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第一章 騎士
第九話 実技試験
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筆記試験から三十分後。
十の組に分けられて訓練場に並べられた受験生達は、それぞれ企画が統一された訓練用ゴーレムと一対一で戦い、強力に設定されているソレの猛攻に吹き飛ばされず、どれだけの時間、特設リングという名の土俵の中で耐えることができるかによって実技試験の採点が行われることとなった。
この試験については明確な採点基準が事前に示されており、三百点満点であり、魔力で動く石人形、訓練用の通称「ゴーレム」の攻撃から一秒耐える毎に一点、最大で五分耐えると満点で戦闘終了。
また、万が一ゴーレムを破壊して戦闘不能にした場合も満点、一部の部位を破壊をしたが途中で吹き飛ばされてしまった場合に関しては、頭部、胴体、右腕、左腕、右脚、左脚の六つに分けられた一部位につき三十五点のボーナス点を追加するということになっていた。
さて、そんなルールの実技試験だが、使いの人が俺達の願書を一緒に出したためか、ガラテヤ様は俺の一つ前に並ぶこととなり、結果として俺はガラテヤ様の戦いぶりを、特等席で見ることができることとなった。
もっとも、戦いについてリングの内と外との境目には、教師以外が出す音声を遮断する魔法が使われているため、こちらから弱点を教えたり戦い方を教えるようなカンニングめいたことは出来ないが。
試験が始まってから、さらに数十分後。
とうとう出番が来たガラテヤ様がリングにあがる。
「ご武運を、ガラテヤ様」
「修行の成果、見せてあげるわ」
「なんか……ホント、変わりましたね。良い意味で」
「でしょ?強くなったのよ、私。じゃあ、行って来るわね」
こちらに手を振り、構えをとるガラテヤ様。
先ほど、字が汚過ぎたことで筆記試験の監督を交代させられたリゲルリット先生が、今度こそはと言わんばかりにリングへ上がり、試合開始の合図を出す。
「えー、コホン。それでは、試合開始ィィィィィッ!」
「試合ではありませんことよ、リゲルリット先生」
「間違えた!試験開始ィィィィィ!!!」
……ダメだこの人。
しかし、ゴーレムの起動自体は難なく済ませ、運動会のヨーイドンと同じ要領で真っ赤な旗を振り、ガラテヤ様の実技試験を開始した。
「まずは手始めに……【風の鎧】!」
ガラテヤ様は「纒う風」の上位魔法である「風の鎧」を全身に纏い、守りを固めつつ機動力も上げる。
「キュキュキュキュ、ピピ」
一方、ゴーレムの方は右腕を引き、パンチの構えをとった。
「隙ありッ!」
しかし、ゴーレムの体勢が攻撃へ移った瞬間に一撃、右足を前に出すとともに右手の拳を引く。
「風の鎧」で纏った風、その足元の部分だけを前方へ吹かせて擬似的に縮地を使い接近。
同時に脚を捻り、腰を捻り、腕を捻って、練習用に調整されているためか、ヨタヨタとぎこちなく動くゴーレムの右腕を一撃で粉砕。
「ギギギギ、ギギギ、ピピュンピュンピュン……」
「「「おおー!!!」」」
後ろで並んでいる受験生達は驚き、声をあげる。
「まだまだ……」
この一撃で調子づいたのか、ガラテヤ様は追撃を食らわせようと、両腕に風を纏わせてラッシュの準備に入る。
「ピピィ!」
しかし、完全に調子に乗ったガラテヤ様は、鎖のように伸びて迫ってくるゴーレムの左手に気づくまで、コンマ数秒遅れてしまった。
「ぶ……べっ!」
脳では気づいても、もう遅い。
「ああっ、ガラテヤ様!?」
急な反応による脳処理は案の定遅れ、身体が動き出すよりも前に、遠心力を纏った左腕が顔面を直撃。
憐れガラテヤ様、右腕こそ破壊すれど、一分も経たない内に場外へ…。
「風の鎧……解除!【飛風】」
と思われたが、一筋縄で攻略できないのがガラテヤ様の前世、尊姉ちゃんである。
