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第一章 街
十二話
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早めの朝食を終えたあなたは、店の整理をすると言うめいに着いて店先の方へ来ていた。いつもの場所で胡坐をかいて座り、どこから片付けようかと視線を泳がせていると、台の下に祖母が使っていたと思われる帳簿が見えた。
何となくそれをぺらぺらとめくっていたあなたは、ここを継いでから一度もまともに客が来たことが無いことに気付いた。
三角巾を付けて棚の周りにはたきを掛けているめいに、あなたは帳簿を掲げながら尋ねてみる。あなたに呼ばれた事で手元が狂ったのか、めいは自分ではたいた埃を顔面に受け、小さくくちゅんとくしゃみをしてから、
「先代様の時もそうでしたので、あまりお気になさらずともよいかと」
そう短く答えると、もう一度小さくくしゃみをするとはたき掛けの作業に戻った。
言われて帳簿へと目を通すと、確かに物が売れている日の方が少ないように見える。おまけに売れている日に目を通しても、大体が『ツケ』の文字で埋められており、まともに商売をしていたとはとても思えない。
ツケの文字であなたの頭に最初に浮かんだのは、ひょろながの姿。この街で商店を営んでいる人はどうやって生活しているのだろう、今度聞いておいた方がいいかもしれない。
などとあなたが帳簿に気を取られているうちに、めいははたき掛けを終えて今度は箒を握っていた。このままでは結局ノートを見ていただけになってしまう、とあなたが慌てて立ち上がったところで、
「……頼もう」
店の戸ががらりと音を立てた。
ひょろながほどではないが、あなたやめいよりはゆうに背の高い男が、下駄の音を鳴らしながら店内へと入ってくる。
落ち着いた色合いの着物に身を包み、仄暗い店内でも映える長い白髪を束ねて一本にしているその人物は、入店時の声がなければ女性と間違えてもおかしくないほどに綺麗な人だった。
「なるほど、確かに瓜二つだ」
あなたが動けずに呆けていると、男はそのままずかずかと店内を進みあなたの前に立った。そのままずいっとあなたの方へ顔を寄せると、右手を伸ばしてあなたのアゴを取った。
一体何をされるのか、とあなたはごくりとツバを飲む。視界の端でめいも呆けているのが見えた。
男はそのままフンと鼻を鳴らすと、あなたのアゴから乱暴に手を離し、
「お前のような者が後継人とはな。血の繋がりさえなければ喰ってやるものを」
と、吐き捨てた。
あまりな物言いにあなたは反論しようとするが、男の鋭い目がそれを許さない。まるで本物の獣のような目に、あなたはまたゴクリと喉を鳴らした。
緊張した雰囲気が店内へゆっくりと広がり、まるで店の中が外界と隔離されているような感覚が襲ったところで、
「臭い、臭いぞ……一体どんな鼠が紛れ込んだ?」
と、雰囲気にそぐわぬ間の抜けた声が背中側から聞こえてきた。それと同時に緊迫した雰囲気がぷつんと途切れ、あなたはふーっと大きく息を吐いた。めいもその場にぺたんと手を突いてこちらを見上げている。
男は声がした方へちらりと視線を向け、
「なぜ貴様がまだここにいる、駄犬」
と、憎々しげに声をあげた。何やら雲行きが怪しい気がしてきたあなたは、二人の間に割って入ろうと立ち上がる。
しかし、そんなあなたの徒労も虚しく、ポチはぴょんと飛び上がるとあなたの頭を踏みつけ床に着地した。
目の前にポチが近づくや否や、男の鋭い視線が一層強くなる。ポチはそんな視線を歯牙にも掛けずおすまし顔だ。
「……お前から先に喰ってやろうか!」
カッと男が目を見開くと、男の頭からぴょこんと耳が飛び出した。それと同時に男の着物がぶわりと揺れ、男の背中から九本の尾が舞い踊る。
そんな男を見てもポチは余裕を崩さず、
「ワシには鼠を喰らう趣味は無いぞ?」
そう言って笑った。
それを聞いた男は、もう細められないほどに目をキツく細めると、鋭く尖った爪をポチへと振り下ろした。
ガキン、と鈍い音がして男の爪が石造りの床に突き刺さるが、狙いの相手はその爪を軽く躱すと、男の頭の上に着地した。
「欠伸が出るぞ……くわぁ」
再び男の爪が空を切り、ポチはそれを躱して再び床に着地した。よほど頭に乗られた事が頭に来ているのか、綺麗だった白髪はぶわりと逆立ち枝毛まみれになっている。
頭に血が上ったのか、男は手当たり次第に暴れ始めた。このままではせっかく整理した店内が大変なことになってしまう。
なんとかして止めたいところだが、丸腰のままで飛び込むのは少々怖い状況である。あなたが何か武器になるものは無いかと店内を見渡すと、先程帳簿を見つけた棚の上に丁度いい物が見つかった。
「ほうれほうれ、手の鳴るほうじゃ」
「馬鹿にしおって! この駄犬めが!」
未だ暴れまわる二人の元へとあなたは駆け寄り、手にした武器を握る手に力を込めるとそのまま振り下ろした。
「ぐわっ」
スパーンッと軽快な音が響き、男の頭がぐわんと揺れる。紙を束ねただけとは思えぬその威力に、振り下ろしたあなた自身も驚かされた。
「カッカッカ、いいザマじゃ」
笑うポチにもスパンと一撃。小さな犬の体がゴロゴロと店外まで転がり、そのまま道路でゴロゴロと悶えている。
