ありふれた異能バトル~リレー式~

やすいケンタウロス

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嵐前

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 ~巨人消失の少し前~

「もう月があんなに高く…そろそろ8日目の始まりかしら?冥慈ちゃんに心配かけちゃうわね」

 艶ノ小路と佐伯を抱えた阿武隈は夜の廃墟を一人歩いていた、彼が全力を出せばわずかな時間でゲート前まで戻ることができたがその腕に抱く艶ノ小路の存在がそれを許さない、彼は艶ノ小路の体がどれほど儚いものか理解していた、それ故に彼は細心の注意を払って歩いていたのである、もちろん彼は艶ノ小路が能力によって保護されていることなど知らない

「ふう、あとちょっとでゲートね、にしても介護士の経験が役に立ったわ、こんな重病人が参加してるなんて、さっきのオトコのコはよく1週間もよくこのコを守っていられたわね。医療関係の経験があったようには見えなかったし、やっぱり愛かしらね、ふふふ」

 ふと、阿武隈は巨人の暴れる荒野を振り返る、そこには未だに暴れる巨人の姿があった

「もう大人の3人はいいとして、やっぱり赤ちゃんのことは気になるわね…ゲートに着いたらもう一度向かったほうがいいかもしれないわ」

「…んっ…」

「あら、起こしちゃったかしら?」

 阿武隈の左腕で眠っていた艶ノ小路が目を覚ました。阿武隈の驚異的で脅威的な姿を寝起きに直視することとなった艶ノ小路であったが彼女はそもそも病院以外で人と会う機会が無い、故に天道や小林、徳永とは違いこういう人もいるのだろうと思考し、狂乱に陥ることなくまだ覚醒しきっていない漠然とした意識で阿武隈を見つめていた

「えっと…誰…ですか?イブキは…」

「そういえばまだ自己紹介してなかったわね、アタシは阿武隈マコト、マコトって呼んでくれていいわよ♪」

「あっはい、わたしは艶ノ小路柘榴と申します」

 気づけば見知らぬ人の腕の中にいたというのに冷静な態度で返す艶ノ小路に阿武隈は動じることなく疑問に答える、艶ノ小路の体調からして誰かに頼ることが当たり前であり、慣れているからであろうと判断したのだ

「それでイブキちゃんがあなたを抱えてたイケメンなら今戦ってるわ、気配は感じられるから無事よ、アタシはイブキちゃんに柘榴ちゃんを安全にゲートに送り届けるように頼まれたの、だから愛しの彼との再会はもうちょっと我慢しててね」

「無事なんですねよかった、それと愛しのって…わたしとイブキはそんなんじゃありませんよ」

「あら、違ったの?でも貴女を抱えてたイブキちゃんは全然そうは見えなかったのだけど」

 阿武隈の問いに艶ノ小路は何でもないように答える

「あはは、そんなんじゃないですって、イブキはとっても親切な人でこんな体のわたしを放っておけなかった、それだけですよ」

「…そう、でも貴女、顔が青いわよ」

「えっ?」

 何でもないように答えようとした艶ノ小路の表情は蒼白で、その先に何もない肩を震わせていた

「もう少し、自分に正直になったら?」

「…なんの…ことですか?」

 震える声で艶ノ小路が問う

「んもぅ、素直じゃないんだから、自分の思いはため込んじゃ駄目よ、特に恋心はね、傷つくことを恐れないで、相手がいつまでも自分を見てくれるなんて思ってたら大間違いよ、もうゲームも終わるわ、アタシたちは気づけばここにいたから、帰る時も元いた場所に戻ると思うのよ、そしたら離れ離れになっちゃうわ
 他の人なら会いに行けるかもしれないけど貴女は違う、相手に会いに来てもらわなきゃいけない、だったら踏みとどまってる暇なんてないわよ」

「…」

 艶ノ小路は唾を飲み込む、彼女はレールとの戦いのときに既に自身の感情に気づいていた、しかしそれを心の奥底に押し込めて気づかないふりをしていた

「それとも何、貴女まだ自分の気持ちに気づいてないの?起きてすぐイブキちゃんのことを聞いた貴女、完全に彼氏に会えなくて寂しい乙女の顔だったわよ」

「…かって…すよ…」

「あら、ちょっといい顔になったわね、ほら遠慮せずオネエさんに言ってみなさい」

「そんなことわかってますよ!でもどうしたらいいんですか!わたしは見ての通り腕もない、体も弱い、今は与えられた能力で正常な体調で生きていられるけど、もとに戻ったらまた病院から一歩も出られない生活に逆戻りです、そんなわたしが邪魔者以外の何になるんですか!素直な気持ちを伝えたところで何になるんですか?イブキは優しいです、私の気持ちもどう答えるかは分からないけどしっかり考えてくれると思います、でもそんなことしたら優しいイブキはきっと私のことを忘れない!ずっと心にしこりとして残り続けてしまうんです…それにわたし、人殺しですよ、もう救いようもないじゃないですか…かふっ…」

 血を吐きながらも艶ノ小路は叫ぶ、しかし彼女の能力が彼女を守り、失われた血はすぐに供給される、が、生まれて一度も慟哭というものを経験したことがない彼女の喉は裂け、血が溢れてくる、彼女がこれ以上話すことはなかったが言葉の代わりに血は喉を塞ぎ、流れ続ける。それでも彼女は死ぬことはないがその様子は感情と理性に挟まれて今にも押しつぶされ死んでしまいそうに見えた