全身に纏っていた風の鎧を解除し、それらを背中と両膝裏へ回す。
そして一度に放つことで、飛行機のスラスターを一瞬だけ噴射したような状態を作り出し、吹き飛ばされた勢いを殺してリング内へと文字通り舞い戻った。
「うおお!こんなことできんの!?」
まさか、まだこんな隠し玉を持っていたとは。
「せめて腕のもう一本くらい、頂いて行かなきゃね!風牙の拳……心臓破りの一撃……!」
そして、ガラテヤ様は空中で腕に風を纏わせ、特殊な気流を生成。
「ピキュキュキュ……!」
防御の構えをとろうとするゴーレムを前に、その防御は無駄であると言わんばかりに腕を伸ばす。
風を操作し、ゴーレムの左手へ纏わせて腕の座標と軌道を固定した。
そして、一撃。
「【刹抜】」
「ピギュゥゥゥゥン」
ゴーレムの左肩、その関節部を狙って叩き込む。
普通のパンチでは無理のある角度だが、形成した風のトンネルがそれを可能にしているようであった。
右手からゴーレムの左手へ、加速が加速を生み、威力を大きく引き上げているのだろうか。
一瞬にして、ゴーレムの左腕がバラバラに砕け散った。
まさに「刹」を「抜」く暴風が如き、とんでもない威力。
ガラテヤ様に風牙の拳を教えた甲斐があるというものだ。
しかし……。
「こんな技あったっけ?」
気になるのは、「こんなに派手なパンチ系の技は風牙流に無い」ということである。
風牙の「拳」に関して俺は基礎しか知らないが、そんな俺が知っている「刹抜」は、ただ全身を捻りつつ拳と脚を前に出し、「敵の弱点を一撃で潰す」技であった。
……では、今の……仮に「暴風大爆発パンチ」とでも言おうか、あの技は何なのだろうか。
確かに狙った点へ集中した衝撃を加える、という点や腰の動きなどは似通っている。
しかし、パンチの軌道は少しばかり無茶苦茶である上、勢いが人間の、それも肉体を特に魔法で強化しているでもない体格的には至って普通の少女の肉体で出る威力ではなかった。
ガラテヤ様も、俺が「雀蜂」の際に刀身へ風を纏わせたように、腕へ風を纏わせて独自のやり方を編み出してみた、ということだろうか。
……「自分の右腕から拳を打ち込みたいところまで風のトンネルを作ってパンチの軌道を補正しつつ加速を促す」など、よく思いついたものだ。
もはや別モノと化したこの技に、今まさに大切にしていた正典が失われたようなやるせなさを少し覚えてしまったものの、俺はその数十倍もガラテヤ様の成長スピードと発想力に驚いた。
尊姉ちゃんだった頃も含めて、俺のように戦いが当たり前にある文化圏に生きていた訳ではないにもかかわらず、ここまで上達するとは。
このガラテヤ様、俺の全盛期である「常正」を凌駕する程の、とんでもない天才かもしれない。
「後は胴体を壊せば、頭部と両脚は外れて身動きが取れなくなるはず……。トドメ!もう一撃……【殺……」
開始二分、早くもトドメが刺されたと、その戦いぶりを観ていた皆が思った。
勿論、俺も思った。
しかし。
「なっ……」
「ピキューゥーン」
ガラテヤ様の着地と同時に、破壊された左腕から外れて吹き飛んだ筈の手が、拳を誘導するために生み出した風のトンネルに弾かれ、首元へ。
「ぐっ……!早く、『飛風』を……あがぁ」
背後へ吹き飛ぶ左手の勢いに、再び肉体を場外へ持っていかれる。
そして、「飛風」で風を逆に噴射する前に、ガラテヤ様は壁に叩きつけられ、そのまま場外判定となり、そこでテストは終わってしまった。
二分強耐え、部位は二つを破壊。
合計点数は、「二〇〇点と少し」といったところだろうか。
得点率に直すと七割程度。
かなり良い方である。
ガラテヤ様は、こちらにニコッと微笑み、奥の待機室へと消えていく。
土壇場で初めて披露したであろう、少なくとも俺は初めて見たガラテヤ様の「刹抜」については、それこそ後でじっくり詳細を聞かせてもらうことにしよう。
さて、次は俺の番である。
俺は基本の戦闘スタイルが剣士であるということで、木刀を借りて挑むこととなった。
