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1 突然の婚約破棄

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「スターチス、キミとの婚約は今日をもってなかったことにさせてもらう」

 まるで朝の挨拶でもするかのような気軽さで、突然私に叩きつけられた言葉。
 いや、いつかはこんな日が来るのではないかと予測は出来ていたか。
 むしろ私のような、顔もよくなければ不愛想で面白みのない女が今までレイド様の婚約者だったことが異常なだけだったのだろう。

「畏まりました、レイド様」

 こういう時がきたら、色々と言いたいことも湧いてくるかと思っていたが。
 口からは自然と、いつも通りに了承の言葉が発されていた。

「何もない状態で放り出すほど私も冷酷ではないから、キミのための住居と財産は用意しておいた」

 嗚呼、なんとお優しい。
 私に野垂れ死なれては目覚めが悪いのか、家を用意し手切れ金までくださるとは。

「お心遣い、感謝いたします」

 深々と頭を下げてから、レイド様の顔は見ないようにしながら屋敷を後にする。
 期待などしていなかったが、屋敷を出るまでの間誰かに声を掛けられるようなことも無く。
 自分の居場所がここにはなかったのだと嫌でも再認識させられた。

(さて、これからどうしましょうか)

 レイド様が用意してくれたという住居への道すがら、私は思考を巡らせる。
 といっても、巡らせられるほど選択肢が豊富にあるわけでもないが。

(実家に戻る……のだけは絶対にない)

 レイド様との婚約が解消されてしまったと知られたら、何を言われるか分かったものではない。
 馬の合わない姉の存在もあるし、家に戻るくらいならひっそりと一人で暮らしていた方がだいぶマシだ。

(とはいえ、一人で暮らすにしても問題は山積みだ)

 手切れ金として渡された金額は、最低限の暮らしでしばらく生活できるか、といった程度のもの。
 生きていくには早急に何か収入源を得る必要がある。


(……レイド様から伝えられた場所、ここで間違いなかったわよね?)


 目の前にあるのは家というより小屋、と呼んだ方が適切に思える代物。
 昔ここらにいた農家が用具入れに使っていたのか、錆び付いた農具が数本雑に転がっている。

「はぁ……問題一つ追加、か」

 邪魔な農具を壁へ立てかけ、入口周りの埃を軽く払たところで私は小さくため息をつく。
 片づけて掃除さえすれば、確かに一人で住むことは何とかできそうな小屋だが。
 これで『用意しておいた』といえる精神はなかなかのものだ。

「よいしょっと」

 あの家から持ち出してきた数少ない家財の一つ、お気に入りのクッションを石造りの段差に載せて一休みする。

(時間的な猶予はあまりないけど、少しずつやっていこう)

 くぅ。

 一息ついたことで身体が空腹を思い出したのか、腹の虫が一匹飛び出した。

(食事の確保も必要事項、と)

 勝手にくすねてきた保存食のパンをかじりながら、そのまま身体を横たえる。
 突然の婚約破棄。
 仕方ないと思う感情が大半を占めてはいるが、ショックを一切受けていないかといえば、それも嘘にはなるわけで。

(……今日はもう、寝ようかな)

 雑多な作業に追われる日々で、ついつい疎かになりがちだった睡眠。
 自分の好きなタイミングでとるなど、いつぶりだろうか。
 
(これからのことは、明日の自分に任せよう)

 多少投げやりな感情も含ませながら、私はゆっくりと目を閉じた。
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