祖母のいた場所、あなたの住む街 〜黒髪少女と異形の住む街〜

ハナミツキ

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第一章 街

十一話

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 強い光があなたの世界を白一色に染め上げた。そんな光から逃げるようにあなたは起き上がると、寝惚けた頭で体を制御して歩を進めた。光の出所までなんとか移動したあなたは、しっかりと襖を閉じてその場に座った。
 いくら蒸し暑いからといって少し隙間を作って寝たのはどうやら失敗だったらしい。あなたは再びその場でごろんと横になると天井を見上げた。
 随分と早くに目が覚めてしまったようで、寝不足のせいかあなたの体は非常に重かった。いや、正直な所寝不足かどうかも定かではない。それほどまでに昨日の夜が夢か現かはっきりせず、実は全部あなたの見た夢であったと言われても違和感はないほどだった。
 このまま二度寝してしまおうか、とあなたが布団の方へと目を流したところで、襖の向こう側からパカンと軽快な音が聞こえた。
 聞き慣れぬ音の正体を探ろうと襖をゆっくり開けると、朝の日差しがあなたの顔面へと降り注いだ。流石に二度目ともなると目も慣れていて、視界が真っ白になるような事は無かったが、やはり眩しいものは眩しい、とあなたは目を細めた。
 次第に白色が薄れ見慣れた庭が見えてくると、あの茂みとは逆方向の辺りで、黒い着物の袖がふわりと揺れた。

「……後継人様?」

 パカンと再び軽快な音を立ててから、めいがこちらを向いた。額に浮かんだ汗が、作業の大変さを物語っている。

「今日はお早いのですね。それとも起こしてしまいましたか? 申し訳ございません」

 手にしていた小ぶりの、とはいえめいの体格からすれば大きな斧。それをめいは薪を乗せていた台の傍らに置くと、あなたの方へとてとてと歩いてきた。
 勤勉なめいを見ていると、二度寝しようかなどと思っていた自分が恥ずかしくなってきたあなたは、そんな恥ずかしさを誤魔化すために次からは手伝おうか、などと尋ねてみる。
 しかしと言うか案の定と言うか、めいは額に浮かんだ汗を手の平で掬ってから縁側へ放り、

「ご厚意はとてもありがたいのですが、日課ですのでむしろやらないと落ち着かないのです」

 そう答えてにこっと微笑んだ。
 あなたはめいの笑みに弱い。これをされてしまってはそれ以上言葉を重ねることを封じられてしまうのだ。仕方ないのであなたはそこで会話を切り、顔を洗うために庭へ降りた。
 ポンプを操作して水を出し、顔を洗う。こんな短い間にも陽射しはあなたをガンガンに照り付け、じりじりと日に焼けていく感覚がはっきりと分かる。
 そんなあなたの隣で、めいが再び作業を始めた。今度は薪を割るのではなく、割った薪を集めて運ぶ作業らしい。これならばあなたにも手伝える、とあなたはすぐにめいの隣へ歩み寄ると薪を拾い始めた。
 本音を言うと、めいにもっと頼って欲しいとあなたは思っているのだが、それを本人に言ったところでまたやんわりと躱されてしまうのがオチだろう。こうして手伝いを続けていれば、いつかめいの方から頼ってくれるようになるのだろうか、と猫車を押しながら隣を歩くめいの方を見てあなたは思う。
 薪の貯蔵スペースは風呂の隣にあり、猫車を押してきたことで初めてあなたはこの場所へ来たことになる。慣れた手付きで薪を放り込んで行くめいの袖から覗く腕は、絵具の白と見紛うほどに真っ白で、先程まで外で作業していたとは到底思えないほどに綺麗だった。
 作業を終えためいはすぐに台所の方へ向かうと、とんとんと軽快な音を奏で始める。
 めいが勤勉なのは非常に助かるが、無理をしていないかだけがあなたには気がかりだった。まぁ、それを本人に直接聞こうものなら先程とほぼ同じ答えが返ってくるだけであろう事は想像に難くないので、あなたが頼られるような人間になるしかないわけだが。
 そんなことを考えながら縁側に座っていたあなたの隣に、ふわりと白い尻尾が躍った。

「こんな時間にお前の顔を見るとは珍しいな。不安で夜も眠れなかったか?」

 そう言って小馬鹿にするようににやりと笑ったポチ。その言葉を聞いてあなたは、昨日見た夢の中身を思い出せない事に気付いた。いや、もしかしたらこの駄犬と会話した事そのものが夢であったのかもしれないが。

「……どうした、何を呆けておる。アホ面がさらにアホになっているぞ」

 あなたが昨日の事を考えている間も、ポチがあなたへ言葉を重ねて捲し立てる。そのせいであなたは考えを纏める事すらままならず、考えること自体を止めた。
 そのあてつけと言うわけではないが、ポチの鼻先をペチンと指で弾いておく。

「ぬおお……っ」

 悶絶するポチの声に重なるように、

「朝食のご用意が出来ました、後継人様ー」

 と、台所の方からめいの声が聞こえた。トドメと言わんばかりに、悶えるポチの鼻先へ追撃を加えると、あなたは立ち上がり台所へ急いだ。
 正体不明の何かに怯えるよりも、日常を謳歌する方がよっぽど生産的だろう、と盆を運びながらあなたは思うのだった。
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