってくるか分からぬ犬を待つのではなく、めいの手伝いをした方がよかっただろうか?
 家の仕事を全てめいに任せきりにしてしまっている主な要因は、あなたが何かしようとする度に、

「いいのです、これは私の務めですから」

 とめいに制されてしまうせいでもあったりするのだが、自分で出来ることまでめいに任せてしまっているのは申し訳なさを感じてしまう。

「ふぅ……今日は特に暑いですね、後継人様」

 めいが袖で額の汗を拭いながらあなたに向けて言った。それを見てふと思い立ったあなたは立ち上がり、庭へと降りた。土の感触が足の裏にひんやりと伝わり心地が良い。
 せめてこれぐらいはめいにしてやろう、とあなたはポンプを握る。今まで何度か操作したことでコツを掴んだあなたはゆっくりとポンプに力を込めた。
 湧き水のようにちょろちょろと水が流れ出してから、あなたは自分の失敗に気付き後ろを振り返った。

「どうぞ、後継人様」

 そこには既にめいが両手で容器を持って立っており、笑顔であなたにそれを手渡した。額に浮かんだ汗の数を見るに、走って台所まで取りに行ったのだろう。めいを労うための行動で逆にめいの手を煩わせてしまうなど、なんと本末転倒であろうか。
 あなたは今度こそ、と容器一杯の水を持って台所へ向かった。めいが何やら呼んでいた気がしたが、今だけは聞こえぬふりをする。
 鍋をしたときに片付けを手伝ったので、ある程度食器の場所は把握してある。あなたは棚からコップを一つ取り出すと、水をなみなみと注いだ。
 手の平に感じる心地よい感覚に、ついついそのままコップを口に運んでしまいそうになる気持ちを押さえて、体温が移ってしまわぬうちに急いでめいの元へ向かう。
 戻ってきたあなたを待っていためいは、手に濡らした手拭いを握っていた。恐らく先程のポンプから出ていた水のほんの残りで濡らしたのだろう。
あなたはめいの視線の先を目で追ってから、自分の足の裏を覗いた。
 なるほど、先程めいがあなたを呼んでいたのはこれだったのか。放っておいたらそのまま床の掃除を始めてしまいそうだったので、あなたは半ば強引にめいから手拭いを奪うと代わりにコップを握らせた。
 まず自分の足裏を拭いてから、床掃除へと取り掛かるあなた。足跡を一つ一つ消す度に、なんとも子供っぽい事をしてしまったものだと反省する。そんなあなたの姿をめいは両手でコップを握り、ちびちびと中身を飲みながら眺めていた。
 まさにいつもと真逆の光景。今度からはこういう光景が半々になるよう努めたいものだ、とあなたは床を拭きながら思った。

「お疲れ様です、後継人様」

 やっと床を全て拭き終わり縁側に戻ってきたあなたに、今度はお返しとばかりにめいからコップが渡された。ずっと握っていたであろうコップの温度は全く変化しておらず、むしろ冷たいぐらいだ。
 あなたはめいに感謝を述べると、ちびちびとではなくぐいっと一気に中身を飲み干した。ただの水をこんなにおいしいと感じたのは初めてかもしれない。

「……」

 あなたが喉を鳴らすのを、なぜかめいがじーっと見つめていたので、水が欲しいのかとあなたはコップをめいに向ける。しかしめいはぶんぶんと頭を振ると、

「わ、私は先程十分飲みましたので! 後継人様がご堪能ください」

 と何故か必死に答えを返してきた。元々、めいに飲んでもらうために持ってきた物なのだから、ご堪能も何もないのだが、めいにそう言われてはあなたが返せる言葉は無くなってしまう。妙な視線を浴びながらも、あなたは冷たい水を堪能させてもらった。めいの頬がほんのりと赤く染まっていたのは、あなたの見間違いだっただろうか?
 どこを見るでもなく視線を彷徨わせていたあなたは、ふと茂みの方へ目をやった。ポチに聞く事だけを考えていたが、めいが何か知っている可能性を考えていなかった。
 あなたは茂みの方を指差すと、めいに聞いてみる。
 めいはあなたと同じように茂みを見てから、指を顎に軽く当てて小さくうーんと唸った。そうしてしばらくうんうんと唸ってから、

「……申し訳ございません、後継人様」

 と伏し目がちに答えた。めいの申し訳なさそうな顔に、質問したあなたも申し訳なくなってしまい、なんとなく話題を変えるためにあなたは別の質問をしてみる。
 あなたはめいの事を忘れてしまっていたが、めいの方はどうだったのだろうか?

「もちろん、覚えておりますよ。いつも御傍で見守っておりましたから」

 めいの言葉は半分予想通りで、半分予想していなかったものだった。いつも御傍で見守っていた、とはどういうことなのだろう。あなたの表情から察したのか、

「もっとも、あの頃の後継人様には見えていなかったと思いますが」

 と、言葉を続けた。めい曰く、異形には姿が見えやすい物と見えにくい物がいるらしく、めいはどちらかと言うと見えにくい方らしい。あなたは消えかけていためいの姿を思い出し、変に納得した。

「……だから、あの時お助け出来なかった分も……」

 めいが何やら言ったようだが、非常に小さい声は虫の鳴き声にかき消されて聞こえなかった。あなたは再度聞き返してみたが、案の定めいはぶんぶんと手を振り、

「な、なんでもないのですっ」

 とだけ言うと、台所の方へと走って行ってしまった。恐らく夕食の用意をしにいったのだろう。それが建前だとしても、だ。
 あなたはふぅ、と息を吐くと背中側に手を回して床に手を突くと、その体勢のまま空を見上げる。何月か分からない月を見つめながら、あなたはしばらく夜風を楽しんだ。
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