といっても、この試験に特筆すべき点は無い。
俺の実技試験は、ただ「駆ける風」を用いてゴーレムのパンチを避け続け、避け切れない攻撃は木刀を使ってその威力を逃がしつつ、何とか三分半を逃げ切った末、リングの隅、土俵際に追い詰められて場外へ吹き飛ばされ、終わった。
下手に攻めると吹き飛ばされそうであったため、逃げに徹した俺は、部位こそ一つも破壊できなかったが、単純にきっかり三分半を逃げ切ったため、丁度二一〇点という、こちらも我ながら悪くない点数を記録した。
ただ、ただ避けるだけの戦いを選んだにもかかわらず、追い詰められて避けきれなくなり、負けた……というオチには、少し情け無さを感じざるを得なかった。
試験後。
筆記試験の採点が、コンピューターの無いこの世界では人の目で行われるため、試験結果が出るまで三日かかるとのことで……「今日はこれで終わり」と、返されることとなった。
希望と絶望が渦巻く正門前。
一喜一憂する受験生達の網を抜けて、俺とガラテヤ様は宿へ戻ろうと、人で溢れかえる夕暮れ時の大通りを練り歩く。
「私達、二人とも実技は二〇〇点超えね」
「ですね。筆記も割とイケたんじゃないですか?」
「ええ。『尊』だった頃の記憶が役に立ったわ」
「俺もです。いやあ、前世までの俺がちゃんと勉強してくれてて良かっ……」
「きゃっ!」
「ガラテヤ様!」
俺達の会話は、突然にして阻まれた。
ガラテヤ様を右肩で突き飛ばした、茶髪の冒険者崩れらしき男二人組。
それは、俺がガラテヤ様を受け止めるなり、いかにも気に入らないと言った様子で声を発する。
「何が『がらてやさまぁ~』だ!俺達は今、機嫌が悪いんだ!」
「情けねぇ声!ギャハハ」
そして、そのまま立ち去ろうとする二人であったが、そこで逃す騎士ではない。
「失礼します。お嬢様にぶつかられたようですが……まさか、一言の謝罪も無しに、どこかへ行くつもりではないでしょうね?」
俺は二人の前へ立ち塞がる。
しかし、
「お嬢様のお守りにしてるようなガキに言われる言葉なんざ無ぇよ!いいか!この辺りの酒場は半分以上、俺達から金を借りてんだ!半分だぞ半分!俺達二人にだ!この言葉の重みが解るなら、とっととどけ!」
このセリフに、誇りを持っている騎士という職業のプライドを傷付けられた気がしてカチンと来たが、今のいかにも一般人のような白シャツにズボンスタイルでは、騎士としてではなく、ただ女の子を守っている気取りのイタい、或いは残念な男に見えてしまってもおかしくはない。
きっと、俺が騎士であると気付かなかったのだろう。
そして自分は、自分はこの辺りの酒場を多数支配している……敏腕高利貸し、とでも言っておこうか。
なるほど、それならば一般人相手に威張り散らしたくなるのも無理はない。
それが、ほとんど一般人と変わらない生活を送っているとはいえ、子爵令嬢の三女よりも上の立場を名乗ることができるものかは別として、だが。
我慢我慢。
しかし、
「どけっつってんだよ!邪魔だ邪魔!」
今度は俺を突き飛ばそうと、二人組の片割れが二メートル近くはあるであろう身長と、あまり筋肉質とは言えないが大きな体躯で、そのまま突進してこようと、こちらへ右肩を出した体勢で走り出す。
俺はそれをスルリと躱したが、相手は不満げに唾を地面に吐き、拳を鳴らし始めた。
「……ここで謝っておいた方が身の為かと。何も、こちらは賠償を要求している訳では無いのです。ただ、謝罪と今後の改善を要求しているだけなのです」
「うるせぇ!」
「何なんだよ絡んでくんなよ!」
ガラテヤ様を突き飛ばした男ではない痩せ方の方が、俺の顎目掛けて拳を出す。
しかし、「駆ける風」を使うまでもなく俺は身を躱して右手を掴み、関節を逆に捻って取り押さえる。
「重ねて、失礼致します。……ちょっとは悪びれろ、カス!!!」
「ぶべァ!」
そして、空いていた左手をそのまま頭の上に乗せ、頭部を地面に叩きつけた。
「アンドレッ!」
「げべ、べぇ……」
「フン!」
「がっ」
