祖母のいた場所、あなたの住む街 〜黒髪少女と異形の住む街〜

ハナミツキ

文字の大きさ
10 / 31
第一章 街

十話

しおりを挟む
 夕食の匂いに誘われて帰ってくる、などと思っていたわけではないが、あなたは夕食を終えた後も縁側に座ってポチを待っていた。
 めいも先程まであなたの隣に座っていたのだが、先程気付いたら寝てしまっていたので今は布団の上だ。
 ポチの事が心配で待っているというのもあるが、実際はもっと手前勝手な気持ちの方が大きかったりする。まるで子供のようだが、あなたはこのまま寝てしまうのが怖かったのだ。
 昼間騒がしかった縁側もすっかり静かになり、心地よい虫の音があなたの瞼を重くするにつれて、あなたの頭が上下に揺れ始める。微睡が徐々にあなたを蝕み、夢と現が曖昧になり始めた頃。何かの気配にあなたは頭を上げた。

「――」

 間近で見る影の顔に、本来存在するはずのパーツは一つしか存在せず、唯一存在していた口でにたりと笑みを浮かべた。ぞわり、とあなたの背中に寒気が走る。
 無いはずの目に見つめられているような気がして、目を逸らしたいのに逸らせない。影の手が両手を広げたのを見て、動けないあなたはギュッと両目を瞑って待ち構えた。

「……お前、なぜこんな所で寝ているのだ?」

 聞きなれた声にあなたはゆっくりと目を開く。先程まで影がいた空間には誰もおらず、そこからゆっくり視線を降ろしていくと、くるりと白い尻尾が揺れた。
 あれは夢、だったのだろうか。それとも今もまだ夢の中なのだろうか。
 そのどちらであろうと構わない、とあなたはポチの方へと手を伸ばし、不意を突いて抱きかかえた。もごもごと暴れるポチを、そのままぎゅっと抱きしめるあなた。
 動物特有の温もりがあなたの手から全身へと伝わり、それがそのまま安堵感へと変わっていくのが分かる。
 ポチには悪いが、背中に残る寒気が消えるまで、あなたはしばらくこのままでいさせてもらう事にした。

「さっさと離さんか、この阿呆め」

 どのぐらいそうしていただろうか、ポチがあなたの顔面に足蹴りを入れて庭の方へ飛んだ。
 あなたは肉球の痕が付いた顔を押さえながらそちらの方を見る。尻尾をくるりと巻いてぴょんと飛び上がると、ポチは再びあなたの隣に座った。

「……何か話したいことがあるのだろう? さっさとせんか」

 こちらを向いて、そう言い放つポチ。そうだ、わざわざこんな所にいた理由はそれだった、とあなたはポチの方を向き直ると、影の事について話を始めた。

「……」

 ポチはあなたが話しをしている間、ずっと黙って聞いていた。やがてあなたが話を終えると立ち上がり、ぐぐっと体を大きく伸ばしてから大欠伸をした。緊迫した様相のあなたとはまるで真逆な態度である。
 そんなポチにあなたが責めるような視線を送ると、ポチはそれを躱すかのようにひょいっと立ち上がり、

「全部夢での話であろう? 何をそこまで怖がる必要がある」

 と、実に明快で至極当然な事を言い放った。それを言われてしまっては、あなたも返す言葉は無い。じぃっとしばし見つめ合ったのに、ふぅと先に息を吐いたのはあなたの方だった。
 ポチが何かを知っていたとしても、話してくれる様子は無い。それならば無駄に影を怖がるよりも、夢の中での話なのだと気にしない方がマシだろう。
 ポチはそんなあなたを見て立ち上がったそのまま再びどこかへひょいっと行ってしまった。実はと言うと、まだ少し不安なあなたはポチを抱いてぬくぬくと床に就こうと思っていたのだが、今さらわざわざ呼び止めるのは何だか気恥ずかしい。
 とはいえ、めいを抱いてぬくぬくと……などと出来る筈も無く、あなたは一人寂しく床に就いたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...