大分めちゃくちゃになってしまった店内を見て、あなたは大きなため息を一つ付くと、まだ少し呆けているめいの方へと歩み寄り抱え起こした。
男に聞きたいことは山ほどあるが、まずは店内の片付けが先だ。この男にも存分に働いてもらう事としよう。
何となくそれをぺらぺらとめくっていたあなたは、ここを継いでから一度もまともに客が来たことが無いことに気付いた。
三角巾を付けて棚の周りにはたきを掛けているめいに、あなたは帳簿を掲げながら尋ねてみる。あなたに呼ばれた事で手元が狂ったのか、めいは自分ではたいた埃を顔面に受け、小さくくちゅんとくしゃみをしてから、
「先代様の時もそうでしたので、あまりお気になさらずともよいかと」
そう短く答えると、もう一度小さくくしゃみをするとはたき掛けの作業に戻った。
言われて帳簿へと目を通すと、確かに物が売れている日の方が少ないように見える。おまけに売れている日に目を通しても、大体が『ツケ』の文字で埋められており、まともに商売をしていたとはとても思えない。
ツケの文字であなたの頭に最初に浮かんだのは、ひょろながの姿。この街で商店を営んでいる人はどうやって生活しているのだろう、今度聞いておいた方がいいかもしれない。
などとあなたが帳簿に気を取られているうちに、めいははたき掛けを終えて今度は箒を握っていた。このままでは結局ノートを見ていただけになってしまう、とあなたが慌てて立ち上がったところで、
「……頼もう」
店の戸ががらりと音を立てた。
ひょろながほどではないが、あなたやめいよりはゆうに背の高い男が、下駄の音を鳴らしながら店内へと入ってくる。
落ち着いた色合いの着物に身を包み、仄暗い店内でも映える長い白髪を束ねて一本にしているその人物は、入店時の声がなければ女性と間違えてもおかしくないほどに綺麗な人だった。
「なるほど、確かに瓜二つだ」
あなたが動けずに呆けていると、男はそのままずかずかと店内を進みあなたの前に立った。そのままずいっとあなたの方へ顔を寄せると、右手を伸ばしてあなたのアゴを取った。
一体何をされるのか、とあなたはごくりとツバを飲む。視界の端でめいも呆けているのが見えた。
男はそのままフンと鼻を鳴らすと、あなたのアゴから乱暴に手を離し、
「お前のような者が後継人とはな。血の繋がりさえなければ喰ってやるものを」
と、吐き捨てた。
あまりな物言いにあなたは反論しようとするが、男の鋭い目がそれを許さない。まるで本物の獣のような目に、あなたはまたゴクリと喉を鳴らした。
緊張した雰囲気が店内へゆっくりと広がり、まるで店の中が外界と隔離されているような感覚が襲ったところで、
「臭い、臭いぞ……一体どんな鼠が紛れ込んだ?」
と、雰囲気にそぐわぬ間の抜けた声が背中側から聞こえてきた。それと同時に緊迫した雰囲気がぷつんと途切れ、あなたはふーっと大きく息を吐いた。めいもその場にぺたんと手を突いてこちらを見上げている。
男は声がした方へちらりと視線を向け、
「なぜ貴様がまだここにいる、駄犬」
と、憎々しげに声をあげた。何やら雲行きが怪しい気がしてきたあなたは、二人の間に割って入ろうと立ち上がる。
しかし、そんなあなたの徒労も虚しく、ポチはぴょんと飛び上がるとあなたの頭を踏みつけ床に着地した。
目の前にポチが近づくや否や、男の鋭い視線が一層強くなる。ポチはそんな視線を歯牙にも掛けずおすまし顔だ。
「……お前から先に喰ってやろうか!」
カッと男が目を見開くと、男の頭からぴょこんと耳が飛び出した。それと同時に男の着物がぶわりと揺れ、男の背中から九本の尾が舞い踊る。
そんな男を見てもポチは余裕を崩さず、
「ワシには鼠を喰らう趣味は無いぞ?」
そう言って笑った。
それを聞いた男は、もう細められないほどに目をキツく細めると、鋭く尖った爪をポチへと振り下ろした。
ガキン、と鈍い音がして男の爪が石造りの床に突き刺さるが、狙いの相手はその爪を軽く躱すと、男の頭の上に着地した。
「欠伸が出るぞ……くわぁ」
再び男の爪が空を切り、ポチはそれを躱して再び床に着地した。よほど頭に乗られた事が頭に来ているのか、綺麗だった白髪はぶわりと逆立ち枝毛まみれになっている。
頭に血が上ったのか、男は手当たり次第に暴れ始めた。このままではせっかく整理した店内が大変なことになってしまう。
なんとかして止めたいところだが、丸腰のままで飛び込むのは少々怖い状況である。あなたが何か武器になるものは無いかと店内を見渡すと、先程帳簿を見つけた棚の上に丁度いい物が見つかった。
「ほうれほうれ、手の鳴るほうじゃ」
「馬鹿にしおって! この駄犬めが!」
未だ暴れまわる二人の元へとあなたは駆け寄り、手にした武器を握る手に力を込めるとそのまま振り下ろした。
「ぐわっ」
スパーンッと軽快な音が響き、男の頭がぐわんと揺れる。紙を束ねただけとは思えぬその威力に、振り下ろしたあなた自身も驚かされた。
「カッカッカ、いいザマじゃ」
笑うポチにもスパンと一撃。小さな犬の体がゴロゴロと店外まで転がり、そのまま道路でゴロゴロと悶えている。
大分めちゃくちゃになってしまった店内を見て、あなたは大きなため息を一つ付くと、まだ少し呆けているめいの方へと歩み寄り抱え起こした。
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