俺はこめかみに一撃、蹴りを入れて脳震盪を起こさせ、意識を奪う。
「……へぇ。ガリの方はアンドレって名前なんだぁ。じゃ、後はお前の名前を聞くまでも無く懲らしめるだけって訳だ」
「俺とやろうってのかァ……!いいぜェ!二度と立てねェようにしてやる……」
そして、大柄な方は改めて拳をパキパキと鳴らし、ボクサーによく似た構えをとった。
「ジィン!……何もそんなに怒らなくても、私なら大丈夫ですよ?」
「すみません、俺が大丈夫じゃないです。ガラテヤ様が大丈夫でも、ガラテヤ様にど突いておきながら軽い謝罪の一言も無いってことも、俺がガラテヤ様を守る立場にあることを馬鹿にされたってことも、俺は許せません。だから……お願いします。今は、ガラテヤ様の騎士としてじゃなくて、ただの『ジィン・セラム』として、コイツと喧嘩させて下さい」
「……入学に支障が出るかも知れないんですよ?」
「それでも、です。俺は、俺の職業と大切な人を馬鹿にしたコイツは一度、ボッコボコにしてやらないと気が済みません」
「……わかりました。じゃあ、気絶してる方は、私が縛りつけておくわ。もし、そこの雑貨屋さん。ロープが欲しいのだけれど……」
「いい度胸じゃねぇか!氷魔法……」
「風牙の太刀……」
ゴツい見た目に似合わず、相手は氷魔法を唱え始める。
俺は腰に収めたシミター……ではなく、道端に投げ捨てられていた壊れかけのモップを拾い、刀に見立てて構える。
「【アイスボール】!」
「【雀蜂】!」
そして、相手が放ってきた人間の顔と同じくらいの大きさの氷を、風を纏わせたモップで弾き返し、それをゴングとして、二人の喧嘩は始まった。
十の組に分けられて訓練場に並べられた受験生達は、それぞれ企画が統一された訓練用ゴーレムと一対一で戦い、強力に設定されているソレの猛攻に吹き飛ばされず、どれだけの時間、特設リングという名の土俵の中で耐えることができるかによって実技試験の採点が行われることとなった。
この試験については明確な採点基準が事前に示されており、三百点満点であり、魔力で動く石人形、訓練用の通称「ゴーレム」の攻撃から一秒耐える毎に一点、最大で五分耐えると満点で戦闘終了。
また、万が一ゴーレムを破壊して戦闘不能にした場合も満点、一部の部位を破壊をしたが途中で吹き飛ばされてしまった場合に関しては、頭部、胴体、右腕、左腕、右脚、左脚の六つに分けられた一部位につき三十五点のボーナス点を追加するということになっていた。
さて、そんなルールの実技試験だが、使いの人が俺達の願書を一緒に出したためか、ガラテヤ様は俺の一つ前に並ぶこととなり、結果として俺はガラテヤ様の戦いぶりを、特等席で見ることができることとなった。
もっとも、戦いについてリングの内と外との境目には、教師以外が出す音声を遮断する魔法が使われているため、こちらから弱点を教えたり戦い方を教えるようなカンニングめいたことは出来ないが。
試験が始まってから、さらに数十分後。
とうとう出番が来たガラテヤ様がリングにあがる。
「ご武運を、ガラテヤ様」
「修行の成果、見せてあげるわ」
「なんか……ホント、変わりましたね。良い意味で」
「でしょ?強くなったのよ、私。じゃあ、行って来るわね」
こちらに手を振り、構えをとるガラテヤ様。
先ほど、字が汚過ぎたことで筆記試験の監督を交代させられたリゲルリット先生が、今度こそはと言わんばかりにリングへ上がり、試合開始の合図を出す。
「えー、コホン。それでは、試合開始ィィィィィッ!」
「試合ではありませんことよ、リゲルリット先生」
「間違えた!試験開始ィィィィィ!!!」
……ダメだこの人。
しかし、ゴーレムの起動自体は難なく済ませ、運動会のヨーイドンと同じ要領で真っ赤な旗を振り、ガラテヤ様の実技試験を開始した。
「まずは手始めに……【風の鎧】!」
ガラテヤ様は「纒う風」の上位魔法である「風の鎧」を全身に纏い、守りを固めつつ機動力も上げる。
「キュキュキュキュ、ピピ」
