祖母のいた場所、あなたの住む街 〜黒髪少女と異形の住む街〜

ハナミツキ

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第二章 異形

十七話

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 なんとなく部屋に居づらくなったあなたは、一人縁側で風鈴の音を聞くことにした。
 カチャカチャと食器のぶつかる音があなたの耳に届いてきたが、何故だか手伝う気にならず、無意識のうちにちらりと台所へ向けていた視線を縁側へ戻す。

「……」

 あまりにも自然と目の前にいたので一瞬反応が遅れたが、ナナがあなたの目の前に屈んでいることに気付いて、あなたは驚きに上体を仰け反らせるとそのまま廊下に頭を打ちつけた。
 そんなあなたの一連の動作を見て、

「ぷぷっ……あははっ」

 と愉快そうに笑うと、ナナはあなたの隣に腰を降ろした。
 あなたがまだ痛む頭を押さえながら起き上がり、縁側を見つめるナナの方を向くと、少し小さな風が吹いて乱雑に切り揃えられた白い髪と風鈴が揺れる。
 あなたと視線を交わさぬようにと庭から目を離さないまま、

「どうしてボクに優しくしてくれたの? 鬼なのに」

 そう言ってからビー玉のようにくりくりと丸い真っ赤な瞳をあなたに向けた。
 確かに古今東西様々な昔話で、鬼は大抵やられ役として扱われているし、この街での評判が芳しくない事もあなたは知っていた。
 しかし、あなたからしてみれば首根っこを掴んで投げ飛ばされたり、手刀で一撃でのされたり、小動物のように怯えていたりする鬼を昔話のように倒してやろうなどという気持ちなど微塵も湧かず、どちらかと言うと憐憫の方が大きかった。
 おまけに優しくしているのは主にめいであって、あなたは手刀で気絶させた張本人でしかないわけで、いまいち優しくしてくれたなどと言われても実感が無い。
 そうあなたが返すと、ナナはくすくすと笑いだし、

「変なの。話に聞いてたのと全然違うんだ」

 そう言うと、ナナは縁側から足を投げ出しぶらぶらと振りながら空を見上げた。満月にも三日月にも近くない中途半端な月が、空からあなたとナナを見下ろしている。

「……ねぇ」

 ナナが再び口を開きかけたところで、突如ナナの姿があなたの眼前から消えた。いや、正確には何かによって思い切り廊下に叩きつけられたようだ。
 ナナを廊下に叩きつけた何かは、白い尻尾をくるりと振ると、

「もうここを嗅ぎ付けおったか、鬼共め」

 そう下を向いて言い放つと、今度はあなたの方を見上げてから、

「随分と暢気なものだな。鬼が狙っておるのはお前なのだぞ」

 と言った。
 確かにひょろながも自分の店に鬼が来た理由を、後継人の家と間違えてきたのだろうと言っていたので、自分が狙われているのだろうと言う事は分かっていたのだが、今までの鬼の姿を見る限り、別段警戒する必要も無いとあなたは言葉を返す。

「……」

 返答を聞いたポチはしばらく足元にナナを踏みつけ、あなたの方を見つめたまま黙っていたが、やがて飽きたようにぴょんと飛ぶとそのまま台所へと歩いて行った。
 目玉をぐるぐると回してのされているナナを見て、やはり警戒の必要などないのではないかとあなたが再認識させられていると、台所の方がなにやら騒がしくなった。
 何事かと視線を向けると、先程台所へ向かったはずのポチがこちらへ走ってきて、

「小鬼め、ワシの夕食を勝手に食いおって! 代わりにお前を喰ってやるわ!」

 などと言いながら飛び上がった。
 完全にのされているナナを庇うようにあなたは立ち上がると、そのままポチの眉間めがけて手刀を振り下ろした。
 手刀の直撃を受けて、飛びかかってきた勢いのまま逆方向に転がってゆくポチ。そのままゴロゴロとしばらく行った所で、ポチの後を追ってきたのか台所を出たところで突っ立っていためいの足にぶつかって止まった。
 少しの間ポチはめいに頭を撫でられながらうんうんと唸っていたが、しばらくすると落ち着いたのかゆっくりと起き上がると、あなたの方を軽く睨み付け、

「その小鬼の肩を持つか……まぁよかろう」

 呟くようにそう言うと、あなたから視線を外しめいの方を向き直すと何か言った。
 何か言われて台所へ戻って行くめいを追って台所へ向かうポチの背中をあなたが見つめていると、思い出したようにポチは降り返り、

「ただし、そやつを住処へ返すようなことはするな。この場所を知られるとちと面倒だ」

 そう言い残し、今度こそ台所へ行ってしまった。
 鋭い口調に何も言い返せなかったあなたは、再び湧いてきたもやっとした感情を散らすように、髪を数回掻いてからナナの方を向く。

「……」

 いつの間に気が付いたのか、半身だけを起こしてあなたを見ているナナに、あなたは頬を掻きながら家に帰りたいかと尋ねてみる。
 ナナはあなたの言葉を聞いて、組んだ腕に顔を半分ほど埋めながら、

「……居ていいの?」

 と、顔を埋めたまま言った。
 少し影のかかったナナの声にあなたは、ポチに言われたからではなく、また憐憫でも無い素直な気持ちで笑みを返した。
 今度は違和感のない笑みになっていてくれると助かるのだが。
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