「まずいわ、急に叫んだせいで呼吸機器系のどこかが傷ついたわね、すぐに手当てしないと…でも我慢して柘榴ちゃん、血を出さないと窒息しちゃうわ」
 すぐに艶ノ小路を地面に降ろし手当を開始しようとする阿武隈だったが、その手を艶ノ小路自身が止める

「ごほっごほっ…大丈夫です、幸いここでは『窒息』にはもうなりませんし、傷も能力ですぐ治りますから」

「そう、でもだからって自分から傷つくことはしないで、今回はアタシが迂闊だったわ」
 艶ノ小路は喉から出た血を吐き切り、荒く呼吸していた。阿武隈は艶ノ小路が落ち着くまで背中を摩っていた

「…ねえ、マコトさん、わたし、どうすればいいんですか?」

「やっと名前を呼んでくれたわね、たいてい私と話す人って畏まっちゃう人多いから好感が持てるわ、
 で、私見だけど、ここで思いを伝えなきゃ貴女の心は傷ついちゃうわ、人は体がボロボロでも心は元気であれる、でも心がボロボロだったら体までダメになっちゃうのよ、あなたは一歩踏み出すべきよ、貴女には足がある、障害だとか人殺しだとか気にしちゃだめよ、障害者や犯罪者やオカマの恋は認められないの?違うでしょ、でも自分の行動には責任を持たなきゃいけないけどね♪」

「…責任は自分持ちなんですね」

「そんなの人として当たり前よぉ、アタシは貴女にはなれないし、貴女はアタシにはなれない、たとえ誰かの言葉がきっかけで行動したとしても行動したのは自分なんだから行動した分の責任は自分にあるわ、でもね…」

「はい?」

「貴女はまだ子供、そんなこと考えなくていいわ、考えてたら窮屈になっちゃう、子供の責任は親の責任ないし周りの大人の責任よ、まあ、だからこそ間違ったら全力で説教するし、子供の行動によっては説教じゃすまない取り返しのつかないこともある、でも貴女の恋路は間違ってない、あとは思いをぶつけるだけよ!何度も言うけどあなたは子供、無邪気に元気に行きなさい!」

「でも…」

「でもも何もないわ!障害のことならそれでイブキちゃんが嫌な顔したことあったの?」

「ないです…」

「人殺しのこともどうせ貴女のことだから襲い掛かられたのを反撃しちゃっただけなんでしょ、そんなもの正当防衛よ!なんなら少年院に行っても恋はできるわ!」

「そうですけど…」

「だったら覚悟決めなさい!幸いイブキちゃんが返ってくるまでまだ時間はあるわ、それまでゲートで考えてなさい」

「…はい」

「よし!ひとまず安全地帯のゲート前に行くわよ!」

 阿武隈は再び艶ノ小路を抱え歩き出す、艶ノ小路はまだ何か間会えているようだったが顔を紅くしたり青くしたりまた紅くなったりしている分、問題は無いようだった

「マコトさん」

「あらどうしたの?」

「ありがとうございます」

「どういたしまして、覚悟は決まったようね」

「はい」

 月下の道なき道を阿武隈は行く、艶ノ小路の心は決まった一方で阿武隈の右肩で佐伯がゆらゆらと揺れていた

「…我は大空の如く」(私空気だなぁ…)





 ~巨人消滅後~
 阿武隈はゲートの少し前あたりでそれを感じ取り歩みを止めた。

「これは…」

「どうしたんですか?」

「まずいわ、巨人は消えたみたいだけど、あそこに残った4人の気が薄まってきてる…」

 気を察知するというわけのわからない芸当を見せる阿武隈、もはや作者にすら彼がどこまで行くのか分からない

「イブキもですか!?」

「ええ、それと二つの気配がこっちに向かってきてる、たぶん巨人のコとそのパートナーね、戦闘になるかも知れないわ」

「そんなこと言ってる場合じゃないです、マコトさんすぐにイブキのところに向かってください!」

「だめよ、今ここを離れたら巨人のコたちとすれ違いになる、貴女が危険よ、だから…」

「…覚悟決めたんですよ」

 阿武隈の言葉を艶ノ小路が遮る、彼女の顔は影に覆われたように暗い

「絶対に会って思いを伝えるって決めたんです、わたしは行きます、たとえマコトさんでもわたしの邪魔はさせない」

「だめよ、一旦あなたたちを安全地帯に送り届けてからアタシ一人で行くわ」

 話は平行線、決着を着け、自分の思いを通したのは意外にも艶ノ小路だった

「ごめんなさい、マコトさん、あなたが正しいことも譲らないこともわかってる、正直わたしが行ってもできることがあるかどうかわからない、でもわたしは行きます、『殺傷権』」

「なに、を…」

 艶ノ小路が能力を使い、阿武隈の意識を一時的に『殺す』、さすがの阿武隈でも逆らうことはできず、地に倒れ伏した

「ふぎゅっ」(ふぎゅっ)

 佐伯を下敷きに…

「本当にごめんなさい」

 艶ノ小路は阿武隈にそう言い、巨人のいた方へ駆けた

「わてのことは本当に黒子のようにしか見とらんのじゃの…媼よ、悲しいなぁ…扨、如何したものか…」(私、ほんとに空気みたいだ、グスッ、悲しくないよおばあちゃん、喫茶店で慣れたから…でもどうしようか?)
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