一方、ゴーレムの方は右腕を引き、パンチの構えをとった。
「隙ありッ!」
しかし、ゴーレムの体勢が攻撃へ移った瞬間に一撃、右足を前に出すとともに右手の拳を引く。
「風の鎧」で纏った風、その足元の部分だけを前方へ吹かせて擬似的に縮地を使い接近。
同時に脚を捻り、腰を捻り、腕を捻って、練習用に調整されているためか、ヨタヨタとぎこちなく動くゴーレムの右腕を一撃で粉砕。
「ギギギギ、ギギギ、ピピュンピュンピュン……」
「「「おおー!!!」」」
後ろで並んでいる受験生達は驚き、声をあげる。
「まだまだ……」
この一撃で調子づいたのか、ガラテヤ様は追撃を食らわせようと、両腕に風を纏わせてラッシュの準備に入る。
「ピピィ!」
しかし、完全に調子に乗ったガラテヤ様は、鎖のように伸びて迫ってくるゴーレムの左手に気づくまで、コンマ数秒遅れてしまった。
「ぶ……べっ!」
脳では気づいても、もう遅い。
「ああっ、ガラテヤ様!?」
急な反応による脳処理は案の定遅れ、身体が動き出すよりも前に、遠心力を纏った左腕が顔面を直撃。
憐れガラテヤ様、右腕こそ破壊すれど、一分も経たない内に場外へ…。
「風の鎧……解除!【飛風】」
と思われたが、一筋縄で攻略できないのがガラテヤ様の前世、尊姉ちゃんである。
全身に纏っていた風の鎧を解除し、それらを背中と両膝裏へ回す。
そして一度に放つことで、飛行機のスラスターを一瞬だけ噴射したような状態を作り出し、吹き飛ばされた勢いを殺してリング内へと文字通り舞い戻った。
「うおお!こんなことできんの!?」
まさか、まだこんな隠し玉を持っていたとは。
「せめて腕のもう一本くらい、頂いて行かなきゃね!風牙の拳……心臓破りの一撃……!」
そして、ガラテヤ様は空中で腕に風を纏わせ、特殊な気流を生成。
「ピキュキュキュ……!」
防御の構えをとろうとするゴーレムを前に、その防御は無駄であると言わんばかりに腕を伸ばす。
風を操作し、ゴーレムの左手へ纏わせて腕の座標と軌道を固定した。
そして、一撃。
「【刹抜】」
「ピギュゥゥゥゥン」
ゴーレムの左肩、その関節部を狙って叩き込む。
普通のパンチでは無理のある角度だが、形成した風のトンネルがそれを可能にしているようであった。
右手からゴーレムの左手へ、加速が加速を生み、威力を大きく引き上げているのだろうか。
一瞬にして、ゴーレムの左腕がバラバラに砕け散った。
まさに「刹」を「抜」く暴風が如き、とんでもない威力。
ガラテヤ様に風牙の拳を教えた甲斐があるというものだ。
しかし……。
「こんな技あったっけ?」
気になるのは、「こんなに派手なパンチ系の技は風牙流に無い」ということである。
風牙の「拳」に関して俺は基礎しか知らないが、そんな俺が知っている「刹抜」は、ただ全身を捻りつつ拳と脚を前に出し、「敵の弱点を一撃で潰す」技であった。
……では、今の……仮に「暴風大爆発パンチ」とでも言おうか、あの技は何なのだろうか。
確かに狙った点へ集中した衝撃を加える、という点や腰の動きなどは似通っている。
しかし、パンチの軌道は少しばかり無茶苦茶である上、勢いが人間の、それも肉体を特に魔法で強化しているでもない体格的には至って普通の少女の肉体で出る威力ではなかった。
ガラテヤ様も、俺が「雀蜂」の際に刀身へ風を纏わせたように、腕へ風を纏わせて独自のやり方を編み出してみた、ということだろうか。
……「自分の右腕から拳を打ち込みたいところまで風のトンネルを作ってパンチの軌道を補正しつつ加速を促す」など、よく思いついたものだ。
もはや別モノと化したこの技に、今まさに大切にしていた正典が失われたようなやるせなさを少し覚えてしまったものの、俺はその数十倍もガラテヤ様の成長スピードと発想力に驚いた。
尊姉ちゃんだった頃も含めて、俺のように戦いが当たり前にある文化圏に生きていた訳ではないにもかかわらず、ここまで上達するとは。
このガラテヤ様、俺の全盛期である「常正」を凌駕する程の、とんでもない天才かもしれない。
「後は胴体を壊せば、頭部と両脚は外れて身動きが取れなくなるはず……。トドメ!もう一撃……【殺……」
開始二分、早くもトドメが刺されたと、その戦いぶりを観ていた皆が思った。
勿論、俺も思った。
しかし。
「なっ……」
「ピキューゥーン」
ガラテヤ様の着地と同時に、破壊された左腕から外れて吹き飛んだ筈の手が、拳を誘導するために生み出した風のトンネルに弾かれ、首元へ。
「ぐっ……!早く、『飛風』を……あがぁ」
背後へ吹き飛ぶ左手の勢いに、再び肉体を場外へ持っていかれる。
そして、「飛風」で風を逆に噴射する前に、ガラテヤ様は壁に叩きつけられ、そのまま場外判定となり、そこでテストは終わってしまった。
二分強耐え、部位は二つを破壊。
合計点数は、「二〇〇点と少し」といったところだろうか。
得点率に直すと七割程度。
かなり良い方である。
ガラテヤ様は、こちらにニコッと微笑み、奥の待機室へと消えていく。
土壇場で初めて披露したであろう、少なくとも俺は初めて見たガラテヤ様の「刹抜」については、それこそ後でじっくり詳細を聞かせてもらうことにしよう。
さて、次は俺の番である。
俺は基本の戦闘スタイルが剣士であるということで、木刀を借りて挑むこととなった。
といっても、この試験に特筆すべき点は無い。
俺の実技試験は、ただ「駆ける風」を用いてゴーレムのパンチを避け続け、避け切れない攻撃は木刀を使ってその威力を逃がしつつ、何とか三分半を逃げ切った末、リングの隅、土俵際に追い詰められて場外へ吹き飛ばされ、終わった。
下手に攻めると吹き飛ばされそうであったため、逃げに徹した俺は、部位こそ一つも破壊できなかったが、単純にきっかり三分半を逃げ切ったため、丁度二一〇点という、こちらも我ながら悪くない点数を記録した。
ただ、ただ避けるだけの戦いを選んだにもかかわらず、追い詰められて避けきれなくなり、負けた……というオチには、少し情け無さを感じざるを得なかった。
試験後。
筆記試験の採点が、コンピューターの無いこの世界では人の目で行われるため、試験結果が出るまで三日かかるとのことで……「今日はこれで終わり」と、返されることとなった。
希望と絶望が渦巻く正門前。
一喜一憂する受験生達の網を抜けて、俺とガラテヤ様は宿へ戻ろうと、人で溢れかえる夕暮れ時の大通りを練り歩く。
「私達、二人とも実技は二〇〇点超えね」
「ですね。筆記も割とイケたんじゃないですか?」
「ええ。『尊』だった頃の記憶が役に立ったわ」
「俺もです。いやあ、前世までの俺がちゃんと勉強してくれてて良かっ……」
「きゃっ!」
「ガラテヤ様!」
俺達の会話は、突然にして阻まれた。
ガラテヤ様を右肩で突き飛ばした、茶髪の冒険者崩れらしき男二人組。
それは、俺がガラテヤ様を受け止めるなり、いかにも気に入らないと言った様子で声を発する。
「何が『がらてやさまぁ~』だ!俺達は今、機嫌が悪いんだ!」
「情けねぇ声!ギャハハ」
そして、そのまま立ち去ろうとする二人であったが、そこで逃す騎士ではない。
「失礼します。お嬢様にぶつかられたようですが……まさか、一言の謝罪も無しに、どこかへ行くつもりではないでしょうね?」
俺は二人の前へ立ち塞がる。
しかし、
「お嬢様のお守りにしてるようなガキに言われる言葉なんざ無ぇよ!いいか!この辺りの酒場は半分以上、俺達から金を借りてんだ!半分だぞ半分!俺達二人にだ!この言葉の重みが解るなら、とっととどけ!」
このセリフに、誇りを持っている騎士という職業のプライドを傷付けられた気がしてカチンと来たが、今のいかにも一般人のような白シャツにズボンスタイルでは、騎士としてではなく、ただ女の子を守っている気取りのイタい、或いは残念な男に見えてしまってもおかしくはない。
きっと、俺が騎士であると気付かなかったのだろう。
そして自分は、自分はこの辺りの酒場を多数支配している……敏腕高利貸し、とでも言っておこうか。
なるほど、それならば一般人相手に威張り散らしたくなるのも無理はない。
それが、ほとんど一般人と変わらない生活を送っているとはいえ、子爵令嬢の三女よりも上の立場を名乗ることができるものかは別として、だが。
我慢我慢。
しかし、
「どけっつってんだよ!邪魔だ邪魔!」
今度は俺を突き飛ばそうと、二人組の片割れが二メートル近くはあるであろう身長と、あまり筋肉質とは言えないが大きな体躯で、そのまま突進してこようと、こちらへ右肩を出した体勢で走り出す。
俺はそれをスルリと躱したが、相手は不満げに唾を地面に吐き、拳を鳴らし始めた。
「……ここで謝っておいた方が身の為かと。何も、こちらは賠償を要求している訳では無いのです。ただ、謝罪と今後の改善を要求しているだけなのです」
「うるせぇ!」
「何なんだよ絡んでくんなよ!」
ガラテヤ様を突き飛ばした男ではない痩せ方の方が、俺の顎目掛けて拳を出す。
しかし、「駆ける風」を使うまでもなく俺は身を躱して右手を掴み、関節を逆に捻って取り押さえる。
「重ねて、失礼致します。……ちょっとは悪びれろ、カス!!!」
「ぶべァ!」
そして、空いていた左手をそのまま頭の上に乗せ、頭部を地面に叩きつけた。
「アンドレッ!」
「げべ、べぇ……」
「フン!」
「がっ」
俺はこめかみに一撃、蹴りを入れて脳震盪を起こさせ、意識を奪う。
「……へぇ。ガリの方はアンドレって名前なんだぁ。じゃ、後はお前の名前を聞くまでも無く懲らしめるだけって訳だ」
「俺とやろうってのかァ……!いいぜェ!二度と立てねェようにしてやる……」
そして、大柄な方は改めて拳をパキパキと鳴らし、ボクサーによく似た構えをとった。
「ジィン!……何もそんなに怒らなくても、私なら大丈夫ですよ?」
「すみません、俺が大丈夫じゃないです。ガラテヤ様が大丈夫でも、ガラテヤ様にど突いておきながら軽い謝罪の一言も無いってことも、俺がガラテヤ様を守る立場にあることを馬鹿にされたってことも、俺は許せません。だから……お願いします。今は、ガラテヤ様の騎士としてじゃなくて、ただの『ジィン・セラム』として、コイツと喧嘩させて下さい」
「……入学に支障が出るかも知れないんですよ?」
「それでも、です。俺は、俺の職業と大切な人を馬鹿にしたコイツは一度、ボッコボコにしてやらないと気が済みません」
「……わかりました。じゃあ、気絶してる方は、私が縛りつけておくわ。もし、そこの雑貨屋さん。ロープが欲しいのだけれど……」
「いい度胸じゃねぇか!氷魔法……」
「風牙の太刀……」
ゴツい見た目に似合わず、相手は氷魔法を唱え始める。
俺は腰に収めたシミター……ではなく、道端に投げ捨てられていた壊れかけのモップを拾い、刀に見立てて構える。
「【アイスボール】!」
「【雀蜂】!」
そして、相手が放ってきた人間の顔と同じくらいの大きさの氷を、風を纏わせたモップで弾き返し、それをゴングとして、二人の喧嘩は始まった。
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【キャラクター】
マヤ
・主人公(元は如月真也という名前の男)
・銀髪翠眼の少女
・魔物使い
マッシュ
・しゃべるうさぎ
・もふもふ
・高位の魔物らしい
オリガ
・ダークエルフ
・黒髪金眼で褐色肌
・魔力と魔法がすごい
【作者から】
毎日投稿を目指してがんばります。
わかりやすく面白くを心がけるのでぼーっと読みたい人にはおすすめかも?
それでは気が向いた時にでもお付き合いください〜。
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※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※
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